第26話
本作は情景や心理描写を丁寧に描いているため、長めの文章構成になっています。
お忙しい方は、会話文「 」、キャラクター名、心の声( )を中心に追っていただくだけでも、テンポよくストーリーをお楽しみいただけます。
天照大神様一行は鎌倉の地を離れ、海岸線を西へと走り出しました。
車窓を流れる相模湾の景色を眺めながら、一行がまず目指すのは平塚にある海沿いの食堂。
朝獲れたての新鮮な地魚を存分に味わえることで名高い、行列の絶えない大人気店です。
そして、ここのお目当ては、なんと言っても肉厚でフワフワ、サクサクのアジフライ。
車内には、早くも至高の庶民派グルメへの期待が膨らんでいきます。
「アジフライかえ!楽しみじゃのう!素戔よもっと飛ばすのじゃ!」
「姉貴ー、ダメだよ。安全運転で行かないと民に迷惑がかかるだろ?」
「むうー…妾は早くアジフライが食べたいのじゃ!安全にかつ速やかに移動せよ!」
「また無茶いいやがる…」
天照大神様の無邪気な急かしと、それに困り顔で応じる素戔嗚尊様のやり取り。車内に響くいつもの賑やかな予定調和に空気は一気に和みます。
「ふふっほんにかしましいのう。しかし妾もあじふらいとやらが、まっこと楽しみじゃ」
イザナミ様が、艶やかな笑みをこぼされます。
これまでの牛丼屋さんやお寿司屋さんでの完璧なエスコートを経て、素戔嗚尊様への信頼はすでに絶大のようです。
「わたくしも…あの牛丼のような鮮烈なB級グルメ…素戔嗚尊様おすすめの「あじふらい…」ほんとうに楽しみですわ!!」
その隣では、アリアドネが、瞳をきらきらと輝かせて両手をぎゅっと握りしめています。
素戔嗚尊様は、バックミラー越しに皆の様子を眺めると、ふっと口元を緩めました。
「みんなそんなに焦らなくたってアジフライはにげねーよ!ほら、見えてきたぜ!」
太い腕でハンドルを切りながら素戔嗚尊様が指さしたフロントガラスの先。
潮の香りがふわりと鼻腔をくすぐる中、車は平塚の漁港へとゆっくりと近づき、目的地の食堂がその姿を現し始めました。
お昼には少し早めの時間ですが、これから一気に混んでしまうことを考えると、まさに最高のタイミングで到着したようです。
「ほれっ!早く行くのじゃ!もう並んでいるではないか!」
待ちきれない様子の天照大神様が、身を乗り出すようにして声を上げられます。
「いってーよ姉貴!大丈夫だって。奇稲田と時々きてるんだからよ」
頭を小突かれ素戔嗚尊様が痛そうに頭を押さえながらも、愛妻との微笑ましい日常を覗かせてます。
その言葉からは、この店が間違いなく「本物」であるという絶対の自信が伝わってきました。
「ふふっじゃが天照が待ちきれぬ訳も分かるぞ。店から漂う新鮮な潮の香り…ああ…やはり現世は良いのう。のうアリアドネちゃんや」
イザナミ様が車外の空気に目を細めます。その穏やかな表情には、かつて黄泉の闇に沈んでいた大母神の面影などどこにもありません。
「はい!もう…もう…アリアドネのお腹はナクソス島の時のようにお腹と背中がくっついてしまいますわー!」
アリアドネは、かつてテセウスに置き去りにされた悲劇の地を、今や「単なるお腹の空き具合のたとえ」として無邪気に口にしています。
その健気でキュートな笑顔には、過去の傷跡をすっかり洗い流した純粋な輝きだけが満ちていました。
辛い思い出のはずなのに、もはやそんな素振りを微塵も感じさせないアリアドネ。
イザナミ様もアリアドネも、天照大神様のプロデュースと素戔嗚尊様のエスコートに心から安堵し、もはや昔の傷跡など消えてしまっているかのようです。
「おっしゃ、混む前にさっさと入るぞ!」
素戔嗚尊様が車のドアを開け、外へと歩を進めました。磯の芳ばしい香りと、食堂の活気が一行を迎え入れます。
「あのっ…私このミックスフライが食べたいのですがよろしいですか?」
お店のメニューをじっくりと覗き込んでいたアリアドネが、少し遠慮がちに、しかし期待に満ちた瞳でみんなを見上げます。
彼女が指さした先には、お目当てのアジフライに加え、様々な海の幸が盛られた贅沢な一品が載っていました。
「なぬ?!おおっ!これはアジフライも入っていてうまそうじゃ!素戔!妾もミックスフライじゃ!」
アリアドネの言葉に、天照大神様がすぐに身を乗り出してメニューを覗き込み声を弾ませます。
アジフライ一択だったところに現れた魅力的な選択肢に、すっかり心を奪われたようです。
「ふむ。では妾もそうしてもらおうかのう」
イザナミ様も美しい手をそっと添え、笑みを浮かべながら皆の選択に優しく合わせられます。
現世の新たな美味に出会えることが、本当に嬉しくてたまらないご様子です。
「確かにこのデカいエビフライは食っておかなきゃなー!」
愛妻と何度も通ったこの店の魅力を知り尽くしている彼にとっても、その大ぶりのエビフライが並ぶミックスフライの選択は大正解です。
こうして全員の注文が「ミックスフライ」に美しく統一されました。
「わあー!美味しそう!いただきます!」
アリアドネが嬉しそうに手を合わせて声を上げます。運ばれてきたのは、揚げたて熱々のミックスフライ定食。
目の前でパチパチと微かに音を立てるかのような黄金色の衣。
お目当ての、驚くほど肉厚で大きなアジフライ。
そして、素戔嗚尊様が太鼓判を押した、お皿からはみ出しそうなほど立派でデカいエビフライがどっしりと鎮座しています。
ふわりと立ち上る芳ばしい揚げ物の香りと、ツヤツヤに炊き上がった白米の湯気が、四人の鼻腔を容赦なくくすぐります。
アリアドネの元気な「いただきます!」の合図に、隣の天照大神様やイザナミ様、そして案内人の素戔嗚尊様も、それぞれ箸やソースに手を伸ばそうと動き出します。
「むうっ!これは美味い!新鮮な魚で揚げるとここまで美味くなるものなのじゃのう!」
天照大神様が黄金色のアジフライを豪快に一口かじり、サクッという音とともに、その圧倒的な美味に目を丸くして感嘆の声を上げられます。
衣のサクサク感の奥から溢れ出す、朝獲れならではのフワフワでジューシーな身の旨味。その大絶賛につられるように、イザナミ様もアリアドネも、我を忘れて箸を動かします。
タルタルソースをたっぷりとつけたデカいエビフライのぷりぷりとした歯ごたえ、ソースをかけた肉厚なアジフライと、ツヤツヤの白米の完璧なマリアージュ。
「おいしい……本当においしいですわ……!」
と、アリアドネは夢中で頬張ります。
イザナミ様も「ほんに、現世の職人の技には恐れ入るのう……」と、手を止めることなく、至高の庶民派グルメを心から堪能されました。
素戔嗚尊様が見守る中、三人は一粒の米、一筋のキャベツすら残さず、大満足で一気に平らげてしまいました。
いつもご愛読いただき有難う御座います。
東海道B級グルメツアーの第1弾は、平塚の漁港で味わう絶品ミックスフライ定食!
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