第21話
本作は情景や心理描写を丁寧に描いているため、長めの文章構成になっています。
お忙しい方は、会話文「 」、キャラクター名、心の声( )を中心に追っていただくだけでも、テンポよくストーリーをお楽しみいただけます。
「さて、素戔よ。そなたの機嫌が治ったところで、そなたのお勧めのお店に妾たちを案内するが良い」
天照大御神様がブラックカードを胸ポケットに差し込んだ弟を見上げ、満足そうに微笑まれました。
「へい! 姉貴! 任せといてくれ!」
素戔嗚尊様はすっかり上機嫌で、車のエンジンを心地よく響かせ、鎌倉の海岸線を滑るように走らせます。
「姉貴、B級がいいんだよなあ?」
ハンドルを握る弟の問いかけに、助手席の天照大御神様は腕を組み、うむっと力強く頷かれました。
「うむっ! そなたは銀座で妾たちを格式高くもてなそうとしていたようじゃが、星のある高名なレストランよりも、今日の日の本の真骨頂は民が等しく愛するB級グルメじゃ! 頼んだぞ? 素戔よ!」
「分かってるって。じゃあさ、あのフォーマルなドレス姿じゃあなんだから、一度家に戻って、さっき『プチプラ服屋さん』で爆買いした服に着替えてからの方がいいな。これから行くような店は、結構匂いがつくものもあるしな」
素戔嗚尊様の現実的で細やかな提案に、後部座席の二人も「なるほど」と深く納得した様子でした。
「お肉や出汁の匂いが、天棚機様が作って下さったこの美しいドレスに染みついてしまっては不憫ですものね」
アリアドネが瞳をキラキラと輝かせます。
「うむ、せっかく現世の民の日常を味わうのじゃ。その場にふさわしい動きやすい装いの方が、より一層美味を堪能できようというものぞ」
イザナミ様も、これから始まる本格的な美食の探求に、今から胸を躍らせているようでした。
車は七里ヶ浜の潮風を受けながら、秘密の隠れ家へと再び滑り込んでいきます。
これから始まる前代未聞の「20億円を引っ提げた、プチプラ服屋さん衣裳による最高峰のB級グルメツアー」。
その第一歩を前に、四人は一度部屋へと戻り、それぞれが最も気に入った現世のカジュアルな装いへと身を包み直す準備を始めるのでした。
「では! イザナギパパに見事に三行半を突きつけた、イザナミお姉様に乾杯じゃーーーっ!」
大船の回転すし屋さんのテーブル席で、天照大御神様が実にてんこ盛りの笑顔でジョッキを掲げ、賑やかに乾杯の音頭を取りました。
カチンと小気味よい音が響き、四人は再びキンキンに冷えた生ビール(素戔嗚尊様は烏龍茶)を喉へと流し込みます。
ビールをひと口楽しんだ後、イザナミ様とアリアドネの視線は、目の前にうやうやしく並べられた鯵と鰯の握りへと注がれました。
職人の技でピカピカと青銀色に光り輝くネタは、まるで海の宝石のようです。
「さあ、食べてみてくれ」
素戔嗚尊様に優しく促され、イザナミ様は箸を、アリアドネは素戔嗚尊様が手渡してくれたフォークをそっと使い、それぞれお寿司を口へと運びました。
口に入れた瞬間、新鮮な青魚の芳醇な脂の旨味と、すっきりとした酢飯のぬくもりが、口の中で完璧に、驚くほど滑らかにほどけて一体となります。
「なっ……なんという……なんという味わいじゃ……っ」
イザナミ様の美しい瞳から、何度目か分からない感動の涙が、ぽろぽろと頬を伝い落ちました。
江の島で食べた焼き魚とは全く違う、生の命が持つ瑞々しさと、お米の甘みが織りなす究極の調和。
アリアドネもまた、新鮮なお魚の食感に懐かしい故郷ギリシャの海沿いの街を思い出しながら、日の本の美味に感動していました。
「美味しいですわ! 本当に美味しいですわ、お姉様……っ!」
何度も何度も嬉しそうに相槌を打ち、瞳を潤ませて感動するアリアドネ。そんな幸せそうな二人の姿を見て、いつも助手席でぷんぷんしていた天照大御神様も、今度ばかりは手放しで弟のチョイスを大絶賛されました。
「うむ! これは実に美味いのう! 素戔よ。そなたのエスコート褒めてつかわす!」
「へいへい、ありがてえお言葉だ。じゃあ、本番はこれからだぜ?」
すっかりやる気を取り戻した素戔嗚尊様は、10億円のブラックカードの威光(?)を受けながら、次から次へと極上のネタを店員へと注文し始めました。
「板さん! タコ、ヒラメ、シマアジ、赤身、中トロ、大トロ、ウニ、それに穴子を頼む!」
目の前のカウンター越しに、次々とお皿が回ってきます。
アリアドネが大好きなタコ、透き通るような白身のヒラメ、贅沢に脂の乗ったトロのグラデーション、そして濃厚な黄金色のウニに、甘いツメが塗られたふっくらとした穴子。
素戔嗚尊様は、あまりの量の多さにふと心配になり、三人へと尋ねました。
「おっと、ちょっと頼みすぎちまったか。みんな全部食えるかい? 食えなさそうだったら、一貫ずつにして余りは俺が食おうか?」
しかし、そんな気遣いは全くの杞憂でした。聞くまでもないとばかりに、三柱の女神たちは、目の前の現世の至高の美味をすべて食べ尽くさんんとする勢いで、ブンブンと激しく首を横に振りました。
「何を言うか! 一皿ずつ、全部食べるに決まっておろう!」
「さよう、一貫たりとも譲れぬわい!」
「私もタコもお魚も、全部一皿ずついただきますわ!」
プチプラ服屋さんのお洋服に身を包んだ絶世の美女たちは、今や日の本の回転寿司の魅力に完全に取り憑かれ、その止まらない食欲を大爆発させていたのでした。
「はあー……美味いのう……。このシマアジの、なんと味わい深いことよ……」
イザナミ様は、うっとりと目を細めて生まれて初めてのお寿司を大切そうに召し上がっていました。
コリコリとした心地よい歯ごたえの後に広がる、気品ある白身の脂の甘みに、魂が優しく満たされていくようです。
その隣では、アリアドネが大好物の「タコ」の握りを口にして、瞳をこれ以上ないほど引っくり返さんばかりに輝かせていました。
「タコさんって、やっぱり本当に美味しいですわ……っ! けど、このちょっと酸っぱいお米と一緒に食べると、えも言えぬ美味しさになりますわ……っ!」
フォークを上手に使いながら、彼女は「んーーーー!」と幸せそうに声を漏らし、体全体で現世の美味の喜びを表現しています。
故郷ギリシャの海で親しんだ大好きなタコが、日の本の「お寿司」という魔法によって、全く新しい至高の料理へと生まれ変わったことに、ただただ感動が止まりません。
そんな二人の食べっぷりを満足そうに眺めながら、天照大御神様もまた、大トロの乗ったお皿を手に取って嬉しそうに微笑まれました。
「妾はやはり、この脂の乗った大トロが好きじゃのう。高天原や、現世の格式高き高級店で恭しく備えられる大トロも旨いが……こうして、民たちが等しく幸せそうに頬張る姿を見ながら食す方が、何倍も、何十倍も美味いのう!」
現世の人間たちが「美味いな」「最高だな」と笑顔で言い合いながらお寿司を楽しむ、活気あふれる店内のぬくもり。
その日常の幸せこそが、彼女にとっては、お寿司の味を最高のスパイスとして引き立てているようです。
「へへっ、喜んでもらえて何よりだ。店員さん、追加でどんどん握ってくれ!」
素戔嗚尊様が、追加の注文をします。
三柱の女性陣は、運ばれてくるネタを次から次へと平らげ、冷たい生ビールをカラリと飲み干しながら、日の本の誇る回転寿司の魅力を心ゆくまで堪能し続けていたのでした。
いつもご愛読いただき有難う御座います。
女神達が民の愛する回転寿司の魅力に取り憑かれB級グルメの色合がますます強くなりました。
「回転寿司でも漁港直営は美味いよね」、「アマテラス様分かってるじゃん」と思った方は【評価(★)、ブックマーク登録】をお願いします。




