第18話
本作は情景や心理描写を丁寧に描いているため、長めの文章構成になっています。
お忙しい方は、会話文「 」、キャラクター名、心の声( )を中心に追っていただくだけでも、テンポよくストーリーをお楽しみいただけます。
「やっほー! パパ上。妾が参上しましたぞよ!」
神殿の厳かな静寂を軽快に突き破り、天照大御神様がいつものように屈託のない明るさで挨拶をしました。
その後ろで、イザナミ様とアリアドネは静かに頭を下げ、まるで天照大御神様の付き人であるかのように、目立たぬよう一歩下がって恭しく振る舞います。
さらにその後ろでは、素戔嗚尊様が静かに腕組みをして事態の推移を見守っていました。
入り口の傍らでは、これからはじまる楽しい悪戯の緊張感とは裏腹に、応神天皇と仁徳天皇の二柱が「やれやれ」という表情を浮かべるイザナギパパの姿を、固唾を呑んで見つめています。
それぞれの神が持つ思惑と視線が、空間の中で複雑に交錯していました。
「はー……」
伊邪那岐尊は、深いため息をひとつつき、ようやく天照大御神様の方へと視線を巡らせました。
「まったく……天照、お前というやつは……」
説教を始めようとしたイザナギパパの言葉が、そこでピタリと途切れました。
そこにいたのは、いつもと全く違う、現世のコスメと洗練された装いによって極限まで美しさを磨き上げられた、純白のドレス姿の天照大御神様だったからです。
イザナギパパはそのあまりの神々しさとまばゆい美しさに、完全に絶句してしまいました。
しばらくの間、ぽーっと魂を抜かれたように我が娘を見つめ続けていたイザナギパパでしたが、
彼女がニコッと悪戯っぽく微笑みかけてきた瞬間、ハッと我に返り、大慌てで「おほん!」と激しく咳払いをしました。
「天照や……もう、おてんばは大概にせぬか。
あれから黄泉の理が壊れ、亡者たちが現世や高天原にまで押し寄せてきて、大変な騒ぎだったのじゃぞ?」
父親としての威厳をなんとか保とうとするそのお小言に対しても、天照大御神様はどこ吹く風、あっけらかんとした様子で首を傾げました。
「はて、パパ上様。妾の光をたっぷりと浴びた亡者たちは、全員穢れ(けがれ)なぞ綺麗さっぱりなくなっていたでしょう?
騒ぎになったとて、どうということもなかったではありませぬか!」
あまりにも堂々としたその物言いに、イザナギパパは「本当にしょうがない娘だ……」と呆れ果て、肩の力を抜くしかありませんでした。
「はぁ……。もうあまり、勝手な悪さはするなよ? 良いな?」
念を押すように優しく諭すイザナギパパ。しかし、天照大御神様は、その美しい唇の端を不敵に吊り上げ、くすくすと含み笑いを漏らしました。
「すみませぬ、パパ上。……妾は、悪い子はやめられないのじゃ!」
これから目の前で巻き起こるであろう、前代未聞の楽しい大騒動!
自らのすぐ後ろに控える、絶世の美を完成させた漆黒のイザナミ様とアリアドネの存在を、天照大御神様はその言葉の裏に、暗に、しかし確実に仄めかしていたのでした。
「パパ上! 妾は今度ギリシャへ旅行に行きたいのじゃ! この子の国を見に行きたい思うてのう!」
天照大御神様はイザナギパパの目の前に不敵な笑みを浮かべて腰掛け、いつもの調子でお転婆を発揮しながら楽しげに告げました。
イザナギパパが言われるがままに目を向けると、そこには、鎌倉での日々を経て極限まで洗練された美しさを放つ王女、アリアドネが佇んでいました。
そのまばゆいばかりのプラチナブロンドの髪と、ブリリアントブルーのドレスに彩られたこの世の物とは思えない気高き容姿が、神殿の光の中に浮かび上がります。
その瞬間、案の定というか何というか、イザナギパパが「ゴクリ」と喉を鳴らし、鼻の下がだらしなく伸びきってしまいました。
「ほっ……ほほう。ギリシャから参られたか。ギリシャにも美しい女神たちがいると噂には聞いていたが、まさに噂以上の美しさじゃ……!」
すっかり目の前の異国の姫君に心を奪われ、手放しでアリアドネを絶賛し始めるイザナギパパ。
男の裏切りという傷を知るアリアドネは、そのお決まりの無様な反応に心の中で「ふふっ」と冷ややかな、しかし楽しげな笑みを浮かべつつ、王女としての完璧な淑やかのポーズを崩しません。
天照大御神様は、パパのあまりの骨抜きぶりに内心で快哉を叫びながら、すかさず次なる一手を投じました。
「そしてパパ上、こちらの付き人も同行させようと思うておるのじゃ! ギリシャに連れて行っても、あちらの美しい女神たちに決して引けを取らぬ美しさじゃからのう!」
そう言って、天照大御神様は一歩下がり、満を持してその背後に控えていた漆黒のドレスの女神、イザナミ様の姿を、パパの正面へと差し出しました。
その瞬間、イザナギパパの時間が完全に止まりました。
目の前に立つのは、黄泉の主としての黒き呪いや汚れを天照大御神様の光によって完全に祓われ、かつて二柱で国を生み落とした神代の頃の、
いや、現代の洗練を加えてそれすらも遥かに超越した、息を呑むほどに妖艶で美しい伊邪那美命の姿です。
イザナギパパは、まるで全身が石にでもなってしまったかのように、その女神をただただ呆然と見つめ続けました。
神殿の広い空間に、気まずくも濃密な沈黙が流れます。
あまりにも長く見つめすぎていたことにようやく気づいたイザナギパパは、またしても慌てふためいて「おほん! おほん!」と激しく咳払いをしました。
「そっ……そうなのか……。そなた……面を上げよ。顔を見せておくれ」
あまりの絶世の美貌に魂を半分持っていかれ、声の調子までどこか浮ついているイザナギパパ。
天照大御神様はその様子を特等席で眺めながら、その美しい口元をニヤリと歪めました。
まさに思惑通り、計画は完璧なまでに進行しています。
そして後ろで腕組みをしていた素戔嗚尊様は、ついにその光景に耐えかねたように、左手でそっと自分の顔を覆いました。
(あーあ……親父、完全にトラップに引っかかってやがる。
お姉様だってことにこれっぽっちも気づいてねえ……。この後の爆発が恐ろしすぎるぜ……)
素戔嗚尊様が心の中で哀れな父神の冥福を祈る中、イザナミ様はイザナギパパの言葉に従い、ゆっくりと、どこまでも優雅にその美しい顔を上げようとしていました。
そして、ドレスの襟元をわずかに揺らしながら、促されるままゆっくりとお顔を上げられました。
その瞬間、神殿の光を一身に浴びた彼女の容姿が、イザナギパパの視界へと晒されます。
黒き呪縛が綺麗に祓われたそのお顔は、かつて国を生んだ高貴さをそのままに、現代のコスメと洗練によってえも言われぬ妖艶さを醸し出していました。
イザナギパパの目は、完全にその美女の姿へと釘付けになりました。
「おおっ……! なんという美しきお方よ……!」
あまりにも自分好みのド真ん中を行く絶世の美女を前に、イザナギパパの心は完全に舞い上がってしまっています。
かつて黄泉の国で恐ろしい姿のまま別れ、千引きの岩で永遠に拒絶したはずの元妻「伊邪那美命」
その人であるとは、これっぽっちも、夢にも気づいていません。
そのあまりの無様な姿を特等席で見つめる天照大御神様の腹筋は崩壊しかけていました。
いつもご愛読いただき有難う御座います。
イザナギパパ、見事なまでに退路のないトラップにハマってしまいました。
「アマテラス様の腹筋割れてそう」、「スサノオ様、胃腸薬持ってる?」と思った方は【評価(★)、ブックマーク登録】をお願いします。




