第13話
本作は情景や心理描写を丁寧に描いているため、長めの文章構成になっています。
お忙しい方は、会話文「 」、キャラクター名、心の声( )を中心に追っていただくだけでも、テンポよくストーリーをお楽しみいただけます。
「おおっ……!」
素戔嗚尊様の「狭いぜ」という口振りから、てっきり質素な家を想像して揶揄う気満々だった天照大御神様は、この見事な不意打ちに一瞬だけ言葉を失いました。
内心ではこの素晴らしい景観と邸宅に喜びを隠せないものの、弟のセンスの良さがやっぱり癪に障るご様子です。
天照大御神様はすぐにいつものポーズを取り、ぷんぷんと肩を揺らしました。
「すっ……素戔のくせに、どこまでも生意気じゃーーーっ! なんなのじゃ、このお洒落空間は!」
またしても始まった愛ある姉弟のやり取りを、潮風に吹かれながら見守るイザナミ様とアリアドネ。
アリアドネの顔には、もうすっかり、現代の日の本の夜を楽しむ優しい笑顔が定着していました。
七里ヶ浜の波音が優しく響く真っ白な邸宅のリビングで、素戔嗚尊様は
「まあ、ゆっくり旅の疲れを癒やしてくれよ」
と、冷蔵庫から冷えたワインを取り出し、三人のグラスへと注ぎ分けました。
そして、部屋の一角に静かに佇むピアノの前に、その強靭な巨躯を滑り込ませます。
大きな手が鍵盤にそっと触れた瞬間、流れてきたのは異国のアンニュイでありながらも美しいあの名ピアノ曲。
静かで、どこか気だるく、しかしこの上なく洗練された切ない旋律が、夜の鎌倉の海風に乗って優雅に部屋を満たしていきます。
出雲の荒ぶる神としての面影はどこへやら、現代の現世で妻に磨き上げられた完璧な紳士の横顔。
そのあまりにも気の利いたおもてなしと美しい音色に、イザナミ様とアリアドネは、すっかり心奪われたようにうっとりとしていました。
グラスを片手に、素戔嗚尊様が作り出す極上のエスコートと大人の雰囲気を、夢心地で堪能しています。
しかし、その完璧な空間のなかで、ただ1柱、やはり限界を迎えている神がいました。
最後の音が静かに空気中に溶け込み、素戔嗚尊様が鍵盤から手を離して微笑んだ、まさにその瞬間。
弟のスマート過ぎる姿に不満を溜め込み続けていた天照大御神様は、とうとう感情が天元突破してしまいました。
「なっ……なっ……なんなのじゃーーーーっ!!!」
天照大御神様は顔をこれ以上ないほど真っ赤に染め上げ、ピアノの椅子から立ち上がろうとする素戔嗚尊様に向かって、物凄い勢いで突っかかっていきました。
「素戔! そこへ直れっ! なんで素戔のくせに、そんな生意気で格好良い真似をするのじゃーーーーっ! 貴様なんぞ、力任せに暴れて、妾の宮殿にうんこを垂れ散らかすだけの、ただの大馬鹿野郎だったはずじゃぞーーーーっ!?」
あまりの怒濤の剣幕と、またしてもイザナミ様とアリアドネの前で最悪な過去を容赦なく暴露された素戔嗚尊様は、紳士のポーズを崩して跳び上がりました。
「なっ、なんだよ姉貴ぃ!! エスコートしろっていうから、俺なりに気を利かせてやってやっただけなのに、なんでそんなに怒られるんだよーーーーっ! 理不尽すぎるだろ!?」
「うるさい! あんたがピアノをカッコ良く弾くなど在ってはならぬのじゃ! 貴様はもっと泥臭く在るべきなのじゃーーー!」
「無茶苦茶言うなよ! 奇稲田が喜ぶから練習したんだよ!」
鎌倉の美しい夜景と波の音を背景に、リビングの真ん中で本気の取っ組み合いを演じる、天照大御神様と素戔嗚尊様。
ソファーに深く腰掛けたアリアドネは、その賑やかで愛に満ちた(?)姉弟の姿を見つめながら、今度は声を抑えることもなく、「ふふっ、あはははは!」と、まるで少女のように大きな声を上げて楽しそうに笑っていました。
そしてイザナミ様もまた、ワイングラスを傾けながら、黄泉の国では決して見ることのできなかった、我が妹と弟のかしましい騒ぎを、心の底から嬉しそうに、そして愛おしそうに眺めておられます。
イザナギ様のあの仕打ちの後、残された弟妹たちが現世をこれほどまでに賑やかで、光に満ちた素晴らしい世界へと導いてくれた。
その事実に、お姉様としての誇らしさと感謝が、彼女の胸を温かく満たしていくようでした。
しかし天照大御神様の怒りとジェラシーは治まりません。
「ぐぬぬぬぬぬーっ!やっぱり 生意気じゃーーーーっ!」
ドレス姿のままであることも構わず、素戔嗚尊様の背後に恐るべき素早さで回り込みます。
そして、現世の古典的なプロレス技「コブラツイスト」を炸裂させたのです。
主神としての神聖な力が、その細い腕と足に恐ろしいまでの精度で込められます。
素戔嗚尊様の脇の下から腕を通し、首を強く固定し、さらに彼の強靭な足を強烈にロックしました。
「ぎゃああああああっ!? い、痛ぇっ! 姉貴、おい! なんでコブラツイストなんだよ!? どこでそんな技覚えてきたんだよーーーっ!?」
世界を震わせるほどの巨躯を持つ素戔嗚尊様が、あまりの痛烈な極まり具合に身悶えして悲鳴を上げます。
「うるさいわっ! 日の本の主神たる妾に、現世の技で極められぬものなどないのじゃ!!」
「ひぃー!勘弁してくれよおぉぉぉ!」
リビングの真ん中で展開される、天照大御神様による怒濤のコブラツイストと、必死にタップする弟の文字通りの大騒ぎ。
そのあまりにも規格外で、滑稽極まる光景を特等席で見つめていたアリアドネは、ついにソファーの上でお腹を抱え、涙を流しながら大爆笑し始めました。
「ふふっ、あははははは! お、可笑しすぎます……! 神様が、そんな……っ!」
イザナミ様も、ワイングラスが揺れてこぼれそうになるのも気に留めず、楽しそうに美しい声を響かせて笑っておられます。
かつて黄泉の国で時を止めていた彼女にとって、目の前で繰り広げられる妹と弟の全力のじゃれ合いは、何よりも瑞々しく、愛おしい「生きている世界」の証そのものでした。
「天照や、そっ、そのくらいにしておやり。ふふっ……ぷっ……あーーっはっはっはっはっは!」
イザナミ様は、涙がにじむ目元を細い指先で押さえながら、ついに限界とばかりに声を上げて笑い転げました。
「そなたらが仲が良いことは、よおーくわかった。じゃが……妾の腹が、もういとうていとうて……っ! もうかんべんしておくれーーー!」
大母神としての高貴な佇まいはどこへやら、ソファーの背もたれに身を預け、お腹を抱えながら苦しそうに笑い続けるイザナミ様。
アリアドネもまた、同じようにお腹を抑えながら「あははははっ!本当に……もうお腹がいっぱいですー!」と、涙を流して笑い続けています。
イザナミ様からの、笑い転げながらの懇願を耳にして、天照大御神様は「む……」と動きを止めました。
「お姉様がそこまで仰るなら、今回はこのくらいにしてやるのじゃ!」
天照大御神様はふんっと鼻を鳴らし、ガッチリと極めていたコブラツイストをようやく解除しました。
解放された素戔嗚尊様は、「痛ぇぇぇ……死ぬかと思った……」と、床にドサリと崩れ落ちます。
いつもご愛読いただき有難う御座います。
鎌倉の美しい夜。素戔嗚尊様の完璧なエスコートを台無しにしたのは、天照大御神様の理不尽なジェラシーと、ガチなコブラツイストでした。
「アマテラス様のコブラツイストがキレ過ぎて草」、「スサノウ様、黒歴史ドンマイ」と思った方は【評価(★)、ブックマーク登録】をお願いします。




