第127話
今日第一部最終回です。3話10分ごとに連投しまーす。
「こっ……これは、一体……? どういうことなのだ」
「ふふっ、どうじゃ。ハデス様。心の日だまりは、ポカポカになったかえ?」
天照大神様が、いたずらっぽく、しかし最高に温かい太陽のような笑顔を向けました。
その傍らで、イザナミ様が優雅に扇を畳み、言葉を添えます。
「ふふっ、つまり『北風と太陽』じゃよ。ハデス様、そなたの不器用ながらも一途な愛に、ペルセポネ様はとっくに絆されておったのじゃ。
しかし、あの柘榴の呪縛が、強制された縁という楔となり、彼女の心を複雑に縛り上げておった。
……義務と反発、そして愛。それらが混ざり合った歪な愛情のまま、現世と冥府を行ったり来たりしておったのじゃ」
イザナミ様は、抱き合う二柱を愛おしそうに見つめました。
「それを天照はな、呪縛ごと、ペルセポネ様の心に澱のように溜まっておった『歪み』を焼き尽くしたのじゃ。
……強制も理不尽も消え、後に残ったのは純粋な『そなたへの愛』のみになった。ということじゃよ」
ハデス様は、腕の中の温もりを確かめるようにペルセポネ様を抱き締めました。
自由になれば、てっきり自分の元を離れて光の世界へ帰ってしまう。そう信じ込んでいた自分に向けられた、「離れない」という彼女自身の意志。
あまりにも眩しすぎるその奇跡を、冥界の王は、まだ信じられないといった驚きと悦びの混ざり合った表情で、ただ静かに噛み締めておられました。
ハデス様は、目元を潤ませながらも冥界の王としての矜持を保ち、愛おしそうにペルセポネ様を見つめ続けました。
「天照大神様、そなたの言う通り、我の心はこれ以上ないほどに暖かく、ふふっ、ポカポカになり申した。
……ありがとう。
しかし、この不意打ちは少々酷であったぞ? たった今、本物の絶望を味わったのだからな。
だが、それ以上の喜びが後に控えておったがな」
ハデス様は、安堵と幸福の混じった笑みを浮かべ、天照大神様を見据えました。
かつてペルセポネ様が地上へ去ってしまうのではないかという不安から、彼女との間に壁を築き、孤独に耐えてきたハデス様でしたが、その壁は今、完全に溶け去っていました。
「ふふっ。ハデス様は愛する女を大切にする良い男だから喜びがあったのじゃ。さて、ポセイドン様はどうなるかのう?」
天照大神様は悪戯っぽい笑顔を向けて言い放ちました。
ハデス様は、次に待ち受けるであろう弟ポセイドンの「後難」に苦笑いを浮かべつつも、己の腕の中で泣きじゃくる大切なペルセポネ様を生涯、いや永遠に大切にしようと心に誓っていました。
ハデス様とペルセポネ様が真の絆で結ばれ、冥界に春が訪れた奇跡のような光景。
その余韻に包まれながら、二人の温かな見送りを受けた日の本の三柱は、再び「黄泉比良坂」へと続く境界の扉を潜りました。
しかし、その瞬間でした。
――ガチーン!!
背後で、世界の理が断絶したかのような、形容しがたい強烈な衝撃音が響き渡りました。
驚いて三柱が振り返ったとき、そこにあったはずの「冥府と黄泉を繋ぐ扉」は、まるで最初から存在しなかったかのように、跡形もなく消滅してしまっていたのです。
「なっ……! 何が起こったのじゃ?!」
天照大神様が扉があった空間へと駆け寄ります。イザナミ様も瞳を驚愕に大きく見開き、幾度も虚空へと手を伸ばしました。
「ペルセポネ様! 聞こえるかえ? ペルセポネ様!」
これまで幾度となく二つの世界を繋いできた、あの涼やかで瑞々しいペルセポネ様の声。
しかし、どれほど呼びかけても、返ってくるのは静まり返った黄泉の冷気だけでした。
神の権能を以てしても、その先にあるギリシャの冥府の気配は、指先ひとつ触れることすら叶わない「完全な断絶」へと変わってしまったのです。
「……信じられぬ。あの強固な縁が、これほど無残に断ち切られるとは……」
素戔嗚尊様が低く唸ります。
武神としての鋭い勘が、これが単なる事故ではなく、神話の次元における決定的な何かが起こったのだと静かに悟りました。
三柱の神々は、事態の理解が追いつかないまま、重苦しい沈黙を連れて黄泉比良坂を登りきりました。
いつもの波音が聞こえる七里ヶ浜の家。
窓の外には変わらぬ湘南の海が広がっていますが、リビングに満ちていたあの賑やかで華やかな「二つの世界の境界」は、いまや完全に閉ざされてしまったのです。
いつもご愛読いただき有難う御座います。
ハデス様夫妻が真の絆で結ばれてポカポカになったのも束の間、冥府と日の本を繋ぐ扉が謎の衝撃音と共に完全消滅し、ギリシャ世界との通信が唐突に遮断されてしまいました。
「ハデス夫妻がようやく報われた直後に、二度と届かぬ完全断絶エンドはあまりに切なすぎて草も生えない……」と思った方は【評価(★)、ブックマーク登録】をお願いします。




