第119話
「さて、参りましょうか
オリュンポスの山頂では、ディオニュソスとアリアドネがあなた様方を待ちかねていることでしょう」
ハデス様が静かに、しかしどこか晴れやかな響きを込めて促します。
その傍らでは、ペルセポネ様が昨日からの高揚感を隠しきれない様子で、瑞々しい笑みを浮かべておられました。
「ふふ、アリアドネ……。
日の本でどれほど美しく、気高く成長したのか……。
この目で拝見するのが本当に楽しみですわ!」
天照大御神様、イザナミ様、そして素戔嗚尊様の三柱もまた、優しい笑顔でその言葉に深く頷きました。
ナクソス島の砂浜で絶望の淵にいたあの少女が、いまや神々の一員として、愛する者と共に永遠の誓いを立てようとしているのです。
その奇跡のような瞬間に立ち会える喜びに、日の本の三柱の心もまた、春の陽光のように温かく弾んでいました。
冥界の底から、神々の住まう黄金の嶺へ。
日の本とギリシャ、二つの世界の絆を乗せた一行の歩みは、かつてない祝福の予感と共に、オリュンポスの空へと続いてゆきます。
オリュンポスの神殿に到着した一行を、まず出迎えてくれたのはヘラ様でした。
「まあ! 久しぶりだこと! あなた達と過ごした日々、そして夫をハメた日は忘れられないわ!」
ヘラ様は女王としての気品を纏いながら、心からの親愛の情を込めて声を弾ませました。
「おおっ! ヘラ様! 懐かしいのう!」
「妾達も会いたかったぞ! あの時は本当に痛快で楽しかったのう!」
イザナミ様と天照大御神様が、久しぶりに再会した親しい友人に口々にそう言って微笑み返します。
その後ろで、素戔嗚尊様は当時のゼウス様をハメ落とした凄まじい作戦が実行された時の様子を思い浮かべ、一人でそっと冷や汗をかいておられました。
そんな様子を見たヘラ様は、「ケラケラ」と楽しそうに笑い声をあげ、素戔嗚尊様の肩をパンパンと親しげに叩きました。
「そなたが作ってくれたあの小鯖が忘れられぬ! また是非、妾に馳走してたもれ!」
そう言って、イザナミ様と天照大御神様をぎゅっと抱擁し、変わらぬ絆を確かめ合いました。
一行はヘラ様に導かれ、オリュンポス十二神の神々と丁重に挨拶を交わしながら、神殿の奥へと進んでいきました。
案内されたのは、婚礼の主役である新郎新婦が座るであろう席の、まさに真ん前の特等席です。
そこには、すでに席に着いていたゼウス様がおりました。
日の本の神々がこちらへ向かってくるのを見た瞬間、その全能の神としての威厳はどこへやら、うやうやしくもどこかぎこちない、引き攣ったような笑みを浮かべて身を縮めました。
「おおっ! よっ、よくぞお越し頂いた! さあ、こちらに座られよ!」
最高神としてのプライドを必死に保ちながらも、あの日の過酷な呪縛が脳裏をよぎっているのでしょう。
その声音には隠しきれない緊張が混ざっています。
こうして、その豪華なテーブルを囲むようにして、神々が次々と席に着きました。
ギリシャ側は、ゼウス様、ポセイドン様、ハデス様、ヘラ様、アンピトリテ様、ペルセポネ様。
そして日の本からは天照大御神様、イザナミ様、素戔嗚尊様。
ポセイドン様の最愛の正妻であるアンピトリテ様は、ヘラ様から事前に聞いていた「噂の日の本の三柱」を目の前にして、その美しい目をきらきらと輝かせてじっと見つめておられます。
すると、海の王であるポセイドン様が、ハデス様に劣らぬ堂々とした仕草で、うやうやしく一礼をされました。
「お初にお目にかかります。ポセイドンにございます。
そしてこちらが、我が妻のアンピトリテです。以後、お見知り置きを」
海の主としての丁寧な挨拶に、日の本の三柱もまた、居住まいを正してうやうやしく挨拶を返しました。
「天照にございます。この度は、栄えある婚礼にお招きいただき有難う御座います」
「イザナミでございます。海の王とその王妃にお目にかかれて光栄に存じます。是非お見知り置きを」
「素戔嗚と申します。本日はこのようなめでたき場にご招待頂きましたこと、心よりお礼申し上げます。どうぞ、よろしくお願いいたします」
古代ギリシャを統べる最高峰の兄弟神たちと、日の本の根源を司る三柱の神々。
テーブルの上には、日の本の極上の冷酒と、ディオニュソス様がこの日の為に用意した至高の葡萄酒が美しく並びます。
婚礼の幕が上がる直前の、華やかでいてどこか心地よい緊張感に満ちた時間が静かに流れ始めていました。
「天照大神様、イザナミ様、素戔嗚尊様! アンピトリテで御座います! お噂はかねがね、ヘラ様より伺っておりますわ!」
アンピトリテ様は身を乗り出し、その美しい目を爛々と輝かせながら、一気に口火を切りました。
その瞬間、隣にいたゼウス様とポセイドン様の背筋に、同時に冷たいものが走りました。
(なっ……何を言い出すのだ、この女はっ?!)
二柱の最高神は、婚礼の主賓を前にして心臓が跳ね上がるほどの冷や汗をかきながら、ヒヤヒヤとした表情で無言の叫びを脳内で響かせています。
あの恐るべき日の本の「三行半の理」や「過酷なプロデュース」の全貌が、海の王妃にまで共有されているという事実に、神話の絶対者たちが完全に怯えきっていました。
アンピトリテ様は、そんな夫たちの狼狽ぶりなどどこ吹く風といった様子で、ポセイドン様を「スッ……」と冷ややかに一瞥しました。
海の王ポセイドン様は、その深海のような眼光を完全に泳がせ、さっと子供のように目を逸らしてしまいます。
いつもご愛読いただき有難う御座います。
ヘラ様から噂を聞いたアンピトリテ様の接近に、ポセイドンまでもが妻の視線に怯えて目を泳がせております。
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