第117話
ディオニュソス様とアリアドネの結婚式がオリュンポスで執り行われることとなり、日の本の神々である天照大御神様、イザナミ様、素戔嗚尊様が招待されました。
一行はイザナミ様と共に黄泉の国へと向かい、そこからギリシャの冥界へと足を踏み入れます。
冥界の入り口では、これまで声だけを聴いていた冥界の女王ペルセポネ様が一行を丁重にお迎えしました。
イザナミ様、天照大御神様、素戔嗚尊様にとって、ペルセポネ様との直接の対面はこれが初めてです。
3柱の神々は、ギリシャの冥界に咲く不凋花の野が広がる光景を興味深く見つめていました。
冥界と黄泉の静謐な境目を通り過ぎると、そこには漆黒のドレスを纏いながらも、春の息吹を予感させるような瑞々しい美しさを湛えたペルセポネ様が、一行を待っていました。
「ああっ!ようやくお会いすることができましたね!」
ペルセポネ様が、かつて通信路越しに聴いていた声を現実のものとし、弾んだ声をあげました。
「おおっ!貴女がペルセポネ様かえ?妾がイザナミじゃ。アリアドネちゃんを送ってくれたこと深く感謝する」
イザナミ様が、冥界の大母神としての威厳と、本来の慈しみ深い笑みを湛えて一歩前に出ました。
「あの子のおかげで、妾は昔の姿を取り戻すことができ、そして娘のように愛することができたのじゃ」
「それは貴女様方の深い慈愛によるものですわ。私は貴女様方の慈愛にお縋りしたに過ぎませんわ」
ペルセポネ様は恭しく一礼しました。
かつて無理やり連れてこられたこの冥界で、自らもまた「愛のあり方」を模索してきた彼女にとって、日の本の神々がアリアドネに注いだ無条件の愛は、何よりも尊いものに感じられたのです。
「さあさあ、こんなところで立ち話など。
我が夫も首を長くして皆様方をお待ちしておりますわ」
ペルセポネ様が軽やかに身を翻すと、その足元から、冥界の不凋花の野が、まるで日の本の神々を歓迎するかのように微かに光り輝きながら道を作りました。
一行をハデス様の城へと案内する道中、イザナミ様と並んで、静かな足取りで歓談を始められました。
冥界の冷たく澄んだ空気が、二柱の女神の衣を静かに揺らしています。
「私も、あの時、柘榴を口にしてしまい、この冥界と現世を半分ずつ過ごす必要があるのです。
しかし、夫はどこまでも優しく私を愛してくれているのが救いですわ」
ペルセポネ様は、かつての強制的な略奪という物語の裏側にある、ハデス様の不器用ながらも深い献身を思い出し、どこか遠くを見つめるように微笑まれました。
「ふむ。ハデス様と言えばゼウス様、ポセイドン様の兄君であり、とても立派な紳士だと聞き及んでおります。
そなたを想うその心、妾にも伝わってくるようじゃのう」
イザナミ様が優しく頷くと、その隣で天照大御神様が身を乗り出すようにして会話に加わりました。
「妾もお会いするのが楽しみじゃ!
ゼウス様が日ノ本に来た時には、ヘラ様の恐怖でハメ落とされる直前まで、妾達を不埒に口説きだす始末じゃったからのう。
妾もハデス様の誠実さは聞き及んでおりますぞ!
ギリシャにも、そのような筋の通った漢がおるのはディオニュソス様を見てよく分かっておるがのう」
天照大御神様が、ゼウス様の時の「痛い男」ぶりを思い返してケラケラと笑い声をあげると、イザナミ様が、後ろを歩く素戔嗚尊様の方をふいと振り返りました。
「ふふっ、素戔よ。そなたとハデス様、どちらがより『紳士』かのう?」
イザナミ様は、潤んだ瞳に悪戯な光を宿し、素戔嗚尊様をじっと見つめました。
「お、お姉様……。俺と冥界の王を比べるなんて、勘弁してくれよ」
襟元を正しながら、素戔嗚尊様は困ったように眉を下げ、冷や汗を拭いました。
冥界の底に鎮座する漆黒の城。その巨大な黒曜石の門の前に、一人の神が静かに佇んでいた。
「遠いところを、よくぞいらしてくださった。さあ、こちらへ参られるが良い」
地鳴りのような、低く、しかし驚くほど澄んだ響きを持つ声。
そこにいたのは冥府の王、ハデス様その人でした。
天照大御神様、イザナミ様、そして素戔嗚尊様の三柱は、その姿を目にした瞬間、思わず足を止めます。
漆黒の長衣を纏い、感情を排した深淵の如き眼光を湛えながらも、そこには一分の隙もない、完成された王としての気品が満ち満ちています。
ゼウス様の奔放さとは正反対の、静謐で揺るぎない威風堂々とした佇まいに、日の本の神々は深く感心し、無言の敬意を抱きました。
ハデス様の案内により、一行は城の奥深く、素晴らしく重厚で品格のある応接室へと通されます。
壁に掛けられた古のタペストリーや、鈍く光る銀細工。
すべてがこの主の誠実さと、静かなる威厳を物語っています。
素戔嗚尊様がうやうやしく一礼し、日の本から大切に持参した酒の木箱を、傍らに控える給仕のものへと手渡しました。
ハデス様はそれを静かに受け取り、感謝を示すように僅かに顎を引かれます。
椅子に腰を下ろすと、まずは天照大御神様が、日の本の主神としての光を湛えたまま、真っ直ぐに自己紹介をしました。
「ハデス様、お初にお目にかかる。妾は日の本において主神をしておる天照と申す。以後お見知り置きを。……して、こちらが我が姉と弟です」
「はじめまして、ハデス様。イザナミと申します。ハデス様と同じく、黄泉を束ねる者にございます」
イザナミ様は、隠しきれぬ黄泉の主としての妖艶で深い威厳を持って優雅に頭を下げました。
ハデス様はその言葉に、自分と同じ孤独を背負う者への、僅かな共感を瞳に宿したように見えます。
「ハデス様、お会いできて光栄です。この日の本で現世を預かる素戔嗚と申します。どうぞお見知り置きを」
素戔嗚尊様もまた、襟を正し、武神としての覇気を抑えた誠実な会釈を返しました。
冥界の静寂の中、ギリシャと日の本、二つの世界の「根源」を司る神々が、今、静かに対峙しました。
いつもご愛読いただき有難う御座います。
ディオニュソス様とアリアドネちゃんの結婚式に招待され、冥界経由でオリュンポスへ向かう日本の神々一行。出迎えてくれたペルセポネ様、そしてあのゼウス様とは真逆の圧倒的な気品と静謐な威厳を纏う冥府の王ハデス様と、黄泉を統べるイザナミ様らによる重厚な初対面が実現いたしました。
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