第115話
本作は情景や心理描写を丁寧に描いているため、長めの文章構成になっています。
お忙しい方は、会話文「 」、キャラクター名、心の声( )を中心に追っていただくだけでも、テンポよくストーリーをお楽しみいただけます。
「あっ、そうだ。皆様、今日もワインをお持ちしました。
そしてワインと一緒にこちらを召し上がると、よりご満足いただけると思います」
ディオニュソス様は、少し照れくさそうに頭を掻きながら、鎌倉の街で見つけてきたチーズや生ハム、オリーブの瓶詰めをテーブルに並べました。
「ディオニュソス様! 有難う御座います! はいっ! 直ぐにお皿に盛って参りますわ!」
アリアドネは弾むような声でそれらの品を嬉しそうに受け取りました。
「ほうっ! 現代の日の本に来てまだ日も浅いのによ、よくこんな気の利いたチョイスができたものだ!」
素戔嗚尊様もその見事な組み合わせに目を輝かせ、アリアドネと一緒に甲斐甲斐しく台所へと向かいました。
リビングに残されたディオニュソス様へ、イザナミ様がゆっくりと視線を向けます。
「昨日、そなたのワインを馳走になった。ほんに美味かった。有難う」
大母神の声音は、どこまでも深く、穏やかでした。
「そなたの想いはよく分かった。……だが、心というものは移ろいやすいものじゃ。しばらくは、そなたを観察させてもらうぞ?」
「は、はい! 決して、もう決して彼女を傷つけないと、貴女様に誓います。貴女様のお許しが出るまで、何度でも参上いたします!」
葡萄酒の神は背筋をピンと伸ばし、誠実な瞳でまっすぐに答えました。その初々しいやり取りを見ていた天照大御神様が、思わず「ぷっ」と吹き出します。
「お姉様ったら、昨日はお許しになったみたいなこと仰ってたのに!」
いつもの調子でイザナミ様をからかった後、天照大御神様は少し真面目な顔をしてディオニュソス様を見据えました。
「ディオニュソス様、妾も一緒に見届けさせてもらおう。
だが、そなたもよく分かっていると思うが、妾とお姉様、そして素戔がアリアドネちゃんの後見人じゃからな。
肝に銘じるが良いぞ」
「はっ! 承知いたしました、天照大神様。……貴女様方を、アリアドネの日の本の両親だと思い、彼女を生涯大切にして参ります」
ディオニュソス様が深く頭を下げると、その様子をワイングラスを傾けながら眺めていたヘラ様が、満足そうに唇を綻ばせた。
「良かったのう、ディオニュソス。
それでは、妾がギリシャ側の後見人じゃ。
アリアドネだけではない。
そなたがアリアドネを大切にする限りは、そなたの後見人もつとめてやるわ」
なんと、あのオリュンポスの気高き女王たるヘラ様が、自らディオニュソス様の後見人まで買って出てくれたのです。
「おおっ……! 有難う、ございます……っ!」
日の本の主神たち、そして自国の王妃からのこれ以上ない温かい祝福と許し。
ディオニュソス様は嬉しさと興奮のあまり、神としての感情の昂りが抑えきれなくなり、髪の隙間から緑鮮やかな葡萄の蔓がパチパチと音を立てて勝手に生えてきてしまいました。
そのあまりの純粋な喜びように、リビングにはドッと温かな笑い声が広がっていくのでした。
しばらく和やかな歓談が続いた後、ディオニュソス様は少し居住まいを正し、ヘラ様の方へと向き直りました。
「ヘラ様、実は少し相談がございまして……。
私は近いうちに、父上(ゼウス様)にお願いしようと思っております。
アリアドネを、不老不死の神へと引き上げていただくようにと」
その言葉に、リビングが一瞬、静かな驚きに包まれます。
ギリシャの神話において、人間を神の領域へと至らせるには、最高神の強大な権能が必要となるためです。
ヘラ様は手元に残った極上のワインを静かに揺らし、大人の余裕を漂わせながら微笑みました。
「ふむ。妾から夫に申しても構わぬが、そなたの頼みなら夫も快く引き受けるのではないかえ?
何せそなたは、酒を世界に広めたという多大なる功績がある。
それ故にオリュンポス十二神にも選ばれたのじゃ。
自慢の息子からの頼みとあれば、あの男も嫌とは言わぬはずじゃよ」
日の本の洗練を経て、かつての嫉妬から完全に自立した女王の言葉には、確かな説得力と温かい後押しが満ちていました。
「おおっ、有難う御座います!
ヘラ様から直々にお許しが出たとあれば、父上もお許しいただけることでしょう!」
ディオニュソス様は深く頭を下げて感謝を捧げると、その勢いのまま、隣に座るアリアドネを真っ直ぐに見つめました。
その瞳には、もう支配や躾といった古い理の曇りは一切なく、ただ一人の女性への混じり気のない情熱だけが宿っています。
「アリアドネ。……今一度、そなたに告白しよう」
葡萄酒の神は、アリアドネの小さな手を、今度は目線を合わせて、優しく、しかし確固たる力で包み込みました。
「私と共に、永遠に夫婦となってもらえぬであろうか……。
神となり、生涯を、いや、永遠の時を一緒に歩んでもらえぬであろうか」
突然の、しかし今度こそ魂の底からのプロポーズに、リビングのすべての神々が息を呑んで二人の行く末を見守ります。
アリアドネは、急に訪れたあまりにも真っ直ぐな言葉に、再び顔を真っ赤に染め上げました。
ですが、その瞳はもう俯くことなく、目の前の優しい神の姿を、これ以上ないほど幸福そうに見つめ返していました。
「わっ、私なんかで、本当によろしいのですか……?」
アリアドネは胸元でぎゅっと両手を握り締め、ほんのり桜色に染まった頬を震わせながら、どこまでも愛らしく問いかけました。
かつて置き去りにされた絶望を知る彼女にとって、「永遠」という言葉はあまりにも眩しく、信じられないほどの奇跡に思えたのです。
いつもご愛読いただき有難う御座います。
日本の神々とヘラ様という最強の「後見人」たちの公認を得て、ゼウス様にアリアドネの神格化を頼む決意を固めたディオニュソス様。嬉しさのあまり頭から葡萄の蔓を生やしてます。
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