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どちら様ですか?~ナクソス島に置き去りにされたギリシャ王女、日本の神々に溺愛されました~【第一部完結済】  作者: 夜見猫
第八章 ディオニュソスの昼想夜夢

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112/129

第112話

本作は情景や心理描写を丁寧に描いているため、長めの文章構成になっています。

お忙しい方は、会話文「  」、キャラクター名、心の声( )を中心に追っていただくだけでも、テンポよくストーリーをお楽しみいただけます。

「わあ、ワインですか! それは楽しみですわ!」


何も知らないアリアドネは、テーブルに並べられた美しいボトルを見て、いつもの健やかな笑顔を輝かせました。


その様子を後ろで見守りながら、ヘラ様は「ふふ、粋な嘘をつくものね」と言わんばかりに小さくウィンクをし、天照大御神様も楽しげにグラスを揺らしています。


素戔嗚尊様は「さあ、それじゃあ格別のワインを開けようじゃないか」と、手際よくコルクにオープナーを差し込みました。


アリアドネの心を守りながら、その裏で静かに始まった、葡萄酒の神への試練。


七里ヶ浜の白い家には、ディオニュソス様が魂を込めてデキャンタージュした、かつてないほど芳醇な葡萄の香りがじわじわと満ち溢れてゆきます。


「うわっ……! なんですか?! このワイン!!」


素戔嗚尊様が丁寧に抜いたコルクの先から、グラスへ注がれた漆黒のルビーのような液体。


それを一口含んだ瞬間、アリアドネは言葉を失い目を見開きました。


「物凄く複雑で、フレッシュで……魂から洗われていくみたいです……!!」


これまで日本の数々の至高のB級グルメや極上の食材を食べてきたアリアドネが、かつてないほどの最高の評価を下し、その瑞々しい頬を上気させて感動しています。


「なっ……なんじゃ?! この味わいは!」


「これは……! まさに……魂が溶けるような味わいじゃのう……」


イザナミ様も、天照大御神様も、そしてディオニュソスのワインの味を知り尽くしているはずのヘラ様までもが、グラスを掲げたまま、あまりの調和の深さに今にも蕩(とろ)けそうな、恍惚とした表情を浮かべていました。


雑味が一切なく、飲む者を全肯定して優しく包み込むような、底知れない深み。


イザナミ様は、手元で揺れる美しい紅色の水面をじっと見つめ、静かに息を吐き出しました。


「…………奴の、アリアドネちゃんを想う心が、この味わいを作り上げたのじゃな……」


大母神の瞳に、先ほどまでの氷のような冷たさはなく、一人の男神の血の滲むような誠実な葛藤を受け止めた、深い慈愛の光が宿っていました。


イザナミ様はグラスをそっと置き、アリアドネの手を優しく握り直しました。


「アリアドネちゃんや。実は、先程来たのは配達人ではなく、ディオニュソスだったのじゃ。


これをそなたにと、詫びの心尽くしとして置いていった」


「えっ……ディオニュソス様が……?」


「ふむ。妾(わらわ)はまだ奴を完全には信用しておらんからのう、そなたが怖がっておると言って、手厳しく追い返したのじゃが……」


イザナミ様は、アリアドネの真っ赤に染まった耳たぶを愛おしそうに見つめ、ふっと微笑みました。


「この酒の優しさを見れば分かる。奴のアリアドネちゃんへの想いは、少なくとも本物であろう。


……また、そなたが許してくれるまで何度でも通うと言って、前を向いて帰っていったぞ?


どうする。次に奴が来たら、会ってやるかえ?」


その温かい問いかけに、アリアドネは胸を優しく締め付けられるような、切なくも心地よい奇跡の予感に包まれながら、小さく、しかし嬉しそうにこっくりと頷くのでした。


「あっ……けど……私、まだ恥ずかしい…です」


アリアドネはグラスを両手で包み込んだまま、耳の裏まで真っ赤に染め上げて、もじもじと身を縮めました。


「さようか。ならば、また追い返すか」


イザナミ様がわざと意地悪っぽく首を傾げると、アリアドネは弾かれたように顔を上げました。


「いっ! いえ! 会って……会ってお話しをしてみたいです……!」


慌てて手を振るアリアドネの顔には、恐怖など微塵もなく、ただただ一人の少女としての、本当に幸せそうな初々しい光が満ち溢れていました。


「さようか……ならば、妾(わらわ)はもう何も言うことはない。

次に来た時は、丁重に迎えてやろう」


「はい……」


アリアドネはキュッと自らの胸を抱きしめて、どこまでも恥ずかしそうに、しかし溢れんばかりの幸福そうな笑みを浮かべて深く頷きました。


その甘酸っぱいやり取りをじっと見つめていた天照大御神様が、冷酒のグラスをテーブルにカツンと置き、少し真面目な顔をしてイザナミ様に向き直りました。


「ふむ。イザナミお姉様は、奴を信用なさるのですな?」


天照大御神様には先日の怒りの名残がまだかすかに漂っているようです。


「それでは、妾が最後の砦(とりで)となりましょう。


イザナミお姉様やアリアドネちゃんが、これ以上傷つくのを、妾は心底見たくないのじゃ。


先日も、イザナミお姉様が怒り出さねば、妾が奴を消し炭にしていたやもしれぬわ…」


その言葉には、今の優しげな姿からは想像もつかない、身内をどこまでも深く、苛烈に愛する女神としての、底知れぬ絶対的な覚悟が込められていました。


「よろしいですな? お姉様、アリアドネちゃんや?」


天照大御神様のその力強くも優しい眼差しに、別荘のリビングは、さらなる新しい縁を迎えるための、心地よい緊張感と大きな愛に包まれていきました。


素戔嗚尊様とヘラ様は、少し離れた位置から、天照大御神様たち三柱のやり取りを穏やかに見つめていました。


ヘラ様は素戔嗚尊様の作った気の利いたおつまみが大層気に入っているようで、調理する手元を興味深げに覗き込んでいます。


今日は江ノ島で釣れた子鯖(こさば)を天日干しにし、それを炭火でふっくらと炙ったものが、香ばしい匂いと共にヘラ様へと差し出されました。


いつもご愛読いただき有難う御座います。

極上ワインでイザナミ様とアリアドネの心をすっかり蕩けさせたディオニュソス様。無邪気に照れるアリアドネ。しかし「泣かせたら消し炭」のアマテラス様が最後の砦に?!


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