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どちら様ですか?~ナクソス島に置き去りにされたギリシャ王女、日本の神々に溺愛されました~【第一部完結済】  作者: 夜見猫
第八章 ディオニュソスの昼想夜夢

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103/129

第103話

本作は情景や心理描写を丁寧に描いているため、長めの文章構成になっています。

お忙しい方は、会話文「  」、キャラクター名、心の声( )を中心に追っていただくだけでも、テンポよくストーリーをお楽しみいただけます。

「そなた……アリアドネちゃんを嫁にするとな? そして、教育を施すと?」


天照大神様のいつもの笑顔は完全に消え去っていました。


その額には青い血管が一本、明らかに浮き出ています。


宿した日輪の質量が、別荘の床を、物理的な地響きとなって微かに震わせ始めていました。


しかし、イザナミ様が放ったのは、それをも凌駕する、底の知れない静謐な凄まじい怒りでした。


「……主(ぬし)、妾(わらわ)の可愛いアリアドネちゃんを妻にする?


あまつさえ教育じゃと?!


…誰に……誰に断って、そのようなことを申しておるのじゃ!!!」


イザナミ様の瞳が、漆黒の深淵のごとく妖しく光ります。


刹那、ディオニュソス様の周囲の空間だけが、まるで極夜の海のように濃密で冷たい空気に覆い尽くされました。


五感を直接かきむしるような、黄泉の悍ましい数百万の死者の囁きが、一斉に彼の脳裏へと襲いかかります。


「うっ……うわあぁーーーーっ!!!」


葡萄酒の神は、経験したことのない絶対的な死の気配に、喉を掻きむしりながら床の上へのけぞりました。


「お姉様ストップ!!」


素戔嗚尊様がすかさずディオニュソス様とイザナミ様の間へと滑り込みました。


闘神としての体躯を盾にして、狂おしい黄泉の波動を強引に遮断します。


しかし、大母神の怒りは収まりません。


「素戔……そこを……そこを退かぬかーーー!!


……貴様とて……二度は言わぬぞっ?!!!」


別荘の窓ガラスがビリビリと激しく鳴動します。


あの八岐大蛇を退治した素戔嗚尊様ですら気圧されるほどの、生まれて初めて見るイザナミ様の「マジギレ」でした。


(ヘラ様、早く!この男を外へ!)


素戔嗚尊様は瀧のような汗を流しながら、必死にヘラ様へと目配せを送り、ディオニュソス様をこの場から連れ出すよう視線で促しました。


「ああ、もう! 仕方のない男ねっ!!」


ヘラ様は諦めたように吐き捨てると、恐怖で完全に腰の抜けたディオニュソス様の腕を掴み上げ、引きずるようにしてリビングから連れ出しました。


大国主様がその動きに合わせて玄関の扉を開け放ちます。


「お姉様!落ち着いて!」


さしもの天照大御神様も、姉の凄まじい怒りに冷や汗を浮かべ、浮き出た額の血管を引っ込めて、慌ててイザナミ様の肩を優しく揉みながら必死になだめ始めます。


ヘラ様に連れられ、命からがらリビングを抜け出したディオニュソス様は、玄関先のタイルの上にへたり込んだまま、しばらく言葉を失っていました。


全身の震えが止まりません。


あのイザナミ様から放たれた、世界の底に引きずり込まれるような絶対的な死の恐怖が、未だに肌にべったりと張り付いています。


一方、リビングでは、静かな涙の音が重なっていました。


イザナミ様は、アリアドネの小さな肩を優しく抱き寄せ、その瑞々しい頬を流れる涙を、自身の細い指先でそっと拭っていらっしゃいます。


「アリアドネちゃんや、すまぬ……すまぬな……。

嫌な思いをさせてしもうた。


気の良いおのこと聞き及んではいたのじゃが……


まさか、あのように高圧的なものいいをする男だとは……


見抜けなんだ妾の失態じゃ……」


イザナミ様の声音には、先ほどの凄まじい怒りはなく、ただただ深い慈愛と痛切な哀しみが満ちていらっしゃいました。


かつての夫に三行半を突きつけ、神話の闇の中で男の身勝手さに深く傷ついた過去を持つ彼女だからこそ、テセウスに無人の島へ置き去りにされ、今また自国の神から「教育」という名の支配を向けられたアリアドネの姿が、不憫でならなかったのです。


しかし、アリアドネはイザナミ様の心配とは裏腹に、ディオニュソス様への恐怖など微塵も感じてはいませんでした。


日の本の神々の寵愛は、彼女を気高く育て上げていたのです。


「いいえ……お姉様、私のほうこそ、ごめんなさい……。


せっかく皆様が用意してくださった温かい宴の席を、あんな風に壊してしまって……。


私、ディオニュソス様の言葉に傷ついたわけではないのです。


お姉様やアマテラス様を、こんなに悲しませてしまったことが、本当に辛くて……」


アリアドネはイザナミ様に肩を抱かれながら、優しい女神たちを心配させないように、目にたまる涙を流さないようおしとどめて凛とした顔を見せております。


日の本の温かい神々に救われ、笑顔で日の本を楽しめるまでに成長した今の彼女にとって、怯える自分は過去のものでした。


だからこそ、自分の存在が原因で、大切な日の本の「家族」の心を傷つけてしまったことが、何よりも辛かったのです。


自らと共に男の理不尽に直面してきたアリアドネを我が身のように想うイザナミ様の深い愛情。


そして、大好きなお姉様を悲しませてしまったというアリアドネの悔恨。


二つの想いが静かに交錯する中、二人はただお互いの体温を確かめ合うように強く抱き合っておりました。


天照大御神様も、そっと二人の背中に手を添え、太陽の優しい温もりで包み込んでいらっしゃいました。


一方、ディオニュソス様はヘラ様に支えられ、波の音が間近に響く七里ヶ浜の海岸まで命からがら逃げてきておりました。


「何が起こったのだ……? 全くわからない。


私もテセウスのように、知らずに日の本の神々の逆鱗に触れてしまったのか?


……イザナミ様は、なぜあんなにも激しい怒りを私に向けてきたのだ……?」


暗い砂浜に膝をついたまま、葡萄酒の神は先ほどの圧倒的な死の恐怖に身を震わせていました。


悪気などひとかけらもありません。


ただアリアドネを想い、身分に応じた気遣いをしたつもりが、なぜ世界のすべてを敵に回すような事態になったのか、何ひとつ理解できないまま頭を抱えてました。


いつもご愛読いただき有難う御座います。

「教育」発言でイザナミ様のマジギレを買い、黄泉の底へ叩き落とされかけたディオニュソス様。命からがら砂浜へ脱出したものの、悪気ゼロの天然ゆえに何がダメだったのか1ミリも理解できず、完全に途方に暮れております。


「イザナミ様のマジギレ、普段優しい人が怒ると怖い、けど怒られてみたい」と思った方は【評価(★)、ブックマーク登録】をお願いします。

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