第101話
本作は情景や心理描写を丁寧に描いているため、長めの文章構成になっています。
お忙しい方は、会話文「 」、キャラクター名、心の声( )を中心に追っていただくだけでも、テンポよくストーリーをお楽しみいただけます。
「おおっ……ホワイトドラゴンに乗りながら日の本の景観を見てきましたが……
テセウスの言う通り、恐るべき底力を感じますな!」
「ホワイトドラゴン?」
素戔嗚尊様が不思議そうに眉を上げると、助手席の大国主様がぷっと微笑んで言葉を補いました。
「父上……新幹線のことです」
「ん? ああ、そうか! ホワイトドラゴンの腹の中は楽しかったでしょう!」
そんな楽しげな会話を車内で交わしながら、漆黒の高級車は海岸沿いの国道を進み、ついに七里ヶ浜の別荘に到着しました。
邸宅の広いリビングの扉を開けると、天照大御神様、イザナミ様、そしてアリアドネが並んでディオニュソス様を歓迎しました。
「よくぞ来られた! ペルセポネ様より話は伺っておる。さあ、こちらへ参られよ!」
天照大御神様自らが快くディオニュソス様を迎え入れ、全員がリビングのテーブルへと集まります。
「お初にお目にかかります、天照大神様、此方は我がギリシャの酒です。
皆様で楽しんでいただければ何よりです」
ディオニュソス様は、大切に運んできた葡萄酒の甕を恭しく捧げ持ちました。
どこまでも気遣いの行き届いたその美しい立ち振る舞いに、イザナミ様も感心した様子で彼をもてなします。
「よくぞここまで来られた。アリアドネちゃんもそなたを心から待っておったぞ」
「ディオニュソス様! ようこそいらっしゃいました!」
笑顔を輝かせるアリアドネも、本当に楽しげな様子です。
そこで、ディオニュソス様は愛おしそうにアリアドネを見つめて言いました。
「おおっ、アリアドネや。
皆様に大変世話になったようだな!
さあ、この酒を皆様に振る舞うがいい!」
……ん?
その言葉が響いた瞬間、それまで和やかだったリビングの空気に、微かな違和感が流れました。
しかし、アリアドネ自身は、ディオニュソス様の言葉に特に違和感を覚えていないようです。
言われた通りに素直に立ち上がり、ギリシャの極上の酒を皆に振る舞おうと甕へ手を伸ばします。
しかし、その動きを素戔嗚尊様が優しく片手で制しました。
「アリアドネちゃん いいから座ってな!」
素戔嗚尊様は笑顔でアリアドネを止めます。
「せっかくのギリシャからのお客さんだ。
俺が用意するから、さあ、ディオニュソス様とゆっくりするといい」
「えっ?! あっ……けど……」
アリアドネは差し出した手を戻し、どこか戸惑ったように視線を泳がせました。
その様子は、いつもの天真爛漫な姿とは、明らかに違っていました。
「どうしたのだ?」という反応を見せる天照大御神様とイザナミ様。
イザナミ様が、手元のおしぼりで指先を拭いながら、落ち着いた声で促します。
「ほれ、素戔の言う通りじゃ。
アリアドネちゃんはディオニュソス様と語るギリシャの懐かしい話もあろう」
「そうじゃぞ。さあ、こちらへおいで」
天照大御神様も楽しげに微笑み、イザナミ様がアリアドネの手を優しく取って、自分のすぐ横の席へと連れてきました。
「で……でも……」
アリアドネは、なおもディオニュソス様の顔と、甲斐甲斐しくお酒を取り分けようとする素戔嗚尊様の間を、申し訳なさそうに見つめています。
「もしかして、自国の神に気を遣っているのかえ?」
天照大御神様はアリアドネに真っ直ぐ問いかけてみました。
「皆様、どうしたと言うのです?
アリアドネが皆様にお世話になっているのですから、そのくらい当然です」
ディオニュソス様は、少し不思議そうに、しかし何ひとつ悪びれることなく爽やかにそう言いきりました。
『なぜ今来たばかりの彼が、アリアドネの行動を当然のように取り仕切ろうとするのか』
リビングには一瞬、そんな疑問符が浮かびましたが、天照大御神様たちは
「まあ、あちらの文化なのだろう」
と、その場は一旦の違和感を払拭することにしました。
「そうかえ。それがそなた達の流儀なら仕方ないのう。
では素戔よ、アリアドネちゃんと一緒にお酒と食べ物を用意しておくれ」
イザナミ様が、すべてを優しく包み込むような声音でそう言うと、アリアドネもほっとしたように表情を崩し、喜んで立ち上がりました。
「はいっ! 是非ディオニュソス様のお酒を皆様にご堪能頂きたいですわ!」
「そうかえ。では、馳走になろうかのう」
イザナミ様が微笑みながら手元のごちそうに目をやったその時、ディオニュソス様がますます不思議そうな顔をして言葉を重ねました。
「皆様、アリアドネに用意をさせれば良いのではないのでしょうか?
アリアドネは人です。
神々をもてなして当然ではありませんか」
その一言が、七里ヶ浜の別荘のリビングに静かに響き渡りました。
刹那、楽しげな笑い声に満ちていた場の空気が凍りつきました。
現代日本の美味しい大衆食文化を愛し、アニメや歴史を猛勉強して自立した一人のチャーミングな神子としてアリアドネを慈しんできた日の本の主神たち。
そして男神の絶対性を覆したばかりのヘラ様。
その目の前で、ディオニュソス様が何の悪気もなく口にした「神と人の絶対的な理」が、温かな日常に重く突き刺さったのです。
いつもご愛読いただき有難う御座います。
悪気ゼロの爽やかな笑顔から飛び出した古代ギリシャの絶対格差。アリアドネちゃんを激甘に慈しんできた日の本の神々の前で特大の地雷を踏み抜いてしまいました。
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