第100話
本作は情景や心理描写を丁寧に描いているため、長めの文章構成になっています。
お忙しい方は、会話文「 」、キャラクター名、心の声( )を中心に追っていただくだけでも、テンポよくストーリーをお楽しみいただけます。
武甕槌様が自ら後部座席のドアを開き、ディオニュソス様を優しくシートへと促しました。
「どうぞ、お掛けください。京都駅まではすぐでございます」
車内は、外の喧騒が嘘のように静まり返っていました。
本革のシートに身を沈めたディオニュソス様は、極上の乗り心地に深く息を吐きます。
助手席に大国主様が座り、武甕槌様が静かにアクセルを踏み込むと、車は滑るように走り出しました。
京都駅までの短い道のり、車内では神トークが和やかに交わされていました。
「ゼウス様の雷は天を割り、すべての神々を平伏させる絶対の権力そのものです」
とディオニュソス様が静かに語れば、武甕槌様はバックミラー越しに穏やかに微笑み、言葉を返した。
「なるほど、それは恐れ多くも力強い神威ですね。
日の本の雷は、時に激しく悪しきを払いますが、同時に恵みの雨を呼び、田畑を潤して米を実らせる『豊穣の先触れ』としての側面も大切にされているのです」
「……雷が、命を育む豊穣の力に。
だからこそ、先ほどいただいたお酒や料理が、あれほど深く、優しい味わいを持っていたのですね」
「そう仰っていただけると、日の本の神としてこれ以上の喜びはありません。
ディオニュソス様、我が国をどうぞ心ゆくまで楽しんでいってください」
異国の神をどこまでも尊重し、紳士的に歓迎する武甕槌様の温かい人柄に、ディオニュソス様は深く深く感心していました。
静かで快適な車内での対話が弾むうちに、車は滑らかに速度を落とし、現代の京都駅のロータリーへと静かに到着しました。
「てっ……鉄のブリリアントホワイトドラゴン……
と、テセウスが言っていたのは、この美しい流線型の鼻の長いドラゴンですか……っ?!
あまりに、あまりに見事な白銀の輝き……っ!」
京都駅の東海道新幹線ホームに滑り込んできた白い車体を前に、ディオニュソス様は驚愕のあまり、抱えていた自らの葡萄酒の甕を落としそうになりました。
テセウスがインターネットの片隅でかじった現代日本のサブカルチャーの知識を混同して伝えた「鉄のブリリアントホワイトドラゴン」という響き。
目の前で静かに、しかし圧倒的な威容を誇って停車した、鼻の長い美しい新幹線の姿が、そのおどろおどろしくも華麗な名前に結びついてしまったのです。
「ディオニュソス様、それは新幹線というものでございますよ」
大国主様は、ギリシャの神が目を皿のようにして感動している姿を、どこまでも優しく見守っております。
「さあ、車内はさらに快適ですので、どうぞ中へお入りください」
促されるまま、自動ドアをくぐって静謐な客室へと足を踏み入れたディオニュソス様は、その近未来的な空間に終始ため息を漏らしました。
シートに腰を下ろすと、列車は全く振動を感じさせないまま、時速280キロを超える超高速の世界へと滑らかに加速を始めます。
「馬もいないのに、風を切り裂いて走るこの心地よさ……。
日の本の民は、日々これほどの奇跡に乗って移動しているというのですか……。
テセウスが己の矮小さを恥じた理由が、これで完全に分かりましたよ」
窓の外で目にも留まらぬ速さで流れていく日本の街並みを見つめながら、葡萄酒の神は、ただただ深い感嘆の息を漏らすばかりでした。
新横浜駅に到着すると、駅のロータリーには、美しく磨き上げられた漆黒の車が静かに停車していました。
運転席から降りてきたのは素戔嗚尊様です。
「やあ、遠いところをようこそ!
さあさあ、こちらです。その甕は我々へのお土産ですかな?
こちらのトランクに置いていただいて、貴方はこちらのシートにおかけください」
素戔嗚尊様はあらかじめペルセポネ様からのメッセージを受け取っており、ディオニュソス様を優しい神として、どこまでもスマートに歓迎しました。
ディオニュソス様がアリアドネを想う優しさと、日の本の神々が持つ温かさ。
それぞれの神話が育んできた気質には、実は深い隔たりがありました。
しかし、今はまだ、二柱ともその隔たりを意識できているわけではありませんでした。
「おおっ! 貴方がテセウスに仕置きをし、彼が兄と慕う闘神様ですね?
初めまして。私は酒の神ディオニュソスです。どうぞお見知りおきを!」
ディオニュソス様は、素戔嗚尊様の紳士的で温かいエスコートに感激しながら、車内に乗り込みました。
大国主様も助手席に収まり、車は滑らかに横浜の街を走り出します。
「いや、テセウスの件は彼自身の傲慢さが招いた自業自得でしてね。
今の彼は見違えるほど立派な王になりましたよ」
「ほう、それは何よりだ。日の本の土を踏んだ甲斐があったというものですな」
車内には、ギリシャと日の本の壁を全く感じさせない、軽快で楽しげな会話が心地よく響いていました。
ディオニュソス様は窓の外を流れる近代的な景色を眺めながら、愛しいアリアドネとの再会の瞬間に向けて、期待に胸を膨らませました。
いつもご愛読いただき有難う御座います。
新幹線を「鉄のブリリアントホワイトドラゴン」と中二病全開で酒神に吹き込んでいたことが発覚した元英雄テセウス。日本の神々による送迎エスコートで、ディオニュソス様が期待に胸を膨らませて七里ヶ浜へ移送されております。
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