第九章 マルクにて
門の前は、思ったより静かだった。
日が落ちかけている。石畳に二人の影が伸びている。
「ここまでだ」レオンが立ち止まった。「俺が門番を引きつける。その間に外に出ろ」
「……なんで、そこまで」
「言っただろ。弟のことがある」レオンは前を向いたまま言った。「お前のノートが正しいなら、いつか弟に証明してやりたい。だからお前には生きていてもらわないと困る」
俺は何も言えなかった。
こいつのこと、嫌なやつだと思っていた。でも——根っこのところは、思ったより真っ直ぐだった。
「……ノートの内容、全部頭に入ってます。逃げ切ったらいつか伝えます。弟さんにも」
レオンは少し黙ってから、短く言った。
「約束だぞ」
それだけ言って、レオンは門番に向かって歩き出した。わざと大きな声を出して、注意を引き始める。
俺は闇に紛れて、門の脇をすり抜けた。
振り返らなかった。振り返ったら、なんか泣きそうな気がしたから。
元ニートは、人の優しさに弱い。
学院の外に出たのは、生まれて——いや、転生して初めてだった。
街道に出ると、遠くに街の灯りが見えた。学院からの馬車で通った時に見た、商業都市マルクだ。人口が多く、よそ者が紛れ込んでも目立たない街だと、記憶している。
「とりあえず、あそこまで行くか」
俺は走った。銀髪が夜風に流れる。スカートの裾がまだ慣れない。でも今は走ることに集中だ。
問題は金だ。手持ちの金貨は五枚。宿に泊まれば一週間もたない。
「稼がないと」
魔法が使える。それが唯一の武器だ。
マルクに着いたのは夜明け前だった。
大きな街だった。石造りの建物が密集し、朝市の準備をする商人たちがすでに動き始めている。俺は人混みに紛れながら、街の中心部へ向かった。
まず宿を取った。一番安い宿で、金貨一枚。部屋は狭くてベッドが軋んだが、それより安全の方が大事だ。
次に情報収集。
宿の食堂で朝飯を食いながら、周りの会話を聞いた。元ニートは盗み聞きが得意だ。
「魔物が出たらしいぞ、東の農道に」
「また井戸が枯れたか、南の村」
「橋が壊れて荷物が運べない、困ったもんだ」
聞こえてきたのは、全部「困りごと」だった。
「……依頼、あるじゃないか」
俺はパンをかじりながらノートを開いた。新しいページに書く。
『マルク周辺の問題:①東の農道に魔物 ②南の村の井戸が枯れた ③橋が壊れた』
『解決に使える魔法:①炎か風で撃退 ②水魔法で水脈を探す ③土魔法で補修』
全部、俺にできることだ
「よし」
俺は立ち上がった。




