第十章 便利屋はじめました
最初の依頼は、宿の主人から取った。
「ちょっといいですか。魔法、使えるんですが。何か困ってることありませんか」
主人は胡散臭そうに俺を見た。小柄な銀髪の少女が「魔法使えます」と言っても、信用されないのは当然だ。
「証拠を見せろ」
「どうぞ」
俺は手のひらの上に、こぶし大の炎を出した。続けて水の球を浮かせ、最後に風で宿の入口の埃を吹き払った。
主人が目を丸くした。
「……宿の裏の排水溝が詰まってて困ってるんだが」
「見ます」
裏に回ると、土と泥で詰まった排水溝があった。俺は土魔法で泥を引き抜き、水魔法で流した。五分で終わった。
「銅貨十枚でどうですか」
主人はしばらく俺を見てから、銅貨十五枚を渡してきた。
「釣りはいらん。あんた、腕がいい」
これだ。これで生きていける。
その日のうちに、三件も依頼が来た。
農家の害虫を炎魔法で焼いてほしい。川から水を引くのを手伝ってほしい。倉庫の壁のひびを直してほしい。
全部やった。全部、魔法の実験を兼ねた。
倉庫の壁を土魔法で直した時、俺は新しいことに気づいた。
「土魔法って、形を細かく制御できるんだ」
ひびを埋めるだけじゃなく、土を自由に成形できる。建築に使えるじゃないか。
俺はノートに書いた。
『土魔法:粘土をこねるイメージで形を変えられる。固める時は乾いた土が固まる瞬間を思い浮かべること。応用範囲が広い、要研究』
依頼をこなしながら魔法の実験ができる。一石二鳥だ。
楽しい。
友達もいない、追手には追われてる、手持ちは銅貨数十枚。でも楽しい。
「俺、こういう生き方が合ってるのかもしれない」
夜、狭い宿の部屋でノートを書きながら、そう思った。
誰かに評価されなくても、ただ好きなことを掘り下げていればいい。
元ニートは、それだけで生きていける。
三日後、問題が起きた。
宿の朝食を食べていると、食堂の壁に一枚の紙が貼られた。
街の衛兵が貼っていった、お尋ね者の手配書だ。
俺は何気なく見た。
そこには、銀髪で青い目の少女の似顔絵が描かれていた。
『危険人物 アリア・フォン・シルヴェスト。貴族社会転覆を企てる魔法使い。発見次第、学院または王都騎士団まで報告。報奨金:金貨五十枚』
「……金貨五十枚」
俺は静かにパンをかじった。
自分の懸賞金が自分の所持金より多い。なんか複雑な気分だ。
隣の席のおじさんが手配書をじっと見ている。俺の顔と手配書を、交互に見比べ始めた。
目が合った。
「物騒だな。早く捕まるといいですね。」
「……そうだな」おじさんは目を逸らした。
俺はゆっくり立ち上がり、さりげなく宿を出た。
廊下に出た瞬間、全速力で走った。
「やばい、街を出ないと」
マルクを離れて次の街へ。その次の街へ。魔法で稼ぎながら、追手をまきながら——。
アリア・フォン・シルヴェスト、逃亡生活一週間目。
まだまだ続く。




