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【試作】森に消えし盟約【書き溜めて更新】  作者: 永島大二朗
第一章 アルミッド王国編
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第九話 鉄路の旅路

 まだ何分も走っていないだろう。周りは森だらけ。街は無い。

 それに『スイッチバック』なる駅らしき物も見当たらないとは。


『ポーッ。ガタン』「戻るのか?」「そんな訳無いだろっ」

 団長が前を見たまま後ろを指さした。しかし答えは吐き捨てるような否定。聞いた方も聞かれた方も気分が悪い。

 しかし同情の余地は僅かだがある。今『見るな』って言われたばかりだし、初めて乗った列車は『馬車みたいなモン』と聞いている。

 馬車が『後ろに下がる』なんてのは聞かないが、列車が後ろに下がれるのだとしたら、そりゃぁ『元に戻る』と思うだろう。


『ガタン。ガタタン』「これから山の斜面をだな、何度もこうやって、こうやって、下りて行くんだ」「ほう。何でまた」「鉄道ってのは、急坂と急カーブが大の苦手でな。山の上に線路を通すとなると、こうするしかなかったのさ」「……成程?」

 腕を何度も往復させて、山肌に沿う線路を表現した後、別に自分が苦労した訳でも無いのに肩を竦めて見せる。しかし頷いたはずの団長の顔は微妙。大体鉄道初見にスイッチバックは難しかろう。

 すると『ホラ見て見ろ』と、後ろを指さしたではないか。


「大丈夫なのか?」「あぁ。今なら平気だ。旗振ってるだろう?」

 見れば展望車のデッキから近衛の娘が身を乗り出し、白旗を上下に振っている。こちらの監視は一時お休みか。しかし、振る度に脇が見えて胸が揺れて。見えるのは僅かなカーブのときのみなのに、それを楽しみにしてか、全員が後ろを振り返っている。

 進む先をちゃんと見ていれば、線路を見て下り坂と判るだろう。

 横を見れば窓の外には『さっきの線路』が見えて、それが上方に消えて行く。ほら、これが『スイッチバック』だ。諸君。『坂を行き交う方法』を、ご理解頂けただろうか。するとクーガの合図が。


「赤旗を持ったら後ろを見るな。止まる合図だ」「おっおう」

 確かに『止まるんだろうな』は判った。何故なら線路が無いから。

 最初は『何だ?』と驚いた足元からの音は、分岐器を通過した音。赤旗に持ち替えた直前、再び同じ音がしていた。鉄の段差を行くと、『こんな音がするのか』と思う。やがて列車は停止。


「これを合計八回繰り返す」「そんなにか」「楽しみ」「馬車の方が早いのでは?」「じゃぁ馬車が『このカーブ』を曲がれるか?」

 一部チープな感想が混じっているが、クーガと団長の問答は続く。


「うーん。曲がる度に苦労しそうだなぁ」「えぇ」「嫌なら別に、歩いて貰っても良いんだぞ?」「嫌なんて。座ったまま行けるなら、その方が」「雨の日も雪の日も」「そう言えば暖かいな」「確かに」

 四人掛けに二人で座る団長と副団長のジャックが確かめ合う。

 そうだ。今更ながらに思う。外は今だ雪景色ではないか。

 今朝までこんな雪山を、死ぬ思いで走っていた彼らである。それが今はどうだ。同じ雪景色を見ながら、フカフカな椅子に座ったまま移動できるとは。しかも暖房が効いた部屋で。

 そう。考えてみれば『暖房付きの馬車』なんてお目に掛かったことがない。この『列車』って言う奴は、もう『動くリビング』だ。


「おぉ、凄い山奥だな」「街は見えないなぁ」「まだ先だ」

 森が切れたと思ったら橋を渡っていた。石造りの立派な橋を。

 しかし今見るべきは『景色』の方だろう。何度スイッチバックを通り過ぎただろうか。最初は面白がって見ていたが、周りの景色が変わらないので、流石に飽きて来た所に見えた一瞬である。

 代わり映えの無い一面『冬の森』であるが、麓の方は雪が少ない。と言うことは、周りから雪が見えなくなったら街だろうか。まだまだ先のようだ。うーん。これは果たして何日掛かることやら。


「街にはどれ位で付くんだ?」「夕方前には着くだろう」「えっ?」「何だ。遅すぎるってか?」「違う。早過ぎだろう」「そんなこと言ったって、着くんだからしょうがないだろ。もう今夜の宿だって取ってあるし、飯の予約だってしてあるんだからさぁ」「飯っ!」

 ボーっとしていたデイブが突然元気になったが、そこは隣のエムに『ガツン』とやられて大人しくなった。もう暫く寝てろってか。


「言っとくけど、スイッチバックはゆっくりだが、下に降りたら馬車より速いからな?」「ほぉ。馬車より?」「まぁ、見てりゃ判る」

 確かにさっきから『ゆっくり』である。全速力で走れば追い付けそうな気もする速度。だから疑いの眼を向けざるを得ない。


『バサッ』「えっ?」「何だ?」「近衛のねーちゃん落ちたぞ!」

 誰もが『そんなことあるか』と思っていた。この場合、クーガが筆頭である。しかしクーガは『一部始終』を見ていたのだ。

 展望デッキからひとっ飛びに舞い上がった近衛だが、音からして張り出した木の枝にでもぶつかったのだろう。次の瞬間、線路の上に転がり落ちたではないか。いやぁ素人目に見ても痛そう。

 しかしその後は『流石近衛』と言わざるを得ない。


「スゲェ。足速っ」「必死だな」「おいおい。あんま見るな?」

 冒険者のレベルで言えば『最低でもA級以上』と噂される彼女達にしてみれば、あの程度の高さからの落下なんて大したことではない。直ぐに起き上がった。そして列車を追い掛ける。

 最後は大きくジャンプして、まるで何事も無かったかのように展望デッキへと舞い戻ったではないか。余裕の笑みまで見せて。


「あれ? また行っちゃったぞ?」「あぁ、髪飾り落としたか?」

 クーガの推理が的確なのは、仕草が非常に判り易かったのもある。

 エレガントに髪を整えようとしたのだが、在るはずの髪飾りが無いことに気が付いた瞬間、明らかに顔色が変わったのだ。

 直ぐに振り向き列車を飛び降りる。そして『さっき列車を追い掛けたんより速いんじゃね?』な勢いで走って行く。余程重要なのか。

 その間にも列車は進んでいるのだが、そんなのお構いなしか。寧ろ上下を見比べて『この枝の辺り』の方に夢中か。

 すると突然地を這う。どうやら直ぐに見つかったようだが、破損が無いかを確認しているような。上に向けて見たり、裏返して見たり。いや、それは列車に戻ってからすりゃ良いだろうに。

 細かい部品。もしかして宝石でも取れたとか? 入念に線路を眺めているが、だとしても敷かれた砕石の間に入ってしまえば見つかるまい。やっと無事を確認してか、定位置に飾り付けた。

 手鏡? 角度を確認? あっ直してる。今度は? 良いみたい。頷いた。いや遠目に見る限り『年頃の娘』にしか見えないのだが。遠すぎて表情までは見えないのが残念に思える。


「戻って来やしたぜ」「あれが本気の走り?」「ホラ見るな見るな」

 再び見えて来た近衛の顔に、焦りも喜びも無い。キリっとした表情のまま展望デッキへと舞い戻った。まるで『ずっとココに居ました』な感じで髪を整え始める。実にエレガントだ。


「髪飾り落とすと、あぁなるんだな」「初めて見たとか?」「あぁ」

 聞こえると拙いのでヒソヒソ声に決まっている。証拠に近衛がチラチラとコッチを見ているではないか。もしかして因縁付けて『口封じ』なんてことも、無きにしも非ず。目は口程にものを言う。


「俺も近衛には何度も遭遇したが……」「初めて見たっ」「シッ!」

 クーガが満面の笑みで会釈。何だ『地獄耳』なのか? 自らの両手で目を覆い、続いて口を塞ぐ。これは『何も見てません』と『絶対に口外しません』の意思表示だろうか。まぁそうだろうな。

 少なくとも『お前の顔は覚えたからな』以上は確定。クーガの冷や汗を鑑みるに『弱みを握った』とは程遠い感情が見て取れる。

 近衛は展望デッキに取り付けられた縦長の箱から、紅白の旗を取り出したではないか。どうやらもう直ぐスイッチバックらしい。


「ふぅ。お前ら判ってるな? 酒飲んでペラペラ喋り始めたら、俺が真っ先にぶった切るからなっ!」「コイツはちゃんと黙らせるって」「俺ぇ?」「お前以外に、誰が居るんだよっ!」「ヒデェな」

 エムが言う『お前』が誰かなんて、クイズにもならぬだろう。


「なぁ、ここは線路が沢山あるんだな」「んん? あぁ信号所か」

 さっきまでのスイッチバックと、今回は雰囲気が違う。

 山間だから、結果的には『必要最低限』なのだろうが、少しばかり広く線路が四線並んでいて、若干だが大きめの建物も存在する。

 係員が待機するだけの小屋とは明らかに違う。倉庫にタンク類。ゆっくり走りながら見えて来た建物は立派な石造りで、多分『駅』なのだろうが、辺りに人家は無い。


「これは?」「休憩所だ」「急に立派な建物だな」「そりゃそうだ。『王家の谷の御用達』だからな」「あぁ、成程」「これでも質素よ」

 クーガがあえて『雲上の監獄』と言わなかったのは、近衛の地獄耳を警戒してのことだろう。団長はそこには触れないでおく。

 時計は無いが、出発してから既に二時間が経過している。強制送還中でも無ければ、ここで『小休止』てなもんだろう。


「見てみたいな」「あぁ見ろ見ろ」「いや、降りられるか?」「無理に決まってんだろ」「やっぱり? まぁちょっと言ってみただけだが」『ガチャッ』「列車入れ替えで十五分待ちです」『バンッ』

 誰だ今の? 走って来たと思ったら言うだけ言って行っちまった。

 思わずにやけたのは団長の方。クーガも同意して肩を竦める。


「じゃぁ、十分だけな。残っていたい奴はいるか? まぁ居ないな」

 居心地が良いとは言え、同じ姿勢でずっと座っているより、例え十分でも外に出た方が良い。全員がクーガの後に続く。

 前方のデッキから小さなホームに降り立つと、直ぐ目の前に休憩所がある。平屋建てだろうか。例によって看板も何も無いので、また『好きなように呼べ』ってか? 名前位付けろってんだ。


「ここは『雲上テラス』って言うんだ」「ほう。知ってるのか?」「いや、名前だけな。入るのは初めてだ」「何だ」「ホラ、トイレ行って来い」「あぁ」「俺も『ココ』までは、入ったことがある」

 エントランスのすぐ横にトイレがあった。中へは『用を済ませてから』と言いたいのだろう。取り敢えず出すモン出して来いと。

 ゾロゾロと連なってトイレに向かったのを見送ったクーガは、一人で奥へと向かった。当然のように誰も居ない。

 嫌味抜きで『高貴な人向け』だからであろう。品の良い調度品の数々が並んでいる。ソファーに、向こうには食事をするテーブル。壁に飾られた絵画や彫刻まであって、誰も居ないのが実に勿体無くも感じる。まぁ、そんなこと考えている内は『高貴』には程遠いか。


「こんな風になってるんだな」「あぁ。中までは入らないでくれ」

 奥へ行こうとする団長をクーガが制止する。フカフカのソファーに座ったら、一体どんな風に見えるのか見てみたいのも判る。

 が、しかし。忘れていないだろうか。アンタらは『強制送還中』であることを。自覚が足りなきゃ、紐でも足枷でも付けてやるが。


「おぉスゲェじゃん! 外のテラスに出て見ようぜっ!」「止せっ」 団長の横をすり抜けて行こうとしたのは、当然のようにデイブだ。団長が止める前に、エムがデイブの肩を掴んで引き留める。

 許可されたのはあくまでも『見学』であって『休憩』じゃない。

 大体この崖っぷちでこの季節、『景色が良い』のは『風が強い』と相場が決まっている。閉めっ放しの扉を開けたなら間違いなく寒風が吹きすさぶ。例え室内に居ようとも季節を感じられるだろうよ。


「今日みたいな日は、よっぽどの物好きでなけりゃ、テラスには出ねぇだろ」「俺、物好き」「風が強くて寒ぃぞ?」「えぇえぇ……」

 寒さには弱いらしい。一番脂肪を溜め込んでいる癖に。

 そうだな。風魔法を自在に操れる者が同行していれば、寒風を相殺してくれるかもしれないが、それはそれで大変そう。

 と、気が付けば全員が後ろに並んで。ならば見学会は終わりだ。


「ここは食事も出来るのか?」「あぁ。予約していればな」「ほぉ」「時間帯によっちゃ、随分待たされるらしいし」「列車の入れ替えで?」「あぁ」「そんなに通るのか?」「通る通る」「ほぉおぉ」「だから『ココでお茶する』のが目的になっているとか」「随分詳しいじゃないか」「いや仲間から聞いたのさ。『テラスの護衛』はめっちゃ寒かったてさ」「そっち?」「そうだよ。こんな崖上のテラスなんて、誰が襲って来るってんだ。寒ぃだけだってさ!」

 クーガが聞いたのは、商家に護衛として雇われた『元冒険者』の話だ。同じくCクラスだったが、『Bクラスに上がるよりマシ』と吐き捨てて就職した。そこまで言うんだったら『愚痴酒に呼ぶな』と言いたいが、向こうの奢りなら付き合ってやらんこともない。


『ガタンゴトン・ガタンゴトン・ピーッ』「何か来たな」「木材?」

 外に出ると貨物列車が来ていた。材木を大量に積んだ森林列車だ。

 こちらのお召列車の三両編成より断然長い。見れば一番崖側の待避線はお召列車用なのか短い。奥の三本はまだ先まであって、何とか入り切ったようだ。いや入るように編成しているのだろうが。

 するとどうだろう。向こうも止まったではないか。機関手が降りて走って来る。あの様子は小便か。しかし視線はお召列車。『あれ? 何で居んの?』の表情があからさま。そしてクーガに気が付く。


「あれっ? どうしたんですか?」「コイツ等の護送だ」「へぇぇ。ご苦労様ですぅ。上ですか? 下ですか?」「下下」「あらっ。じゃぁ先出ますぅ?」「いやぁ、お仕事優先で」「えぇえぇ? お召列車の前を走れって言うんですかぁ?」「回送みたいなモンだ。良いから早く行って来いよ」「へぇい。いや漏れるぅ」「漏らすなよ!」

 機関手は行ってしまった。クーガは機関手とも仲が良いのか。

 まぁ、何度も往復していれば知り合いも増えるのだろう。

 知り合いを増やそうともしないのは、お召列車の屋根の上で警戒中の近衛位なモンだ。パンツ見えそうだが、覗き込んだら殺されるんだろうね。ハイハイ。見やしませんよ。しかし何でそんな恰好。


「おい、用が済んだら早く乗れ」「これはどうやって動いてる?」

 例によって聞いて来たのは団長だ。聞かれたクーガが機関車の前に立つ団長の方へと歩み寄る。実はクーガも、常々不思議に思っていたのだ。故に、少しばかし興味があったのもある。


「コイツは基本、石炭を燃やしてお湯を作ってな」『ピーッ』「その蒸気で動いてるってか?」「あぁそうだ。ウルセェなぁ……」

 今のは汽笛の方に決まっている。二人共耳を塞いでいたから。

 クーガも『燃料が石炭』と知っているなら、別に不思議なことは何も無さそうにも。クーガは運転席の方へと歩み寄る。

 団長もあちこち見ながら後に続き、立ち止まったクーガに当たって止まる。『すまんすまん。質問どうぞ』じゃないって。


「なぁ親っさん、今日は煤煙が少ねぇけど、どうしたんだ?」

 下から見上げるように言えば、運転手がヒョコっと顔を出す。

 声で『クーガ』と判ったのだろう。『何を今更』な顔だ。返事もせず引っ込むと、若いモンの首根っこを掴んで引っ張り出したではないか。親子程の年齢差。拗ねた態度。随分『やんちゃ』したか。

 しかし普通に見れば、親っさんを張り倒してもおかしくないお年頃のようにも思えるが、猫の被り物は見当たらない。


「今日は『コイツ』が乗ってるんでな」「あぁ、そういうこと」

 勝手に聞いて勝手に納得されても団長は困るばかり。

「だそうだ」「いや、何のことだか」「だよな。おい、教えてやれ」

 スルーパスを連発するクーガに、団長は軽く憤りを覚える。説明する立場の人間として、それは如何なものだろうか。


「放火して捕まっちまったんだよ」「えっ!」「ハハハ。で、何年食らったんだ?」「五年だよ五年」「そんだけ?」「そんだけって、何?」「いや人家に放火したら死刑だろ」「おい、何に火を点けたんだ?」「森だよ」「うわそれはやヴぇ」「笑いごとじゃないだろ」

 答えを聞いても尚、団長の頭上には『?』が複数煌めく。

 それを線で繋いだら『七つの星』に見えなくもないが、今はその議論をするときではない。


「ココじゃぁ『森に火を点ける』のは結構な重罪でなぁ。それで勤労奉仕してるんだろ。なっ?」「あぁ。石炭の代りに炎を出して貰ってるんだ。火力の調節は『こうっ』だ」「ちっ」「アハハ」

 答えたのは親っさんの方。若いモンの頭を殴る振り。それでも若いモンは、頭を殴られたのを思い出してか、キッチリ避けている。

 確かに蒸気機関車に於ける『火力調整』は重要で、『火を出しときゃイイんだろ』な気持ちでやっていれば、親っさんも怒るだろう。


「ずっと火魔法使いの犯罪者に釜焚きやらせりゃ良いんじゃね?」「勘弁してくれよ……」「俺もそれを提案したんだが、このタイプのボイラーには勿体ねぇそうだ」「そうなん?」「あぁ、ご主人さま曰くな」「へぇ。ならそうなんだろうなぁ。だったらボイラーを、火魔法特化にしたら?」「それだと、機関車には合わねぇらしい」「色々あんだなぁ」「だから石炭で良いんだとさ」「成程ねぇ」

 また団長だけが取り残されてしまった。理解が追い付かない。

 何だよ。『ボイラーの種類』って。魔法が勿体ない? それもこれも『あの男』が意見したって? 何だ。昨日『エロ談義』なんかしてないで、男からもっと話を聞いて置くべきだった。


『ピーッ』「おっ、下からのが来たぞ。乗ってくれ」「あぁ。ありがとな」「良いってこって。ホラお前も『バーン』と派手にやってくれっ!」『バシッ』「イテェな。なら全力でやって良いのか?」「物には限度っつぅモンがあんだよ。いい加減テメェ考えろっ!」

 後ろ髪を引かれる思いだ。団長はクーガに急かされて車上の人へ。

 すると隣の番線に、荷台が空の列車が入線して来た。


「これは?」「向こうのと入れ替えで上に行くんだろ」「木を積みに?」「そうだ。冬は木を切り出すのに良い季節だからな」「どうして?」「そりゃぁ雪の上を滑らせて来れば、簡単に運べるだろ」「成程」「何だったら、四、五年経験して貰って良いんだぞ? 口利きしてやろうか?」「いやいや、勘弁してくれ。国へ帰る……」

 団長の実家『グレイヴァン辺境伯家』は、領地内に広大な森林を有している。だから当然林業も行っているのだが、その実態は何も知らない。まぁ団長が『三男』ってのもあるが。

 しかし『林業なんて』との思いから思わず口走ってしまったが、国に帰ってもどうなるか判らない。ならば喪が開けるまで、いや、ほとぼりが冷めるまで、ココで世話になるのも悪くない気も。


『ピーッ』「アレが出たら、次はコッチの番だ。さて、暫く暇だろうから、お前ら、何か聞きたいことがあったら、何でも聞いてくれ」

 椅子の背もたれに座ったクーガが一同を見渡す。サービス精神旺盛と来たもんだ。しかし色々面食らったみたいで、特に質問は無い。


「木を伐り出すのにも、鉄道を使っているのか?」「御覧の通りさ」「他にも?」「他とは?」「いやぁココは『禁忌の森』って聞いてたからなぁ」「そもそも『街がある』なんて、思ってもなかったし」

 何かこう『凄いのあるらしい』と判っていれば、事前に質問を準備して『視察しに来る』なんてことも出来よう。それが急に準備も無しに『質問どうぞ』なんて言われても困る。あっ動き始めた。


「コッチ側に魔獣は出ないのか?」「出るよ? 普通に」「えっ」「聞いといて何ビビってんだ。そのために俺が居るんだろ」「あぁ」

 軽く流されてしまった。確かに一理ある。

 残念なお知らせだが、クーガ一人を武装した近衛騎士団が、総がかりでも倒せるかは甚だ疑問だ。だからクーガの手に掛かれば、魔獣の一匹や二匹、何てことないのだ。ほら、ミーコも強かったし。

 それに、クーガが恐れる『近衛の娘』とやらも同乗している。まぁ向こうさんの場合『お召列車を守る』のが主目的だろうけど。

 だから、鼻糞なんか『ペチャ』ってやったのが見つかったら、即刻殺されてしまうかもしれない。てかデイブッ! エム、ナイスだ。


「王家の谷と『モリオク』だっけか? 下の街との行き交いは、コレで行くのか?」「あぁそうだな」「料金は幾らなんだ?」

 アルミッド王国にも駅馬車はある。そして貴族である団長は、王都の貴族学校へ通っていた頃に何度か乗ったことが。

 料金は気にしたことも無かったが、まぁおよそ昼飯代位なモンだろう。庶民にしてみれば『半年分の年収』と聞いたこともあるので、道理で下賤の者は居なかった訳だ。

 しかし乗り心地、速さ、は駅馬車と列車は比べるべくもない。おまけにこの内装だ。ちょっとした休憩施設まであの豪華さと来れば、相当なお値段と予想できる。我が国に導入出来るか否か。


「無料だな」「えっ? ホントに?」「あぁ。嘘付いてどうする」

 クーガは笑っているが団長の顔に笑顔は無い。思わず辺りを見回した。建設費、維持費、運用費のどれを取っても、かなりの金額となりそうなのに。チラっと後ろの車両まで。向こうは凄く豪華だ。


「ご主人さまが行くついでならな」「えっ? あぁ成程」「要予約」

 そういうことか。後ろの車両はあの男用で、コッチが同行者用と。

 見れば近衛の娘が、椅子に座って寛いでいるではないか。別にそれ自体『好きにすれば良い』と思うのだが、様子がチョット違う。


「ありゃぁ奥様の椅子に座って、『奥様気分』って奴だな」「……」

 車両の中央に一人掛けの椅子が二脚、並んで置いてある。

 その内の一脚に足を組んで座り、『主の居ない椅子』に向かって、にこやかに話しているのだ。髪をなびかせながらと言うか、髪飾りを見せつけながらと言うか迷うが、そんな感じで。笑うときは口に手を。と、その手で『見えない肩』をパチンとやって、再び笑う。

 あぁ、とても楽しそうにしているので、誰も邪魔なんてしない。する訳ない。見るだけで、積極的に関わり合いたいとは思わない。

 すると今度は立ち上がり、主の居ない椅子の手摺に座り、背もたれに右手を回した。前から迫る左手の動きが艶めかしい。

 何をやっているのやら。と、思った瞬間『ピョン』立ち上がる。一人芝居はまだ続いていて、驚きながら首を左右に振り歩き、視線の先にあるのは『応接セットの三人掛けソファー』だ。自ら倒れ込んで、足が上になったではないか。

 およそ戦闘には向かないハイヒールを、生足が下から支える不思議な構図に、一同驚きも興味も隠せないでいる。上下に動くハイヒールと、観客の首の動きが完全にシンクロし始めた。


「ヤバイやばいヤバイ。終わりだっ。前向け前っ。殺されるぞっ!」

 最初に冷静となったのはクーガだ。ヒソヒソ声に手招きをプラス。

 今回ばかりは全員が指示に従う。あれは『誰も見ていない』のが前提であり、見たら確かに殺されよう。しかし『殺されても良い』と思っている奴が、若干一名存在したようだ。


『ダンッ!』「うわっ! 戻ったっ!」「馬鹿っ! 頭を隠せっ!」

 近衛の娘が飛び起きていた。乱れたスカートを『パッ』と一払いし、整えた頃には既に無表情。コツコツとモデル歩きを始めた。

 短いスカートを左右に揺らしながら、そのまま展望デッキに出ると振り返る。顎を上げ前方を一睨み。長い。凄く長く感じる。

 異常なしと認めたのだろう。箱から赤白の手旗を取り出した。


「近衛ってのは『あんな奴』ばっかなのか?」「知るかよ。俺が聞きたいわ」「幾ら強くてもアレじゃなぁ。デイブの方がまだ良いぞ」「褒められちった」「いえ団長。私は『あの娘』が良いです」「おいおい」「私も」「私も」「ちょっとお前ら」「団長、訂正して下さい。多少性癖が悪くても、あの娘の方がずっとマシです」「酷いなぁ。昨日は俺の話で盛り上がってたじゃねぇか」「話より実物」「うわお前、それは流石にハッキリ言い過ぎじゃね?」「ワハハ」

 声を押さえて笑い合う。誰しも『隠しておきたいこと』の一つや二つは有るってこと。デイブの場合は寧ろ隠し過ぎて、誤解を招いているに違いないのだ。ならばこれからも色々暴露せねばなるまい。


『ガタンッ。ピーッ』「止まった」「着いたか?」「ちげーだろ。何処に街あんだよ」「でも、また線路が沢山あるな。あれは?」

 さっきよりも広い場所だが、それでもまだ山中であることには違いない。無理矢理にでも、兎に角沢山線路を敷き詰めた。そんな感じがする。重要拠点で間違いは無かろうが、さっきとも様子が違う。


「石炭か鉄鉱石じゃねぇの?」「どっちだよ」「ココはあちこちの鉱山に向かう拠点にもなっててな。色々あるから俺も良くは知らん」「コレ全部なのか?」「あぁ」「スゲェな」「おい、また来たぞ!」

 窓際のリックが窓に頭をくっ付けて指さした方を全員が覗き見る。『見えないじゃないか』と言うつもりはない。音だけはハッキリと聞こえて来るからだ。かなりの重量とお見受けするが正解は如何に。


「あれは石炭だな」「何で判る?」「貨車から水垂れてるだろ。そこで上から水掛けたんだよ」「何のために?」「自然発火防止さ」

 クーガの説明は必要最低限だ。それは機密漏洩防止のためではなく、クーガが知らないだけ。石炭は自然発火するものであり、水を掛けて運ぶのだって、一般に知られていることに過ぎない。


「何処で採れるんだ?」「さぁな」「知らないのかぁ?」「あぁ」「じゃぁ線路を辿って行けば着く?」「そりゃそうだろうな」「えっつ、鉱山まで線路が?」「寧ろそのためだろう。こんな量を毎日馬車で運ぶとか、どんだけ馬が必要なんだって。なぁ?」「あぁ、確かに馬も馬車も大量に必要だろうなぁ。人も食料も」「ほらぁ」

 団長の実家が裕福なのは『領内にミスリル鉱山があるから』なのだが、それにしたって運搬は馬車である。何にせよ『こんだけの量』を毎日掘り出せるとしたら、埋蔵量は相当な物だろう。

 情報を国に持ち帰ったとて、にわかには信じて貰えそうにない。


「鉱山は向こうか。行ってみたいなぁ」「無理無理」「遠いのか? さっきのテラスからは全然見えなかったなぁ」「見える訳ないだろ」

 あっけらかんと腕を振るクーガ。実は鉱山近辺について、『常識』と噂されている話があるからだ。


「近所にはな『鉄の街』ってのがあるらしいぞ」「へぇ鉄の街ねぇ」「溶鉱炉がこう、一杯並んでいるらしい」「行ってみたいなぁ」

 クーガの『手の動き』が、何を示したのか判らない。上から下に、まるで『細長い山』を表現したかのような。興味がある。


「どうしても行きたい?」「行けるのか?」「それは交渉次第だが、行ったら暫くは帰れないぞ?」「そうか……」「良く考えて」

 他国の鉱山がどうなっているか、非常に興味はある。

 それに鉄の街の『溶鉱炉』とやらも。団長が鍛冶屋で見たことのある『炉』とは全然違うのだろうか。しかし視察した所で、『暫くは帰れない』となれば話は別。団長はクーガに問う。


「暫くってどれ位だ?」「一生だな」「一生ぉ?」「声がデカい」

 笑い続けるクーガに『原因は貴様だ』と、団長は言いたい。

 最初から『行かれない』と決まっていたのだ。ムカつく奴。

 所詮ガラの悪い冒険者が、報酬目当てで日銭を稼いでいるだけ。口も態度も貴族向けじゃないし、笑い方だって凄く下品だ。


「じゃぁ止めておこう」「それが良い。奴らみたいな魔法を使える犯罪者にしてみれば『墓場』だからな」「重労働ってか」「俺だって行ったことも、話を聞いたことも無いんだから、詳しくは知らん」

 クーガは親指で後ろの機関車を示す。さっきの咎人を指してのことだろう。機関車の火を絶やさないのも大変そうだが、それは『走っている間だけ』と想像が付く。ならば一日中火を焚き続けなければならない鍛冶屋の方が大変なのは、想像に難くない。


「火魔法使い、水魔法使い、風魔法使いの『最終刑場』って、言われてるからな。あと、土魔法もか」「だろうなぁ。判るよ」「特にキツいのは水魔法使いらしいぞ?」「意外だな。火魔法使いじゃないのか?」「いや、火は石炭があるから、そうでもないとか?」

 談笑していた団長の顔が真顔に。眉毛もピクっと動いた。


「石炭? 鉄を作るのに石炭を使っているのか?」「そうらしい」

 団長が首を傾げるのも無理はない。実家のグレイヴァン家は『辺境伯』と言われるだけあって、アルミッド王国の国境沿いに位置する。その向こう側はドワーフの国。つまり、領内で採掘されたミスリルはドワーフの国に渡って加工され、剣になって戻って来る。

 最近は木炭にする木が少なくなったとかで、木炭まで輸出するようになった。ならば近場で採れる石炭をと勧めたものの、それは領内の鍛冶屋同様『鉄が脆くなる』とかで、却下されてしまったのだ。

 鉄を打つ者にとって石炭は、絶対に使ってはならぬ物のはず。


「ほら、これも『鉄の街製』って奴だ」「おぉ、良いのか?」

 渡されたのは投てき用ナイフだ。あんな所に隠してるのか。

 団長は見事な光沢を放つナイフを手にして驚く。やけにツルツルピカピカではないか。幅は狭いが、鏡と見紛うばかり。余程手入れが良いのだろう。このまま『テーブルナイフ』にしても良いような。


「これ良いな。一本くれ」「ダメに決まってるだろ」「やはりな」「何のために武装解除させたと思ってるんだ?」「あぁ。そうか」

 素直に返すことにする。投てきナイフはあるべき場所へ戻った。


「何処でも売ってるのか?」「あぁ。武器屋で普通に買えるものだ」

 武器がダメなら食器ならどうだろう。街に着いたら店を覗いてみるのも悪くない。『フォーク』ならクーガだって怪しむまい。

 国に帰ったら『石炭と鉄でもこんなのが作れます』と、見本を示すことが出来るだろう。『どう作るか』は専門家に任せれば良い。


『ピーッ』「うおぉおぅ。何だ列車か」「この辺は複線区間だ」

 直ぐ横を物凄い勢いで列車が走り去る。また貨物列車だ。

 気が付けば深い森は消え、林と言えるレベルにまで落ち着いていた。しかし人家は見えない。所々に見える小屋は、鉄道の施設なのだろう。そりゃ『禁忌の森』に、一人で住む奴は居ない。いや、そう多くはないと言い直しておこう。


「ホラ、街が見えたぞ」「おぉ、一応城壁が有るんだな」「んん?」

 大部分は寝ていた。それがクーガの一言で目が覚めたか。

 進行方向に対し、逆向きに座っていた奴らが窓に近付くと、最初から見ていた奴に『見えねぇ』と邪険にされている。仲良くしいや。

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