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【試作】森に消えし盟約【書き溜めて更新】  作者: 永島大二朗
第一章 アルミッド王国編
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第十話 モリオクの街

 城壁を潜り抜けて街に入った。と思ったら、意外にもまだ畑が。

 それもそのはず。見れば更に先、もう一つ城壁がそびえ立つ。思い出すまでも無くココは『禁忌の森』であって、安住の地ではないのだ。壁の一つや二つ、あってもおかしくはなさげ。


「随分厳重なんだな」「お宅らん所は違うのかね?」「んー」

 団長は思い出す。王都にだって『城壁』はある。街をグルリと取り囲んで。二重にはなっていないが。いや待てよ。城の壁を含めれば二重と言って差し支えないのではないだろうか。

 別に見栄を張っている訳ではない。そもそも王都まで攻め込まれたことなんて無いのだから。

 乗り越えられることも、壊れることも、想像すら出来ない。


「ここまで厳重じゃないってだけさ」「まぁ、そうだろうなぁ」

 これも見栄の内だろうか。この世界『城壁』なんて、そう珍しい物じゃない。しかし、城壁の中で暮らすことが、一種の『ステータス』になっているのは確かだ。だからって『畑ごと城壁で囲む』だなんて、ちょっとやり過ぎな気がしてならない。

 因みにだが、農地が野獣に襲われようが『地代』は一緒だ。水害だ、日照りだなんて言い訳も通用しない。これは団長の実家に限らず、多くの貴族が採用している制度で、言わば『常識』である。


「これで、獣害被害は言い訳にならんってか?」「鳥は来るぞ?」

 鳥か。確かに壁は超えて来そうだ。しかし、あれだけの壁があるなら、大した被害ではなさげに思える。つまり、食物生産は『安定している』と言えそうだ。まぁパッと見の感想に過ぎないけれど。


「デカい壁ですねぇ」「んん?」『ピーッ! ゴォオォッ』「ひっ」

 畑を見ている間に第二の壁が迫っていた。しかし、見上げる前に壁の中へ。結局高さは判らずじまいだ。通り抜けた後に見れば良いのだろうが、今度は壁なんかよりも見るべきものが有り過ぎる。


「すっごい線路の数だな」「一応『街』だし、こんなモンだ」

 団長の驚き具合に対し、クーガの反応は冷めたものだ。溜息まで。

 しかし見えて来た街並みを見てもどうだろう。目を見張る団長に対し、クーガの冷静な目。少々憐れむような感じまで。


「見ろ、完全に街じゃないか」「宿が楽しみだ」「その前に飯ぃ」

 気持ちは判らんでもない。クーガも駆け出しの冒険者であった頃、森の外で活動していた時期がある。だからこんな田舎町『モリオク』であっても良いから『帰りたい』と思っていたことも。

 それは『一度便利な暮らしに慣れてしまうと』って奴で。一言で説明するのは難しいだろう。


「あれっ? 駅の方に行かないのか?」「当たり前だろ。立場を考えろ?」「あぁ『強制送還中』ってか?」「そうだ。わきまえとけ」

 会話の割に明るく笑い合う囚人と看守。そんな雰囲気も悪くない。

 しかし『都会の駅』とやらは見てみたかった思いは強い。列車はホームがない、列車の留置場へと向かい、そこで停車した。


「さて到着だ。降りてくれ」「ここでか?」「あぁ」「ここは?」「列車の待機場所だ。乗務員用の狭いホームがあるから。行くぞ」

 もしダッシュで逃げられたりしたら、却って結構面倒なことになりそうな場所で降ろされると思うだろう。しかしそれは、直ぐに無理と判る。何しろ屋根の上で、近衛の者が目を光らせている。

 列車より速く走れることが知れた今、並みのダッシュで逃げ切れるものじゃない。それに、逃げた所で待ち受けるのは……。


「この街の住人は、攻撃して来たりしないんだろうな?」「しないしない」「本当か?」「嘘付いてどうする。そんなコトして来るのは、上の連中だけだって」「そうなのか?」「ココの連中は、皆大人しいモンだって」「なら良いけど」「逆に脅かしたりするなよ?」

 笑って言っているが随分と極端ではないか。どうしろと言うのか。

 案内されるがままに列車を降り、木で作られた細い通路を進む。途中クーガは何度か振り返ったが、はぐれている奴は居なさそう。ずっと列車の上を眺めている馬鹿がいるが、そやつの運命は如何に。


「前見ろ前」「あの娘、いつまで上に居るんだ?」「知らんがな」

 指さした瞬間、お召列車が静かに動き始めていた。ポイントを切り替えて、何処に向かうのか。


「屋根に乗ったまま行っちゃうけど、何処行くの?」「向こうに行って、折り返して来るんだろ?」「戻って来る?」「そうだよ」「何で?」「機関車の向きを変えるんだ」「へぇ。アレじゃないの?」

 歩きながらデイブが指さしたのは『転車台』だ。クーガは渋い顔。『質問は列車の中で』と言って置いたはずなのに、列車の中で寝てた奴が降りてからグダグダ言うなと。しかし団長の顔を見れば『先に聞かれた』と見て取れる訳で。クーガは声を荒げる。


「ありゃ一両づつな。列車ごとコウやって入れ替えるんだよっ!」

 空中で三角形を描き『デルタ線』の説明して、質問コーナーは強制終了だ。お召列車の一番後ろには『展望車』が付いていたのだから、列車ごと向きを変えなきゃダメだろうに。気が付け全く。


「次の質問タイムは宿の食堂までお預けだっ! 黙ってついて来い」「へーい」「おぉ飯かっ」「飯、何だろうなぁ」「やっぱ肉だよ肉」「キョロキョロしてはぐれたら、飯抜きの上、野宿だからなっ!」

 それは大変だ。と、クーガが小走りになったではないか。

 線路が終わり、従業員通用口みたいな所を通って事務所の中へ。当然、まだ仕事をしている人達がわんさかいる訳で、そこを『どう見ても部外者』な連中が通り抜ける。

 しかし『通達』は届いているようで、特に混乱はない。『至って普通』としか言いようがなく、人によっては見もしないで仕事に集中している。事務所の更に裏口から外に出ると、いよいよ街だ。


「賑やかだな」「向こうが駅か」「完全に裏か」「向こう明るいな」

 人通りは結構ある。近衛騎士団の変装と同じと言っても過言ではない感じで。いや流石に『同じ模様の服』を着ている集団が、一列になって走る姿は見受けられないが。


「おい、あの屋根見ろよっ」「何だよ」「あの髪飾りはそうだろ?」

 後ろから突っつかれたエムがデイブの顔を見て、それから指さす方を見た。そして直ぐに腕を叩き落す。


「イテッ」「指さしちゃダメって言われただろうがっ」「でもさぁ、ホラッ向こうにもっ」「馬鹿ッ!」「あっちこっちに居るんだな」

 女に夢中で二度目は痛みすら感じなかったと見える。

 しかし見慣れていなければそうかもしれない。出来ればデイブ以外の奴らも、許されるなら凝視したい所だ。何しろまたまたミニスカートにハイヒールと言う、『アンタら戦闘する気ありますか?』なスタイルで、屋根の上をウロウロしているからだ。

 腰にはしっかり帯刀しているので、何かあったら疾風の如く飛び降りて来るのだろう。そして『ズバッ』と解決って奴ね。いやいや。


「向こう側にしか居ねぇなぁ。コッチは見えないけど」「だから見てたらぶっ殺されちまうだろうが」「大丈夫だよ。俺は目が良いから見えるけど、向こうから『見てる』なんて気が付かねぇって」「俺達を『ずっと監視している』かもしんねぇだろ?」「マジィ?」

 やっぱりデイブは、いっぺん死んでみるのも良いかもしれない。

 こと今に至り、ペースに追い付けず、止む無く後ろのリックが背中を押し始めているにも関わらず、まだふざけたことを言っとるか。


「ホラ着いたぞっ。中に入れっ!」「おっ飯飯!」「お前飯のときだけはスゲェ速くなるなぁ」「酒と女はもっと速くなるぞ」「ダメだこりゃ」「すいませーん。屋根の人ぉ、コイツ殺して貰えますかぁ」

 上を向いてリックが叫んでいるが、全員笑っている。何故なら既に宿の中に入ったから。流石に屋根の上までは聞こえるまい。


「さぁ、何処でも座ってくれ」「何々? 今日は貸し切りなのか?」

 一見して『宿の食堂』だが、他に誰も客が居ない。しかもテーブルが中央に寄せてあって、きっと『本来の配置』とは違うのだろう。使わない机と椅子は壁際に寄せられている。これで中央にご馳走があって、椅子が無ければ、まるで『立食パーティー』でも開くような、そんな配置だ。すると団長が上座に座り、以下序列に従う。


「先ず、飯が来るまで説明させて貰うから聞いてくれ」

 クーガが壁際から椅子を持って来ると、お誕生席に座った。

 多分だが、クーガは一緒に食事をするつもりは無いのだろう。若しくは護送役が『ココまで』とか? 悩む前に話しが始まる。


「今走って来た通りより向こうには行かないでくれ。て言うか、行かれないから行くな」「おねーちゃんが立ってたトコより向こう?」「そうだ」「何で?」「何でって言われてもな。『職安通り』より向こうは『市民専用』だから、市民証が無いと入れないんだ」

 そう言いながらクーガは『冒険者証』を取り出して見せた。

 さっき見たが、大きく『C』の文字があって、クーガが『C級冒険者』であると、一目で判るようになっている。


「それは違うのか?」「これは『冒険者証』だ。市民証じゃない」「コレも?」「そんなの初めて見た。そのまま首に下げとけ」

 王家の谷で配布された『認識票』を見せたが、それは顎で却下となってしまった。身分を表す何物でもないらしい。


「市民にもな『ランク』があってな? 通りの向こうは確か『Fランク以上』だったかな?」「何だそれ」「いや冒険者と一緒だって」「何がぁ?」「だからぁ、街に貢献したとか『イイこと』をするとランクが上がってだな、指定ランク以上の街区、店に入れるってコトになってんの」「じゃぁ団長は貴族だし、Aランク相当?」「いやいや。家はそんなことは」「いや団長なら『S』でもおかしくないだろう?」「成程。これは失礼しました団長。すいません」

 ナニコレ。『おべっか』にしては見え透いている。クーガも『ハイハイ』とスルーしている辺り、神輿に座る団長だって『全然外れている』と思うのは明白だ。お前ら黙れって。続きを聞きたい。


「ココは『貴族』とか、そーゆーのは無いんで。皆、平等なんだ」「じゃぁ、誰が統治してんだ?」「んー。言わば『自治』だな」「そんなコト出来んのか?」「出来なきゃ暮らして行けなくなっちまう」

 クーガは手中の冒険者証を、手品のようにパッと消して見せた。

 肩を竦めて『お手上げ』を表現すれば、市民証が『お財布代わり』であったと思い出すのに十分だ。一同顔が曇る。

 到着してまだ一時間も経っていないが、見た感じ『ココに住むのも悪くない』と思っていた所であった。それが『悪は去れ』みたいなことを急に言われたら、居心地が悪いと思えるに決まっている。


「ここで悪事を働くとな『市民ポイント』がドンドン引かれていくんだ」「どんな悪事?」「いや俺も市民じゃネェから詳しくは知らねぇが、先ず『殺人』は一発で終わりだな」「そりゃそうだ」「平民が貴族に楯突いてもって、貴族が居ねぇのか」「そうそう。だから店員に高圧的な態度を取ってみ? 即、ポイントダウンよ」「えぇえぇ?」「いやお前みたいなのが居るからだろっ!」「違ぇネェ」

 笑って済む話ではない。近衛騎士団の態度がデカいのは昔からであって、今はもうそれこそ『伝統』と言っても良い。それを『慎め』と言われても、今更困ってしまうではないか。

 きっと店側だって気持ち悪いと思うだろうし、変えたくはない。


「落書き、立小便、酔ってデカい声、徒党を組んで歩く」「俺達?」「そうだよ。皆『減点対象』だからな?」「えぇえぇ」「それが楽しいのにぃ」「やかましいわ。だから今夜は外に出るな」「マジか」

 転ばぬ先の杖とは良く言ったもので、周りを見渡せば『誰も居ない』のはそのためか。と、ふと思う。だとしたらココは何?


「通りよりコッチなら良いのか?」「余りお勧めしない」「……」

 クーガがマジ顔で言う事柄には覚えがある。それは命に関わること。きっと冒険者に絡まれるとか、そういうことなのだろう。

 何せクーガは『C級』である。それ以上の冒険者が絡んで来たら、『とても守り切れない』と言っているのに等しいのだ。


「明日、人通りが少ないときに街を見せてやるから、今日は寝ろ」

 笑いながら言っているが、実際そうするしかないのだろう。

 するとタイミング良くドアが開いた。食事が運ばれて来たのだ。


「今日は酒もある」「イヤッタァッ!」「お前、昨日も飲んだだろ」「最後の夜だからな。タップリ食って飲んで、そして早く寝てくれ」

 言うが早いか、クーガは立ち上がると椅子を持って壁際へ。

 そして団長に手を上げると『後はよろしく』とばかりに、さっさと行ってしまったではないか。手を上げた団長を笑顔で見つめながら。仕方なく団長は手を降ろした。今のは『任せろ』じゃなくて、『最後の夜って何だ?』と、聞こうとした挙手であったのに。


「ハイ団長、これエールみたいですぜ」「おっおぉ」

 団長の所にジョッキが運ばれて来た。キンキンに冷えたガラスの奴が。こんなの見たこと無いのだが、当たり前な感じで人数分あるではないか。ココでは別に、珍しい物でも何でもないようだ。


「今『最後の夜』って?」「そんなこと言ってました?」

 酒を目の前にして、ジャックでさえ注意力が散漫になったか。それとも無意識の内に『最後の夜』を満喫する方向に走ったか。

 冷えたジョッキを掲げると、団長に乾杯の音頭を迫る。


「諸君、ご苦労様。乾杯!」「乾杯!」「乾杯!」「乾杯!」

 そして宣言通り一気飲み。後は『旨い』だの『冷えてる』だのならまだしも、『プハー』とか『ヒャー』とかばかり。

 静かなのは、黙ってお代わりを取りに行ったデイブだけだ。


「旨いのは判る。しかし何故『ここまでされるのか』が判らん」

 団長は大きな溜息をついて、これまでのことを顧みる。

 今回の作戦は、皇太女である『ミレーナ姫』と、宝剣『フィアース・フレイムズ』の確保だ。何れも失敗したと言って良いだろう。詳しくは知らされていないが、どちらも『宝物に関する』とのことで間違いないだろう。

 そもそも『フィアース・フレイムズ』は、アルミッド王国建国の父、初代アルミッド王が所持していたと言われる剣で、六百年近く宝物庫に収蔵されていた宝剣である。その宝物庫を開け、エスティに下賜したのはミレーナ姫だ。

 そう言えば下賜の際、赤い宝石が燃えるように輝いていたのを思い出す。剣を持って渡すまでの短い時間だったし、それに『光の関係』かもしれないが。密かに『伝承通りだ』と噂になったものだ。

 故に『王族のみが知る何か』が有るに決まっている。新王はそれを判っていて欲しているのだとしたら……。

 マズイ。このまま帰国して『折れちゃいました』なんて本当のことを報告したら、結果は明らかではないか。


「どうしたんですか? 団長ぉ。深刻な顔してぇ」「何だデイブ」

 飲んでも飲まなくてもデイブはご機嫌らしい。横目にしっかり見ていたが、お前はもう三杯目だろうが。いい加減にしとけ。


「団長ぉ全然飲んでないじゃないですかぁもっと飲みましょうよぉ」「お前は向こうで静かに飲んでろっ」「あっ副団長も減ってないぃ」

 ジョンが立ち上がって団長からデイブを引き剥がしたのだが、今度はジョンの方に絡んで来たではないか。コイツは面倒臭い。


「おいエムッ、ちょっと押さえとけっ」「今日は無礼講だぁっ!」

 遅かった。デイブがグラスを掲げ、勝手に宣言してしまったではないか。すると直ぐに同調して、グラスが掲げられる。


「オォッ!」「オォッ!」「オォッ!」「コラッ勝手に決めるなっ」「良いですよねぇ団長ぉ」「あぁ『最後の夜』らしいからな。今夜は無礼講だっ! 酒はあるだけ飲んでしまえっ!」「流石団長ぉ!」

 災難が自分に降り掛からなければ、誰がどうなろうと関係ないと思っている団長である。背もたれに寄り掛かり腕を組んだ。

 やはり一番の問題は『最後の夜』であろうか。このまま国に帰る前に殺されてしまっては『新王への言訳』なんて、幾ら考えても無駄である。あぁ、今夜は眠れそうにない。


『コンコンッ』「団長、そろそろ出発の時間ですよっ!」「あぁ」

 朝である。眠ったような、眠れなかったような朝である。

 結局昨日はバカ騒ぎになって、いや馬鹿は『奴一人』だったはずなのに、何だか馬鹿が移ってしまった気がする。やっぱり馬鹿は伝染するのだ。とりあえず、馬鹿と酒には注意だな。

 団長は窓辺から立ち上がると、朝食として出された牛乳を一気飲みし、箱に入った食料とやらをポケットに捻じ込んだ。出立である。


「大丈夫ですか団長」「お前に言われたくないわ」「酷いなぁ」

 迎えに来たデイブだが、そこは『団長と同類』だと思っている。

 近衛騎士団的な意味で。ではなく、酒を飲んだときの『馬鹿さ加減』という意味で。違いは『飲んで忘れたか否か』であろう。

 本来酒で『忘れる』は間違いで、正しくは『紛れる』のはず。

 何故なら人間は『忘れる生き物』で、酒の力に頼らずとも『本当に嫌なこと』であれば、スッパリ記憶から抹消する力を持っている。

 だとしたら『酒に溺れる』とは何か。それは本来忘れるべきことを、わざわざ金と時間を掛けて酒で薄め、寧ろ忘れないようにしている行為と言えよう。そうとしか思えぬ。人の心とは複雑なり。


「全員揃ったか?」「はい。団長は大丈夫ですか?」「お前もか」

 団長はあからさまに嫌な顔を。しかし心配したジャックの身にもなって欲しい。ここで団長が倒れたら、次の指揮権者は副団長のジャックだ。そうなると当然『責任』も付いて回る。

 国に帰り、報告が済むまでは団長には是非『ご存命』であって欲しいと願うのは、部下としても至極当然のこと。


「朝食召し上がりました?」「コレだろ?」「えぇ」「旨いのか?」「いえ、凄くボソボソしてまして。そのぉ、飲み物と一緒でないと」「牛乳だけ飲んじまってね」「あぁ、でも、保存効くみたいですし」

 ジャックは半分だけ食べたらしく、開封済の箱を出してクルクル回している。団長も見た表面は絵が描かれており、回っているから読めはしないが、裏面は文字がびっしりとある。クーガは酒に強いから、それを読み込んだのだろう。暇な奴だ。

 見比べてはいないが、多分団長のと同じ奴。であれば、ジャックの感想は有益と思わるる。あぁもしかして『最後の夜』とは、『旨い物が出て来る』という意味でか? であれば、何だか拍子抜けだ。


「あっ来ましたね」「む?」「おはよう諸君。よく眠れたか?」

 クーガが玄関ロビーにやってきた。昨日と違って背中には荷物が。それを早速床に『ドン』と降ろした。音からして随分と重そうだ。


「水を配る。言っとくがこれで『二日分』だからな? 判るな?」

 ヒョイと持ち上げた一つを、クーガは全員に示した。それは紐が付けられたひょうたんで、表面に水滴が。随分と冷えていそうだ。


「それは何だ?」「ひょうたん知らね? こういう植物が有るんだ」

 と、説明もそこそこにポイと投げ渡す。見りゃ判るだろうってか。

「冷たいな」「ホレッ」「意外と固いんだな」「ホレッ」「丁度喉が渇いててさぁ」「馬鹿ッ! 今飲むんじゃネェッ!」「えぇえぇ」

 デイブは本当に後先を考えない奴だ。今を楽しむのが信条だとしても、『二日分』と言われた水を『二秒』で消費する気か? しかしデイブにしてみればそれで良い。何故なら頼めば誰かが水をくれるに決まっているからだ。今までそうして生きて来たし、これからもそうやって生きていく。人は一人では生きられないを言訳に。


「日持ちの良い水は街でしか手に入らねぇんだからよ」「日持ち?」

 クーガからの返事は無い。再びひょうたんを配り始めたから。

 後で判ることだが、確かに水は貴重で、しかも煮沸せず、そのまま飲んでも腹痛にならない水はもっと貴重なのだ。そんな一時の思い付きでガブガブ飲んで良い物では無い。大事にしとけと。


「これで全員だな。重てぇから先に配ったが、後は自己管理でなぁ」「クーガは持たねぇの?」「んん? あぁ、俺はコレだ」「!」

 チラっと見せたのは、昨日から何度か目にしている『金属水筒』だが、あれは絶対中身は『酒』に決まっている。いい加減な奴だ。


「ハイハイ。お前ら、最後の夜は楽しんで貰えたか?」「最後の?」「あぁ『文明世界最後の』って意味でな」「えっ?」「まぁ一部のモンは『本当に最後』てなことになっても、俺が困るからなぁ。先に言ってやったからな?」「俺?」「他に誰が居るんだよ」「アハハ」「デイブ。お前だよお前」「もうバレちまってるじゃねぇかよ」

 そりゃ昨日出逢ったばかりだが、道中散々やらかしていれば、嫌でもマークせざるを得ない。『コイツが居なけりゃもっと楽なのに』と思うのは、どんな仕事でも一緒である。

 そんなときは『諦めが肝心』と口にして、落ち着くよりない。


「諦めが肝心だな」「そうだぞデイブ」「俺は俺だっ!」

 クーガの意図を誰も解ってはいなかった。デイブの発言もそう。

 仕方なくクーガは『これからの行動』についての説明を始める。


「これから駅に移動する」「向こうじゃなくて?」「違うコッチだ」

 昨日下車した駅を見学したかった団長は、クーガの間違いに期待した。しかし指先の向きに間違いは無いようだ。正反対ではないか。


「道中歩きながらドコを見ても良いが、トラブルだけは避けてくれ」「今日は、斬りかかって来る奴らは居ないのか?」「居ない居ない」「ミニスカートのおねーちゃんは?」「居ない居ない」「居ないのかぁ」「屋根の上になら居るんじゃね?」「あぁ、トラブルは避けてくれって、今言ったばかりだよなぁ? お前ら生きて帰る気あんのかぁ?」「……」「……」「……」「……」「……」「……」

 本気を出したクーガを、近衛騎士団の連中は知らない。

 クーガの手に掛かれば、この場に居る全員を『一瞬で黙らせる』ことなんて、造作もないことなのだ。それこそ『酒を飲みながら』でも出来てしまう。今朝もフラスコに入りきらなかった分を、止む無く口から入れて来た所だ。体が軽くて調子が良い。


「すまん。良く言っとくから」「たくっ。良いか。店は別に覗き込んでも良いが、相手と目を合わせるな。万が一、向こうから話し掛けられても無視しろ。基本、向こうから手は出して来ない。良いな」

 つまり『黙って歩け』と言うことか。容易いではないか。


「手は出して来ないけど、足は出して来るとか?」「あぁ。来るぞ」「ダメじゃないか」「街中なら人の足を踏む位あるだろ?」「確かに」「で、そっからトラブルに持ち込むって訳よ。経験あんだろ?」

 これは身に覚えがあり過ぎて、逆に答えられない。

 街で気に入らない奴が居たら『因縁を付けてやり込める』なんて、何処の国でもやっていることか。それはそれで安心だが、やり込まれる立場になった瞬間、自分の行いを悔いたとて、もう遅いってか。


「これから乗る列車は、通称『砂漠行き』って奴でな? 基本『ワル』しか乗ってネェ。だから無駄口を叩くんじゃネェぞ?」

 それで『水筒』を配ったと言う訳か。ってオイ。ここは『禁忌の森』だぞ? 砂漠なんてあるのか? 団長が手を上げる。


「砂漠?」「あぁ有るぞ。生憎地図は見せられネェが、お前さん方が言う『禁忌の森』ってのはな『表側』であって『裏側』には色々な環境があったりすんのよ」「因みにそこは、安全なのか?」「いやぁ? そんな訳無いだろ」「なっ! 我々の安全は保障されてるんじゃ」「あぁハイハイ。コッチの言うことを、キチンと守ってくれている間は、安全を保障しよう」「……」「今までの様子を見る限り、結構好き放題、やって来たんじゃネェのぉ?」「……」「だけどこっから先は『そんなんじゃ生きられネェよ』って言ってんの!」

 クーガの顔は笑っちゃいるが、目を見る限り今度こそ『本気マジ』ではなかろうか。一同顔を見合わせた。そして頷く。

 今のは『デイブは放置で』の意識合わせか。だとしたら、一緒に頷いたデイブは何を思う。そして口パクで『頑張って行こう』とは、何を頑張ろうと言うのか。デイブの命運は尽きても謎は尽きない。


「説明より実地か? 質問が無ければ行くぞ。付いて来い」

 質問はまだある。しかしクーガは振り向いて、さっさと歩き始めてしまった。ドアを開けると、一応は左右を注視している。誰も居ないのを確かめると、扉を押さえたまま『来い』と合図。

 何だか『王家の谷』と警戒心ではなかろうか。それとも冒険者って奴は、普段からこうも警戒を怠らない生き物なのだろうか。

 まぁ、警戒を『し過ぎる』なんてのは、別に悪いコトじゃない。


「オヤジ、世話になったな。報酬は職安に行ってくれ」「あいよー」

 いつの間にか宿屋のオヤジが来ていて、クーガに挨拶していた。

 きっと厄介払いが済んで、ホッとしているのだろう。明るい顔をしている。それとも『金』か? まぁ、確かにこんな安宿でも、全館貸し切りなのに、食事は『夜だけ十人分で良い』と言われれば、結構ウハウハなのかも知れん。これは昨晩ウハウハだったと見た。


「職安って?」「ん? あぁ、アンタらには『冒険者ギルド』って言った方が判り易いかもな」「あぁ」「通じた?」「うむ。通じた。色んな依頼が、壁に貼ってあるんだよな?」「依頼?」「あぁ『討伐依頼』とか『薬草採取』とか」「何だそりゃ?」「違うのか?」「そんなモンは壁なんかに貼って無いわ」「そうなのか?」「そうだろう。良く考えてみ? 何のために外壁がある? 何のために畑まで壁で囲ってる? 壁の中しか知らなくて、どうやって壁の外のことを知り、どんな依頼を出す?」「いやいや。そこまでは……」「だから普通に『職業を案内する場所』だぞ?」「そうか……」「逆に聞くが、それ以外に何があるってんだ?」「いや、だとしても武器とか凄いじゃないか。ホラ、あんなの」「指さすなっ」「済まん」


 クーガも団長が言いたいことは解る。が、ここでそんな依頼が無いことは事実なのだ。もう少し余裕があれば『冒険したい奴はココを出る』と付け加えられただろう。実力の程は置いといて。


「おやクーガじゃねぇか。何だぁ今日の仕事は?」「砂漠送りだ」「おぉっ? 団体さんか。ご苦労なこって」「邪魔すんな退けっ」「オイオイつれないなぁ。オメェが朝から『水飲んでる』って聞いたモンだから、面白れぇと思って来てやったのによぉ」「ヘヘヘ」

 声を掛けて来たのは三人組。クーガと同じく帯刀しているので、同じく冒険者なのだろう。賑やかな通りに響く、無駄にデカい声だ。

 通りの向こう。屋根の上を歩き回っている近衛の娘が足を留めた。


「誰が飲んでるって?」「クンクン。やっぱり酒臭ぇじゃねぇか」「たりめーだろ。仕事中なんだ」「へぇ。仕事ねぇ」「借金取りの仕事でも始めたのか?」「退けって。今度相手してやっからよっ!」

 仲が良いのか悪いのか。今の所しつこく絡む気配は無い。

 砂漠に送られる輩を冒険者が連れて行くのは良くあること。しかし今日のクーガが連れ歩く男達は、いつもとはちょっと違う。


「おいお前、何やったんだ?」「……」「殺しか?」「そんなこと出来る度胸が、あるように見えるか?」「確かに」「……」

 返事が無い。ヘラヘラ笑いながら聞かれたとて、答える義理があろうはずもなく。が、そんなことは解っている。暇つぶしだ。


「答えないように俺が言い聞かせた。何も答えねぇよ」「ちっ」

 クーガが割って入って話をぶった切った。もし続けるなら、次は何をぶった切りに来るかは知れたこと。舌打ちして行ってしまった。

 人は見掛けにはよらないもので。体の大きさで言えばクーガより一回りも大きい奴だったが、実力はクーガの方が上なのか。

 しかし賑やかな通りだ。歩いている奴らは皆柄が悪そうだが。

 武器を持って歩いているのは『冒険者』って奴に違いない。刃が出っ放しの斧とか槍とか、そんな持ち方は危なかろう。だから『道路の真ん中を歩いている』のだとしたら、それも頷ける。端を歩く一般人は肩身を狭そうにするばかりだ。


「へいネェチャン、俺と良いコトしなぁい?」「朝からやかましいんだよ。アタイを振り向かせたいなら、キッチリ稼いでから来な」

 時折見掛ける『一般人』と思しき奴らもこんな感じとは。

 実は冒険者で今日は武装解除しているだけ、だったりして。いや、借金に追われ、武装を売り払った可能性も。しかし彼らも、冒険者の方をむやみやたらと見たりはしないか。

 そりゃそうだ。武器が無けりゃ争いにもなりゃしない。

 朝からこんななのに、夜はどうだったのだろうか。酒場と思しき扉が壊れていて、店主が割れた窓ガラスを片付けている。


「オヤジィ。昨日は派手にやられたみたいだなぁ」「お、来たか。全く冗談じゃネェぜ。喧嘩なら外でやれってよぉ」「毎度どーもー」

 業者が若いモンに持たせて来たのはテーブルと椅子だ。店を覗けば、真っ二つに割れたテーブルがそのままになっている。床に散らばっている木端は、椅子の成れの果てであろう。どんだけはっちゃけたんだか。クーガが昨晩『出歩くな』と釘を刺したのも頷ける。

 そもそも店の主人も家具屋も、腕っぷしには自信がありそうに見えるから恐ろしい。ならず者を相手にしていると、こうも強くなれるのであろうか。だとしたら訓練に丁度良いかも?


「ほら着いたぞ。ココが駅だ。ちょっとこの辺に固まって待ってろ」

 突然駅が現れた。味はあるが、到底『豪華』とは程遠い。

 奥に見える列車も、昨日とは打って変わって『庶民用』に思える。いや違う。窓には鉄格子があって、寧ろ『囚人用』ではないか。成程。やっと『強制送還に相応しい扱い』になったと言う訳か。

 雨は降っていないが、庇の下に追いやられると大人しく待つ。


「おーい駅長っ! あれぇ? 約束の時間なのになぁ。何処行った」

 窓口から事務所を覗き込み誰も居ないと見るや、やはり誰も居ない改札口から勝手に入ってホームに入った。そこで立ち止まり、辺りを見渡しているが駅長は見当たらない。

 勝手に通り抜けた改札口を勝手に戻り、肩を竦めて戻って来る。


「クーガさん、早いじゃないですかぁ」「駅長テメェ、何処行ってた?」「トイレですよ。糞位させて下さいって」「ダメに決まってんだろ。こちとら団体客を連れて来てやってんだ」「えぇえぇ。相変わらずひっどいなぁ」「良いから早く改札しろよ。コッチだ」

 まだズボンで手を拭いているのに『もう仕事か』の顔。『出したら入れる』の法則が有効であるならば、次は『お茶』だろうに。

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