第十一話 砂漠へ
「全部で十人だ」「クーガさんも入れて十一?」「まぁそうだな。荷物は届いているかい?」「もう乗ってますよ」「そりゃそうか」
駅長はケツを掻くのを止め、その手で列車を指さした。
チラっと護送する奴らの顔を眺めたと思ったら、今度はその手を顔に沿える。臭いを嗅ぐのかと思いきや、そうじゃない。
「大丈夫なんですか? 中身は武器みたいですけど」「心配ネェよ」
ヒソヒソ話のためだった。しかしクーガは大声で笑い飛ばす。
心配して忠告してやったのに、ならば知らねぇぞと。もし車内設備に被害が発生したら、既に破損した部分も含め請求してやる。
と、思ったかどうかは定かでないが、いざ請求する段になったら思うかもしれないし、思わないかもしれない。多分思うだろう。
「鎧なんか壊れてるのも有るし、ココで売っちまった方が。ねぇ?」「身軽になるのにってか?」「えぇ」「国からの支給品なんだとよ」「えぇえぇ? 奴ら近衛なんですかぁ?」「声がデカい」「おっと」
今更口を押えた所で『聞こえてる』っつぅの。団長は駅長と目が合った。しかしジロジロ見る駅長の目が『何か変』だ。品定めをするにしては、上から下まで何度も往復して。いや下で止まった。
「近衛は近衛だけど別の国のな。お前鎧見たんだったら判んだろっ」「確かに菊花紋章じゃ無かったっすね」「ホレ見ろ。しっかりしろ」「いや、ああ見えて女なのかと」「んな訳ネェだろ」「ですよねぇ」
クーガと駅長は笑っているが団長は笑えない。近衛が男だったら何だと言うのだ。そもそも『国の軍隊』って、全員近衛なのか?
いや『国』が無いんだっけ? 本当は有る? 名前が無いだけ?
ココはどうなっているんだ。認めたくはないが、そもそも『あの男』が『国王に相当する』のだけは確かだ。威厳や尊厳は微塵も感じられないけれど。それでも建国から六百年を有する、我がアルミッド王国より技術レベルが高いのだけは確か。この一点に限っては認めようではないか。
「じゃぁこちらへ。あぁ今日は満席なので、一人相席させて下さい」「良いけど、あんまりお喋りじゃネェ奴にしてくれな?」「さぁ?」
案内する駅長が苦笑いだ。そんなの保証できる訳があるまい。
しかしクーガも口だけで、言う程期待しては居なかった。煩かったら黙らせれば良い。そう思っているだけだ。何の問題があろうか。
クーガが団長に『来い』と合図すると、ゾロゾロと列が動き出す。
いよいよ『護送される』訳だが、逃げ出すなら今がチャンス。しかしデイブも含め、誰もそんなことをする奴はおらず、寧ろ小さくなって団長の後に続くのみ。足音さえ気にする程委縮している。
それもそのはず。駅長とクーガの話声が耳に入った奴らが足を留め、珍しそうに眺めていたからだ。話し声も聞こえて来る。
当然団長達の耳にも届いていた。『近衛らしい』とか『近衛が何をした?』とか『何ってお前ナニだろう』とか、そして笑い声とか。
だからこそクーガもデカい声で『別の国』と言ったのだろう。納得して頷くんじゃねぇと言いたい。寧ろどんだけ近衛が信頼されているのか。アルミッド王国とは天と地程の違いがある。
ほら丁度、屋根の上に居るねーちゃんと、屋根の下にいる我々と。
『ポーッ。ポッポーッ!』「お召列車だ」「奥様?」「!」
駅の向こうから汽笛が聞こえた瞬間、駅長とクーガが早足になったではないか。駅長は仕事だろうが、クーガは完全に物見遊山だ。改札口を何もせずに通り抜け、ホームの端まで行ってしまった。
護送列車の向こう側にある線路が、直接見える位置にだ。やがて列車がやって来ると手を振り始めた。機関手が知り合いなのか?
『ポーッ』「何だ単機回送か」「違う先導列車だ」『ガタンゴトン』
機関車一両だけが通り過ぎて行った。そして駅長とクーガは動かない。だから団長もそのままの待たせて貰う。当然団員達もだ。
はて。何分経過しただろうか。ちょっと暇である。そりゃぁ『用語』が判らなきゃ『意味』も『理由』も判らないから当然だ。
「来たぞ」『ポーッ』「おぉ、奥様だぁ。奥様ぁ」「綺麗だなぁ」
待った割に拝めたのは一瞬であった。何せ機関車、客車、貴賓車の三両編成である。あっという間だ。
大きな窓越しに拝めたのは、にこやかに手を振るお姿。ゆるやかに揺れるお手。華やかな車内で豪華な椅子に座ってのことだが、そんな装飾とは別次元の美しさを醸し出す。
「綺麗な人っすねぇ」「何だデイブ。いつの間にか居たのか」
女と酒と飯のときに、デイブが出しゃばって来ない方が不自然だ。
デイブの表情がそれを語っているし、態度にも現れている。今だ過ぎ去りしお召列車を目で追っているのは、デッキに乗っていた『近衛』が目的だろう。確かに女で『同じ格好』であるからにして。
「最後に良いモン観れたな」「奥様って、あの男のコレなのか?」
笑顔のクーガに団長は聞いてみた。左手の小指を立てて。
「お前、その指チョン切られたいのか?」「止めてくれ」「不敬も甚だしい。ちょん切るなら首っすよ」「いや待って。済まなかった」
クーガも駅長も怒り始めてしまったではないか。直ぐに謝る。
「テメェの国の王妃を指さして、『国王のコレ』なんて言ったら?」「だから済まなかったって。申し訳ない」「御免で済むなら近衛は要らねぇ」「いやもう勘弁して」「だから市民権剥奪になるんだ」「いや、それとコレとは関係ないなぁ」「えっ?」「そもそもネェから」「あっ、そうでしたな」「お前はもぉ。しっかりしてくれ?」
いつしか『笑い』で誤魔化されていたが、団長は笑えやしない。
他の団員もそうだ。どうやら『あの男』とは違い、『奥様』の方は『やんごとなきお方』の扱いを受けている模様。若しくは、単に人気があるだけなのかもしれない。少なくとも『あの男』より。
団長達は護送列車の一番後ろに座らされ、大人しく出発を待つ。
「やれやれ。俺の席は何処だ?」「一番前だっ!」「ちっ蹴るなよ」
如何にも柄の悪そうな男が二人。団長達の前に現れた。思わず顔を上げた団長だが、蹴られた男と目が合う。
「何見てんだ」「良いから行けっ」『ガッ』「蹴るなって。テメェもコラッ! 見せモンじゃねぇんだぞっ!」「ウルセェ殺すぞっ!」
どちらも似たり寄ったりだが『立場』は違うらしい。
前を歩く方は両手を縛られていて、その紐を後ろの男が握り締めている。前の方は明らかに『犯罪者』で、それは顔を見れば判るとして、後ろに付いて歩く男も、物騒な言い草通り犯罪者。じゃなくて『冒険者』であろうか。囚人護送の依頼を受けたと見た。
しかし冒険者の方が三倍は悪そうに見えるのだが、もしかして募集要項に『悪人面』なんて条件があったのだろうか。
「コイツが相席らしい。どっちかに詰めてくれ」「あぁ。そうか」
クーガが一人の男を連れて来た。四人掛けに団長とジャックが二人で座っていたのだが、そこにクーガともう一人が座るらしい。
団長とジャックは向かい合って座っていたが、そのままジャックが団長の前にずれ、団長の隣にクーガ。その前に男が座った。
「窓際が良かったりするのか?」「あぁ俺はココで良い」「そうか」
通路側の方が『出易い』のだろうし、この列車の窓が鉄格子に覆われているのを見ても『犯罪者輸送用』であるのは何となくね。
駅長が『今日は満席』と言っていただけあって、次々と乗客がやって来るのだが、全員悪そうに見えてしまう。当然だが『全員』には『護送する側』も含む。中にはクーガにお辞儀をする冒険者も。
「あっ、クーガさん」「いよう久し振り。何だマルケスお前もか?」「えぇ。いやぁクーガさん居るなら安心だ」「自分の仕事をしろぉ」
悪人面も笑顔とか照れ顔は、幾らか可愛いもんだ。それを思えばクーガは、『大分まとも』に思えるから世の中判らない。もしかして『高貴な方』を相手に商売をするには、『それなりの見た目』が必要だったりして? であれば納得も行くか。
「知り合いか?」「あぁ。奴はD級に昇格したばかりでな」「ほう」「俺が試験官だったんだ」「へぇ。ならば『昇格させて貰った』って訳か」「何言ってる」「違うのか?」「俺は今まで三回も落としてやったんだ。礼を言われる覚え何てネェよ」「そうなのか?」
クーガはニヤケているだけで答えない。冒険者ってそんなモンなのだろうか。『信じるて良いのは自分だけ』な世界?
もしそうだとしたならば、貴族の世界も同じようなモン。人間とはこうも分かり合えないものなのか。列車に乗客が増えるにつれ、小競り合いも始まっていた。
罪人同士で『コロッケ切った』じゃなくて『メンチ切った』とか、名前からしてどうでも良さそうな争いが始まっては抑えられ、始まっては抑えられ。今日はずっとこんな調子なのだろうか。ずっと下を向いて大人しくしているだけなのに、我らが『近衛騎士団御一行』が、飛び切りの『上客』に見えるから不思議だ。乗客だけに。
「テメェ何笑ってんだっ!」「私ぃ?」「ホラッ大人しくしろっ!」
斜め前の席。後ろを向いている乗客と団長は目が合った。
その瞬間立ち上がってブチ切れている。正面に座る『連れ』に紐を引っ張られ座ったものの、怒りは収まってはいないようだ。
クーガがゆっくりと立ち上がった。そして歩み寄ると、連れの男の頭をポンとやって肘を背もたれに乗せる。後ろ姿からは別に『威圧』とかする感じはしない。『いつも通り』に見えるのだが。
「あぁクーガさん。すいません」「お前の『客』は元気がイイなぁ」
冒険者の方が怯えているようにも。クーガの口調は大人しいのに。
すると罪人の顔から一気に血の気が引く。周りも知らんぷりしているが、聞き耳だけはピンと立てているようだ。
「アンタが疾風の?」「そーゆーのはなぁ、『本人の前』では言わねぇってのがお約束なんだわ。なぁ?」「!」
クーガには『二つ名』があるらしい。本人が気に入る気に入らないはあるにしても。しかしクーガの場合は後者か。冒険者の方を見てニッコリと笑いながらの忠告なのに、罪人の方に効き目ありだ。
「すいません。良く言っときますんで」「ヤっちゃっても良い?」「いやいやいや、それは困ります。『依頼失敗』になっちゃうんで」「良いジャン。車内静かになるし」「でも俺、この依頼を失敗すると、三回連続失敗で降格になっちゃうんですよ」「益々良いジャン。降格で済むなら。俺なんか依頼失敗で『コレ』だぞ?」「えぇ……」
手で首を横に。舌を出し、笑いながらのジェスチャーに、真偽の程は判らない。しかし冒険者同士『仕事の邪魔』をされたくない気持ちは痛いほど解る。ここはひたすら頭を下げるしかない。
「ホラ、お前も謝れっ!」「いや良いんだよ別に。謝罪なんて求めちゃいないさ」「騒いですいませんでした!」「この通りなんで」
反省はしているようだ。長続きもしそうだし、良いだろうか。
実際周りも、すっかり大人しくなっていた。一番遠くの席で、ヒソヒソ話す冒険者と罪人のペアを除いて。
「おい、アイツ相当強いのか?」「馬鹿っ指さすな。強いに決まってんだろ」「どれ位?」「この車両に居る奴らを皆殺しに出来る位だよっ!」「そんなに?」「良いか? 『皆殺し』ってのは『俺』も含めてだぞ?」「アンタ冒険者だろ」「だから何だ」「……」
ヒソヒソ話だから、多分本人の耳には入っていないだろう。
腰を曲げ、背もたれの陰に隠れているし。気になるのは、やけに車内が静かになったこと。何故? いやいや。
顔を上げるのは止めておこう。クーガが辺りを見回している。
「お前ら『最後の汽車ポッポ』だ。終点まで大人しく楽しめ!」
『コクリ』『コクリ』『コクリ』『コクリ』『コクリ』『コクリ』
「ウルセェ席は、俺が纏めて大人しくさせっから。良いなっ!」
『コクコク』『コクコク』『コクコク』『コクコク』『コクコク』
クーガは笑っているし、剣を抜く素振りもない。それでも車内には『静かにしよう』という一体感が芽生えていた。こうなったらもう『寝るしかない』と、腹を括った者も。
いびきならまぁ、許して貰えたら良いな。夢かもしれないが。
『ポーッ。ガタンッ。プシュゥ』「出発か」「街も見納めだな」
呟いた団長の隣にクーガが座った。そして足を前に放り出す。
四人座っているのだから、正面の乗客に対し随分と無礼な行為であることは間違いない。しかし、クーガ以外の三人は罪人が故か、何も言えないようだ。ジャックはクーガの正面じゃなくて、本当に良かったと思う。もし団長に同じことをされたらって、しないか。
「この御仁は、何をしたのかね?」「んん? コイツ?」「あぁ」
堪り兼ねてか団長が口を開く。するとクーガは正面を指さした。
「おいお前、名前は?」「デイブです」「デイブゥ?」『俺?』
話しの腰を折るとは正にこう言うことだ。次に聞くべき質問なんて、飛んで行ってしまったではないか。通路を挟んで隣に座っていたのが『例のデイブ』であったからだ。驚いて自分を指さしている。
「その名前は止めろ」「えぇえぇ?」
冷静に、でもないか。半分笑いながらの命令である。
驚くのも無理は無い。名前なんて変更したことが無かったからだ。しかしそれが『クーガの命令』であったならどうする?
ここは素直に『別の名前』にして置くべきだろうか。
「そりゃネェよ!」「お前が言うのかよ」「そりゃぁ同じデイブとしてだなぁ」「そう。コイツが本家本元のデイブなのよ」「あぁ」
笑い声が車内に響く。失笑とも言う。本人は至って真面目だが、後発のデイブは『改名も良いかも』と思っていた。成程。本家の方が断然強そうだ。別に自分の名前になんて、何の拘りも無い。
「じゃぁ『ジョン』で」「ジョンもダメだ」「ダメなのか?」「俺」
適当に答えたつもりだが、先約が居たらしい。しかも同じ席に。
「何だ。お前ジョンだったのか」「はい」「譲る気無いか?」「えっ、譲る?」「あぁ」「ダメだ」「何だ今度はコッチ?」「私が付けたんだ」「えっ親子?」「甥っ子だ」「何だ。じゃぁしょうがないか」
クーガは左右を見て面白がっているだけに見える。当然正面の男は『次の名前』を考えるしか。するとクーガが足で蹴る。
「お前は今日から『ケリー』だ。こんな感じ」「痛いっす」
蹴った数だけ名前が長くなるなら、今は『ケリケリ・ケリー』だ。
「良いだろ?」「女みたいっす」「そうか? どう思う?」「知人の男に『ケリー』って奴が居るな」「だそうだ」「でも、本家が?」「お客様の中に『ケリー』って男性はいらしゃいませんかぁ?」
クーガは勝手に叫んで勝手に耳を澄ます。しかし聞こえて来るのは『ガタンゴトン』と、列車の走る音だけである。実に静か。
窓辺の景色は城壁を超え、いつの間にか森へと変わっていた。
「居ないそうだ」「えぇえぇ」「ヨシッ! ケリーに決定なっ!」
ケリーは黙って頷いた。勝手に決めやがってとも言えない。
どうせ『列車の中だけ』に決まっている。ずっとクーガが付きまとって来る訳じゃない。寧ろ近くに座っている今の方が、万が一の場合に『助かる確率』が高そうなのは確実。ここはジッと我慢だ。
もし列車が襲われて死亡した場合、墓標に刻まれるのは『ケリー』になってしまうかもしれないが、死んだ後のことなんか知るものか。
「で、ケリーに何を聞きたかったんだっけ?」「あぁ、えっとぉ」「お前、何やって砂漠送りになったんだってか?」「先に言われてしまったな」「だそうだ。答えてやれ」「あんま大したことじゃ」
ケリーも思い出したらしい。喉まで出掛かっていたことを。
「まぁ、飲み代を払えなくなっちまったのさ」「えっそれだけで?」「方面委員を無視したのか」「そう言うこと」「何だ方面委員って」
驚く団長のためにクーガが先に聞いてやったのだが、予想通りだったらしい。ニヤリと笑ってクーガが答える。
「コイツ、再三警告を無視してだな、それでも酒を止められなかったって訳だ」「ほう?」「それでD級に落とされたって訳だ。そんなトコだろう?」「その通りっす」「何だD級って」「そっから?」
勘が悪いと言うか何と言うか。と言っても付き合いはまだ二日目。
契約の中に『説明』も含まれていることを思い出す。
「だから『市民レベル』よ。冒険者にもレベルが有るだろう?」「あぁ」「それと一緒」「成程?」「だから市民には『市民証』ってのがあってな。おいケリー、市民証見せてやれ」「俺の?」「そうだよ。早くしろ」「ほい」「貸せ。ほらコレだってお前、『デイブ』じゃねぇか! さては偽物だなぁ?」「勘弁して下さいよぉ」「ハハハ。偽造は死刑だもんなぁ」「厳しいな」「まぁ名前の所は見なかったことにしてやってくれ」「あぁ解った。これが市民証ねぇ」「俺にも」
材質は何だろう。硬いが軽い。そして、名前が刻まれている。それだけだ。裏面には落としたときの連絡先だろうか。刻み文字が。
何を表すのか、横には穴が三つ並んで開けられている。
「穴が三つあるだろう?」「あぁ」「穴無しはA級、一つはB級、二つでC級、三つでD級って訳よ」「判り易いな」「一目で判る。モリオクに住めるのは、『市民レベルC以上』って決まってんの」
団長は市民証をケリーに返した。コレを提示すると『買い物も出来る』とのことだが、何をどうするかはサッパリだ。但し『入場制限』に関しては、市民証の提示で解決するであろうことは判る。
「最初に市民証を配られたときは、『A級』からスタートするんだ」「ほぉ」「で、悪いコトしてっと、ボコっと開けられちまうって訳」「ケリー殿は何をしたんだ?」「ほら、言ってやれ」「いや俺は最初からB級スタートでさぁ」「マジか! それはやっちまったなぁ」
何だか判らん。クーガの説明が間違っているのだろうか。
そうではない。クーガの予想が違っていただけ。まぁ、一定数そういうのはあり得るから、別に珍しい訳じゃない。
「コイツ、学校を中退してるんよ」「そんなのまで判るのか?」「当然。何やったんだ?」「校長の家に落書き」「そりゃ退学だわな」「たかが『落書き』でか?」「復旧出来なかったんだよな?」
ケリーは頷く。何せペンキを塗りたくっただけでなく、釘で壁に傷まで付けたのだ。しかし未だに『何故バレた』のかは不明だ。
団長は顔を顰めた。そりゃ『王宮』とか『貴族邸』なら判る。しかし貧民街や裏通りであれば、落書きの一つもあるだろうに。それとも『相手が校長だから』なのだろうか。であれば、金で解決することだって出来そうなものだが。自分ならそうする。
「普通、学校卒業と同時に市民証を貰うんよ」「ほぉそれまでは?」「親のツケ」「成程? 大丈夫なのか?」「ダメだったら『教育が成ってない』てなって、親がB級、C級、D級ってな」「あらら。それは大変そうだなぁ」「当然D級になったら、幾ら金持ちだろうが『街から追い出されちまう』って訳さ」「うかうか出来んな」
団長は息子の顔を思い浮かべた。学校でいじめられては居ないだろうが、いじめてはしていたりして。まぁ碌なことはしていないだろう。しかしそもそもだが、このまま帰ったら、息子に会えないまま首チョンパかもしれんし、この先はどの道判らん。
「BからCに落ちたのは何だ?」「えー」「酒か? 女か?」「両方」「だよなぁ」「いや俺だって、ちゃんと働いてたんだぜ?」
そう言うが、ちゃんと働いていたら、誰も『砂漠送り』なんてのにはならない。ケリーの言う通りなら問題は『アフター』の問題だろう。いや、飲み屋のねーちゃんをお持ち帰ることではなく、あくまでも『仕事の後』って意味で。
「方面委員ってのは?」「あぁその前にな、何段階か警告があるんだよ」「ほぉ?」「先ず、毎月給料を貰うだろ?」「あぁ」「で、使うジャン?」「まぁ使うだろうな」「それが飲み代だとすんジャン?」「飲むこともあるわな」「三日連続で飲むジャン?」「毎日飲む奴が居たって、別に悪いことじゃない」「そう。だけど『警告』はされるんだ。なぁ?」「えぇ。飲み屋街の入り口で身分証をかざすと『黄緑色』になるんす」「ほぉ?」「緑は入場可、黄色は保証人二人以上、赤は入場不可ってな」「そんなん決まってんのか?」「当然だよ。それが『この街の酒場』てなモンで、イイ子ちゃんしか飲めないようになってんの!」「子供は酒飲めないだろ」「団長、面白いコト言うねぇ」『バンバン』「確かにその通りだ。ハハハッ」
きっと街に入るときに使う『アレ』と同じ奴だ。犯罪者か否かを見極める魔法具。しかし、三日連続で飲んだ位で警告とは。
「で、その『黄緑色』だとまずいのか?」「まぁな。飲み屋も先ず『メンドクセェ客来たな』って思われてだな、『お支払いは大丈夫ですか?』とか『飲んで暴れないで下さいね』とか、そもそも高い店だと『入店お断り』とかになっちまうって訳。お前は?」「お支払いは大丈夫ですかって」「で、飲ませてくれたん?」「ハイ」「で、払ったの?」「勿論」「だよな」「で、翌日方面委員が職場に来たんす」「で、何て?」「このペースだと月中には破綻します。お酒は控えましょうって」「だよな。で、お前何て答えたの?」「判りましたって」「うんうん。それでその日も飲みに行ったと?」「当然ですよ。仕事終わりに飲まねぇと、やってられませんって」「お前さぁ、方面委員が『控えましょうね』って言うのはなぁ、『もう飲むな』ってのと同義だからな?」「そうなんですかぁ?」「いやお前さぁ、飲み屋で何て言われた?」「方面委員と面談済ですかって」「ソコッ。で?」「いや『ハイ』って答えましたよ?」「その後は?」「えーっと『ホントに飲むんですか? 今C級ですよね?』って聞かれました」「ウケル。それでもお前、注文したんだ」「当然ですよ。飲みに来たんだから『イイから酒持って来い』って言ってやりましたよ」「ヒヒヒッ! イイネお前。やっぱD級だワッ!」
事情は解った。納得するしない、我が国ではとか、そう言うのを全て置いといて、デイブ改めケリーの罪については。改名はしたものの、やっていることは『デイブそのもの』ではないか。
見ろ。隣の本家デイブでさえ『俺D級だわ……』な顔に。いやはや。血は譲れないものだ。
「随分と厳しいんだなぁ」「そうか?」「別に『飲んだくれ』なんて、一杯いるだろうに」「居るねぇ」「だったら街を追い出さなくても」「いやいや。無駄なトラブルを防止するってのが目的だから」
冒険者の居住区を一般市民と分けているのも、そういうことなのだろう。団長はクーガの言っていたことを思い出す。
冒険者のランクが上がったら、大抵は就職するのだと。ならばいつまでも『冒険者のまま』ってのは、それだけで『柄が悪い奴』と思われても仕方が無い。そうなると一般市民から見れば、冒険者なんてトラブルメイカーそのもの。店で暴れられても止められず、損害は自腹なんてなったら嫌だろうし、もしそうなら、怪我したって治療費は自腹に違いないし。確かに最悪だ。出来ればお近づきにはなりたくないと思うのもその通り。クーガは水分補給を。
「アァ効くぅ。大体移住先だって『荒野』って訳じゃ無いんだぜ?」「そうなのか」「いやぁ? 俺は『似たようなモンだ』って聞いたけど?」「何だ聞いちまったのか。まぁ聞いた通りかは行けば判るさっ」「そんなん言われたら、荒野で決定じゃネェか」「ハハハッ」
クーガは呑気に笑い飛ばした。ケリーは『信じられねぇ』の目。
こうなると元々誰も信じちゃいないのかもしれないが、これから行く街『シンジナイ』は確かに『誰も信じちゃいけない街』なので、ある意味『訓練済』と言えようか。
追い出されたモリオクと違い、水道を初めとしたインフラは無く、水は共同井戸。当然のように銭湯なんてのも無く、トイレはボットン。病気の治療は闇医者か占い師の世話になるのが一般的で、金が無ければ自然治癒を待つばかり。
街を歩けば弱肉強食で、どの店に入っても基本ボッタくり。嫌なら『力づくで奪い取れ』がまかり通る。反撃されたら? 知らん。
「別に『死刑』って訳じゃネェんだから。まぁ、のんびりやんな」
笑いながら言う辺り、完全に『死刑と同等』であって、『のんびりなんて出来ない』のが確定的。今更だが、ケリーは後悔し始めていた。完全に遅いのは判っているのだが、もうどうにもならぬ。
現に、シンジナイからモリオクにやって来る列車に『一般市民が乗っている』なんて、かなーり稀である。
大体が冒険者で、しかも怪我をしていたり、血だらけだったりするものだから、モリオク駅だって『冒険者用』が別にある訳で。列車の椅子だって、お掃除し易いように全て木製である。
因みにだが、駅の隣には銭湯があって、そこで身綺麗になってからでないと、街には入れないことになっている。そこでの決まり文句は『ひでぇ目に会った。もうこの仕事やんねぇ』だ。返しの言葉は『でも、こんなモンしか出来ねぇしなぁ』となって以下ループ。
強い魔獣が倒せないE級やらF級のソロ冒険者は、武装こそしているが、所詮は一般市民に毛が生えたようなモンである。
早いトコ仲間を募り、パーティーを組んで冒険者らしくしないと。
「私達もソコへ行くのか?」「いんやぁ?」「えっお宅ら、ガチの砂漠送り?」「正解!」「マジか……。そりゃぁお気の毒に」
人は『自分より下』が居ると、何だか安心するものである。
ケリーにもその素質があった。自分の命が明日をも知れぬのに、目の前の命が今日にも尽えると思えばこその、この笑顔。
いや『見た方』はマジムカつくのだが、ぶん殴る訳にも行かず。
「大丈夫なのかぁ?」「だから俺が居るんだろ?」「……そうか」
団長の心配を余所に、クーガは再び水分補給。金属水筒をポケットに滑り込ませると、親指で自分自身を二度指す。団長は渋い顔だ。
「そろそろ見張りを立てた方が良いなぁ」「見張り?」「あぁ」
いつの間にか森が終わっていた。遠くまで良く見える。
正確には、進行方向右側にはまだ森が見えていて、現在地は『森の端』と言った所か。列車は森の端をかすめて進む。
うっそうと生えていた木々が次第に低くなって、進行方向左側は陽が射すようになっていた。暑い。団長は外を観察するのにそのままにしていたが、鎧戸を閉めている席も。まぁ寝ているのだろう。
「何か出るのか?」「出る出る」「何が?」「お楽しみで。おいっ、誰か見張りに立てっ!」「……」「……」「……」「……」
団長の質問に答えるつもりは無いらしい。クーガは立ち上がって客に呼び掛けた。完全なる命令調で。しかし『見張りに立つ』のがどういう意味か解っているだけに、誰からも返事は無い。
先に言っておくが『クーガに人望が無い』では無かろう。多分。
「しょうがねぇなぁ俺が行くか」『ホッ』『ふぅ』『今起きたフリ』
乗客達を眺めていたクーガだが、刀の鞘を握り締めると回れ右。
デッキから屋根の上にでも上がるのだろう。乗車するときに見た。梯子が付いていることを。きっと『このとき』のためだ。
クーガは扉に手を掛けると『ガチャッ』と開けた。風が。音が。
「なんちゃって?」『ヒャッ』『ヒュッ』『Zzz……』
卑怯にも『行く振りだけ』して、振り返ったではないか。安堵の空気が漂っていたのは一瞬だけで、再び緊張が走る。慣性の法則が働いているとは言え、列車と同程度の速度とは中々だ。
「そうだ。窓閉めとき」「コレ?」「鎧戸な」「あぁ」『ガチャッ』
外を眺めたい気持ちは言うに及ばず。しかし団長はクーガの指示に従う。それでもいつも通り、質問は忘れないようだ。
「鉄格子あるのに?」「目が合うと面倒だからな」「魔獣と?」
クーガは行ってしまった。代わりにケリーを見たが知らないらしい。首を捻り、肩を竦めるのみ。そりゃそうだ。初めてなんだし。
「どんな魔獣が出るか、話位聞いて無いのか?」「その内判るさ」
何の答えにもなっていないのだけは確か。そもそも市民はシンジナイの街から帰ってこないし、生きて帰って来た冒険者達は、砂漠に出現する魔獣について語らないのだ。
しつこく聞いても無駄で、言えない理由は『防衛のため』らしい。
だからもし、団長がせめて『理由』を聞いていたならば、納得は出来ただろう。何しろこれから行くのは『ミリタリア帝国』で間違いない。遠くに見える山脈が明らかに終わりを迎えていたからだ。
この護送が『タカイーナ山脈を迂回するもの』だとしたら、それは帝国行きを意味する。成程。山脈のコッチ側は砂漠だったのか。
「フゥ良い風ぇ。さぁてと。ラクーダちゃんはお出ましかなぁ?」
クーガは客車の屋根に来ていた。屋根に組み付けらている『簡易な椅子』を起こし、そこにドカッと腰かける。
右手を額に当てると、砂漠に向けて目を凝らす。今の所異常なし。
チラっと森の方を見たが、まぁコッチ側は問題無いだろう。有るとしたら、大きなハゲワシか。その名もハゲチラシ。上空から『ガッ』と来られると厄介だが、砂漠に基本餌は居ないし、居るとしたら人間位なモノ。しかしクーガは、ハゲチラシ如きに後れを取るつもりは無い。髪の毛を荒される前に撃退して見せようぞ。
「まっ、一応屋根も出しておくか。涼しくなるしな」『ガチャッ』
今日は途中下車だから『必要ない』と思っていたが、わざわざ暑さにやられることも無かろう。有るなら使うかの精神だ。ちょっと風切り音が煩くなるが、それも涼しさの演出みたいで良かろうて。
「これで良し」『ポーッ!』「ゲホゲホッ。コレはどうにもならん」
クーガは流れて来た煙を手で扇ぐ。無駄な努力だ。
砂漠行きの蒸気機関車は『砂漠仕様』になっている。煙突は同型の機関車と比べ、少々高くなっているのだ。風向きよっても左右されるだろうが、『顔が真っ黒になる』なんて無いことを祈ろう。
因みに機関車の前には頑丈な三角形が取り付けられている。誰が呼んだか『カウキャッチャー』と言うらしいが、砂漠に牛は居ないのに、何とも不思議な名前だ。




