第八話 強制送還
全てを書き終えた紙を差し出したのはデイブだ。矢で射られずとも、腹が減って死にそう。その場合、溜まった経験値は何処へ?
「あっ、俺も書きました」「じゃぁ俺も」「じゃぁって何だよw」
飯を前にすると適当な奴らだ。服装と同じで、身も心も『一般人』になりきってしまったのだろうか。しかし団長は咎めない。自分もサラサラッと一筆したためて、この際『なるようになれ』だ。
「オヤジ。済まんが急いで頼むわ」「へい。じゃぁ飯持って来るか」「手伝いますよ」「あぁ、何人か来てくれ」『ガタン』『ガタン』
集めた紙をトントンとやって、クーガから店主にパス。すると店主は隅に控えていた丁稚に更にパス。丁稚は扉の奥へと消えた。
主人が向かう先は台所だろう。指先をチョイチョイとやって、デイブ他二人。合わせて三人の召喚に成功。多分、自分で運ぶつもりはなさそうだ。ホラ案の定。奥から大きな鍋を持って来たのはデイブだ。男は鍋敷きを持っているだけ。一応『仕事してる感』はある。
しかしテーブルの真ん中に放り投げる辺り、適当な感じが漂う。
「自分達で適当によそって食ってくれ。そんだけありゃ良いだろ」
鍋の蓋を開ければ湯気が。昨日と同じく『スープ』らしい。
二人目が皿とスプーンを配り、三人目がパンを配る。
「うまそうだな」「でも、具が少ねぇな」「元々『俺達の賄い』なんだから、文句がある奴は食わなくて良いぞ」「すいません……」
店主は職人なのだろう。腕っぷしは強そうだ。相手の力量が判ってしまえば『遠慮は要らない』と思ってもおかしくはない。
団長の予想では、この村の住人は自分達より強い。何しろ『子供達の攻撃』を『ガキのままごと』と、切って捨てられるのだから。
「食いながら質問して貰っても良いぞ? まぁお行儀と相談してな」
クーガは笑うだけで食うつもりはなさげ。それとも依頼に入る前に済ませたか。流石に酔っぱらっては居ないようだが……。
「おい、それは酒か?」「そうだが?」「大丈夫なのか?」「おいおい。聞きたい質問ってのは、そんなことなのか?」「いや……」
懐から取り出した『小さな水筒』から、随分と濃い酒の匂いが。
何となくだが『昨日の酒と同じ』ような。だとしたら、結構濃いのだろうが、それをつまみも無しにチビリチビリとやっている。
「この村は、どうして物騒なんだ?」「物騒かね?」「さっきの子供見ただろ」「んー。まぁ『アンタ達』なら、そうかもしれん。だがこの村の連中はあれが普通なんだ」「法律は?」「そんなモン無いぞ?」「えっ? 無いのか?」「あっても誰も守らんだろうなぁ」「そんなんで、どうやって暮らすんだ?」「先に言っとくが、俺はココの住民じゃないし、住民になりたいとも思わない。大体ココに住んでんのは、訳あって国を追われた奴らと、その末裔なのよ」「そうなのか」「そう。つまり『好き放題やってた奴ら』ってこと。そんな奴らが法を作った所で、守る気なんて無いだろねぇ」「でも、村長が居るんだし、村長は偉いのでは?」「おいおい。偉い訳ネェだろぉ」「何で。『長』だぞ? 偉いから長なのでは?」「違う違う。別に『村長選挙』とかやってる訳じゃネェし。単なる『ご主人さまからのご指名』ってやつよ?」「何でまた」「そりゃぁ国を治めるのに失敗した奴らじゃん。だから『村長からやり直し』ってことじゃねぇの?」「そんなんで良いのか?」「良いんだって。『ご主人さまの言うことを取り次ぐだけ』みたいなモンだし。ホラ、学校で『学級委員長』を決めるのに『ダリィからお前やれ』って決まることあるだろう? それと一緒だって」「それで村長って……」
団長は自ら学級委員長に立候補し、それを『誇り』としていたので、多少のショックはある。そんなんで決めなくてもと言いたい。
「列車って何ですか?」「んん? 鉄道って知らない?」
食いながらにしては、クーガの問いに誰も答えない。
それもそのはず。アルミッド王国に鉄道は存在しない。一番早い公共交通機関は『馬車』であるからにして。
「鉄で出来た『レール』ってのを、二本平行に敷設してだな、その上を鉄で出来た車輪が付いた『馬車みたいなの』で移動するんだ」「何か想像付かないな」「後で実物見りゃ判る」「俺、普通の馬車が良いんだけど」「あぁ残念。下界に行くには列車じゃないと行かれないんだ」「道路無いのか?」「そう。鉄道しかない」「じゃぁどうやって行き来するんだ?」「だから鉄道でって言ってんだろ」
クーガは苦笑いだ。この分だと先が思いやられる。
「どっかでお土産買えるか?」「ブッ。お前何言ってんだ」「いやぁ、折角珍しい所に来たから、何か買えないかなって。ホラ、金貨ならあるし」「あぁ金貨ねぇ」「えっ、見たことない?」「馬鹿。有るに決まってんだろ。俺は冒険者だぞ?」「じゃぁ何さ」「あぁ、その金貨じゃ買い物が出来ねぇんだわ」「やっぱ見たことがないとか」「下界の一般市民はそうだろうなぁ」「マジかぁ。随分田舎なんだなぁ」「あぁ。好きに思っとけ。お前らに判り易く説明してやると、買い物は全部『ツケ』みたいなモンなんだ。金なんて使わん」「は? タダなのか?」「誰が『タダ』って言った。『ツケ』って言ったんだよ。市民証を提示すると、銀行から買った分が差っ引かれんだ」「へぇえぇ。銀行あるんだ。じゃぁ俺達みたいに、口座無い奴はどうするんだ?」「買い物出来ねぇよ?」「嘘っ」「嘘じゃネェよ。だから今、身分証作ってるんだろうが」「おぉおぉ!」「良いか。先に言っとくが、お前らが買ったモンの支払いは、俺が全部支払うことになってるんだからな?」「スゲェ」「ゴチっす」「馬鹿野郎。報酬が減るだろうがっ」「そぉゆぅ」「余計なモン買ってみろっ! 俺が『ガツン』って食らわすからなっ!」「お土産何にすっか」「そうだなぁ。なるべく高いのが良いなぁ」「お前ら今の聞いてたか?」
どうも肝心な所は聞こえなかったらしい。目が輝きっぱなしだ。
「国に帰るまで、何日位掛かるんだ?」「それは判らん」「三日? 四日?」「だから判らんって。お前達山向こうから来たらしいが、それは何日掛かったんだ?」「七日なのか……」「ほら見ろ。別に良いんだぞ? また山越えして帰って貰っても」「いやぁ……」「あの山脈が途切れる所まで迂回せにゃあかんのだから、そんだけ掛かるってこった」「うひぃ。遠いなぁ」「マジかぁ」「その間、俺がずっと護衛しないといけないんだからなっ! 勘弁してくれよぉ」
クーガにしてみれば『護衛任務にしては高額』と、思ったに違いない。条件が気になったのは確かだが。
特に『任務失敗は死を持って償う』の一文には驚いた。噂通りではないか。加えて『依頼者名が空白』てのもそう。その上、まさか依頼者本人に会うなんて、思ってもみなかったが。寿命が縮んだ。
あぁ、顔は忘れよう。『見たことがある』なんて噂にでもなったら、どんなトラブルに巻き込まれるか知れたもんじゃない。
「クーガ殿は、何故にこの村に?」「この村の冒険者ギルドにな、Cランク以上の冒険者が、何人か常駐してるんだ。住人からの依頼に備えてな」「へぇ。ランクは何だい?」「おれはCランクだよ」
チラっと見せた冒険者証。そこには確かに『C』の文字が。
「何だ。最低レベルじゃネェか」「ぶっ殺されてぇのか?」「いやいやいやいや。すいません」「まぁ、確かにココでは最低ランクだ」
クーガにも思う所があるのだろう。フッと溜息の後に話し始める。
「そもそも『冒険者』の評価はな、悲しいかな失業者と同じなんよ」「そうなのか? 結構稼ぐ奴も居るんだろ?」「ココでの評価な。強ぇ奴は大体『金持ちの護衛』とかに雇われててな? いつまでも『冒険者デス。キリッ』なんて言わねぇんだわ」「はぁ」「だからオメェ『Sランクですけど』なんて言ってみ? よっぽど性格が悪いか、金に汚いか、そのどちらかって評価で、金持ちなんか寄り付きもしないわっ!」「へぇえぇ。そんなモンかねぇ」「そうだよ。だからCランクで実績を積んでな? どっか良い所に就職するのが『冒険者の花道』ってモンよ」「世知辛ぇ」「だからお前らも、ココに残って『冒険者やろう』なんて思うなよ? 弱過ぎて無理だろうけど、素直に帰れ?」「それもアリだな」「聞いてたかっ!」
クーガの言うことも一理あるのだが、国へ帰ったとて無事で済む保証は何処にもないのだ。何しろ『任務は失敗』と言えよう。
「他に質問は?」「クーガの旦那ぁ。『首飾り』出来ましたぜ」
奥からジャラジャラと音を立てながら店主がやって来た。
食事は既に終わっている。鍋の中にまだスープは残っているが、昨晩と違い全部を食べ切る程美味くはなかったらしい。パンもそう。
誰も気が付いてちゃいないが、男はあれで結構な美食家だったのかもしれない。かなり良いモンを食っていたようだ。
いや平日昼間の『職人の賄い』と比較すんなってか。それもそうだな。彼らは質より量。奥にはまだもう一つ、同じ鍋がある。
『ジャラッ』「自分のを探して首からぶら下げろ」「……」「んでサッサと出て行ってくれ」「リック。これお前のだ」「絡まっちまったぞ」「俺達もソコで飯食うんでな」「デイブ。何やってんだ。コッチに寄越せっ」「おいおい。鎖を切るなよ?」「自分の探してただけだろうが。あっ、団長のありましたよ」「全部繋がってるぞ」
幾らの報酬なのか知らないが、店長もかなりのやっつけ仕事か。
手が二本あるのだから、せめて半分。いや、デイブのだけでも別にしておけば、こんなにもこんがらがったりはしなかっただろう。しかしデイブは、サッと済ませば十秒で終わることを、十倍に引き延ばす名人らしい。下手すりゃ百倍にだって。
「だから鎖を切るなって言ってんだろっ! こぉの素人がっ!」
遂に店主が見てられなくなって手を出した。職人のデカい手だ。
しかし、自分が蒔いた種と言えど、扱いには慣れているらしい。鎖なのに、いとも簡単に解いて行くではないか。随分器用。
結局一本づつになった認識票を眺め、自分のと確認して首から下げる。しかし微妙な表情だ。ぶら提げはしたが、表と裏を交互に眺めている。アクセサリーにしては飾り気がないし、身分証にしては小さいそれを。名前の書いてある方は判るが、裏は何だ?
さっきクーガが見せた『冒険者証』とは全く違う。向こうは上質なカード。こっちは鉄か何か。当然のように光沢もなく、店の陳列棚に撃ち込まれた『値札』にでも使われていそうな感じまでする。
「裏は何て書いてあるんだ?」「俺も知らん」「えっ、知らない?」「あぁ俺は指定された通り刻んだだけだ。古代語なんて判んねぇよ」
店主は見せられた『裏面』を確認するでもない。『早く出て行け』とばかりに腕を振るばかり。にべもない。
果たして店主の言う『古代語』を読める読者が、果たして何人いるかは知らないが、一応その刻印された文字を次に示しておこう。
『於国境収攬 若鎖断則以金壱瓩賜 若不断則以金拾瓩賜』
「おい。読めるか?」「読める訳ねぇだろ。一文字も判らんわ」「そもそもこれって、右から読むのか? 左から読むのか?」「いやもしかして、プレートを縦にして、上から読むのかも知れん」
隣同士。何なら対面と見比べてみるが、裏面は全員同じらしい。
何が書いてあるかもそうだが、そもそも『誰宛』なのかも不明。少々もやっとするが『誰から』ってのは判る。名前の無いあの男だ。
「済んだら早く出て行ってくれ。こちとら腹減ってんだ」「判った」「それと言っとくが、くれぐれも鎖を切るなよ。良いな」「何で?」「知るかっ! 兎に角俺は『切るな』って言ったからな!」「……」
店主は腹が減ってイライラしているようだ。団長を筆頭にしなくても全員が立ち上がった。溜息をした分、クーガが一番最後か。
「国に帰れなくなるってことじゃねぇの? まぁ大事にするこった」
実はクーガも古代語は読めない。ヒアリングも『下がれ』『止まれ』『動くな』『手を上げろ』『武器を捨てろ』『黙れ』等、命に係わる単語が少々判る程度だ。いや随分物騒だなおい。
「邪魔したな」「あぁ。ホントだよ。今度は頼むから『営業時間内』にしてくれ」「それを誰に頼めって?」「無理か!」「無理だよ!」
クーガと店主は苦笑いだ。言い忘れたがココは武器屋で、金属加工はお手の物。冒険者のクーガは店のお得意様でもある。だから店主は仕事を受けたのだが、本音の所は『勘弁してくれ』なのだろう。
「じゃぁ、またロープ持って。済まんが裏口から出るぞ」「あぁ」
だから当然『裏口』だって知っている。表から出たら、またうるさいガキ共が待っているかもしれぬ。いや待っているだろう。
だったら裏口だって? と、思うかもしれないが、そこは安心して欲しい。実は武器屋は長屋の一軒。中の通路で繋がっていて、出口は沢山ある。ガキの四・五人が全てを見張ってはいられない。
そうとは知らない近衛騎士団の面々は、再び緊張感に包まれた。
「じゃぁ行くぞ。先ずはこっちだ」「あぁ」「狭いから一列で」
ロープを握ったままクーガの後に続く。廊下は人一人がやっとか。
「その辺の物に触らないでくれ」『マジか』『無理を言うなよ……』
一応は世話になった店主のリクエストである。出来れば叶えてやりたい。しかしそれは、もうちょっと片付けてから言って欲しい。
ほら言うだろう? 一流の店は店も綺麗に片付けているって。
『ガタンッ!』「!」「……ちっ」「あっぶねぇ……」
蹴とばしたのがゴミ箱だったらしく、二度見した店主からの小言はない。小さく舌打ちが聞こえただけ。犯人は勿論デイブだ。
気を付けているんだか、気を付けていても脇腹が当たるんだか。
「ここから出るぞ。静かにな。特にお前」「えっ俺ぇ?」「そこは『ハイ』だろ。他に誰が居るんだ」「ハイ……」「ヨシッ!」
初対面のクーガにまで目を付けられたデイブ。これに懲りず、これからもボケ続けることだろう。果たして無事に国へ帰れるのか。
意外にもこういう奴の方が長生きしたりするモンだが、それが通用するような世界でも無さそうだ。弱肉強食を地で行く世界。
「走れっ! 壁際を」『ダダダッ』「静かにっ!」『タタタッ』
静かに走る訓練なんてしていない。大体甲冑を付けて走る訓練ばかりしていたから、足の裏を『ドタッ』と付けるのが癖になっている。猫のようにじゃあるまいし、そう簡単には。
いや、人間頑張れば出来るみたいだ。クーガの真似をして姿勢を低くして、つま先だけで走る。当然前だけを見ている。
いや、どうしても『よそ見』はしたい。例えば、村に入るときに見えた『高い塔』の前とか、商店街と思しき通りを横切るとき。
村とは名ばかりで、大層立派な造りだ。アルミッド王国で例えると、王都の中心部にある貴族街の商店街。そんな感じも。いや、見たことのない施設、看板もあって興味を惹く。
「コレは何だ?」『パァンッ』「何やってんだっ!」「済まん」
一見して『鉄』と判ったが、叩いたら『鉄管』であった。
商店街にあったのと、丁度同じものがあったので通過しつつ叩いただけ。まさかこんなに大きな音がするとは思っていなかった。
「街灯だよ。見たことネェのか?」「灯り?」「そうだよ。だから見たことネェのか?」「無いなぁ」「夜に使うのっ!」「あぁ……」
そりゃそうだろうなぁ。団長は名残惜しそうに振り返った。
普段、夜になって出歩くことは滅多にない。夜会が行われるときもあるが、今の季節なら宿泊一択。貴族街のご近所なら、馬車に蜜蝋燭のランタンを灯し、ゆっくり帰ることもあるだろう。松明は馬が驚くので緊急用にしか使えないし、そもそも裸火は『火災を招く』として、貴族街では使用を制限されている。
だから、正直『良いなぁ』と、思ったのだが疑問もある。一体誰が蜜蝋燭を補充するのか。誰が費用を負担するのか。
「足元気を付けろ。広場の向こうが駅だ」「これが滑り易くて……」
車道に出たので足元を見る。雪道は本当に足元がおぼつかない。
どうして『こんな所』に住んでいるのか。団長の『今度の疑問』はそれ。雪を見たのは初めてじゃない。しかしこの作戦で、嫌と言う程見て、触って、感じてた結論でもあった。
「おぉ、立派な広場だ」「スゲェ」「ココまで来れば安心だな……」
クーガの歩みがゆっくりになって、一団にも辺りを見回す余裕が。
それに広場は、何故か雪が無いのだ。歩き易いのは正直助かるが、それでも雪だらけだった道路から突然『石畳の広場』が現れると、それはそれで驚く。何だか『研修旅行』な気分にもなるが。
「どうしてココだけ雪が無いんだ?」「都市暖房だよっ」「はぁ?」「どうしてココまで来たら安心なんだ?」「喧嘩禁止エリアだから」
クーガにしてみれば『広場の景色』なんて、珍しくも何ともないのだろう。非常に適当な返し。しかし周りを見ろ。
トラブルを避けて広場の真ん中を横切っているが、広場に向かって様々な店が並んでいる。人通りだって賑やかだ。ちょっと色々聞いてみたくなるじゃないか。許されるならお茶だってしてみたい。
「馬車も入って来れないのか?」「いや、列車が来てないのに、迎えに来る奴も居ないだろう」「何だ。だったら我々も馬車で来れば」「歩ける距離だろうが。大体何台用意するつもりなんだっ」「……」
睨まれてしまった。確かにもう着いたし、言い訳も出来ぬ。
そもそも馬車は『予約制』だし、突然現れた客で、しかも支払い能力も皆無なのだから、呼んだ所で誰も来やしないか。残念。
「立派な建物だなぁ」「ですねぇ。駅ってこんなんでしたっけ?」
アルミッド王国にだって『駅』はある。駅馬車があるのだから。
しかし基本『駅』と言えば、厩舎があって、宿泊施設があって、まぁ『貴族用の駅』なら石造りだが、それ以外は大抵粗末な造りと相場が決まっている。実用重視だから致し方なかろう。
それが、村にしては随分立派な石造りの駅に案内されて驚く。
吹き抜けの高い天井。そこを飾るのは、教会でしかお目に掛かったことが無いような、巨大なステンドグラス。下はタイル張り。
豪勢な装飾が随所に施されていて、暫く見学したい位だ。
「駅長っ!」「あぁクーガさん。お待ちしてました。こちらです」「なぁ、マジでお召列車に乗るのか?」「えぇ。車両が無いんで」「だったら、次の列車まで待っても良いのに」「一般と分けたいんじゃないですか?」「だからって簡単に使い過ぎだって」「そう思うんでしたら、今度言ってみて下さいよ」「無理だなぁ」「ほらぁ」
しかし、それは許されないらしい。駅に現れた『団体客』は、直ぐに駅長自らの案内で奥へ奥へ。クーガも駅長と話すばかりで、どう見ても今は『質問拒否時間』であろう。いやぁ紐さえ無ければ。
「すいません、トイレは何処ですかね?」「あぁココ。良いよね?」「えぇ。スイープは終えてます」「手際が良いなぁ。ヨシッ行けっ」
話しながら『見所』は通り過ぎてしまっていた。しかも、ここで『暫時自由行動』でもないらしい。もう『全員出しとけ』だ。確かに『立派なトイレ』ではあるが、見学したいのはココじゃない。
「全員揃ったな。じゃぁ、アレに乗るぞ」「おぉスゲェ豪華じゃん」
クーガが指さしたのは、一番端に止まっている列車だ。
比較対象が無いものの、職務上『普段見慣れている馬車』と比較しても遜色ない程豪華。いや、大きさで言えばこちらが圧倒的。
「見てホラ。団長は『あの椅子』ですかね?」「そうかぁ? まぁ良いだろう。座ってやろう」「じゃぁ、俺はコッチか?」「良いんじゃないですかぁ?」「お前ら何言ってんだ。コッチだよコッチ」
列車は機関車を除き、客車は二両編成だ。最後尾には展望デッキがあって、クーガが何も言わなければそこから乗り込んでいた。
応接セットにテーブルまで見えるが、何れも豪華絢爛だ。
しかしあえなくスルー。見えて来た前の車両は、向かい合わせで四人掛けの椅子が並んでいる。椅子の数で言えば『コッチの勝ち』と言えるが、如何せん『質素』と言えなくもない。
控え目に言って『貴族が使う』程度。四人乗りの馬車を幾つも並べたような。『列車』を知らなければ、そうとしか見えぬ。
「コレは何だ?」「機関車だよ」「機関車?」「馬の代りだ」
正確には『蒸気機関車』だが、強ち間違いでもなかろう。
世に蒸気機関車以外の機関車が存在しないのだから。
「見に行っても?」「良いけど触るなよ?」「あぁ解った」
クーガは時計を見た。出発時刻にはまだ余裕がある。駅長も苦笑いして頷いているではないか。まぁ『見学者の類』は多いだろうから、扱いには慣れているのだろうけれど。
団長が見に行くなら俺も。そんな感じで先を急ぐ。客車に乗り掛けたデイブも『車内は後でも見れるか』と思ったか。その通り。
「コレは?」「動輪だ」「デカいな」「大きさは馬車と変わらんだろ」「それもそうだが、コレ鉄なのか?」「あぁ」「鉄道だからな」
もっともらしく言っているが、動輪が鉄だから『鉄道』じゃない。
しかしクーガも『契約内容』に従っているだけ。一般人代表として、『知っている範囲について教えてやること』の一文がある。
「この棒は?」「駅長ぉ」「主連棒です。こちらが連結棒、汽筒、先輪、除煙板。前に回って煙室扉、前照灯、連結器」「もう良いよ」
説明を打ち切らせたのはクーガだ。駅長が蒸気機関車に詳しいのは判った。専門家なんだろうし。だがそれは『一般人』じゃない。
「この『SB31』ってのは?」「蒸気で動く二軸三型の一号機っ」
この辺はクーガだって知ってる。だから言い掛けた駅長より先に言ってやった。苦笑いの駅長が否定しないことから、どうやら『正解』のようだ。勿論反省なんてしない。こういうのは早い者勝ち。
「二軸って何だ?」「ハイハイ。見学終わりっ! 乗った乗ったぁ」「前照灯って、さっきの街灯と一緒か?」「同じ同じ」「じゃぁ」『ポォオォォォォッ!』「うわっ!」「ビックリしたぁっ」「ホラ、出発しちまうから早く乗れって」「今のは?」「出発の合図だ」「どうやって鳴ってる?」「もぉ乗ってからだったら、幾らでも説明してやっから」「あ、あぁ」「ホラホラ。早く乗れって」「おい、何か白いのが」「良いから乗れって。歩きたくないだろ?」「!」
見学会は強制終了である。質問していたのは主に団長だが、その他の面々も興味の赴くまま機関車を眺めていた。
その中でもデイブだけが『別の方向』を見ていたのだが。一体何を見ていたのかは直ぐに判ることだ。着席して後ろを指さした。
「おい、スゲェ可愛い娘が来たぞっ! もう、こぉんなのっ!」
ボンキュッボンを『流れる手』と『くねる体』で表現しているのだが、不思議と『スゲェ可愛い娘』とは結び付かない。デイブ故に。
いや、問題は『デイブの体型』と言うよりは『デイブの美的感覚』の方であると念を押しておこう。普段から奴の言う『スゲェ可愛い娘』が、言葉通りだった試しなんかない。
「ホラッ。後ろの車両にさぁ」「あー済まん。後ろを見るなぁ。前見ろ前ぇ」「俺達の箱を持った娘がさぁ」『ガッ!』「前を見ろ!」
遂にクーガの鉄拳がデイブを襲う。団長も自分の部下が殴られても、今のは仕方がないと思っている。クーガの態度からして、きっとまた『並々ならぬ理由』があるに決まっているのだ。
「お前らの荷物が届いたので出発するが、後ろの車両に乗った『警備の者』に、話し掛けたりしないでくれ。出来れば目も合わせるな」「目を合わせなきゃ見てもイイっすか?」「お前は死にたいのか?」
ほらね。団長は思った。ココでは命の重さが異様に軽い。
アルミッド王国でも、平民が貴族に楯突いたら死罪は免れないが、別に楯突かなきゃ命は保証されている。まぁ、その分税金は『搾り取られたい放題』が保証されているのだが。二つに一つだ。
「死にたくないです」「じゃぁ、悪いこと言わねぇから先ず聞け?」
急に優しいのも気持ち悪い。見るなと言った手前、クーガは通路から端に寄った。真ん中に通路があって、向かい合わせ四人掛けが並ぶ、その一つを一人で占拠した形だ。しかし態度がデカい。
その他十人は四人掛け二つに向かい合って座り、団長と副団長が四人掛けに向かい合って二人で。クーガはその隣だ。
フッと笑って後ろを指さした。不思議と諦めた表情にも思える。
「後ろに乗った女。ありゃぁ近衛だ。めっちゃ強いぞ」「同じ位?」「んな訳ないだろ。冗談言っちゃいけねぇ。一緒にすんな」「……」
クーガも言った瞬間気が付いたのだろう。自分を指さす団長に気が付くと、目を見て言ってやった。ぐうの音も出ないように。
しかしその後、直ぐに両手の平を上にして諦めの表情になった。
「あいつら問答無用だからな? 俺なんか一瞬で肉片になっちまう」
一同目を丸くして驚く。クーガとは訓練もしていないが明らかに何倍も強いと判る。そのクーガが笑いながら言う『肉片』とは、一体『どんなサイズなのか』が気になる所だ。恐らく生きてはいまい。
「そんなに強いのか?」「あぁ。洒落になんねぇくれぇ強ぇ」「誰か勝負を挑んだのを見たとか?」「見たって言うか、見えなかったって言うか。まぁそんな感じだったよ」「見えなかったって……」
そもそもクーガの所作だって『見えない』の部類に入る。『抜刀しての戦闘シーン』は見ていないが、相当早いのだろう。そんなクーガにして『見えない』と言わしめる早さとは。一体。
「そもそも単独で、一般人の前に姿を現すこと自体が無いんだ」
顎で後部車両を示す。言いっぷりからして、クーガにしてみれば『あちゃー』なのだろう。任務遂行には却って邪魔とか。
「何しに来たんだ?」「聞いて見ろよ。その瞬間肉片だ」「えっ?」「それも駄目?」「だから言っただろう? あいつら問答無用って」
確かに言った。しかし『問答無用』にだって、問い合わせに対して答える義務の一つや二つ、あっても良いではないか。『何してんの?』とか『今暇?』とか『ちょっとお茶しない?』とか。
「既に三つじゃねぇか。お前、もう三回死んでるよ」「流石デイブ」「えへへ。照れるなぁ」「いや、何も褒めてないからな?」「へへ」
デイブは絶対に解って居なさそう。これだけ言われても、まだ後ろをチラっと見ようとしているではないか。隣のエムが肩を掴んで引っ張っているから、何とか留まっているようなものだ。
「アイツ等、基本無口でツンツンしてるから直ぐ解るけど」「喋れない?」「いやお前らだって任務中は喋らねぇだろ?」「えぇまぁ」「やっぱり喋りそうだなぁ」「喋らねぇよ!」「嘘付け」『ジロッ』
団長が振り返ったのを見てデイブが縮みあがる。
しかしクーガの『勘』は正しい。本人は『盛り上げ役』を自称して聞こえを良くしたいが、内容は緊張感の欠片もない話ばかりだ。
「まぁ良いか? この辺に髪飾り付けてる奴を見たら近衛だと思え」
クーガが指さしたのは右耳の上だ。今更確認する訳にも行かないが、覚えておくしか無いだろう。
「いや、コッチ側でしたよ?」「良いんだよ別に! どっちでも!」
一同思う。デイブが言うのだからそうなのだろうが、一言余計だ。
「でもぉ……」「派手な装飾だから直ぐに判んのっ!」「じゃぁ、ココってこともある?」「ティアラ? 見たことネェけど、そりゃあんじゃねぇの?」「ココは?」「イヤリングゥ? まぁ、余計見たことネェけど、ウルセェなお前。ブラブラしたら戦えネェだろ!」「あっ、そういうこと?」「知らねぇよ。だったら聞いて来いよ!」「はい。聞いて来まぁす」「聞きに行くなっ!」「だって今……」
今の場合『団長も黙っている』と言うことは、実は団長も『聞きたい情報だった』と言える。自分の命に係わる情報だから。デイブが望むなら、自ら体験して貰っても構わない。池井家轟々だ。
「噂によると『ご主人さまから賜ったモン』らしいから、お前黙って手なんか伸ばしてみ? 速攻で『バスッ』と切られっから」「怖いなぁ」「だから、見ただけで『狙ってる』って。思わるかもしんねぇってこと」「殆ど被害妄想じゃねぇか」「そうだよ。大体格好見りゃ判んだからさぁ、んなジロジロ見るなってこと」「でもジロジロ見て下さいって恰好してるもんなぁ」「いや、俺見てないから」
切られるのは『デイブ一人にして下さい』と言わんばかりだ。
しかしこれだけ言われても、デイブはまだ気になるらしい。
『ガタン。シュッシュッシュッ』「そんなに見られたくなかったら、扉を閉めときゃイイじゃん」『パコンッ』「だから見んなって!」
走り出した列車に緊張と期待が並走を始めた瞬間だった。
デイブは身を乗り出して後ろの扉を示す。確かに開いていて、後ろの車両が見える。そしてデッキには近衛の後ろ姿が。
風に揺れる長い髪。ホームの方を見た瞬間に見えた横顔が、とっても印象的だ。確かに髪留めは左側で、右側の髪を後ろに送る。
突然『チラッ』と、こちらを見たではないか。
「!」「!」「!」「うわっヤベェッ」
クーガも見てしまったらしい。その場に座った。
出発した直後、本線へのポイントで列車が大きく曲がり、見えてしまったか。そして何だかんだ言って、デイブ以外でも見ていた奴らが。目を丸くして両手を口を塞いでいる。
「見た見た? スゲェ可愛いだろ!」「あぁホントだ」「だろぉ?」「お前、たまには本当のこと言うじゃネェか」「何だよそれ。俺は」「ちょっと黙ってろっ! 奴がコッチに来たら全員殺されっぞっ!」
クーガの声がデカい。言い方は『ヒソヒソ』なのだが所詮は『風』である。それ程緊張している証だ。後ろをチラリとも見ない。
「だったら扉、閉めときゃイイじゃねぇか」「そうだよ。開けてんだから『見て下さい』って、言ってるようなモンじゃねぇの?」
文句を言ったデイブとエムに対しクーガが喝を入れる。立ち上がって『パカン』と『ポコン』だ。そして後ろの車両に向かって苦笑いで会釈。『ちゃんと仕事してます』をアピールか。特に反応なし。
「向こうがコッチを監視するためだよっ! お前ら『強制送還中』ってことをちゃんと理解してんのか? 遠足じゃネェんだぞっ!」
クーガの説明は筋が通っている。一応は納得したみたいだ。
それにしても『強制送還中』については理解不能か。確かに依頼書にはそう書いてあったが、それはクーガしか見ていない。
だからと言って『遠足』とも書いて無かったが。じゃぁ何だ。
「我々は『客』ではないのか?」「問題はソコだな」「どこが?」
クーガと目が合った団長が、両掌を上にして首を竦める。
そりゃ『言いたいこと』は解る。こんな立派な列車に乗って、身体も拘束されず、大層な飯を食らって、自由に質問をしながら旅をする彼らを、誰が『強制送還』と呼ぶであろうか。
まぁ一つ言えるのは、『武装してたらとっくに死んでる』って事実を、団長が既に忘れていることだ。だってもう『村』を出たし。
「お目付け役が付いている時点で、ヤヴェだろうが」「あの娘?」「そうだよ。指をさすな」「知ってる奴なのか?」「知らねぇよ。俺は死神に『知り合い』なんて居ねぇし」「じゃぁ近衛かどうかなんて、判らないじゃないか」「判んだよ。オメェ『殺気』がビンビン伝わって来んだろうが」「そうか?」「判んねぇなら黙ってろっ」
団長は情報を国に持ち帰りたい。一つでも多く。
何しろ姫を連れ帰るのに失敗してしまったからだ。責任を問われる立場として、生き残るために必要な情報。それは新しい王が『生かしとくか』と思うようなモノでなければならぬ。
出来れば『コネクション』も。だから『C級冒険者』より、『近衛の娘』の方が良いに決まっている。『同じ近衛』なんだし、図々しくも『紹介してくれたって良いじゃないか』とさえ思っている。
「近衛の団長って、どんな奴なんだ?」「奥様に決まってんだろ」「名前は? 知らねぇよ。奥様は奥様だ」「何で知らねぇんだよ」
団長は呆れる。しかしクーガは少だって気にもしていない様子。
また『ないもんはない』か『皆そう呼んでる』なのだろう。いや男にしても妻にしても、どうして名前が無いのか。
そう言えば『国の名前』も聞いてなかったし、『村の名前』さえ適当だった。ここには『国』という概念が無いのだろうか。
王にとっても貴族にとっても『家名』は誇りであり、一番守るべきものであるにも関わらず、それが無いとは。
「この国の名前は何て言うんだ? まさか『無い』なんて言わねぇよな?」「そのまさかよ」「マジか? 嘘だろ?」「嘘言ってどうする」「いやいやいやいや」「そんなに驚くことじゃネェだろぉ」
団長が周りを見回して『同意』を得ている。ほら、同じだ。
これだけの物がありながら『国の名前』が無いなんて。じゃぁ国民は、国が無いから国民じゃない? 民は何を心の拠り所として生きているのだろうか。団結心は生まれるのだろうか。
「昔はあったらしいけど、皆忘れちまったのさ」「忘れんなっ!」
昨日飲んだ『酒の銘柄』じゃあるまいし。世の中には忘れて良い物と悪いものがある。自分が何処の国の者かなんて、絶対『忘れちゃいけない方』に決まっているではないか。何を言ってるんだ。
『ガタンッ』「止まった?」「あぁ、スイッチバックだな」




