第七話 書き途中
「じゃぁ、箱を持って来るから、そこに。おい誰かっ。早くしろ!」
村長は握手を早々に切り上げて振り返った。身内には厳しいのか口調が変わる。団長も覚えがあるので、気にはしていなかった。
しかし男は違うらしい。村長を嗜めたではないか。
『こらこら。ココの使用人はお前の奴隷じゃないぞ?』『あぁ、すいません。癖で』『いや癖でそんな雑に扱われるんじゃ、俺も考えないとなぁ。本人にも申し訳ないし』『ははっ……』
呼ばれたメイドが一人。直ぐ横に来ていた。男と村長を見比べているが、『どっちが偉いか』は一目瞭然だろう。
『奥さん元気?』『お風呂ですけど』『妻は具合が悪くて』
男はメイドの顔を見て村長を指さしていた。メイドも聞かれたので素直に答えたのだが、村長を見ても『焦りの理由』が判らない。
『ミーコちゃんと一緒に』『そう。それは良かった』『はい』
実はミーコと母親は仲が悪い。それを男は知っての発言だろう。
しかしそれを理解しているのはメイド一人だけのようだ。
『どうせ朝までギシギシしてたんでしょ』『えぇ。体中ベトベトで』
タジタジな顔をした村長が男とメイドを交互に見始めた。
パクパク動く口は『それ以上聞かないで』と『余計なことを言うなボケッ』を繰り返している。まだ癖は抜けないのか。
そう思ってか、村長を見る男の顔は呆れ顔だ。
『箱はこんなんで?』『あぁ、良いんじゃないか?』『それで良い』
持っていた箱は二つ。蓋のある木の箱だ。金属の補強付き。
最初に『武装解除』を口にしたのは男なので、それで十分と見て先に許可を出した。だったら村長だって許可するしかない。
「みなさん、こちらの箱に鎧と剣をお納め下さい」「どうぞ」
メイドが床に箱を置き蓋を開けた。それを団長が順番に覗き込む。
そして自らの剣を腰から外すと箱へ。『細長いから』ってのもある。が、鎧を外す前にどうしても言わねばならぬだろう。
「少し小さいのでは」『コイツ文句言ってますよ? 殺しましょう』『ダメだって。壊れたのは破棄して貰えば良いだろ』『成程。判りました。壊せば良いんですね。おいっ』『ちょっ待て。壊すって『殺す』とは違うからな? 『既に壊れている鎧』って意味だ』『……』
「壊れた鎧は、こちらで破棄する。異存はあるまい」「判った」
団長は村長がちょっと怖い。何か男が必死に止めなければ、良からぬことをされるような気がしていた。ほら今もそうだ。
『判ったって言ってますけど、怪しいですよね?』『信じとけ信じとけ』『しかし、信じた結果ですね』『しーんーじーとーけっ!』
男の声が大きくなった途端村長の発言が止まる。逆らえないのか。
男が村長と会話している間も武装解除は続いていた。団長が仕切ってはいるが、それは剣と鎧を別々の箱に案内しているだけで、特に居ても居なくても問題ない。村長が目をギラギラさせているように。
すると鎧の方が少し、箱からはみ出てしまったではないか。
「以上でよろしいですかね」「はい」「では閉めます」「閉まる?」「フンッ!」『ギギギッ』『パキンッ!』「えっ」「何か割れたぞ」「フンッ! フンッ!」『バチンッ』「ではもう一つも」『パチン』「村長、武装解除終わりました」「あぁ、ご苦労」「ではこれで」
やっつけ仕事である。力任せの。剣の方は苦労なく閉まったが、鎧の方は無理矢理感漂う。開けたときにどうなっているかは気にも留めていない様子。メイドにしても『私のじゃない』なのだろう。
『着替えは?』『着替えさせます?』『この格好で街中を歩かれてもなぁ』『丁度良いのでは?』『ダメだろ。何か平服に着替えさせて、目立たないようにしないと』『かしこまりました』
帰ろうと思ったメイドだが、男が喋り始めたので足を留めている。そして明らかに男に向かってお辞儀をしたではないか。
「その恰好で街を歩かれても困るので、ちょっと着替えて貰うから」「あぁ、だったら済まんが、湯あみなど出来るかね?」『コイツ等『風呂入れろ』とか言ってますけど、殺した方g』『入れてやれよ』
服を取りに行こうとしたメイドの方が気が利く。率先して団長達に『コッチ』と合図したではないか。当然の様に付いて行く。
「水風呂ですけど構いませんか?」「あぁ、まぁ、仕方ないか……」
当然のように言いやがって。と、口には出せない。
振り返れば全員『マジか』の目。しかし表情は『仕方ない』で統一されつつあった。確かに外は雪景色だが、一見してココは『メイドの支度部屋』であろうし。メイドの扱いは覚えがある。
ただ、どう見ても『コッチ』の方が、男の家より『都会的』若しくは『文明的』なのが納得行かないだけ。言葉が通じないが、男には『何とかしろよ』と言いたい。そんな感じだ。
『キュッキュッ。ジャバジャバー』『あれ? もしかして水なの?』
メイドが蛇口を捻ったときだった。男が湯船を指さしている。
団長は目が光った。これはきっと『お湯にしてやれ』と言っているに違いない。そうだ。お湯出せお湯。水風呂なんてやってられねぇんだよ。俺達ぁ『客』だぞ客。客にはお湯だろうが。
『えぇ。奥様達が使ってますから』『あぁそぉ』『直ぐに上がらせましょう』『待て待て。折角親子で仲良く入ってるんだから』『そうですか?』『それより村長。お前水魔法得意だっただろ。それでお湯出せないの?』『いえ、私は凍らせる方なので、お湯はちょっと』『そうなのぉ?』『えぇ』『ちょっとブクブク太り過ぎだからじゃねぇのぉ?』『いやお腹の出っ張り具合は関係ないんで』
まただ。何を言っているのか判らないが、村長が困っているのだけは確か。突然男が村長の腹を叩き出したのが原因だろう。
『じゃぁ氷で良いから、ちょっと出せや』『畏まりました。では』
メイドがお辞儀して後ずさりしたではないか。何が始まる?
「ダイヤモンドダストッ!」『キュィーン』『馬鹿たれっ!』
一瞬『巨大な魔法陣』が現れたと思ったのだが、男が村長の頭をぶっ叩いた瞬間に消えた。村長の首が取れたかと思ったが、手加減したお陰でそうでもなかったようだ。しかし肘鉄まで食らっている。
団長は見ていた。メイドが表情を変え、一歩下がったのを。
『強過ぎんだろ。別のにしろよ』『判りました。では』『たくぅ』
何事かと見ている内に、メイドが更に一歩下がったではないか。
『これだから』「ブリザードッ!」『ゴォオォオォッ!』「ヒィィ」
風呂場がみるみる内に凍って行く。そして湯船の前に立っている村長と男の間を抜け、強風が風呂場から吹き出して来る。文句を言っている最中だった男は、完全に不意を突かれた形だ。口を横に広げた状態のまま歯を食いしばり、頬っぺたを揺らし寒風に耐えている。
風に逆らって腕を上げるのも辛そうだ。結局頭を殴るのは止めにして、村長の腹をターゲットにした模様。『ガッ!』と掴んだ。
「ヒィィ!」『もぉイイ! ヤメロッ! 凍え死ぬだろっ!』
所がどうしたことだろう。村長の魔法が止まらないではないか。
何だ。止め方を忘れてしまったのか? それとも腹が痛いと、魔法って止められないものなの? 兎に角両手を前に出したまま、尚も魔法を出し続けている。すると男が反対側の腕を前に。
『ボォオォオォッ! ジュゥゥ。シュゥゥッ』「あちあちっ!」
やっと村長の魔法が止まった。しかし今度は男の魔法が止まらない。団長が熱風に押され一歩後ずさりしたとき、既にメイドは扉付近に避難しているではないか。来るなら来るって教えて欲しかった。
しかし魔法とは不思議なもので、魔法を発動している術者には何ら影響を及ぼさないのか。村長は涼しい顔をしていたし、男だって冷静に炎を眺めている。どういう仕掛け何だか。
『ヨシッ! 沸いたぞ』『流石でございます』「お疲れさまでした」
いつの間にかメイドが戻って来ているではないか。そして一礼し、二人の間を通り抜けた。手にしたのは桶である。
『バシャッ!』『あちっ!』「熱いじゃないかっ!」「やっぱり」
叫んだのはメイドじゃない。男と村長の二人だ。そして頷いたメイドは、無表情のまま再び水を入れ始めた。天井を指さしながら。
『丸焦げじゃないですか』『あぁすまん。てか、まだあそこ燃えてんなw』「アイスランs」『馬鹿かっ!』「イテッ」『やると思った。天井に穴を開ける気か? スゲェ冷えるぞ?』『申し訳ございません』『バシャッ!』『あちっ!』「だから熱いじゃないかっ!」「消えましたよ」『どうも』「今のは俺に掛けなくても」「ギンッ」
団長は三人の様子を、ただ黙って見ているしかなかった。
少なくとも三人は、団長の希望に沿った行動をしてくれている。ただ、使っている魔法が強大過ぎて、屋内に居ながらにして屋外にいるような。そして完全に屋外になる所であったと。
それより団長が気になったのは、男が『無詠唱』で魔法が使えるらしい事実。もしかしたら小声で何か言っていたのかもしれないが、仮にそうだとしても『魔法陣すら見えなかった』のが気になる所だ。
「じゃぁ、着替えの服を持って来ますので、どうぞお使い下さい」
メイドに言われ風呂場をそっと出る男と村長。そして同じく、そっと入る近衛騎士団の面々。何だかメイドが一番偉いような感じが。




