第七話 村の秘密
「じゃぁ、箱を持って来るから、そこに。おい誰かっ。早くしろ!」
村長は握手を早々に切り上げて振り返った。身内には厳しいのか口調が変わる。団長も覚えがあるので、気にはしていなかった。
しかし男は違うらしい。村長を嗜めたではないか。
『こらこら。ココの使用人はお前の奴隷じゃないぞ?』『あぁ、すいません。癖で』『いや癖でそんな雑に扱われるんじゃ、俺も考えないとなぁ。本人にも申し訳ないし』『ははっ……』
呼ばれたメイドが一人。直ぐ横に来ていた。男と村長を見比べているが、『どっちが偉いか』は一目瞭然だろう。
『奥さん元気?』『お風呂ですけど』『妻は具合が悪くて』
男はメイドの顔を見て村長を指さしていた。メイドも聞かれたので素直に答えたのだが、村長を見ても『焦りの理由』が判らない。
『ミーコちゃんと一緒に』『そう。それは良かった』『はい』
実はミーコと母親は仲が悪い。それを男は知っての発言だろう。
しかしそれを理解しているのはメイド一人だけのようだ。
『どうせ朝までギシギシしてたんでしょ』『えぇ。体中ベトベトで』
タジタジな顔をした村長が男とメイドを交互に見始めた。
パクパク動く口は『それ以上聞かないで』と『余計なことを言うなボケッ』を繰り返している。まだ癖は抜けないのか。
そう思ってか、村長を見る男の顔は呆れ顔だ。
『箱はこんなんで?』『あぁ、良いんじゃないか?』『それで良い』
持っていた箱は二つ。蓋のある木の箱だ。金属の補強付き。
最初に『武装解除』を口にしたのは男なので、それで十分と見て先に許可を出した。だったら村長だって許可するしかない。
「みなさん、こちらの箱に鎧と剣をお納め下さい」「どうぞ」
メイドが床に箱を置き蓋を開けた。それを団長が順番に覗き込む。
そして自らの剣を腰から外すと箱へ。『細長いから』ってのもある。が、鎧を外す前にどうしても言わねばならぬだろう。
「少し小さいのでは」『コイツ文句言ってますよ? 殺しましょう』『ダメだって。壊れたのは破棄して貰えば良いだろ』『成程。判りました。壊せば良いんですね。おいっ』『ちょっ待て。壊すって『殺す』とは違うからな? 『既に壊れている鎧』って意味だ』『……』
「壊れた鎧は、こちらで破棄する。異存はあるまい」「判った」
団長は村長がちょっと怖い。何か男が必死に止めなければ、良からぬことをされるような気がしていた。ほら今もそうだ。
『判ったって言ってますけど、怪しいですよね?』『信じとけ信じとけ』『しかし、信じた結果ですね』『しーんーじーとーけっ!』
男の声が大きくなった途端村長の発言が止まる。逆らえないのか。
男が村長と会話している間も武装解除は続いていた。団長が仕切ってはいるが、それは剣と鎧を別々の箱に案内しているだけで、特に居ても居なくても問題ない。村長が目をギラギラさせているように。
すると鎧の方が少し、箱からはみ出てしまったではないか。
「以上でよろしいですかね」「はい」「では閉めます」「閉まる?」「フンッ!」『ギギギッ』『パキンッ!』「えっ」「何か割れたぞ」「フンッ! フンッ!」『バチンッ』「ではもう一つも」『パチン』「村長、武装解除終わりました」「あぁ、ご苦労」「ではこれで」
やっつけ仕事である。力任せの。剣の方は苦労なく閉まったが、鎧の方は無理矢理感漂う。開けたときにどうなっているかは気にも留めていない様子。メイドにしても『私のじゃない』なのだろう。
『着替えは?』『着替えさせます?』『この格好で街中を歩かれてもなぁ』『丁度良いのでは?』『ダメだろ。何か平服に着替えさせて、目立たないようにしないと』『かしこまりました』
帰ろうと思ったメイドだが、男が喋り始めたので足を留めている。そして明らかに男に向かってお辞儀をしたではないか。
「その恰好で街を歩かれても困るので、ちょっと着替えて貰うから」「あぁ、だったら済まんが、湯あみなど出来るかね?」『コイツ等『風呂入れろ』とか言ってますけど、殺した方g』『入れてやれよ』
服を取りに行こうとしたメイドの方が気が利く。率先して団長達に『コッチ』と合図したではないか。当然の様に付いて行く。
「水風呂ですけど構いませんか?」「あぁ、まぁ、仕方ないか……」
当然のように言いやがって。と、口には出せない。
振り返れば全員『マジか』の目。しかし表情は『仕方ない』で統一されつつあった。確かに外は雪景色だが、一見してココは『メイドの支度部屋』であろうし。メイドの扱いは覚えがある。
ただ、どう見ても『コッチ』の方が、男の家より『都会的』若しくは『文明的』なのが納得行かないだけ。言葉が通じないが、男には『何とかしろよ』と言いたい。そんな感じだ。
『キュッキュッ。ジャバジャバー』『あれ? もしかして水なの?』
メイドが蛇口を捻ったときだった。男が湯船を指さしている。
団長は目が光った。これはきっと『お湯にしてやれ』と言っているに違いない。そうだ。お湯出せお湯。水風呂なんてやってられねぇんだよ。俺達ぁ『客』だぞ客。客にはお湯だろうが。
『えぇ。奥様達が使ってますから』『あぁそぉ』『直ぐに上がらせましょう』『待て待て。折角親子で仲良く入ってるんだから』『そうですか?』『それより村長。お前水魔法得意だっただろ。それでお湯出せないの?』『いえ、私は凍らせる方なので、お湯はちょっと』『そうなのぉ?』『えぇ』『ちょっとブクブク太り過ぎだからじゃねぇのぉ?』『いやお腹の出っ張り具合は関係ないんで』
まただ。何を言っているのか判らないが、村長が困っているのだけは確か。突然男が村長の腹を叩き出したのが原因だろう。
『じゃぁ氷で良いから、ちょっと出せや』『畏まりました。では』
メイドがお辞儀して後ずさりしたではないか。何が始まる?
「ダイヤモンドダストッ!」『キュィーン』『馬鹿たれっ!』
一瞬『巨大な魔法陣』が現れたと思ったのだが、男が村長の頭をぶっ叩いた瞬間に消えた。村長の首が取れたかと思ったが、手加減したお陰でそうでもなかったようだ。しかし肘鉄まで食らっている。
団長は見ていた。メイドが表情を変え、一歩下がったのを。
『強過ぎんだろ。別のにしろよ』『判りました。では』『たくぅ』
何事かと見ている内に、メイドが更に一歩下がったではないか。
『これだから』「ブリザードッ!」『ゴォオォオォッ!』「ヒィィ」
風呂場がみるみる内に凍って行く。そして湯船の前に立っている村長と男の間を抜け、強風が風呂場から吹き出して来る。文句を言っている最中だった男は、完全に不意を突かれた形だ。口を横に広げた状態のまま歯を食いしばり、頬っぺたを揺らし寒風に耐えている。
風に逆らって腕を上げるのも辛そうだ。結局頭を殴るのは止めにして、村長の腹をターゲットにした模様。『ガッ!』と掴んだ。
「ヒィィ!」『もぉイイ! ヤメロッ! 凍え死ぬだろっ!』
所がどうしたことだろう。村長の魔法が止まらないではないか。
何だ。止め方を忘れてしまったのか? それとも腹が痛いと、魔法って止められないものなの? 兎に角両手を前に出したまま、尚も魔法を出し続けている。すると男が反対側の腕を前に。
『ボォオォオォッ! ジュゥゥ。シュゥゥッ』「あちあちっ!」
やっと村長の魔法が止まった。しかし今度は男の魔法が止まらない。団長が熱風に押され一歩後ずさりしたとき、既にメイドは扉付近に避難しているではないか。来るなら来るって教えて欲しかった。
しかし魔法とは不思議なもので、魔法を発動している術者には何ら影響を及ぼさないのか。村長は涼しい顔をしていたし、男だって冷静に炎を眺めている。どういう仕掛け何だか。
『ヨシッ! 沸いたぞ』『流石でございます』「お疲れさまでした」
いつの間にかメイドが戻って来ているではないか。そして一礼し、二人の間を通り抜けた。手にしたのは桶である。
『バシャッ!』『あちっ!』「熱いじゃないかっ!」「やっぱり」
叫んだのはメイドじゃない。男と村長の二人だ。そして頷いたメイドは、無表情のまま再び水を入れ始めた。天井を指さしながら。
『丸焦げじゃないですか』『あぁすまん。てか、まだあそこ燃えてんなw』「アイスランs」『馬鹿かっ!』「イテッ」『やると思った。天井に穴を開ける気か? スゲェ冷えるぞ?』『申し訳ございません』『バシャッ!』『あちっ!』「だから熱いじゃないかっ!」「消えましたよ」『どうも』「今のは俺に掛けなくても」「ギンッ」
団長は三人の様子を、ただ黙って見ているしかなかった。
少なくとも三人は、団長の希望に沿った行動をしてくれている。ただ、使っている魔法が強大過ぎて、屋内に居ながらにして屋外にいるような。そして完全に屋外になる所であったと。
それより団長が気になったのは、男が『無詠唱』で魔法が使えるらしい事実。もしかしたら小声で何か言っていたのかもしれないが、仮にそうだとしても『魔法陣すら見えなかった』のが気になる所だ。
「じゃぁ、着替えの服を持って来ますので、どうぞお使い下さい」
メイドに言われ風呂場をそっと出る男と村長。そして同じく、そっと入る近衛騎士団の面々。何だかメイドが一番偉いような感じが。
「いやぁ良い風呂だった」「これで後は、美味い酒があれば……」
男が風呂に入っているシーンは全カットである。まぁ、筋肉美を愛でたい需要が一部あるかもしれないが、そんなのは知らん。
『バチンッ』「イテッ」「馬鹿かお前。まだ昼間だぞ」「えぇえぇ」
ドアップになったデイブは、残念ながら筋肉美とは程遠かった。
それをメイドが『変なモン見た』と訝しむ。違うな。『変なモン見せんじゃネェ。殺すぞ』かもしれぬ。と、そこへ男が近付く。
『あぁ、そんなモロ囚人服ダメだって』『えっ? 違うんですか?』
メイドが持って来た服は、白と黒のボーダー上下である。囚人服として最近は滅多に見ないが、男のイメージだとそうらしい。
しかし何だな。持って来たメイドが『ビクンッ』となって、随分と驚いているではないか。左手は積み重ねた服の下を支え、右手は服の中段辺りに差し込んでいる。怪しい。男は見逃さない。
『そうだけど、こんな奴らに囚人服なんて着せたら『ボーナスポイントをどうぞ』って、言っているようなモンじゃん。ねぇ?』
確かにその通り。本人は自覚していないが、実は『レベル』なるものが存在し、それは蓄積された『経験値』によって上がる。
経験値を得る行為とは、即ち『命を奪うこと』なのだ。
同じ経験値を得るためなら、誰しも楽をしたいもので。そうなると輸送中の囚人なんて『経験値稼ぎ』には持って来い。中でも『丸腰の集団』なんて見つけたら、格好の餌食である。正にボーナス。
『えっ、そうですけど?』『ちょっと待って。誤解が酷いなぁ』
確かに『ちゃんと説明』はしていない。面倒臭いから。兎に角今は『余計なこと』をしてさえくれなければ、それで良い。
『あっもしかして『ボーナスゲットォ!』何て思ってる?』『あっ』『ホラ危ない。しまってしまって。服もチェンジ』『……ちっ』
油断も隙も無い。服の間からナイフが出て来たではないか。
男は『見なかった』ことにして、メイドを下がらせる。当然、暫時間を置いて聞こえて来た舌打ちだって、聞き流さざるを得ない。
もしかして村長も『レベルアップ』を狙っていたとか?
いや違うな。村長は『女のこと』にしか興味が無さそうだ。
「今の服、違うのか?」『んん? あぁあれ、ダメダメ』「そうか」
『もっとカッコ良い奴、用意してやっから』「おぉそうか。湯冷めしちゃうから、なるべく早くしてくれ」『判った判った』
団長と男の会話を、村長は信じられない思いで聞いていた。
まるで二人の会話が、ジェスチャー込みで『通じた』ように思えたからだ。確かにこのとき、奇跡的に通じてはいた。しかし互いの言葉を理解出来ていない状況に変わりはない。
『ご主人さま』『ん?』『コイツ等、湯冷めしちゃうから早くしろ、何てほざいてます。やっぱり』『殺さないよ? 殺さないからね?』
村長は余程殺すのが好きなのか。であるならば、相当な『高レベル』であろうと推察出来る。しかし、実際は『レベル1』なのだから世の中上手く行かないものだ。
『こちらでよろしいでしょうか?』『あぁイイね。それで行こう』
襟付きのシャツ。チェック柄なんて何処にでもありそう。
それどころか、まるで自らの存在を掻き消す効果すらありそうな感じまでするから不思議だ。この服を着たならば、例え近衛騎士団であろうと、何処から見ても『一般人』にしか見えぬであろう。
「こちらを着て下さい」「全員同じ?」「はい」「まぁしょうがないか」「じゃぁ俺、これっ!」「全員同じだって言ってただろw」
若干の違いはあるのかもしれないが、それを記した所でどうにもなるまい。男が着た服なんて、次のシーンで『違う模様』に変わっていた所で誰も気にも留めぬであろう。
『じゃぁ俺、村長と打ち合わせしてくるから。コイツ等ここで待機ね』『畏まりました』『ボーナス、駄目だからねぇ?』『……ちっ』
男はメイドに見張りを指示して部屋を後にする。『殺すな』と念を押して実は正解。背中から出て来たナイフを今しまった所だ。
「皆さんは、こちらでお待ち下さい」「ここで?」「はい」「外見て来て良い?」「ダメです」「ちょっとだけ」「許可出来ません」
平服を着た男達が外を指さした。何しろココには椅子も無ければ休む場所さえないのだ。床に座って休めと?
「腹減ったなぁ」「そう言えば『着いたら飯』って言ってたなぁ」「ココで、そのままお待ちください」「喉乾いたなぁ」『フンッ』
メイドは顎で風呂場を指した。『水でも飲んでろ』であろう。
随分強気だなと思うが、思うだけで実力行使なんてとんでもない。
男が部屋を出てから、メイドの目付きが明らかに変わったからだ。デイブは気が付いていないだろうが、油断は全く出来ない。
まぁ良い。暇だがこのまま待つしかない。メイドも『休め』の姿勢になってから、全く会話に応じる気配が無くなったし。
『待たせたな』「では私は」「あぁ。下がって良い」『ペコリ』
男と村長がやって来て、代わりにメイドが去って行った。
団長達が男の前に集まる。これから説明が始まるのだろう。
『今、引率者を呼んだので、そいつに付いて行ってくれ』「引率者の後に続け」「二人は来ないのか?」「あぁ。ここまでだ」
団長は頷く。すると男が口を開いた。
『途中で飯食って貰って、そこで名前を書いてくれ』「飯食う所で名前を書け」「名前?」「そうだ。身分証を作る」「解った」『認識票が出来たら、首から下げて、国に帰るまで絶対に外すな』「身分証は首から下げて、帰国するまで絶対に外してはならない」「何でだ? 外したらどうなる?」「あぁ、諸君の『立場』が判らなくなって、道中の安全を保障出来なくなる」「そうなのか?」「そうだ。『ご主人さまの客』であることを証明する、唯一の手段だ。だから絶対に外すな」「解った。言う通りにしよう」
男は村長と団長が話していることを、『通じた?』と思いながら交互に見ている。何か簡単に説明したはずなのに、何度も説明を繰り返しているではないか。『これだから外国語は』とでも思っているのだろう。男に外国語を全く覚える気は皆無。屁とも思わぬ。
「村長、職安から派遣された人が来ました」『ん、来た?』『はい』『こっちに呼んで』「あぁ、コッチに回してくれ」「畏まりました」
奥からさっきのメイドだ。小走りに男の横を通り抜け、外に出て行った。暫くして連れて来られたのは、如何にも強そうな男だ。
「どうぞ。こちらです」「失礼します。冒険者のクーガです」
格好に似合わず丁寧な挨拶。神妙な顔で腰を深く折っての。
所がどうだろう。振り返った男の顔を見た途端『ギョッ』となったではないか。まるで『聞いて無いよ』と村長に訴えている。
『話は聞いてる?』「話は聞いているか?」「はい。大丈夫です」
ならば『糸冬』と言った感じで男が右手を上げた。
それが『別れの挨拶』なのだろう。世話になった団長が『せめて握手でも』と思うが、それは叶わない。ミーコもそうだが、男もあっさりと背中を見せたではないか。つれない男だが、仕方なかろう。
そもそも国境を侵犯して保護されながら、デカい態度なのが常識外れなのだ。まぁアルミッド王国では『常識』なのかも知れないが。
『村長。腹減った。何か食わせて』『昨日のパンならありますけど』『あぁ、それで良いや』『ではこちらへ』『で、何パン? 葡萄パン?』『いえ、メロンパンですけど』『甘いのかぁ。まぁ良いや』
男は『だから太るんだよ』と言いたげに村長の腹を叩く。
団長は結局最後まで『男の意図』を掴めなかった。謎多き男だ。
「じゃぁ、ちょっと軽く説明するから集まれ」「貴様、口の利き方が」「止めとけ。冒険者だって、言ってただろ?」「しかしですね」
クーガの口調、態度が気に入らなかったのはジャックだ。
自分だけならまだしも、団長まで含めての『その態度』は許せん。
確かに団長が言うように『冒険者』って奴は、基本礼儀作法が出来ぬならず者である。特に駆け出しの冒険者程、田舎者が多い故。
それでも今、男には神妙な態度を見せていたではないか。コイツ、今の態度は『近衛騎士団を舐めているから』なのだ。到底許すことなんぞ出来ぬ。今は団長が止めるから大人しく引き下がってやるが。
「ココで長々説明する訳にも行かないんだわ。判るだろ?」
クーガは天井を指さした。別にコレと言ったものは無いが、全体が『村長の家』なのだから、村長的には『早く出て行け』なのか。
団長の顔も『判ってやれ』だし、振り返ればデイブも神妙な顔。
いやお前の場合は『早く飯』だろうがな。全く。お前には近衛騎士団の誇りも何も無いのか。ジャックの溜息と同時に説明が始まる。
「先ずこの村は、帯刀している奴は『襲ってOK』の印だ」「え?」「つまり『喧嘩買います』ってこと」「殺し合い?」「言ってんだろ。だから帯刀している奴と目を合わせるな」「いや、アンタは?」
ちゃんと左手で刀叩きながら説明しているのに、何て理解が出来ぬ男達だ。クーガは思わず溜息。なんてただの『フリ』だった。
『シャッ!』「うわっ」「ヒィィ」「はやっ」「俺は良いんだ」
言うだけのことはある。誰も反応出来なかった。もしクーガがその気になっていたら、今の一瞬で最前列に居た者は全員首が無い。
何しろ一番端に居たマイクは風圧を感じたのだろう。首を擦って『繋がっているか』を確認している。大丈夫。血も出ていないか。
『カチンッ』「襲うような奴は、相手の力量を見極めるからな」
納刀したクーガの口調は、説明半分。残りは念押しだ。
クーガはジャックを見ながら言っていた。吐き捨てるように言われても、ジャックには返す言葉がない。相手の力量も見極めもせず、単に突っかかって行ってはいけない。クーガはそう言っているのだ。
つまり警告。『お前死ぬぞ』だ。ジャックは既に戦意を喪失か。目を逸らして俯いた。冒険者って、こんなに強いのか?
「随分と物騒な村なんだな」「そうでもないさ」「何故?」「だって別に、帯刀してなければ『そーゆーこと』も起こらない訳だし」
団長は流石に肝が据わっている。ジークの目を見て質問をしていた。すると誇らしげに刀を見せるクーガ。
それは一見して近衛騎士団の剣とは違う代物。目の前で刃を見たばかりだが、驚きの余り良くは見えてなかった。鞘を持って見せられた刀は持ち手の端。柄頭から鍔にかけて、見事な装飾が施されている。そして特徴的なのは、少々曲がっていることだろうか。
「じゃぁ、これで一括りになってくれ」「これで?」「あぁ。『俺の連れ』って、一目で判るからな」「これで街中を歩くのか?」「そうだが?」「いや村長が馬車の支度をしてくれるって言ってたが」「こんなに乗れる訳なかろうが。話は次の場所でするから早くしろ」
何しろ示されたのは『ロープ』なのだ。それを持って歩けだと? 『道に迷う』とでも言うのだろうか。子供じゃあるまいし。
「良いか? 子供が挑発してきても、絶対に話し掛けるな。無視しろ無視。特に一番後ろの奴。何されても手を出すなよ? ロープから手を離したら、それで『終わる』と思え!」「いや終わるとは?」「はぁ? 判んねぇ奴だなぁ。『死ぬ』ってことだよ」「えぇ……」「良いか。死ぬのはお前だけじゃねぇ。俺もだ」「何で?」「依頼失敗のペナルティに決まってんだろうがっ! 良いか? 一人死んだら終わりなんだ。誰か死んだら、後は俺が殺してやるからなっ!」
デイブの顔がいつになく真剣な顔になっていた。誰しもが思う。『お前もそんな顔するんだな』と。普段を知るだけに怖いわ。
クーガの『イラつきの原因』が分かった所で村長の家を出ることにする。納屋を出た所から当然数珠繋ぎだ。ロープの先頭はクーガが握っているが、それは左手で鞘と一緒に。
右手はいつでも抜刀できるよう、柄を握り締めたままだ。
「誰もいないな」「良く見ろ。もう噂になっているからな?」
通りは静かなままだ。雪が積もっている道に人通りは少なく、馬車が通った跡が幾つかある程度。ここから見れば一面の銀世界だ。
『バサッ』「ザッ」「なっ」「うひっ」「雪か……」
屋根から落ちた雪にそこまで反応するか? 団長は何気なく上を見た。すると人影が。シュっと隠れたではないか。
「キョロキョロすんな」「屋根に人が!」「構うな。奴は監視だ」「監視?」「仲間に連絡する係。知らねぇのか?」「じゃぁ、ほっといて良いのか?」「良いんだよ。こちとら『ガキのままごと』に付き合っている程、暇じゃねぇんだからよ」「ままごとって……」
男が開け放たれた門扉の前に留まっていたのは、飛び道具を警戒してのことだ。それは『小石を含んだ雪玉』なんかじゃない。
もっと凶悪な。そうね。今風に言うと『手裏剣』とか『弓矢』の類を想像して貰えば良いだろう。一応この世界に銃は無い。
しかし弓から放たれた矢の速度だって侮れない。弾丸より遅かろうが目で追えないのは確かなのだ。『数珠繋ぎの連中』にとっては。
「ほら、屋根の上にだぞ?」「だからキョロキョロすんなっ! 良いか。前の奴の背中だけ見ていろ。それ以外は無視だ。行くぞっ!」
クーガが道路に飛び出した。凄い力だ。団長以下、それに続く。
と言うか、続かざるを得ない状況である。倒れないようにしながら。だって『ロープから手を離したら死ぬ』なんて聞いたものだから、ロープを手首に巻き付けていた。それが強く引っ張られれば、腕が引き千切れる程の痛みを感じるって訳。クーガ何者?
「出て来たぞっ!」「やっべ。クーガじゃん」「だから言ったろぉ」
子供の甲高い声が聞こえて来た。声変わり前か。いや、最後の声は、ちょっと低い。と言うことは、十歳前後かと予想。
「ちっ。すまん。言い忘れたが、身体強化使える奴は使っとけ」
言ってから団長を一睨み。『余計な質問するからだ』と言いたいのをグッと堪えている。当然団長は知らんぷりで、ジャックは二列縦隊の一番後ろ。壁際を小走りに。そこまで伝言ゲームが届いたか。
「見ろよコイツ、LV28の騎士だってよ!」「やったご馳走ジャン!」「うわ、生意気にも身体強化とか使ってやがる」「マジィ?」
ここは『どっちが生意気なんだ』と言ってやりたい。両方の握りこぶしを、側頭部にグリグリッと捻じ込みながら。
今査定されたのは、二列縦隊の一番後方。道路側を走るブラッドである。ここでブラッドの戦歴を簡単に説明すると、彼は近衛騎士団に来る前は、前線で剣を振るっていた『本職』である。
当然、数えきれない程の敵兵を倒している。そして騎士の称号を得た後も前線で活躍し、遂に近衛騎士団配属となった苦労人だ。
「オォリャッ!」『ビシッ』「ッツ。何だコイツ」「おっさんおっさん、俺と勝負しようぜっ!」「……」「いや俺だって。騎士だったら余裕だよなっ!」「……」「ブラッド、前を向け」「はい」
笑顔でちょっかいを出して来るにはえげつない。馬に打つ鞭を人間に向けるとは、悪戯の範囲を超えているとしか。何なの? これ。
「コラッ! テメェら俺の客に手出したらぶっ殺すぞっ!」「手なんか出してねぇって」「そうだよ。腕試しの申し込みをしているだけだって」「クーガの旦那には、迷惑掛けねぇからよぉ」「馬鹿野郎っ! それが一番の迷惑だっ! 引っ込んでろっ!」「ちぇっ!」
並走する大人の一団と子供の一団の会話とは思えない。
クーガの実力を知っているのか、子供達もこれ以上手を出して来ない様子。しかし、並走しているのが気になる。あっ、後ろに。
「ちっ」『カキンッ!』「なっ」「弓矢?」「止まるな走れっ!」
殺気を感じてか、クーガが突然刀を振り回していた。鞘ごとだ。
狙われたのは団長の隣を走っていたジョンである。きっと『誰かに当たれ』と思って矢を放ったのだろうが、走るのが遅すぎたか。
「クーガの野郎、刀で弾きやがった!」「もっと後ろっ! コイツを狙えって!」「チッキショォ。ケンとパーティー組んでるから、俺にも経験値入ったのにぃ!」「テメェいつの間にっ!」
何か子供達同士で争いが。『経験値を山分けしよう』と協力し合う約束をしたものの、目に前に『美味しい経験値』がぶら提げられた瞬間に崩壊か。しかし、そんなに経験値が欲しいのだろうか。
理由を聞いたとて『じゃぁどうぞ』には、絶対にならぬのだろうが、それでも理由は知りたい。本人に聞く訳には……行かないか。
『パカラン・パカラン・パカラン』「曲がれっ!」「こっち?」
雪上を走る馬の足音が軽やかに響く。いや随分スピードを出しているような。と思えば、窓から子供が。馬車の上にも。あれは弓?
『シュパッ!』『カキンッカキンッ!』「あれも弾くのかよっ!」
列の今度は角を曲がった列の後方から放たれた矢である。
クーガが弾かなければ、誰かに当たっていたであろう。弾かれた矢を確認も出来ないが、当たれば出血は免れぬ。身体強化しているだろうって? いや『この距離』と音。『矢の勢い』を鑑みれば、今のは身体強化だろうが致命傷となるやもしれぬ。
兎に角、子供が放った矢にしては冗談が過ぎる。戦場でだって聞いたことないような、凄い音がしましたよ?
あぁ流石に雪上の流鏑馬は無理と思った所が子供っぽいか。納得。
「そこの扉から入れっ!」「うわー逃げられるぅ」「俺の経験値が」
本人達は『ゲーム感覚』なのかもしれないが、狙われる方は堪ったもんじゃない。もしかしてまだ『禁忌の森』に居るのだろうか。
だとしたら、マジでこんな所に立ち入ってはイケない。
言われるがままに扉の中へ。最後にクーガが抜刀して威嚇。『来るなら来い』なのだろう。顔はモンスターに対峙したときと同じだ。
ある意味ガキ達も『モンスター』であろう。クーガは扉を閉めた。
『カチンッ』「ハァハァ。何なんですか。あいつら」「狂ってる」「ココならタップリ説明してやっから、早く座れ座れ」『ガタン』
テーブルが二つ。そこに十人が座った。最後にクーガが椅子を回して座る。背もたれに両腕を乗せて一同を見回した。
「質問は?」「あのガキは何だっ!」「親は何してるっ!」「責任者出せっ!」「飯はまだかっ!」「マジで殺されるかと思ったぞ!」
案の定質問が同時に噴出し、クーガは『ハイハイハイ』だ。
静かになった所で両手を再び背もたれに。そして首を竦める。
「あのぉすいません。これぇ」「あぁ、そうだったな。配ってくれ」
奥から出て来た店主が、紙と筆記具を持って来ていた。
別にココは『食堂』じゃない。ちょっと広い工房で、ここはちょっとした打ち合わせが出来る場所。だからテーブルも『試作品』を見せたりする為の物で、団長の家みたいに立派なモンじゃない。
「名前を書いてくれ」「あと性別と生年月日も」「だそうだ」
店主が口を挟むがクーガも否定はしない。団長は『聞いたのと違う』と思いクーガを見たが、黙って『書いとけ』の指示が。
「ここに『所属』ってあるが、それは?」「んん? あんたらどっから来たんだ?」「我々はアルミッド王国の近衛騎士団だ」「ほぉ。道理で」「判るかね?」「あぁ。良く判ったよ。ハハハッ。なぁ?」
突然笑い出すクーガ。見れば店主まで笑っているではないか。
そして『お気の毒』な顔になって頷いている。店主め。顔は『デイブ似』なのに、実は結構な実力者だったりして? いやいや。
「じゃぁ、守ってやらないとダメな訳だ」「どういう意味だ!」
団長が代表して突っ込む。団長だって武装解除していなければ、その辺の男に負けるつもりはない。ただ、そこに『あの男』がすっ飛んで来たら何をされるか判らなくて、言うことを聞いているだけ。
「この村は『雲上の監獄』とも呼ばれててな」「いやちょっと待て」「んん?」「村長の娘から、ここは『王家の谷』と聞いたが?」
するとクーガが膝を叩きながら笑い始めたではないか。
「んー。村長らしい命名だな」「村の名前が変わったのか?」「いやそう言う訳じゃなくてだな、村の名前自体が決まっていないんだ」「どういうことだ?」「どういうことも何も『好きに呼べ』ってことらしい」「はぁ?」「だから村長が『王家の谷』と呼ぶと決めたら、そう呼べば良い。俺が言ったのは『下界』での呼び名だ」「下界?」「あぁ。これから列車に乗って山を下りるのだが、そこにある町のことを、ココの連中は『下界』と呼んでいる」「ほぉ。何て町なんだ?」「そこも『好きに呼べば良い』ってことでな?」「適当だなぁ」「一応『モリオク』って呼ばれている」「ガクッ」
団長は渋い顔でズッコケた。紛らわしい言い方しやがって。
「所でさっき『村長らしい』ってのは?」「あぁそこね。それよりあんたらさ、アルミッド王国の近衛騎士団だったら、隣近所の国に行ったりすんの?」「当然だ。王が行く所に近衛ありだからな」「だったらさぁ、ミリタリア帝国に行ったことは?」「あの軍事国家の?」「そうそう」「二年前、皇帝一家が火炙りになった?」
クーガは、団長を指した指を上下に振りながら何度も頷く。
「良く知ってんじゃん。誰だっけ。あの太っちょ皇帝」「マリウス三世!」「正解! 別名?」「虐殺王!」「良く知ってる!」「五年前に会った!」「いや、さっきも逢ったじゃん?」「えっ?」
団長とジャックは顔を見合わせた。良く覚えている。
五年前、軍事同盟の再締結をするために、ミリタリア帝国を訪れたのだ。後に虐殺王とも揶揄されたマリウス三世のご尊顔だって、王の護衛としてすぐ傍で拝ませて貰った。しかしなぁ……。
顔と言うか『満月のような』と言った所か。凄いデブだった。
「村長が?」「マリウス三世?」「少し痩せただろ?」
団長とジャックは再び顔を見合わせて『どう?』と『判る?』だ。
それをクーガはニヤニヤしながら眺めている。どうやら『少し』なんて言っているが、実際には『もっと痩せた』としか。
「いやいやいやいや」「公衆の面前で火炙りになったって」
今度は近衛騎士団の面々に向かって『だよな?』を繰り返す。
しかしそれとてクーガには『面白いこと』のようだ。今度は手を叩いて笑い始めたではないか。全員の手が止まってしまっている。
「何だかんだあって、今は『ココの村長』って訳!」「……」
どういうこっちゃ。世間的には『愚皇が居なくなって良かったね』になっていると言うのに。もしかしてココで返り咲きを狙っているとか? だとしたら大問題。大スクープではないか。
「もしかして、村長の隣に居た男が救ったのか?」「じゃないの? 詳しいことを、俺如きが知る訳無いし」「あの男は何者なんだ?」「何者って言われても『ご主人さま』としか」「名前は?」「さぁ」「えっ、知らないの?」「いやぁ。全員が『ご主人さま』って呼んでるし、それ以外で呼んだことないし、それが名前って言われればそうなんじゃねぇの?」「そんなんで良いのか?」「だって『好きに呼べ』って」「そこもなのかよっ!」「むしろソコッ!」
団長はふと思い出す。皇后カレンシアの皇女は確か『ルミアナ』である。別名『炎姫ルミアナ』。『ミーコ』ではない。
軍事同盟調印後のレセプションにて物凄い火炎魔法を披露し、度肝を抜いたものだ。五歳にしては凄いとしか言いようがない。
だから火炙りになったときは『自分で自分を燃やした』なんて、変な噂が広まったものだ。可哀想に。いや、その噂は本当?
「これ書いたら飯なんですよね? 飯、俺の分、貰っていいすか?」




