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第六話 谷の村

 朝食を済ませた近衛騎士団は、納屋で大人しくしていた。

 大人しくせざるを得ない。昨日は一睡も出来なかった。大狼がまた来るかもしれないし、毒の食事で誰か死ぬかもしれなかった。

 今、全員生きているのは偶然なのか、それとも必然か。もしかして、昨日飲んだ『酒』に解毒効果があったのかもしれない。

 そんなこと、男には怖くて聞けなかったが、少なくとも空っぽになった瓶を男が見るなり、『ちっ』と吐き捨てたのは『良い兆候』と言えるだろう。何か『ざまぁ』って気にもなったし。いい気味だ。

 そう。開栓して直ぐに判った。『ナニコレめっちゃ濃い』てのが。

 誰が飲むか先ずは回し嗅ぎ。そんでデイブが一口ペロッってやった瞬間に『カーッ』てなってた。『こりゃ死んだな』て思ったら、奴が『お湯割りにしよう』と提案。早速試してみる。そしたら凄く飲み易くて、色々試している内に飲み干してしまったって訳。

 一番飲んだデイブのいびきが、もう煩くて煩くて。殺してやろうかと思ったくらいだ。


『全員生きてんな』『見りゃ判るでしょ』『いや別に『訳せ』なんて言ってないし』『訳してないでしょうが。どうせ試していたんでしょう?』『良く判ったね』『止めて下さいよ。人聞きの悪い』

 相変わらず何言ってるか解らない。ミーコも含めて。

 しかし男は、勝手気ままに暮らすことを目的として、こんな山奥に住んでいる訳じゃない。ちゃんとした意義、目的が存在するのだ。

 それは、温室で様々な実験用植物を育てること。品種改良が目的だ。故に、同種の花粉が混ざってしまわないよう、孤立した環境を構築し、維持しているのだ。

 実は何年か前にも『冒険者』と名乗る奴らが来訪したことがある。そのときは、ガラスは割られるわ、勝手に食われるわと、散々に荒されてしまい男は切れた。瞬殺である。正に肉片のひとかけらも残さずに。冒険者ギルドでは、今でも『行方不明扱い』らしいけど。


「本当にこちら側の村経由で、国に帰れるんだな?」『安全なルートなのか? ですって』『あぁ。それは保証する』「大丈夫です」

 身支度を始めた団長にミーコが翻訳結果を伝える。荷物と言っても、大したものはないが。忘れ物は処分させて貰うぞ。


『あぁ下の村に着いたら、帰国の方法について村長と相談するから、少々待って欲しい。まぁそこで、武装解除してもらうから』

「村に着いたら、帰国方法を考えるからちょっと待て」「判った。どれ位だ?」『どれ位待つ?』『どれ位って、そりゃぁ山脈をぐるーっと回り込んでお帰り頂くんだから。歩いて帰る訳じゃないでしょ?』

 団長は『質問が良くなかったか?』と思っている。男が半ば呆れた顔で大きな円を描いたからだ。多分それが『帰国ルート』だ。もしかして村から先も『禁忌の森』でそこを歩けと? 不安が募る。


「乗り物の手配とかだそうです」「あぁ馬車を用意してくれるのか」「えぇまぁ、そんな感じに思って頂ければ」「助かる。ありがとう」

 ミーコの翻訳を聞いて、一同はやっと胸を撫でおろす。これで少なくとも大狼には出逢わなくて済むだろう。二度と御免だ。

 ホッとしてか、団員達のお喋りが始まった。片付けながらの。


「そう言えば、昨日のポーションは、何とかなりませんかねぇ?」「村で普通に売ってるかもな」「待ち時間で、見て回れたりして」「それ位大丈夫だろ」「酒も欲しいなぁ」「だったらつまみもな」「さっきの干し柿ってのも、売ってますかね?」「あんじゃね?」

 何か『任務』ってのがもう終わった感じ。団長が適当に誤魔化してくれるだろうと信じている。肝心の団長は困り顔だがな。


「いやお前達、色々売っていたとして、どうやって買うつもりだ?」「金貨って、使えない? 俺、一枚あるけど」「無理だろ。こんな田舎で金貨なんか出すな」「見たこと無いって、言われっかもしれねぇし」「それはヤバいっす。でも有り得るっす。お釣りくれっす」

 皆笑って勝手なものだ。そりゃ男は、どう見ても『金持ち』には見えまい。着ているものは地味だし、山で採れたものか。

 しかし他国のほんの一部を見て何が判る。また、それを自国と比べて何になる。皆、幸せに生きていれば、それで良いではないか。


『はーい。それじゃ行くぞぉ』「皆さんこちらでーす」「はーい」

 この世界に『旗を持った添乗員』が居るかは定かでない。

 しかし気分なそんな感じだ。晴れて明る過ぎる外に出れば、目を細めて改めて見る。団長は辺りを見回す。姫が隠れられそうな場所。

 しかし男の家は、実にゴチャゴチャとしているようだ。

 母屋と納屋の他に、目立つのはガラス張りの家。中で植物を育てているのは判った。昨日無暗に触った馬鹿がいて『ヒッ』とか言ってたから、何か仕掛けがあるのだろう。だから怪しいっちゃ怪しいが、まさか穴掘って埋めた訳じゃあるまい。

 納屋の隣にあったのは鍛冶の作業小屋だった。昨晩、戸板の隙間から中を除いたが炉が見えただけ。扉を開けたとて同じく。

 馬は居ないが納屋は馬小屋だし、ならば蹄鉄だって作るだろう。もしかしたら、壁に掛けてあった剣は自作の可能性も? いや、それはどうだろうか。無造作に飾ってあったが、実は凄い銘刀が混じってたりして? うーむ。あの男の言動からして無さそうだ。雑だし。


「村までどれ位なのかね?」「二キロってトコです」「二キロ?」

 またミーコと団長が勝手に喋っている。男は聞くだけだ。

 するとミーコが困った顔をして男を見た。そして問う。


『二キロって通じないんですか?』『馬車で何日とかなんじゃね?』『いやココって、馬車は勿論、馬でだって来れないじゃないですか』『何か馬で来た奴が居たなぁ』『それを餌にした人が言いますぅ?』『仕方ないジャン。足折れちゃってたし。大体、冬に馬で来んなよ』『あーあー聞こえなーい。パパには事実だけ報告させて頂きまーす』

 で、結局何て言えば良いのかは、二人共知らないらしい。団長が困っていても知らんぷりだ。すると男は『ここから下り』で止まる。


『村に着いたら昼飯って思っていてくれ』「村に降りたらお昼です」「結構歩くねぇ。ずっと山道なのかい?」『ずっと山道なのか? ですって』『あぁ良いの有るよ? そっちにする?』「こっちへ」

 あからさまに『遠い』『嫌だ』を顔に出して。今まで散々雪山を歩いて来ただろうに。それをあと二、三時間。若しくは四時間以上掛かった所で何だと言うのだ。一般的には安全な登山道であるぞ。


『これ、荷揚げ用に作っている最中なんだけど、スキー出来ればココ降りてく? 真っ直ぐだし近いよ? まだ凍ってるけどw』

 男が指さしたのは、麓に向かって真っすぐに伸びる通路だ。

 幅は二メートル程だろうか。いや、男が言う単位での話。実際は新雪の上に乗った男が、両手を広げて幅を示している。


「ここ降りるなら近い」「危険過ぎるっ!」「ひぃ。下見えねぇ」

 ニッコリ笑う男とは対照的に、団長以下、及び腰である。

 翻訳こそしてはいないが、近道も嫌がっているのは明らかだ。


『しょうがねぇなぁ。結構楽しいのに』『ズッ』『あっ』『あれっ』

 団長は男の顔を見る。翻訳こそしていないが『楽しいのに』と言っているのは判った。しかしそれが横移動した瞬間、真顔に変わる。


『ご主人さまっw』『先行ってるワーッ!』「……」「……」

 最後の『ワー』はどっちの『ワ』だろうか。男は雪の塊と共に坂を下って行く。朝の光を浴びて煌めく斜面を加速しながら。そして起伏にそってジャンプし見えなくなってしまった。あっという間だ。


「あー。何か先行ってるだそうですw」「かなり痛そうだったけど」「大丈夫じゃないですか?」「そうなの?」「いつものことなんで」

 折角翻訳したのに無駄になってしまっている。団長が指さした方向に、男の姿はもう無いからだ。もしかして『二キロ』って、この直線のことだろうか。だとしたら、相当早く着きそうに思える。

 いや、そうじゃない。するとミーコが鼻で笑ったではないか。


「どうします? 後を追います?」「いや、俺達は良いよ……」

 今のは団長の個人的見解だが、誰も反論を唱える者はいない。

 そもそもアルミッド王国に『スキー』は無かった。山が無い。雪が無い。だったらスキーはおろか、そりも無いに決まっている。

 でも、ちゃっかりアイススケートはあったりして。冬が寒いのはココと変わらぬ故。近衛騎士団との関わり合いは無しに等しい。


「じゃぁ、行きましょうか。コッチです」「あぁ、済まないけど」

 ミーコが手招きして歩き始めた。しかし団長が付いて行かない。その場に留まり、親指で後ろを指したではないか。


「何ですか?」「いや、もう一度探しても良い?」「は? 何を?」

 団長はあえて『エスティ』とか『姫』とか、ましてや『女』とも言わずに聞いてみる。顔も努めてにこやかに。

 だからだろう。ミーコも首を傾げて『忘れ物?』な顔になったではないか。ジャックは当然判っていた。これは男が居ないのを良いことに、もう一度家探しをするつもりだと。

 相手は小さな女の子一人。止めたって何が出来ると言うのか。


「構いませんけど、私は先に行きますよ?」『シャキーンッ』

 言いながらミーコの袖口から、黒い棒が飛び出していた。

 短く折り畳まれた棒である。その端を持った瞬間倍の長さに。


「遅れると、ご主人さまに怒られちゃいますから」『ガシャンッ』

 団長達はミーコを二度見。母屋に行くのを中止して。

 それに対しミーコは、団長の顔をずっと見ていた。手元は見ていない。これは『慣れ』以外のなにものでもないだろう。両手に持った黒い棒を更に連結して、一本の長い棒としたのだ。すかさず拳法家よろしくクルンクルン回す。体の前後左右で。そしてピタッと。


「言っときますけど、村までの道も」『キュッキュッ』「それ……」『クルン』「安全じゃないですよ?」『キュッキュッ』「刃物……」

 今度は刃物だ。棒の両端に取り付けている。一方説明は団長だけにでなく、団員全てに向けられていた。その間も手元を見ない。

 いきなり現れた刃物は凄く切れそうなのに、それを恐れるでもない。そして両端に刃を付けたら、予告なく振り回し始めた。

 寧ろ見守る大人の方が、刃の分だけ伸びた棒に恐れをなし、一歩後ずさりする始末だ。一体何を見せられているのだろうか。


「何がいるの?」「そんなの色々ですよ」「色々って……」「説明したら倒してくれます?」「いや……」「はぁ……」

 ミーコは恨めし気に急坂を見た。男の陰を追っているのだろう。

 大体男が同行していれば、ミーコだってこんな『身支度』をする必要は無かったのだ。通訳だけに徹していれば良かった。


「そろそろ行きますけど、付いて来る人は遅れないで下さいね?」

 ミーコに言われても尚、団長は迷い続ける。確かにミーコの『棒術』は凄い。しかし、所詮は子供が相手に出来る程度の奴のはず。

 だったら、ミーコも居なくなれば、自由に捜索が出来るのではないか? スピネルを剣から外す時間も取れるだろう。

 例え男が戻って来るにしたって十分に時間があるし、そもそもあの男のことだ。気が付かないかもしれない。


「あと、ご主人さまに言い訳は一切通用しないんで」「えっ?」

 足をトントンし始めたミーコは、明らかに時間を気にしている。

 しかし団長は惚けた顔でおどけてみせた。言っちゃ悪いが、男はそんな風には見えない。まぁ『言訳』か。うーん。何て言おう。

 あっそうだ。『うんこしてた』ってことにすれば良い。『昨日の飯に毒が』とか言っても良い。男のボケ具合から、何とかなるはずではないか。うん。何とかなりそう。なるなる。絶対通じるって。


「問答無用でこの辺『焼野原』ですから。昨日、見てましたよね?」

 団長の顔色が変わった。ミーコは指を縦に振りながら、もう歩き始めているではないか。そして小走りに。えっあっちょっと待って。


『ザッザッ』「ねぇ焼野原ってどういうこと? 自分家だよね?」「は? だから何だって言うんですか?」「いや自分の家って、そんな簡単に燃やす?」「そんなの、ご主人さまに聞いて下さいよ」「でも、今夜寝るのも困るでしょ?」「何を言ってるんですか? 家なんて、何軒も有るに決まってるじゃないですか」「何軒も?」「あったり前でしょおぉ? あぁ、喋りながら走れないんで!」

 団長は聞くだけ聞いて踵を返すつもりでいた。と、そのときだ。


『フンッ!』『ゴフッ!』『フンッフンッ!』『ブヒィ』『ブヒィ』

 ミーコが猪の一団をなぎ倒したではないか。あっという間だ。

 牙の数を数える暇も無かった。見えた瞬間に頭部と胴体が二つに離れ、頭部は森の中に消えたからだ。後から来たウリ坊もそう。

 今から思えば、ミーコよりも猪の方が大きかったような気も。

 そうだココは、今だ『禁忌の森』なのだ。猪だって普通じゃない。


『ザッザッザッザッ』「おっ、追うぞっ! 遅れるなっ!」「ひぃ」

 無言で走り始めたミーコに疲れは見えない。ただ、本人が申告した通り、走りながら喋る程の余裕は無さそうだ。こうして姿が見えている間も、左右を注意深く見ながら山道を飛ぶように走る。

 まるで『後ろのこと』なんて、気にも留めていないようだ。


「ミーコちゃん速っ」「小さい子に後れを取るなっ!」「待ってぇ」

 ミーコの姿を追いながら走り続ける。必死に追う大人達の視界から、ミーコは時々『消えて』と『現れて』を繰り返す。

 一例としては『大きな段差』の場合。これは下が『雪だから』というのもあろう。一段づつ降りるのが面倒で、一気にジャンプ。

 特別な訓練をしていない限り推奨は出来ない行為であるが、何回に一度かは『ミーコが動物の背中』にのって現れたことも。

 振り落とされないのは、ミーコが刃物を突き立てているから。そして、動物を倒したら再び走り出す。あぁ、ミーコの方がコースを外れた場合だけ「向こうだ!」と指さすのは忘れない。

 そうやって、ミーコが先頭で戦闘を繰り返してくれているお陰で、後に続く大人達は『走るだけ』で良かった。ホント『走るだけ』で。

 団長以外は思う。『剣重いし、捨てようかな』って。


『グワッグワッ!』「コォの糞ハゲッ! 降りて来いっ!」

 開けた雪原で、ミーコが叫んでいる所に追い付いた。

 一瞬『誰?』とも思ったが、それは失礼ってモン。髪を纏めていたリボンが取れて、髪が降りてしまっているだけなのに。

 森からは良く見えないが、鳴き声とミーコの姿から、今度の敵は空からのようだ。これで『ミーコ任せ』が何度目かなんて数えちゃいないが、ここは弓手も居ることだし? やっと出番か?


「止まれっ! 森から出るなっ!」「えっ?」「なっ!」『バサッ』

 戦いの最中に相手から目を逸らす。良くない行為である。

 ミーコも十分に理解はしていた。しかし理想と現実は異なる。何の役にも立たない奴らが『僕美味しいですよ♪』と来てしまっては話は別と言いたい。ほら、カウボーイが牛を守りながら売りに行くときだって、『歩合制』って言うじゃないか。知らんけど。


『バッサバッサ』「うわっ」「何てデカい鳥だ」「ミーコちゃん!」

 羽ばたく翼の陰に小さなミーコの体は完全に隠れてしまっている。

 しかし、大きなハゲワシとミーコの死闘はまだ続いているようで、巨大な足を繰り出しても、それが『綺麗な円』を描かない。

 と、そこへ団長とデイブが追い付く。両手を膝に付け、全身で息をしている。当然のように『応援』も『加勢』も無しだ。それどころか不謹慎にも『まだやってて』とさえ願う始末。情けない。


『グェエェエェッ!』『ドォオォンッ!』「今だっ! 走れっ!」

 どうやらミーコに『勝利の余韻』は不要らしい。何の躊躇もなく走り始めた。息を整えた団員達も直ぐに追う。森を飛び出した。


「何だあの数!」「ヒィイィッ!」「上を見るな! 前だけ見ろ!」

 ミーコ、ナイスアドバイスだ。そう。上を見ても無意味。どうせ上を見ていた所で、ハゲワシの爪からは逃げられまい。ここは全力疾走で走るのが一番。捕まったらそのまま餌になってしまう。

 森に逃げ込んだミーコは振り返り、珍しく団員達を待っていた。

 違うか。ハゲワシから取り返した『赤いリボン』で、再び髪を結んでいるだけ。それが終わったら先を急ぐだろう。

 大体昨日から観察して判ったことだが、近衛騎士団は誰も魔法が使えない。そりゃぁ『対人剣術は凄い』のかもしれないが、所詮はその程度だ。『禁忌の森の住人』とは、とてもなり得ない。

 良くて『餌』である。あ、それも駄目だったか。何だ『屁』にもならなきゃ『糞』にもならぬではないか。さて、行くべ。


「ちょっと待ってくれっ!」「ゼェハァゼェハァ」「み、水……」

 優しいかな。ミーコが振り返った。今度はリボンをきつめに結んだので、無駄な時間を取らせたりはしない。


「ご主人さまを怒らせたら『火の海』だって、言いましたよねぇ?」「ハァハァ。『焼野原』じゃなかったっけ?」『ヒュッ』「言いましたよね?」「言いました言いました!」『ザッ』「じゃぁ出発!」

 表情一つ変えずに。今のはまるで『脅しの見本』ではないか。

 団員達は顔を見合わせる。昨日見た炎が自分達を襲ったらどうなるか。そんなのファイアブレスを浴びるのと何ら変わらん。あぁ勿論『ドラゴン』なんて見たこともないけれど。そもそも居るの?


『ザッザッザッ』「あっ待って!」「もう行っちゃってるし……」

 振り返ってくれたものの、ミーコの顔は『待ちません』だ。

 きっと今の戦闘を含め、相当時間を食ってしまったのだろう。近衛騎士団から見れば十分『サクサク倒していた』の部類に入るのだが、太陽の角度からしてもう直ぐ昼なのは明らかだ。森は長い。


「ハァハァ。ちょっと『あとどれ位か』って聞いて来いよっ!」

 団長がミーコを指さして叫ぶ。しかし幾ら団長命令でも、物理的に無理なものは無理なのである。だって現状、どんどん差が開いているのだから。皆『団長の速度に合わせて』を言い訳にしているが、もう追い付くのさえ諦めている節も。実際問題疲れたのだよ。


「あっ! 村が見えるっ!」「どこっ」「あれか?」「どれっ!」

 走りながらだ。立ち止まって見る勇気なんてない。

 ミーコが『露払い』をしているからこそ、魔物だが魔獣だか普通に危険な動物やらから身を守れている現状がある。

 中にはちょっと賢そうな動物もいた。猿だけど、大きさはゴリラみたいなのが。いや誤解しないで欲しい。『デイブよりは』という意味であって、他の団員達は結構賢い。文字も読めるし、ある程度の計算だって可能だ。大きな数字はお金に換算すれば大丈夫。

 だからきっと猿は『小っちゃいのが弱いだろう』と思ってこそ。『冬の御馳走』の判断に疑念の余地さえ持たなかったであろう。

 そして『裏目に出た』なんて思う間もなく、真っ二つか。何なの。


「おっ、止まってるぞっ!」「着いたのか?」「いやあれって……」

 パッと開けたときだった。ミーコが足を止めているではないか。上を見ながら森を出るが、特に何も飛んではいない。走り突けると程なくミーコに追い付いた。覗き込んでいるのは『直滑降斜面』だ。


「ハァハァ。どうしたの?」「これって滑って行っちゃった先?」

 追い付いた団員達が見たのは先ず上。しかし途中の小山で見えない。そうだ。確かに男はジャンプして見えなくなったのだから、当然と言えば当然だ。ならば下は? 何だ。下も見えないではないか。


「どうなってんの?」「いや、ここって『子供の遊び場』になっちゃってるんで、一番下は雪を積んで『ジャンプ台』になってるんですよ」「危ないジャン」「いや、子供って面白い方が優先じゃないですか」

 振り返ったミーコの顔が『呆れ顔』だが、アンタも子供な。一応。


「じゃぁ男は?」「もしかして『凄い飛距離』が出たとか?」

 今度はおでこに手を添えて遠くを見つめるミーコ。団員達は呆れてミーコを見ているが、実に真剣な目ではないか。

 もし『二キロメートル級ジャンプ台』があったとして、K点をどの辺に設置すべきかは予め計算しておくべきだろう。それはあの『塔』までだろうか。それともその先の三角屋根。市場? いやいや。もっと先の広場だろうか。確かにあの辺なら平らだし、スペースもある。


「まぁ、行ってみないと判らないでしょ」「それもそうですね」

 珍しく団長の方がミーコに声を掛けた。ミーコも納得して頷く。

 考えても見て欲しい。もし『男が空から降って来た』ら、村とは言え、ある程度の『人だかり』が出来ていてもおかしくはない。

 それがココから見ても村は白一面。人影が全く見えないのだ。


「コッチから行きましょう。近いですから」「はいはい」

 流石のミーコも『ジャンプ台』を降りては行かなかった。行ったのはその横に作られた雪の階段である。

 団長は歩幅の合わない階段を降りながら、『本当に子どもの遊び場なのか?』と考えていた。信じられないが信じるしかない。

 しかし斜面を『キャハハッ!』と滑り降りる姿を思い浮かべると背筋がゾッとする。冬だけに。いや子を持つ親としてか。

 すると柵が現れたではないか。ちょっと物々しい感じの。


「あぁ、流石にコッチか」「どうしたの? って、大丈夫?」

 柵は階段を塞いではいるが、その先のジャンプ台横で途切れている。ミーコは武器をあっという間に畳んで丸腰に。そして階段を外れジャンプ台へと向かった。ツルツルのジャンプ台を踏みしめながらも柵を掴み、向こう側へ行こうとしている。

 ちょっと無理ありません? 大丈夫?


「よいしょっと。今開けます」「お願い? します?」「何か閉められちゃったみたいで。テヘッ」「いや、笑いながら言うこと?」

 タタッと走って来て閂を外すと無事扉が開いた。ミーコが微笑む。


「王家の谷へようこそ」「王家の谷?」「えぇ。村の名前です」

 大層な名前ではないか。しかし感慨深いかな。やっと禁忌の森を抜けたのだ。一、二、三。全員無事に。『ただ走っていただけ』とは言え、気分は大冒険だ。誰かに褒めて欲しい。

 しかしミーコは人数を数えることもなく、その場にいた者が門を通ったら直ぐに閉めてしまった。閂までガッチリと掛けて。


「この柵は動物除け?」「えぇ。小動物用で。あぁ触らないで下さい。ビリっとしますから」「あぶっ! それは通り抜ける前に言って欲しかったなぁ」「すいません。忘れてました。テヘッ」「……」

 その笑顔で、沢山の大人を騙して来たのだろう。罪な小娘だ。


「じゃぁ、大きいのはどうすんの?」「さぁ。結界でも張ってあるんじゃないですか?」「そうなんだ。じゃぁ中は安全?」「どうでしょうねぇ。今まで入って来なかっただけで」「そうなの?」「だってほら、こんな風に『穴』があると、ダメですよね?」「これぇ?」

 ミーコが指さしたのは『ジャンプ台』である。村の住民は全員が馬鹿なのか? 『王家の谷』なんて大層な名前を付ける割には。


「あぁ、こっちに来た感じですね。成程。道理で。ご主人さまー」

 取り敢えずミーコの後を付いて歩いていた。するとジャンプ台の横に『コースアウトした跡』があるではないか。意図的にだか何だか知らないが、男はジャンプ台を使わずに街中に入ったようだ。


『おぉミーコか。やっと来たな』『えぇ。ちょっとコイツ等が遅かったもんで。これでもまぁ、何とか着いt』『あぁ良い。それより済まんが、ちょっと手伝ってくれ』『はぁ。何やってるんですか?』

 男は『見りゃ判んだろ』って顔をしている。会話に参加していない近衛騎士団員も同じく。だって壁が『人型』だし、今片付けているのって絶対『商品』ですよね? お皿とかの食器ばかり。


「良く生きてんな」「そうですね」「まぁ大狼に噛まれても。ねぇ」

 流石に止まれなかったのだろう。立っていたのか寝ていたのか『どんな姿勢だったのか』なんて知る由も無いが、経路だけは判る。

 あそこを滑って来て、壁に『ダンッ!』とぶつかって棚を『バリバリバリィッ!』の後、内壁に『ドン』とぶつかって止まる。

 奥の部屋では食後のお茶を飲んでいたのだろう。そのままになっている。いやはや。飛び込んだときの様子が目に浮かぶようだ。


「だとしてもだよ? 何か店の人もおかしくね?」「ですよね。何か『後はやっときますから』みたいな感じだし」「アイツ偉いの?」

 男は店の主と妻と思しき二人から、強烈な引き留めを食らっている。男が手にしているホウキと塵取りを、何とかして奪い取ろうとしているのだ。あっ、ミーコが足を蹴っ飛ばした瞬間に手を離した。

 そして店の二人が、ミーコにお礼を言っているではないか。これは一体『何の劇』を見せられているのだろう。

 ミーコが男のベルトを掴んで、店の外へ引っ張って来た。


「ちょっと連れて来たんで、家へ行きましょう」『ほら行きますよ』『済まんね。この埋め合わせは、今度お茶に招待するからさぁ』

 チラっと男を見たミーコの顔が怖い。だから翻訳は良しとする。

 団長は『片付けの手伝い』も想定していたのだが、それも必要ないようだ。実は『砕け散った食器』を見るに、相当な高級品であると見たからだ。それが山間の小さな村の店に、大量にあるとは。

 当然『騙して安く仕入れられれば大儲け』の算段がある。


「コッチです」「あっあぁ良いのかね?」「良いんです良いんです」

 ミーコに果たして『そんな権限』があるのだろうか。

 しかし店の二人が『やっと行ってくれた』と、深々とお辞儀をしているのを見れば『正解』にも思える。結局男が角を曲がるまでお見送りとは。いや『苦笑い』だったけどね。

 それより問題は先頭の方で起きていた。団長が角を曲がってみると、ミーコが年の頃同じ位の男の子に、囲まれているではないか。


「うわミーコだ」「お前、何か臭っせぇなぁ」「うわぁ近付くなよ」

 何だか不思議と言葉が解る。と言うことは、ミーコの隣に居る男には、何も判っていない。当然笑顔で接する姿は『ガキ』そのものなのだが、男は『仲の良いお友達』にしか見えていなさそう。

 するとガキの一人が、ミーコに手を上げたではないか。


「うりゃぁ」「ちょっと何すんの」「臭ぇから向う行けよ」「だから家に帰るんじゃない」「臭過ぎるから、俺ん家の前を通るな!」

 あくまでも団長が見た結果は『推察』である。何故ならガキ共とミーコの攻防が見えなかったから。『三対一』と言うのもある。

 いやちょっと待て。森の中ではあんなに強かったミーコが、何故に同年代のガキ相手に、こうも劣勢なのだろうか。

 防戦一方で、時折食らっているようにも。徐々に後ずさり。

 もし近衛騎士団で実力ナンバーツーの実力者、副団長ジャックがガキ三人と対峙したら。当然のように『タコ殴り』であろうと推察出来る。勿論『ガキに殴られる方』だ。団長であっても以下同じ。


「ちょっといい加減にしなさいよっ!」『ジャキンッガシャン!』

 一瞬のことだった。距離を取ったミーコが、例の武器を取り出したのだ。流石に刃物までは付けていない。


「うわコイツ、本気になったぞ!」「掛かって来ぉい」「フンッ!」

 団長達が見た『準備体操』を省略して振り回す。完全に意表を突いた形に団長は目を疑う。狙いが『首から上』だったからだ。

 訓練でだって、そこは余り狙わないのだが。しかし男は終始笑顔。


『こらミーコ』「あれっ?」「だっせー。武器取られてやんのぉ!」

 確かに今のはダサかった。何せ『思いっきり振り下ろした』のに、手元から棒が消えていたからだ。一瞬『手応えあり』みたいな顔をしてからの『疑問譜』だけに、ガキ共が走り去った今も、ショックを隠せていない様子が見て取れる。そこへ男が手を差しだした。

 その手には黒い棒が。既に二本に分離済で、更に二つ折りに。


『あいつらが私のこと『臭い』って言ったんですよ?』『あぁそう』

 ミーコは勢い良く奪い取っていた。男の方は奪い取ったにも関わらず、ミーコを叱るでもなく。相変わらずのぶっきらぼうだ。

 ミーコは右手に持った黒い棒を縦に振り始める。男の目の前で。


『誰のせいだと思ってるんですか?』『えぇ? 誰のせい?』

 うーん。何を言っているのか判らないが、『この言い方』には見覚えだけがある。悪さをした旦那に怒りをブチかます妻の図だ。


『ご主人さまが、勝手に行っちゃうからでしょうがぁっ!』『えぇ。わざとじゃないからぁ』『わざとだったら良いんですかっ!』

 あぁ、これ『ダメなパターン』にまっしぐらだわ。何か言う度に言い訳と取られちゃう感じ。あのときはホント困ったなぁ。


『いやいやいや』『いやだったのはコッチですよっ! お陰で血の跡は付くし、獣臭い臭いだって。クンクン。ウッ。マジかクソッ』『ちょっとミーコさん? 言葉遣いg』『こっちは命懸けだったんですよっ! アンタのお客様とやらを、何人も引き連れてっ!』

 そうだよね。そうなるよね。解る判る。もう頭を下げるしかなくなっちゃうよねぇ。黒い棒で男を殴らない分、まだ親切に思える。


『好きな女を守れない男なんて、最低ですっ!』『好きなのぉ?』

 しかし棒を袖にしまう際に事件が。どうやら左右が反対だったらしい。一度収納した棒を出し、持ち替えてシレっと再収納したのだ。それを見た男が、あろうことか指さして笑い始めたではないか。


『酷いっ! 幾ら可愛くても『臭い女』は、嫌いなんですねっ!』『いやそんなことないよ?』『あるじゃないですかっ。ウウウゥ』

 これは泣く。男が何を言ったのか、全く判らないが解る。

 兎に角、女を泣かせてしまったら、如何なる場合でも『男が悪い』のが当然だ。しかも改めて見れば、幼気な女の子ではないか。これはどう言い訳しても男が『酷い』の一言。しゃがんで頭撫でたってダメだ。土下座して謝れ。土下座。何だったら土下寝。


『悪かったよ。新しい服買ってやるから。なっ?』『千歳屋の?』『千歳屋ぁ? 高ぇトコ来たなぁ』『ウェエェン!』『判ったよ。上から下まで千歳屋で揃えて貰って来い』『下着も?』『あぁ。パンツだけで良いのか?』『ブンッ』『グホッ。判った。靴下グホッ。上から下まで、必要な物を何でも買いなさい』『そしたらお茶会に呼んでくれる?』『えぇえぇ?』『ウェエェン!』『あぁもぉ。お茶会でも食事会でも好きなのにしなさい!』『判りましたっ!』

 誰も声を掛けられなかった。何を言っているのか皆目見当が付かないのに、何故にこうも『おねだりしている』と判るのだろうか。

 しかし最後には、ミーコの顔に笑顔が戻ったではないか。


『ご主人さまっ!』『あぁ村長!』「パパただいまー」

 一人の男が走って来ていた。反対側の御屋敷から。笑顔で走り始めたミーコの喋りから『父親』であろうことが判る。つまり村長だ。


「何だミーコ。臭っさいぞお前。早く着替えtウッ!」「フンッ!」

 今のは父親が悪いに決まっている。すれ違いざまに股間を蹴られただけで済んだのは、『娘の優しさ』と受け取っておくと良い。

 ミーコは団長達に手を振るでもなく、父親に『ベー』して行ってしまった。団長は思うまい。最後に見た『ミーコの姿』が、まさかそんな顔になってしまうとは。笑っていればとても可愛い娘なのに。


『どうもすいません。家のミーコが』『女の子はそんなモンだって』

 村長と男の会話が始まった。てっきり男が村長に『お願い』をするのだと思っていたが、逆のようだ。男の方が立場が上なのか?


『コイツ等なんだけど』『えぇ。あれっ? どっから来ました?』『あぁ山向こうからね』『そうですか。じゃぁ、皆殺しですか?』『いや、向こうの出方が気になるから、今回は生かして帰そうと』『さよですか。承知致しました。ではこちらで準備しましょうか』

 村長が自分の屋敷を指し示した。男も頷いてそれに続く。


「お客様もこちらへ。お疲れになったでしょう」「世話になる」

 何か一瞬、村長の目が鋭くなった気もしたが、そこは気にしないでおく。別に今更だろう。殺すなら『もっと早く出来た』と言わざるを得ない。だとしたら『安全』と考えて良いだろう。

 案内された通り、全員が村長の屋敷に向かう。ちゃんと門番までいる、立派な家だ。しかしここは本当に『村』なのだろうか。

 副団長のジャックが列の最後。だから周りを見る余裕が少しだけあった。道路は石畳で覆われていて、車道と歩道が別れている。

 一段高くなった歩道には雪がないのだが、一体どんな仕掛けが?

 そして村長の家程でもないが、同じような石とレンガで作られたお屋敷が立ち並んでいるのだ。どう見ても『貴族街』である。


「お客様はこちらへ」『あぁそうだ村長。武装解除して貰えよ?』『暴れたら殺しても?』『殺すな殺すな』『でも、歯向かったら仕方がないですよね?』『全くお前は、直ぐ殺しちゃうんだから。こんな弱っちい奴らを何人殺したって、床が汚れるだけだろ。なぁ?』『それもそうですね。鞭打ちにしときます』『ダメダメ交渉。村長『口』があるんだから、ちゃんと説得しなさいって』『はい……』

 やはり村長の目が変だ。ギラギラしたりシュンとしたり。その点男の方はいつも通りだ。飄々とした感じで村長と話している。


『ほら、お願いしてみ?』『はい。では早速』「えー皆さん」

 近衛騎士団は物置と思しき場所に案内されていた。勿論石造りなので、今朝出発した納屋よりは随分立派だ。村長は男に何か言われたのだろう。団長と交互に見て何かを言おうとしている。

 いや別に『ここでもう一泊』と言われても、全く異論はない。


「あの、すいませんが武装解除をお願いします」「武装解除だと?」「あっ無理ですよねぇ」『ご主人さま、無理だそうです』『何だ。ちゃんと説明したのか?』『えぇ』『一般人が驚いちゃいけないからとか、適当な理由を付けてだ』『判りました。説明してみます』

 団長は内心、ちょっとだけドキドキしていた。聞き返しただけで、村長の目がキラリと光ったからだ。ミーコみたいに武器が出て来て、『パパパンッ!』てやられたら、凄く痛そうに思える。


「市中をその恰好で歩いて頂く訳にも行かないので。と、申してまして、あのぉ、小さい子供もおりますので、そのぉ、武装解除って訳には行かないですよね」『ダメでした。殺しましょう』『いや、コイツ等一言も喋ってないだろうが』『いえ、目を見れば判ります』『それはお前だ。全く。全・然・血の気が抜けてネェじゃねぇか!』『ももも、申し訳ございませんっ!』「あのぉ、村長さん?」

 団長は村長の様子を見て、全員に目配せしていた。当然武装解除には応じるつもりだ。出来れば国境で武装を返却願いたいが。


「はっ。はい?」「武装解除しますよ?」「えぇえぇ? 別に良いんですよ? 反抗しても」「いや別に」「お客様達ってその恰好、アルミッド王国の近衛騎士団ですよね?」「えぇ良くご存じで」「勇猛果敢って聞いてますよぉ?」「えぇ? そうですかぁ?」「何か、団長さんが女性だそうですけど、今日はいらっしゃらない感じ?」

 村長は『女好き』なのだろうか。目を血走らせてキョロキョロし始めたではないか。まぁ実際女好きではある。大大大好きだ。

 さっきまで嫁をヒーヒー言わせてた所だし、男が来なければ昼過ぎまでギッタンバッタンするつもりだった。

 本来なら男の出迎えに妻も来るべきなのは百も承知だが、この際『ぐったりしている』と言って男の追及を避ける他あるまい。


「今度紹介しますよ」「そうですか。是非とも」「えっえぇ……」

 急に握手を求められて団長は戸惑いながらも応じる。村長は男と団長の方を見て、凄く残念そうなのが気になるのだが。そこは笑顔だろ。それとも今会えなかったのが、そんなに残念か? ムカつく。

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