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【試作】題名未決【書き溜めて更新】  作者: 永島大二朗
第一章 アルミッド王国編
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第五話 この『男』は何者か

『はい出て出て』「な、なんだっ! るのかっ!」

 人の家に勝手に入って来た癖に。しかも土足で。

 剣に手を掛けた団長の顔とは違い、男の顔はそう訴えている。両手を広げ、他の団員達にも『出ろ』と促す。まだ部屋の中をキョロキョロしているだけだが、それすらも鬱陶しい。

 これにはミーコも協力せざるを得ない。何せ雪だらけになってしまった床を、滲みにならない内に掃除せねばならぬからだ。


『玄関で雪を落として来いっ! この馬鹿ちんがっ!』

 と、ミーコは思うに留める。男が代りに言ってくれたから。

 これ以上ウロウロされないように、ミーコも両手を広げて追い出しに掛かった。しかし男達は、振り返るばかりで動けない。ミーコが手で押して、やっと一歩動いただけ。それも振り返って止まる。


『ウォォォオンッ!』「うわぁ」「ひぃぃ」「早く出て。早く!」

 窓からも見えているのだ。納屋が。じゃなくて、その隣の大狼が。ほぼ同じ大きさって、改めて見るまでもなく、でっかくて怖い。

 ここを出て、あの納屋で寝ろってか? それは人道的見地からしてどうなの。俺達って『守られるべき存在』だよね? 

 うわ、舌を出して『ハァハァ』言ってやがる。どう見てもあの顔は『こんばんは!』だし、挙句『何か餌くれ!』だよね?

 当然餌は、いや考えるのは止めておこう。


『早く出てかないとぶっ殺すぞ。お前らわざわざ飯食わしといて、俺に殺させるなよなぁ?』「ホラホラ。ご主人さま怒らせないで」

 男が『何か』言った後、ミーコを見るのが癖になっていた。

 しかしミーコの様子がおかしい。冗談を言うでもなく、奥に引っ込んだ男を追うでもなく。両手を広げ『出ろ』を保ったまま。

 非常に困った顔のまま、顎でチラっと奥を指した。続けてウインクしながらの首振り。これは何を意味するか。


「奴に殺されるってか?」『コクリ』『ホラ、早く出ろっ!』

 男が持って来たのは包丁である。キラリと光る出刃包丁。

 その切先を先ずは団長に向けた。団長は瞬時に両手を上げざるを得ない。さっきと同じく、瞬時に動かれたらひとたまりもないからだ。幾らミスリルの剣を持っていようが関係ない。

 すると男が切先を団長から外す。別に団長を許した訳では無く、『お前らも早く出ろ』と言わんばかりに横移動させただけ。


『ご主人さま、お待ちくださいっ!』

 振り返ったミーコが走り出していた。必死の形相で。

 両手を上げていれば殺されない。そう思っていた団員達である。男が『大狼が森に帰るまでそうしていろ』と言うならそうする。

 しかしミーコの慌てっぷりから、それすら許されないらしい。脱兎の如く男へ向かって走る。あんな小さいのに、刃物が怖くないのだろうか。しかし、我々を救おうとしているのは確かだ。


『何度言わせるんだっ! ミーコッ!』

 ポカンとしている団員達に男が叫ぶ。そしてミーコにもだ。

 ミーコは男の横を走り抜け、奥に引っ込んでいた。何だ。別に自分達を助けてくれるんじゃないのか。そりゃそうだよね。あんなに小さな子が、見ず知らずの自分達のために命を張ってくれるとは。


『ご主人さま、コッチを使って下さい』『んん?』「うひっ!」

 何とミーコが持って来たのは牛刀だった。肉屋でも開く気か。

 驚く団員達もそうだが、『別に良いジャン』な顔の男の腕をペシペシと叩いている。絶対にコッチを使えってか。


『それ、砥いだばっかりなんですからっ!』『じゃぁ良いジャン』『ダメですっ! どうせ汚いモン切るんでしょ?』『酷いなぁ~』

 渋々降ろした出刃包丁をミーコは奪い取ると、そこに牛刀を握らせた。出刃包丁は大事そうに抱えながら再び奥へ。

 団員達は、二人が何を言っていたのか解らない。それでも知らない方が幸せだろう。気になるのは男を睨み付けるミーコの目付きだ。

 今までで一番怖い。ある意味『殺意』を感じる。まるで、釣って来た魚を台所で捌いたときのような妻の目に、そっくりではないか。

 いや、アンタも『仕切り直し』じゃないから。『コホン』も要らない。申し訳無いが、アンタからは全然殺意を感じないんだよねぇ。

 奥からミーコが戻って来た。牛刀を水平に持つ横を素通りして。


「いつまで居るんですか。早く外に出て! 本当に殺されますよ?」

 言いながら今度は、遠慮なく団員達を押し始める。凄い力だ。

 一番玄関に近かった男は、押された勢いで後ずさりしてしまう。


「いやいやまだ大狼が……」「誰がでっかいの持たせたのよ……」「言訳は通用しないんでっ! 大体何も知らないんだから、ご主人さまの言う通りにしときゃイイのよっ! さぁ早くっ! 出て出て」

 包丁の件では許せないが、それ以外では男を信じているのか。

 そこまでミーコに言わせる男とは一体。団長はミーコに押されながら男を見たが、男が一歩を踏み出したのを見て自ら外へ。


『ウォォォオンッ!』「コッチ見んな!」「ひぃぃ食われる!」

 男の姿を見つけたからだろう。大狼がコッチを見て吠える。

 足を留めておきたいが、ミーコに急かされて歩くしかなかった。ミーコだって『こんなこと』はしたくない。

 寒いから早く家に戻りたいし、それに男は、どうせ玄関を開けっぱなしにしているに決まっている。切れたときは大体そう。

 ほらね。右手に牛刀、左手に灯り。どうせ『両手が塞がっていた』と、言い訳するに決まっているのだ。だったら足を使え足を。

 ミーコが苛立つのも致し方ない。男が怒ると、見境なく当たり散らすのだから。村長もそうだが、周りはご機嫌取りに苦労する。

 当然、誰も止めることなんて出来ない。ミーコを含めて、今は。


『納屋に押し込んどけっ!』「ハイハイ。こちらですよー」

 大狼は大人しくしている。座っているから巨大に見えたのだ。

 見たくはないが、どうしても見てしまうのが人間の心境か。団員達は大狼の前に『鹿らしき動物』が転がっているのを見た。

 良く判らない。多分『鹿』だ。頭に見覚えのある枝分かれする角があって、いや道路標識のように『実は逆です』とか言われても『知らんがな』ってのは良くある話で、記憶と実際は違うかもしれない。

 しかし鹿である。体は有り得ない程ぷっくりと膨れているが。一瞬『妊娠している?』とも思ったが、それは即座に否定。全体的にふっくらと丸みを帯びた体型であったからだ。張り裂けそう。

 しかし観察している暇は無い。納屋へと押し込められる。

 ミーコも一番最後に入って来ると、入り口を閉め閂を掛けた。

 団員達は『狼は火が苦手』の記憶を頼りに、暖炉の前に陣形を作っていた。だれも抜刀なんてせず、手は暖炉か口元のどちらか。

 ミーコが木箱を蹴っ飛ばして壁際に押しやるのを見ているだけだ。何をしている? 鎧戸を開けて、外を見ようとしているのか。

 しかし、背が低くて届かないようだ。団員達は顔を見合わせる。


「何か見えるの?」「シッ!」「ホラ、これで良く見えるでしょ」

 ジャックが持って来た木の箱に遠慮なく乗って、ミーコが外を指さす。男達も外を見れば、丁度大狼の口が見えたではないか。垂れるヨダレに手が触れて『きったねぇ』とのたまう男の姿も。

 いやぁ、木の板一枚であるが、何となくココが『安全地帯』にも思えるから不思議だ。ミーコと同じ窓から覗ききれない団員達が、隣の鎧戸を開けて外を眺めている。でも、ちょっと角度がある感じ。


「あれは鹿かね?」「えぇ」「随分太った鹿なんだねぇ」「でしょおぉ?」「この辺に住んでるの?」「えぇ。良く居ますよ」「そう。何て言う鹿?」「えっ? いや鹿は鹿ですけど?」「んん? この辺に居る鹿は、みんなあんななの?」「違うに決まってるじゃないですかw 鹿がみんなあんな風になってたら、大変でしょwww」

 団長は首を捻る。この辺は『小さい子』ということで仕方ない。

 だから質問を変えることに。偶蹄目鹿科鹿属の次。種を聞けば。


「あれは『河豚鹿』って言うんです」「フグ?」「えぇ。河豚鹿」

 ミーコが指さした方向に男もいるが、当然鹿の方に決まっている。

 男が鹿の後ろ足を縛り、それを握って歩き始めた。なるべく引き摺らないよう持ち上げているか、それでも頭の方は致し方なし。

 何が始まるのかと見ていれば、今から血抜きでも始めるのだろうか。使い込まれた感じの解体台に吊るす。隣に灯りも。


「見てて下さい? スパッとやりますから」「スパッと?」「えぇ」

 目をキラキラさせて振り向いたミーコだが、見逃すまいと外を。

 団長始め別にどうでも良いが、これから鹿を捌くらしい。いや、特段珍しいことでもない。我ら『近衛騎士団』は普段やらぬだけ。


『まぁ、ちょっと待てって。離れてろw』『クゥウゥゥン』

 牛刀を持った男が、大狼の鼻っ面を押さえて後ろに下がらせる。

 良く平気だな。食われる心配は無いのか? ならば飼ってる? 疑問が尽きない団長は、思わずミーコに問う。


「野生なんだよね?」「えぇ。時々こうやって、餌を持って来るんですよ」「んん? 餌を?」「そうですよ。あっホラ行きますよ!」

 ミーコは団長の方を一切見ない。メモを取り出す代わりに、目で記憶しようとしているのか。大きく目を見開いている。


『スパンッスパンッ!』「ここから良いトコですよ!」

 確かに『今の剣捌き』は見えなかった。いや『包丁捌き』か?

 鹿の首から血が。首の皮一枚で繋がっている。そして腹が縦に割かれているのに、内臓が出て来ない。実に絶妙な捌きではないか。


「今のを見ろって?」「何を言ってるんですか。これからですよ」

 男の剣、じゃなくて包丁捌きは、特段珍しいことでもないらしい。

 男は牛刀を置いて、大きなタライを二つ取り出した。一つは右。大狼の方に置いて軽く蹴る。もう一つは反対側へ。こちらは直ぐ足元に置いた。そして置いてあった牛刀を持つと鹿に対峙する。


「邪魔しないで下さいね。ココからが真剣勝負なんですから」

 質問は受け付けない。と、ミーコから先に言われてしまった。

 仕方なく男を見れば、牛刀で内臓を斬り出しては灯りに照らし、左右に振り分けているだけ。一応『何か』を見ているのだが。

 タライに放り込むと『グチャ』って音がする。


『ホラ、カイエン。、こっちは食って良いぞ』『ガツガツガツ!』

 放り込まれたのは小腸か大腸か。細長い物。一部カットして足元のタライに放り込んだ。あっという間に食べ終わった大狼が、そっちを狙って鼻先を伸ばして来る。


『コラッ!』『キャイーン』『また腹壊すぞっ! 待ってろって!』

 一喝して撃退? いや、いま肘で『ドンッ』ってやったよね?

 それでも怒ることなく、大人しく座って待っているではないか。


『おっ! お前ぇ、運良いなぁ。レバー食えるぞレバー。ホレッ』『フーッ! ガツガツガツ』『どうだ旨いか? あっしまった。俺の分も取って置けば良かったなぁ』『フーッ』『ちっ。やらないよってか? 何だよケチ』『フーッ』『一番旨い所だって? 別に良いけどさぁ』『ガルルゥ』『ホント取らねぇってw いやもう舐めんなよ。まぁた風呂入んないと、いけなくなるだろっ!』『フーッ』『後はハツな。まぁココは、いつも食えるトコ。だな? ホレッ』

 どうやら男は、食える所と食えない所を分けているようだ。

 その後も内臓を左右に切り分けると、カイエンが上手そうに食っている。ていうか小さい臓器は、殆ど『舐めただけ』にも。


『旨いトコ終わりだな。ホレッ。肉も食うか? ドンッ』

 ミーコが一息ついて満足そうに頷く。団長は『包丁捌きはこれからでは?』と思いつつ、見ようとしないミーコに質問をば。


『ウォォォオンッ!』「何だっ!」

 突然大狼が吠えて団長が驚く。ミーコは既に窓際から離れていた。

 外では男と大狼の語らい? が始まっている。


『肉はくれるのか? 悪いな。んじゃお前、今日はもう寝ろw 何時だと思ってんだ。夜食なのか? あぁ礼ね。いや礼なんて後で良いんだよ。早い方が良いと思って? 全くお前も義理堅い奴だなぁ。でも解体すんの、どうせ俺じゃねぇかよww ほらもう行けっ!』

 カイエンと男が『会話しているよう』にも見えるが、実際の所は判らない。当然男は、状況によって否定するだろう。

 カイエンは『もうちょっと遊び足りない』ようで、振り向きざまに納屋を覗き込む。前言撤回。『もうちょっと食い足りない』かも。


『フーッ』「うわぁあぁっ!」「コッチきたっ!」「ひぃぃっ!」

 男が苦笑いで走り寄ると、カイエンの口元を叩いている。

 当然、口から漏れ出るヨダレが掛からないようにだ。


『コラッカイエンッ! それは食いモンじゃないっ! 違うって! お前が食い易いように、洗って、皮剥いた訳じゃネェからっ! 帰れっ!』『クゥゥウゥンッ!』『ほらぁ。早く帰らないと、またルナに怒られるぞ? 怖いぞぉ?』『ウォォォオンッ!』『ダッ!』

 カイエンは足早に森へ消えた。やっぱり話が通じているのでは? と、思うが、本人がそれを認めない以上はどうしようもない。

 カイエンの気配が消えると、団員達が再び窓辺に集まった。『もう居ない』のを確認したいのもあったが、特にすることがなく『暇』というのもあるし、男が鹿をどうするのかを見たかったのもある。

 男の方も『窓から見られている』のは判っていたが、別に『手伝え』と言う気もない。鹿を捌くなんて、誰でも出来ると思っているからだ。早く寝ろと思いつつ、暇潰しに協力でもしてやるか。


『スパンッスパンッスパンッ』『ドサドサドサッ』

 牛刀を振り回したと思ったら肉がバラバラになっていた。そんな解体見たことないが、男にしてみればそれが日常なのだろう。

 残った皮を被せ、今日はそこまでにするみたいだ。外気は冷凍庫並みの温度だし、傷んだりはしないだろう。野生動物? 何が来るんだ? ここは大狼の『縄張り』だぞ? 台所かもしれないが。


『また明日燻製にしねぇとなぁ。勿体ねぇし。で、これは焼却っと』

 ブツブツ言いながら、男が別に取り分けたタライを持ち上げた。

 それを直ぐ近くの、三方をレンガで囲ったゴミ捨て場に引っ繰り返す。そしてタライを地面に置くと、軽く蹴っ飛ばして退かす。


『ゴォオォオォオォッ!』「おい、アイツ魔法使いだったのか?」「スゲェ炎じゃねぇか」「今、詠唱してたか?」「団長!」

 団員達は、男の手の先から吹き出す炎を見ていた。信じられない。

 ゴミ捨て場の方に向かっては明らかに過剰な炎で、レンガに当たって上に向かっている形が四角い。更には、一番近い木の雪がたちまち『ドサッ』と落ちた。熱量も凄いのだろう。

 かと思えば、振り返ってタライの方はそうでもない。本人的には『軽く熱消毒』なのだろう。タライが溶けない程度に『ジュジュゥ』とやったら、隅っこの方に蹴っ飛ばした。いやホント作業が雑。


「あれは何をしていたのかね?」「毒の有無を見分けてたんですよ」

 外で熱処理をしている間、団長はミーコを足止めして話を聞いていた。呼ばれても右手で『ちょっと待て』の合図。振り返らない。


「毒のある鹿なんて居るのかい?」「あぁ河豚鹿ってご存じない?」「済まないね。家の近所では見たことがなくて」「そうですかぁ。道理で」「簡単で良いから、教えてくれない? 毒なら問題だし」

 ミーコは頷く。確かにココからの帰り道、河豚鹿を捕まえたは良いが、食って死んでしまっても困るだろう。教えておくか。


「河豚鹿は、寄生虫にやられた鹿でして、凄く美味しいんですけど、死んでしまう程の猛毒があるんです」「へぇえぇ。凄く美味しい?」「えぇ。さっき食べましたよね?」「えっ! あれ?」「そうですよ? この辺でも滅多に採れなくてですね、まぁ家では『カイエンが持って来る』って感じですか」「さっきの大狼?」「そうです。昔『河豚鹿に当たって死にそうなのを助けた』って、ご主人さまが言ってました」「そういう?」「えぇ。それ以来家に『解体しろ』って持って来るんですよ。迷惑な奴です」「はぁ……」「この辺の狼は、『死ぬ前に一度は食べたい』って思ってるらしいですよ?」「そうなの?」「いや、私が知る訳無いじゃないですか」「じゃぁ何で」「結構食って、死んじゃっている個体が見つかるからです!」「随分物騒な森だなぁ。ていうか、そんなに美味しいんだ」「家の村でも、『きっと死んでも良いから食いてぇ』って噂になってますよ」「へぇ……。そうなんだ、ねぇ……。あぁでも、さっき男が解体してたよね?」「えぇ。ご主人さまは、寄生虫にやられて毒化した部位が判るみたいでして、それで安全に頂けるって訳です」「何? 毒の部分って、個体差があるの?」「そうですよ。寄生虫が食い込んだ部分は『食べられる部位』で、食い込んでいない部分が『毒化した部位』なんだそうで」「んん? 逆じゃなくて?」「違います。だから死んじゃうんですよ。良いですか? 寄生虫自体は食っても死なないんですよ」「へぇぇ」「狼はね。人間は死にますけど」「おいおい」「だから寄生虫に食われないよう、防御反応が出ちゃった部位が毒化されちゃってるんです」「そうなんだ」「これを見極めるのが難しくてですね」「それでさっき見てた?」「そうです。河豚鹿捌けるようになったら、カッコイイでしょ?」「いや、カッコイイはどうかなぁ」「カッコイイんですよ。河豚鹿なんて採れた日にゃぁ、もう『お祭り』なんですから!」『おーいミーコッ!』『はーい、ご主人さまっ!』「じゃっ、私行きますんで」「あぁ。貴重な話をありがとう」「いえいえ。明日起こしたときに、『何人生きてるか』を数えるように言われてますんでw」「えっ?」「今日のお肉、私が捌いたんですよ。初めて♪」『ミーコッ』『はい!』「えっ、ちょっと待って!」「じゃぁ失礼します。おやすみなさい」『ギィィィッ』『鍵閉めとけ』『はい』『ガチャッ』「ミーコちゃん?」『ダンダンダンッ!』「もしもし? ちょっと待って! もしもーし!」

 団長が振り返ると、そこには窓辺から離れた団員達が立っていた。

 どうやらお互いに『報告し合う事項』があるようだ。見つめ合う目と目。やるせない思い。どうしてこうなったのか。

 誰を責めるでもない。アルミッド王国の伝統ある近衛騎士団は、異国の地で今『解体の危機』に瀕していた。


『中で何やってんだ?』『別に。ちょっと河豚鹿のことについて聞かれましてね』『ふうん。珍しいのかね?』『みたいですよ?』

 男は肩を竦めた。男がこの森を出ることは余りない。だから実際『珍しい』の意味を測り兼ねている。でも直ぐに気が変わった。


『これでアイツ等、明日まで大人しくしてそう?』『それはもう』『あぁ、それは良かった』『良く言っときましたから』『何だ。随分気が利くな。だったらさっき飯運んだときに、言ってくれれば良かったのに』『何言ってんですか。私は『通訳』なので、言われた以上のことは何も言いませんよ?』『あっそぉ』『そうです。だから言い忘れたとしたら、それはご主人さまの責任です』『そういうこと言うぅ? ミーコちゃん』『何急に『ちゃん付け』なんですか。気持ち悪い』『すいませんねぇ。明日の朝食も大勢さんだけど、よろしくお願いしますねぇ』『ホントですよ。変なときに来ちゃって。こりゃぁお給金、三倍にして頂かないと、やってられませんよ!』『何々? 三倍で良いの? じゃぁ今度村長に言って、予算増やして貰うように言っとくわ』『ちょっと、何でそこで村長出て来るんですか? ご主人さまのお小遣いから『チャリンチャリン』て、出して下さいよ!』『えぇえぇ』『無いんですか?』

 母屋の玄関に辿り着く。ミーコの予想通り、玄関扉は開けっ放しだった。なのに男は、その事実に気が付く様子もない。


『ヒューヒュヒューヒュヒュー♪』『ちょっと? 誤魔化さないで下さい?』『あぁ疲れた。酒飲んで寝よっと』『あっ、まだ隠してあるんですか? ちょっ何処? 私が怒られるんですからねっ!』

 ミーコは玄関から居間に掛けて、隅々を覗き込む。男が酒瓶を隠している場所は何処だろうかと。ここも違う。こっちも違う。


『何でミーコが怒られんの』『奥様に頼まれたからに決まってるじゃないですかっ!』『えぇえぇ? 俺頼んでないんだけど』『頼んでなくても頼まれてるんです!』『ナニソレ』『関係無いでしょ!』

 男は指さされて『へいへい』だ。別に構わないから。

 この時間、玄関扉に鍵を掛けたからには、どうやら奥様は現在外出中らしい。お手伝いにミーコが呼ばれたのだろう。

 しかし男も災難である。羽根を伸ばしてのんびりしていたら、突然の来客に見舞われるとは。人間が十二人に、大狼が延べ二匹。しかも全員が『飯目当て』と来たもんだ。金取るぞ金っ!

 奴ら自分で使った皿も洗わず『食っちゃ寝』しやがって。あっ、そこは自分も同じか。これ以上は黙っておこう。はっはっはっ。

 さっ。寝よっと。


『寝床はハンモック吊るか?』『良いですよ。床で寝ますんで!』『何怒ってんの。あっそぉ。じゃぁ酷い寝返りで火事出さないでね』『ちょっと。私の心配は?』『えっ何で? 火あぶりでも死なない癖に?』『死にますよ! 馬鹿にしないで下さい?』『別に馬鹿になんかしてないでしょ。事実でしょ』『あっ、何か寝返りしたい気分になってきました。疲れたからゴロンゴロンしたいなぁ』『分かったよ。じゃぁ毛布出してやるよ』『ありがとうございますぅ。じゃぁってことで、じゃぁ、熊の毛皮で良いですぅ』『熊ぁ? 贅沢言いやがって。狐で十分だろ』『あぁ肩凝った。四十肩かなぁ。若いのに』『煩ぇ煩ぇ! 今持って来てやるから。持って来りゃイイんだろ!』『そんなに面倒なら、寝室に入れて下さいよっ!』『それはダメェ』『ケチッ!』『熊の毛皮かぁ。壁ので良いか』『バタンッ』『ちっ』

 何がケチなんだか。しかし男が寝室に誰も入れないのは事実。

 掃除にだって入れさせないし、病気のときは……。何とかは風邪ひかないって言うのは事実らしい。この辺の冬は厳しいと言うのに。


 冬の朝は冷える。ミーコは底冷えを感じて起き上がった。

 熊の毛皮はなかなか良い感じだ。今度から『お泊り』するときは、コレを要求しよう。フフフ。転んでもタダでは起きん。

 熊を丸めて隅へ。消えてしまった大炉の火を起こすため、灰を掃除。灰の掃除口があちらこちらにあって、まだ暖かい。

 そう言えばこの『大炉』は、別名『ペチカ』とも言うらしい。

 昨日ご主人さまが『丁度良い』と言いながら、何やら上機嫌で歌っていたが、結論から言えば歌の通りには全く成っていない。『丁度良い』とは一体。さて、後は裏から薪を持って着火だ。

 直ぐに温まったら大炉のコンロに鍋を置いて、朝食の支度だ。


「ご主人さま、起こさないと。の前に、下の女達か。やれやれ」

 ミーコは床下収納の蓋を開ける。そして、昨日酒瓶を抜き取ったのと、反対側をガサゴソやり始めた。『ガコン』と音がした後は、ゆっくりとジャガイモを横にスライドさせて行くと梯子が。

 まぁ、男達は外から鍵掛けたし、昨日の今日だ。納屋から出ては来ないだろう。女二人も、今は大人しくしていそうだ。


「おはようございます。おや、もう起きてましたか」「話して?」

 ミーコは梯子を降りながら声を掛ける。するとエスティは、既にベッドの横に腰掛けていた。小さい声の問いにミーコは頷く。


「大丈夫ですよ」「あぁ。おはよう。姫、ミーコさんですよ」

 普通の声に戻り、姫に優しく声を掛ける。すると頭からすっぽりと被っていた毛布がゆっくりと下に。片目にミーコを確認して、やっと毛布から顔を覗かせた。薄暗いが、昨日より血色は良さそうだ。


「おはようございます。昨日はお世話になりまして」「良いのよ。まだ寝てて」「姫、寒いですから。お言葉に甘えましょ」

 少しだけ起き上がった姫だが、二人に押し切られて再び横に。

 エスティーは過保護なのか。少々乱れた毛布を真っ直ぐにして、姫の胸をポンポンと叩く。そうすると姫も安心したようだ。


「今、火を起こしましたので、直に暖かくなって来ますから」「それは済まない」「良いんですよ。ご主人さまが寒がりなだけなんで」

 ミーコが指さしたのは真上であるが、三人共笑っている。だったら『こんな場所に住まなきゃ良いのに』と思ってのこと。

 きっと男が聞いたら、グダグダ言うに決まっているのでナイショだ。ミーコは昨日、食事の世話をしながら二人と仲良くなっていた。まぁ『女同士』というのもあろう。男に対する皮肉も込みで。

 ちょっと『先輩風』を吹かしてはいるのだが、それは目を瞑ろう。


「朝食は納屋の団体様を先にします。早く出て行って貰うのにね」「姫のだけでも何とかならないか?」「エスティ、私大丈夫よ?」「でも」「うーん。もし『余分な支度』を見られると、困るから」

 姫は昨日、スープをちょっとしか食べてはいない。あとは体を温めるのに飲ませた白湯だけだ。お腹は減っているだろう。

 しかしミーコが言うのも良く判る。昨日だって何だかんだ言って、母屋に押しかけて来たのだ。今日だって、また来るかもしれない。


『グゥゥゥゥッ』「ちょっとエスティったら。うふふ」「なっいや」

 腹の虫は正直なようで。ベッドの方から聞こえたではないか。

「あれ? 昨日しっかり食べたはずなのに?」「す、すまん。いや、いつもこの時間は、既に訓練を終えている時間でな……」「ふふっ」

 この際『音の主』は詮索せぬ。まぁ昨日、団長に踏み込まれたときでなくて良かったとしておこう。ミーコが立ち上がる。


「後で果物でもお持ちしましょう」「あら。良かったわねエスティ」「えぇ。有難く頂戴する。が、こんな季節に果物が?」「乾燥した奴です。ガジガジかじって下さいw」「成程。姫の好きなのがあったら良いですねぇ」「あら、ドライフルーツは、エスティの方が好きじゃなかったかしら?」「横取りダメですよ!」「そ、そんな!」

 顔を真っ赤にしながらエスティは否定する。少し笑っていた。

 エスティは思う。朝の挨拶が『あの男』だったなら、こんな和やかにはならなかっただろう。事実を淡々と説明し反論は許さない。

 大体言葉が解らなくとも、言わんとしたことを全く汲み取ろうとさえしないのは、如何なものか。相手に対する敬意が感じられない。

 子供の方が、まだ対応がまともではないか。言葉も通じるし。


「あっ、ご主人さま」『何開けてんだっ! 閉めとけっ!』

 噂をすれば何とやらだ。いつの間にか男が来ていた。

 相変わらず何を言っているのか判らないが、ミーコが怒られているのは判る。だって下を見て『ごめん。閉めるわ』の仕草。

 そしてミーコがそっと蓋を閉じようとしたときだった。


『あっやっぱトイレ。邪魔』『何すかもぉ』『お湯沸いてんぞぉ』

 トイレは地下にある。押し出されたミーコが文句を言うも、男は顎で大炉を指した。コンロに乗せた鍋の蓋が、カタカタ鳴っている。

 だったら『鍋を少し横にずらす』とかすりゃ良いものを、事実を伝えただけで自分は何もせずか。ミーコはしかめっ面で振り返ったが、見えたのはケツを掻きながら梯子を降りて行く姿だ。正直『見るんじゃなかった』と思うのみ。

 何で今日に限って起こす前に起きて来たのか。

 そんなの決まっている。どうせ寝室に隠してあった酒を、たらふく飲んだのだ。そうに違いない。つまみは何? 食料減ってない?


『あぁ、起きてたのね』「……」『寒く無いの?』「……」

 梯子を降りて来た男に、エスティは文句を言いたかった。しかし言えない。黙って眼飛ばしていただけ。そんなエスティを、男はエロイ目で見ていた。いや完全に『エスティの主観で』だが。

 しかしエスティの予想は、強ち間違いではなかろう。身に纏っているのが『ネグリジェ』だから。しかも両肩が露出していて肩紐まで無いタイプ。油断していたら『ストン』と落ちてしまう所を、胸があるからそこで辛うじて留まっているような。姫にはまだ無理。

 いや自慢している訳じゃなくて、事実を伝えているだけ。


『おはよう……』「!」『おっ。おはよー』「!」『寒くない?』「?」『はい』「!」『一緒に寝てりゃ良いのに。ねぇw』「?」

 姫が毛布の下から顔を出していた。端を両手で握り締めたまま。

 そこで頭をコクンとやって挨拶。すると梯子を降りながら、エスティ主観で変態顔だった男の顔がパッと笑顔に。そのまま一言二言言葉のキャッチボールをすると、男はエスティを指さして行った。

 正確には『エスティを指した指』を横に振り、『姫が寝ているベッドと交互に』だが。呆気に取られている内に、今は男のケツを掻いている。いや見るんじゃなかった。トイレは角を曲がった先。


「そうしましょ?」「いや姫、何をどうするんですか?」

 エスティは慌てる。姫が両手で掴んでいた毛布を跳ね除けると、その両手をエスティーの方に差し出したからだ。笑顔が可愛い。

 何だか久し振りに『おねだりされている』ようにも思え、エスティは戸惑うばかりだ。確かに昨晩は、寒くてちょっとだけ一緒に寝た。

 男がこんなエロい『これ殆ど下着だろっ!』てな寝間着を寄越しやがるから。姫に着せる訳には行かないから自分が着ただけで。

 いや『胸で着るタイプ』って知ってたら、裸の方がマシ……でもないか。兎に角『これ着ろっ』て言われたら着るしか無いでしょ。


「姫、男の言うことが解るんですか?」「えぇ少しだけ」『ブッ!』

 会話中の二人はトイレの方を見た。別に何も聞いちゃいない。

 エスティは近年稀に見る酷い顔。それを見た姫は、笑いを堪えるのに必死だ。すると『自分が笑われている』ように思えてエスティは元の顔に。誤魔化すように咳払い。だから何も聞いていないって。


「今のは?」『プゥウゥッ!』「何語なんですか?」「フフフッ!」

 姫は可笑しくて仕方がない。もしかして『今の質問』に答えなければいけないのだろうか。それは、王族にだけに伝わる『秘密の言葉』で? いやエスティに言ったとて、果たして通じるだろうか。


「やかましいっ!」『何だっ! 煩いぞっ!』『ジャーッ!』

 煩いのはどっちだ。響き渡るような音出しやがって。

 大体、トイレは水が流れっ放しなのだ。『小』なら流す必要さえない。だったら何を出したのだ? 姫の目の前で。不敬なっ!

 すると男が、ズボンで手を拭きながら戻って来た。何てことはない。手を洗うために『大』を操作したに過ぎない。だってこれから、朝食の支度を『手伝うつもり』でいるのだから。

 それは『どうだ偉いだろう』と、態度にも現れている。いや単に『スッキリした』かもしれないが。笑顔で梯子に手を掛けた。


『飯は、もうちょっと待ってな』『はい』『納屋の奴ら、飯食わしたら直ぐ追い出しちゃうから』『はい。お願いします』『また後で』

 まただ。男は姫を狙っているに違いない。エスティ主観で『ニヤニヤ』しながら行ってしまった。あの指は何だ? 手の動きは?

 姫は笑っているが、何も判らないではないか。


「男が言っている言葉が判るのですか?」『ミーコッ!』「フフッ」

 どうも話が進まない。エスティが上を指した瞬間、男の声が。

 声もだが、足音もデカいのだよ。自分の家だろうが、もうちょっと『他人に気を使え』と言いたい。自由過ぎるだろうが。


「今のはミーコちゃんを呼んでますね」「勘弁して下さい。今のは私にだって解ります」「あら。それじゃぁ、こちらに来て頂ければお教えしますよ?」「からかわないで下さい」「からかってなんかいませんよ。ご主人さまは『寒いから一緒に寝てろ』っておっしゃったんです。ね?」「ホントですかぁ?」「ホントですよぉ。さぁw」

 姫は両手を伸ばして笑っている。ここぞとばかりに。

 エスティは困った。『隣に来ないと一切説明しないぞ』の圧が凄い。渋い顔をしても、姫は笑うばかりで手を降ろさない。寧ろ首で『来い来い』と更に圧を掛けて来るではないか。


「姫。今は人形も絵本も、何もありませんよ? それでもなら」

 諦めて姫の求めに応じることに。エスティがベッドに腰掛けると、姫が奥にずれる。まさかエスティも、毛布を被って寝る訳にも行かず、半身で起きたままに。すると奥に行った姫が、エスティの胸目掛けてやってくる。エスティは姫を抱き抱えると、一緒に毛布にくるまった。確かにこれなら寒くない。姫の上目遣いと目が合う。


「さぁお話下さい。男は何と言っていたのですか?」「こうしろと」

 笑いながら毛布の下でエスティを抱き締める姫。凄く嬉しそうだ。

 エスティも悪い気はしない。王宮では『いつ見つかるか』と、常にドキドキしながらであった。今は、そんな心配無用であるが。


「それは伺いました。それ以外は?」「えーっとですね。近衛の方々に朝食を振舞ったら、早々にお引き取り頂くそうで」「そんなこと言ってたのですか?」「えぇ」「あの男が?」「えぇ勿論」「……」「ご主人さまは、私達の味方でいらっしゃいます。きっと大丈夫!」

 いや、ケツ掻きながら言う口振りじゃないだろう。きっと姫が『やんごとなき翻訳』をしているに決まっている。

 しかし納得が行かないのは、姫が男を『ご主人さま』と呼称していることだ。エスティが姫を『ご主人さま』と呼ぶことに何の躊躇いもないが、姫がそう呼ぶのは正直止めて欲しい。

 姫はミーコと違って、雇われている訳でも、ましてや奴隷にされている訳でもないのだから。いや、あの二人の関係も良く判らん。

 いや『村長』ってのが居るのだとしたら、少なくともあの男は、『村長より下』になるではないか。一般市民も良い所だ。


「エスティにだって『寒くないか?』って、おっしゃってたのよ?」「そうなんですか?」「えぇ。そこに座ってたら、寒いだろうって」「それでですか。他には?」「えーっとぉ。また伺います。かな?」

 まるで、初めて覚えた外国語が『ちゃんと通じた』と、喜んでいるようにも思える。確かに『表敬訪問用のスピーチ』を練習したこともあったが、日常会話レベルまで勉強した記憶は無い。

 必要無いからだ。専属の通訳が付くし。いや待て待て。


「そもそも『何語』なんでしょう? エステラント語ではない?」「そうね。エスティは知らなくて当然よね」「おや、では聞かない方が?」「うーん」「申し訳ありません。忘れて下さい」「待って」「いや、いけません」「良いのよエスティ。もう良いんじゃないかなぁって、今思ったから」「そうですか?」「えぇだから聞いて?」

 姫はエスティを安心させようとしているのだろう。エスティの目を真っ直ぐに見て優しく微笑む。エスティは頷くしかあるまい。


「王族だけに伝わる『古代語』なの」「えっ!」「宝物庫に収蔵されている本が古代語で書かれていて、王族は皆、勉強するのよ?」「ちょっと待って下さい。今のは、聞かなかったことにします!」「だーめっ! 今のは『古代語』デース!」「聞こえませーん!」『サイタ サイタ サクラ ガ サイタ』「何ですか? それ?」「最初に覚える呪文。何だか判らないのw」「いや知りませーん」「ちょっと聞いてよぉ。次はねぇ」「アーアー。本日は晴天なり」

 隠れているのを忘れている? 少々声が大きくなっていた。

 と、そこへ『足音』が。二人はキュッと体を寄せ合う。

 二人の顔に昨日までの恐怖は無い。もし贅沢を言う権利があるなら、梯子を降りて来るのが『ミーコ』であって欲しい。


「楽しそうね」「ごめんなさい。ちょっと声が大きかったかしら」

 良かったミーコだ。エスティが直ぐに謝る。姫も頷くと、梯子を降りて来たミーコと目が合った。ミーコが笑顔で手を縦に振る。 


「大丈夫よ。今、おっさん達に飯配って来たトコだから」「そう」「ご主人さまも居ないし。で、はいこれ。干し柿持って来たから」

 ミーコが首を伸ばし覗き見る。確かに足音は一つだったし。先ずはひと安心。世の中全ての男は敵だ。何人たりとも信用出来ない。

 が、ミーコが持って来た物なら信用出来ようか。差し出された籠に、真っ先に手を伸ばしたのは姫の方だ。毛布を跳ね除けて。

 いやいや。毒見がまだなんですけど。あっ、もう食べちゃった。


「これ凄く甘いっ! 頂きます」「姫、順序が逆」「良いのよ別に。お腹減ってたでしょう」「えぇ」「下の方に干し葡萄もあるから」

 二人分のデザートにしては量が多いような。エスティは頭を下げた。するとミーコが手を横に振り、逆に申し訳なさそうではないか。


「ちょっと『おっさん達』を、村に送らないといけなくなっちゃったから、しばらーく掛かりそうなのよ」「山に追い返すんじゃなくて?」「ご主人さま冷たいから、最初はそれを提案したんだけど、何か泣き付かれちゃってねぇ」「奴なら有り得る」「でしょぉ? 情けないよねぇ。だから、昼過ぎまでココで待っていてくれる?」「ココ? 地下で?」「そう」「判ったわ」「でもぉ」「あぁ、火消したけど、暫く暖かいと思うから」「大丈夫よ。寒く無いから」「そうね。随分あったかそうじゃん?」「姫ったら……」「フフフ」「じゃぁ、私『火消して来い』って言われただけだから、直ぐ戻らないと。あぁ、トイレはあっちね」「はい。凄い音しましたよね」「あぁ、さっき凄い音したもんね」「えぇ。フフフッ」「笑いごとじゃないですよ。臭わなかった? 大丈夫?」「えぇ。大丈夫です」「でも、暫く近寄んない方が良いかも。ご主人さまのくっさいから」

 何か最後に『重大な個人情報漏洩』があったようだが、ミーコは鼻を摘まみ、笑いながら行ってしまった。天井の蓋が閉まる。

 地下室は再び真暗になってしまった。それでも別に、なんら問題は無さそうだ。耳を澄ませば笑い声が聞こえるし。

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