第四話 駆け引き
『じゃぁ、俺も飯食うから行くけど、納屋から外に出ないでくれよ』
「じゃぁ、コイツに飯食わせるからもう行くけど家の外に出るなよ」
「何かコイツ呼ばわりしてんぞ?」「きっと怒らせたんだよw」
男は確かに自分を親指で指した。それを翻訳するミーコが真似るのも判る。が、しかし。ミーコが親指で指したのは男の方だし、回数は倍だし、それでいて聞いた奴らが頷きもせず笑っているのだが。
『通じてんの?』『大丈夫ですよ』「判りましたか?」「ハイッ!」
ミーコの顔が『ほらね』だ。ならば信じることにするしかないか。
すると、早々に食い終わった奴が手を上げた。質問だろうか。
「トイレは何処ですか?」「お前、食ってる奴も居るんだからw」「そうだよ。せめて『花摘み』とか言えよww」「そんな風に言って、通じるかどうか知らんけどなw」「だろぉ? だったらしょうがねぇじゃねぇか。取り敢えず通訳居るときに聞いとかないとw」
良くない質問なのだろう。ミーコが『コイツ等ァ』な顔をして突っ立っている。そりゃぁこれだけガヤガヤしてしまっては、聞き取るのだって大変だ。男は心配しつつ翻訳されるのを待つ。
『便所どこ? だそうです』『えっ、腹でも壊した?』
男が気にしたのは『糞する場所の言い方』ではなく、糞の方だった。そりゃそうだろう。この場合『調理責任者』は男なので、もし食中毒でも出してしまったら面目ない。
騒ぎを聞きつけた保健所が乗り込んで来て、『食品衛生法第六条違反の疑いが濃厚です。本日付で同法第五十八条に基づき、営業停止を命じます』と言われてしまうことは確実。実にヤバイ。
大体だね、色々あって一昨日綺麗にしたばっかりなのに。このままでは同法第六十条の『営業禁止』もチラつくではないか。
『違うでしょ』『違うの? あぁ良かった』『何焦ってんですか』『別に? 何もw。あぁ便所はね、外に出て川の方。ぼろいけど一応水洗だから。ウォーラ・クロゼッ。アーンチュ?』『は?』『いや、訳して訳して』『何ですか? 今のは』『何でもイイっしょ』
ちょっと調子に乗ってしまったと反省する男。誤魔化すように外を指さした。にやけながら、もう一度話し直すことにする。
『便所はあっち』「糞するなら川で」『紙は無いぞ』「手で拭けよ」
飯を食ってる奴が渋い顔をしたので、男は『通じた』と確信する。
最初に質問したデイブが凄く責められている理由は良く判らない。
騒ぎが大きくなってしまったので、伝えるのを忘れてしまったが、紙は母屋にあるので後で持って来ても良い。今すぐの奴は知らん。
一旦は川の水ででも洗ってくれ。忘れてなければ持って来てやる。
『あぁそれと後、庭にある温室とかには、絶対に入らないでくれ』
ミーコを見て『翻訳ヨロ』のつもりだが、ミーコの顔は『?』だ。
『庭に生えてるモノは勝手に触るな。勝手に採って食うな。良いな』
これならどうだろう。最後の『良いな』までちゃんと宜しくな。
「庭に生えている草は、絶対に触るな。絶対に食うな。良いぞ?」
「何? 食って良いって言われたら、食って良いの? 木の実は?」
『だそうですけど』『いや判んねぇだろ。ちゃんと訳せよ』『えーっと、食って良いって許可が出たら食って良いのか? だそうです』『いや、ぜってー許可なんて出さねぇから。絶対に食うな』『はい』『……』「……」「えっ何?」『いや、訳せってw』『あぁw』
やっぱりミーコの翻訳に頼るのは危険だ。チョット難しいと直ぐにフリーズしちゃうから。日常会話が良いレベルだ。
「採るのも食べるのも許可しない」「何? 毒だから?」『毒だから? だそうです』『違うよ。研究用だからだよ』『けんきゅー?』『えぇ。じゃぁ実験?』『じけん?』『それじゃ事件だろ。あぁ、それじゃぁ『毒』ってことにしといてくれ』『解りました』
ほらね。専門用語の前段階でも語彙不足は否めない。この際、仕方ないが、兎に角『食われないこと』が絶対優先だ。
「毒ってことにしてるから、絶対に食わないこと! だそうです」「成程。食って良いのか」「食ったら美味いんですね!」「お嬢ちゃん食べたことあるの?」「えぇ。私が収穫する係なので。美味しいですよ」「へぇえぇおじさん達も是非食べてみたいなぁ」「ワハハ」
意外な方向に流れが出来てしまったが、ミーコは一応は訳したし、特に問題はないと思っている。だって、今朝だって収穫したばかりだし、今の料理にだって、一部は使われているのだから。
『ちゃんと訳した?』『えぇ。そのまま伝えました』『ありがとう』
ヨシヨシ。これでコイツ等は明日まで納屋に缶詰で、朝飯食わせたら出て言って貰おう。怪我も直ったようだし歩いて行けるだろう。
男は満足して頷くと、ミーコと一緒に納屋を出た。残った問題は、先に運び込んだ二人の女である。特に女騎士の方が面倒臭そうだ。
『二人は大人しくしてるか?』『えぇ。今の所は』
男の問いに、ミーコはぶっきらぼうに答える。男が女二人の面倒一切をミーコに丸投げしたからだ。しかし男も『この家の主』である。今の報告は聞き捨てならない。もっと具体的な情報が欲しい。
『何だよ。今の所はって。ずっと大人しくしてろって言ったの?』
常識に照らし合わせて、現状を説明する機会と時間は十分にあったはず。多分『追手』と見られる奴らが、直ぐ目と鼻の先に居るのだから。ココに殴り込まれて来られても困る。良い迷惑だ。
『それはご主人さまの役目なんじゃないですか?』『俺かよ。面倒臭ぇ』『私だって同じですよっ!』『うそぉん。女同士ジャン』『関係無いでしょ! 私もう寝ますよ? 良いんですか?』『御免御免。悪かったからもうちょっと頼むよ』『ファァァ。何か眠いなぁw』
母屋に戻るまでに作戦を。と思ったが、それ所じゃなかった。
ここでミーコに寝られると、一番面倒臭そうな女騎士とのやり取りに難儀することは確実だ。しかし『ミーコのご機嫌取り』もしたくない。ここはシレっとすっ呆けて、やり過ごすしかない。
まぁ、新しいパンツの一枚でもやりゃぁ、機嫌を直すだろう。
『ギィィッ』「誰だっ!」「私です。ミーコです」「いや、合図が無かったから……」「あっ、すいません。ご主人さまが勝手に開けてしまったので」「……解った」『よいしょっと。何だ。いきなり険悪な雰囲気だな。何て言ってんだ?』『私を襲う気だなって』『襲わないって言っとけ』「あぁ、済まないって言ってます」「そうか」
男は明かりを天井に吊るして辺りを見回した。ここは地下であって地下でない。半地下って所か。勝手口はあるのだが、今頃雪に埋もれているだろう。故に、今降りて来た梯子が唯一の出入口だ。
まぁ『訳有り』な奴らを匿うには、十分な広さがある。内風呂があって、作業机があって、簡易ベッドもある。全部一つづつだが。
男は作業机の椅子を持って来ると、女騎士と距離を開けて座った。
姫とやらはまだ寝ている。作業机に置いてあった食事だが、一つだけ手を付けた感じ。少しだけ減っている。もう一つは手付かずだ。
『食わないのか?』「食事は?」「大丈夫だ」『今食え』『えぇ、それも訳すんですか?』『そうだよ。誰が皿洗うんだ』『そう言う理由ぅ?』『良いんだよ。自分の立場ってのを判らせてやれっ!』
女騎士は怯えている。男が何を言っているのか全然判らないから、というのもある。何しろ自分は目の前の男に担ぎ込まれたのだ。
しかしそれ以上に重要なのは、今の恰好である。鎧は全て外されて『武装解除』な状態に。おまけに女物の服まで着せられて。一見してもう『女騎士』には見えぬ。一人の女だ。
それに、さっきまで優しく面倒見てくれていたミーコが、何だか叱責されているようにも見えて、気の毒でならない。年は姫よりも下だろうに。この男の召使いなのだろうか。又は奴隷か?
「さっさと食べろ。だそうです」「えっ、今か?」「はい」
すると女騎士は『挨拶からだろう』と思いながらも一口食べる。
冷めてはいるが相変わらず美味い。暖かい内に毒見はしたが、それっきり。主人である姫が寝ている内に、バクバク食う訳にも。
『食事しながら聞いてくれ』「食事しながら聞いてくれ」
男にしてみれば『二人の身元』なんて、正直どうでも良い。
聞いた所で『あっそ』で終わりだし、その後に協力を求められても困る。ちょっとの間匿うのは構わない、この関係は出来れば無かったことにしたいと思っている。お礼? 褒美? 要らんわ!
自分が今やりたいのは、こんな『人助け』じゃない。
『アンタの追手と思われる奴らが、家の納屋に泊っている』
ふんぞり返って納屋の方を指さした。如何にも迷惑そうに言う。
すると勘が良いのか『ガタッ』と身構えた。しかし手にしているのは『スプーン』である。何も出来やしない。
『大人しくしとけ。その体で何が出来る。良いから早く食え』
「早く食べろ。だそうです」「……。ガツガツ。ガツガツ」
悔しそうに食べ始めた。貴族として、姫の護衛として。掴まれば拷問や自決も覚悟していたのに、なんだこの仕打ちは。これではただの『遭難者』ではないか。いや『そうなんですよ』じゃない。
『上の連中は、明日には出て行って貰うから安心しろ』「上の人達、明日には出て行く。安心しろ」「……(フンフン)ガツガツ……」
本当に食べながらとは。女騎士は早く食べて『事情を説明したい』のだが、いや具が多過ぎてなかなか食べ応えがね。ナニコレ。
『そっちのお嬢ちゃんの体力が回復するまで、あと何日か掛かるんだろうし、アンタもその足じゃ歩けないだろうし』
男の顔に、伝説の勇者『表情豊』が降臨していた。口を横に引っ張ったり、への字に曲げたり。その上で姫と女騎士を順番に指さす。
「お姫様の体力が回復するまで。騎士様が歩けるようになるまで?」
ミーコの表情は硬い。訳したものの、説明として不十分だったか。男の顔を見て首を傾げている。すると男が言い直す。
『暫くは面倒見るが、後は勝手にしてくれ』「暫くは匿う」
そこで女騎士が、最後の一口を飲み込みながら手を上げた。
男は手を前に出し『どうぞ』と促す。すると、お礼なんだか『ごっくん』なんだか、深く頷いた。そして話始める。
「歩けるようになるまでとは?」『歩けるようになるまでとは?』『松葉杖作ってやるから。こーゆーの。判る?』『ワカリマセン』『あっそ……。あー、こーゆーの。判るぅ?』「それじゃ困る!」『困るそうですよ?』「私の義足はどうした!」『義足は? ですって』『壊れてたから捨てた』「捨てたそうです」「なっ……。捨てた、だと……?」「えぇ。壊れてたから?」『ですよね?』『あぁ』「やっぱり壊れてたから、だそうです」「あれが無いと……」
ガックリ肩を落とした女騎士を見て、ミーコが『何とかならないの?』な顔で男を見る。しかし男の態度は余計に悪くなった。
足を組み、いや別に『見せびらかしている』訳じゃないだろうが、今の女騎士にそう取られても言い訳は出来ぬ。その上椅子を前後に揺らしながら、上目遣いで睨み付けたからだ。どういう心境だ。
『いや、アンタの任務が『護衛』だったとしたらよ? ココまで来たらもう良いでしょ。武器も無い。足も無い。それで主人を守れないって時点でお役御免なんだから。ねぇ?』『いや、それ訳すんですか?』『何。真実なんだから言ってあげて?』『えぇえぇ……』
ミーコが女騎士と男を交互に見て困っている。すると女騎士が泣き始めてしまった。意味は通じなくとも、男の口調とミーコの困り顔で全てを察したらしい。現状について一番理解しているのだから。
『兎に角、何があるか判らないから、今夜は何が起きても、物音一つ立てないでね。勿論声も。あぁ、泣くときも今みたいで宜しく』
男は立ち上がった。その顔は『全部話した』である。今の言葉をミーコが訳すのを待つことさえしなかった。
「今夜は、何があっても静かにしていてね。明日考えましょ。ねっ」
寧ろミーコの方が気を遣って訳している。そりゃそうだ。
幾ら片足で丸腰でも、ミーコが女騎士に勝るのは『逃げ足』だけに決まっている。梯子を上り始めた男をミーコはジッと睨み付ける。
『皿洗っとけよ。俺はやることがある』『はぁい』『あぁそうだ。これは要らないな。後、食ったら早く寝ろって伝えて』『……』
男は梯子の途中で天井の灯りに手を掛ける。それを持って行ってしまった。まだ『梯子の蓋が開いている』から良いが、これが閉じたら、ほぼほぼ真暗になってしまう。
床の隙間から、上の灯りがうっすらと零れるばかり。これじゃ暖かいだけマシだが、牢獄と何も変わらないではないか。
『ご主人さまちょっと酷くありません?』『何が』『何がじゃないですよ何がじゃ』『ミーコ。今夜は『その話し』はナシだ。良いな』
皿を洗い終わったミーコが、手を拭きながら居間に入って来た。
同じ『雪山遭難者』の扱いが、女と男で随分と差があったから故の『文句』なのだが、男の真顔を見て黙り込む。
そうだ。もし何らかの弾みで『下に人が居る』とバレてしまったら、面倒なことになるのは判り切っているからだ。
場合によっては家中『血だらけ』になる恐れも。そしたらそれを掃除するのは『誰の役目』かって? そりゃぁ決まっている。
『コンコンッ』「こんばんわっ!」「ご馳走様でした!」『ワッ!』
叫んだのはミーコだ。年甲斐もなくと言うべきか、ちびっ子だから年甲斐と言うべきか。はたまた年甲斐もなくじゃないと言うべきか。日本語は難しい。この場合、正しくは年相応。なんでやねん。
そう思った男もしかめっ面。明らかに文句を言いたそう。いや、これは言うだろう。ミーコに『来い』と手招きしている。
『納屋から出るなって言っただろうっ! 食われても知らんぞ!』
「いやぁ、実に美味しかった。まさかこんな季節に、こんな山奥で、こんなに美味しい手料理を出して頂けるとは。感謝感激雨霰♪」
勝手に入って来たのは、左手に空の籠を持った団長と、両手に鍋を持った副団長だ。いやそんなに籠が珍しいか?
クルンクルン回しやがって、言葉通り随分とご機嫌じゃないか。
普段であれば、籠やら鍋なんか部下に持たせ、自分では持たないであろうに。それをわざわざ『持っている』と言うことは、『そういう役回りを選んだ』と言うこと。当然『中に入る係』って奴。
恐らく他の連中が、既にこの家をぐるりと取り囲んでいる。
男もそれを判ってか、それとも団長の右手には、抜刀済の剣があったからか。大人しく二人を居間に招き入れた。ミーコにも目で合図。
「これ、全部頂いたので空っぽです」「えっ」『受け取れ』『はい』
男に言われ、恐る恐る歩み寄るミーコ。男は椅子に腰掛けた。
溜息混じりにテーブルに肘をつき、足を組む。命乞いをしない所を見れば、実に堂々としているようだが、団長も別にまだ何も脅したりはしていない。玄関先で切先を男に向けたものの、今は部屋を『物色するための道具』になっているようだ。
その間に、ミーコが副団長から鍋を受け取る。皿も食器も全部鍋の中に入っているようで、随分と重そう。受け取ったミーコは邪魔にならないよう、居間の片隅に追いやるのが精一杯。
とても台所で皿洗いに着手など出来ぬ。そもそも『通訳』として活躍せねばならぬであろうし。ほらね。団長と目が合った。
「女を匿ってないかね?」「……」
剣を振り回しながら聞かれても、幼気な少女が何を答える。
男を見たが『黙ってろ』に見えるし。もう一度団長を見た。
「女だよ女。こう、ボインの!」「お嬢ちゃん、通訳して?」
団長がイメージする女をジェスチャーで示す。いや、そんなデカくは無かっただろうと思うが、それは言うまい。何しろ靴の音やら、鍋を置く音やらで、階下のエスティ本人も目を開けていた。
聞き覚えのある声だって、良く聞こえること。つまり今、ここで『大きな声』を出した暁には、上にも聞こえるって訳だ。成程ね。
『女を囲っていないか?』『コラお前、何言ってんだ? 今のは『匿って』じゃねぇの?』『解るんですか?』『解らねぇよ!』「わからないそうです」「何だ『分からない』ってのは」「さぁ?」
どうも『今の翻訳』は、両方とも気に入らなかったらしい。男と団長が睨み合う。すると団長は切先を上に向けた。
別に男に対する安全を確保した訳ではなく、『肩叩き器』の代用品か。言い辛っ。『ぽんぽんあんま』だ。ぽんぽんあんま。
『知らん』「知らないそうです」「そんな訳なかろう」『ポンポン』
団長は嘘だと決めつけている。まぁ迷惑な話『見事正解』なのだがBGMは流れない。男も両手の平を上にして『やれやれ』と言った表情に。ムカつくのは手を降ろしても溜息で、表情はあくまでも『ゆっくり寝てりゃ良いのに』であること。良い度胸だ。
団長は考える。副団長と顔を見合わせた。小さく頷く。
男の身体能力は断片的であるが見て来た。狼を昇龍拳で殴ったり、疾風迅雷の如く走るのとか。しかし所詮は見た目一般人。剣で脅せば何とか……なる? のか? 壁一面の剣が気になるのだが。
「私も余り『手荒な真似』はしたくないのだがなぁ……」
意を決したように団長が顎で合図。すると副団長も抜刀したではないか。目的はミーコの確保。はい完了。あっさり捕まる。
男が幾ら強かろうが、脅しには弱いと踏んでのこと。通訳も出来る子供なんて『守るべき貴重な存在である』との確信も含めて。
「もう一度聞く。女を知らないか? ちょうど『この剣』に似たって、オイッ! コレじゃねぇのか?」『コラッ勝手に触るなっ!」
団長が剣を納刀して壁に近付く。そこにサイズが半分になってしまった『見覚えのある両手剣』があったからだ。男の声なんて無視。
『ヒュッ!』「イテッ!」『カランコロン』「ちっ。コノォッ!」
男が投げたのは小さな木片だ。団長の頭に見事命中。
団長は怒って振り返った。見れば木片が机上に無数にある。冬の作業なのだろう。大きなのは作り掛けだろうか。何だか判らぬ。
『今度近付いたら殺すぞ!』「今度近付いたら殺すそうです」
文面と違い、ミーコが訳すまでに多少の時間差があった。
男が団長に言い放った後、ミーコを見た。そして顎で団長を指し示す。つまり『訳せ』と命じたって訳。詰まらない。ミーコは冗談の一つも入れることなく、そのまま素直に訳すしかない。
「ふざけたこと言うなっ! 今度動いたら、この子を殺すって言ってやれ!」「えー、それ伝えるんですか?」「そうだ。早くしろ!」
聞いていたジャックは渋い顔である。どうせ殺すの『自分の役』なんだろうし、本当に殺したら凄く恨まれそう。
しかし気になるのは、捕まっているミーコが全く動じないこと。
平然とした顔で団長の言葉を聞き、いちいち念まで入れているからだ。溜息まで。まるで『返事が解っている』かのような。
『ご主人さまぁ、言うこと聞かないと、私殺されちゃうそうです』『面倒くせぇな。『お前ら如きに殺せねぇ』って、言ってやれよ』『えぇえぇ。それ、伝えるんですかぁ?』『そうだ。早くしろ!』
何なのコレ。睨み合っている当人同士は真剣なのかもしれないが、翻訳する身にもなって欲しい。こんなんだったら、早く寝ちまえば良かった。と、思うがそれは無理。何せ今日の寝床は、居間にある『大炉の前』って決まっちゃってたから。
暖炉と違って大炉は、床まで暖かいんだよねぇ。寝るには最適。
「私、結構強いですよ?」「ブッ。そうなの?」「えぇ」「だから、人質としての価値は無いんですよ」「いや、その言い方は何か変だなぁ」「でも、そう言えって言われました」「そうなの? 酷いパパだな」「いやいや。あの人はパパじゃないんで」「そうなの?」「えぇ。私は下の村の村長の娘。ミーコです。以後お見知りおきを」「こりゃ親切にどうも」「なので、私を人質にして何かして欲しければ、下の村に行って村長を呼んで来ないとダメです」「あら。じゃぁ連れて来てくれる?」「無理ですね。この雪ですし、それに今頃は『ママとイチャイチャしている』と思いません?」「あぁ。ナルホドォ。それは言える」「ねぇえぇ」「何を話しとるんじゃっ!」「あぁ、すいませんw ついw」
ジャックは馬鹿なのだろうか。それともミーコが狂ってる?
相変わらず座ったまま動かない男と、冗談を言い始めた二人。
団長は変な奴らに囲まれて、頭が混乱していた。何かおかしい。噛み合わない。しかし、団長は思った。
男が椅子に座ったままなら、こっちはこっちで、勝手に家探しをすれば良いのだ。もう良いからそのまま座ってろ。
「勝手に探させて貰うぞ!」「あぁ、寝室はダメですっ!」「ん?」
団長は再び抜刀していた。その剣先が寝室を指していたからだ。
言われた団長は足を止めた理由は一つ。男の口はピクリとも動かなかったのに、声が聞こえたからだ。腹話術じゃない。人質として役には立たぬが、通訳として活躍中のミーコだ。どう言うこと?
「寝室には居ませんって」「いや、だったら居るんじゃないの?」「そうじゃなくて、寝室に『奥さん以外の女』は、絶対に入れないんですよ」「はぁ」「判りません? つまり『私もダメッ』ってことなんですっ♡ んもぅ!」「……」「こいつ、ロリコンなのか?」「いや、この子が入れないって言ってるから、違うのでは?」「あぁ、そうか。じゃぁ『俺』は良いんだな?」「ダメダメダメッ! 男なんかダメに決まってるじゃないですかっ! それこそ直に殺されますよ?」「ほぉ、ならば殺って貰おうじゃないかw」「あぁ死んだ」「黙れっw」「掃除面倒ぉー」「黙れっ!」「血ドバドバッてなっても知らないですからね。きっと死ぬより辛いっすよ?」
しかし良く回る口だ。仮に『本当』なら想像もしたくないが、男は相変わらず椅子に座ったまま。手だって両方見えている。
右手は頭を支え、左手は椅子の手摺に。足だって相変わらず組んでいて、パッと立てる気配すらない。それで何が出来ると言うのか。
団長は窓の外を見た。男が一人立っている。そいつへの合図だ。
すると窓の外にいた男が頷き、更に合図。もう一人の男が窓辺にやって来た。窓は開かないが会話は可能だ。
「中は見えたか?」「いえ、池があって家には近付けません」「そうか」「それに、窓には板が張ってあって、そもそも」「判った」
団長はじれったそうに報告を打ち切った。部下も素直だ。直ぐに両手を口に。するとそこへもう一人が駆け付ける。
「裏は崖です。それに屋根からの雪が落ちていて、脱出した跡も」「無いってか?」「えぇあそこは無理ですよ」「判った。もう良い」
小さな家だ。家宅捜索をすれば直ぐに出て来ると思ったのだが。
「なんだ。随分と上手く隠したじゃねぇか。ならば天井裏か?」
団長は剣で天井を指す。刺すじゃなくて指す。本人は刺したつもりだったのに、結果は指すに。つまり届かなかった。
見上げれば『天井裏』なんてない。梁が何本か見えて、その上に見えるのは屋根。外から見て『二階の窓』に見えたのが、一階からも見えるではないか。つまり平屋建て。
「奥は見せて貰うぞ」『何だ。皿洗ってくれるのか?』
手を上げた男を見て団長は、それで許可を貰ったつもりらしい。ミーコの翻訳を待たずに台所へ。直ぐに辺りを見回した。
その間ジャックは、注意深く男を見つめている。しかしあくびなんかしちゃって、何ら気に留める様子もないではないか。寧ろミーコの方が台所を覗き見て『要らんことすんなよ』を露わにして判り易い。いやこっちも、『目の前の剣』は全く気にしていないのだが。
しかしジャックは思う。この男、絶対『家事はやらないタイプ』だと。こんな小さな子に丸投げして、良いご身分だな。
「おいっ、これは何だ?」『んん?』
団長が叫んだ瞬間、この家の中に居る者全てに緊張が走る。
一番緊張したのは地下のエスティ。目を見開き、上を向いていた。
不安そうに上半身を起こした姫が横目に入り、『寝てて下さい』と手を振る。すると姫は、視線を上にしたままゆっくりと倒れ込んだ。さっきまで寝ていた姿勢と同じだが、目は見開いたまま。
『あぁ、それは』「フンッ!」『ザザッ』『パラパラァ……』
エスティーが頷いて、再び上を見た瞬間だった。団長が蹴っ飛ばした木箱が動いたせいで目にゴミが。袖で拭いても取れぬが上を見続ける。今度は、例え片目になっても見ずにはいられまい。
姫は両手で口を覆う。思わず漏れた息さえ押さえ込もうと。本当は怖くて目も覆いたかったのだが、そこまでは気が回らない。
「開けて構わないよな?」『何だ。そんなモンに興味あんの?』
団長は勝利を確認して下を見ていた。男が何を言おうと聞くつもりはさらさら無い。見ろ『隠し扉』が出て来たではないか。
こんな判り易い所にあって『箱一つ置いただけ』とは、随分と舐められたものだ。近衛騎士団は『家宅踏査』だって一流。田舎者めが。この程度我らに隠し通せるものか。
見ろ! 男の顔を。すっ呆けた顔してわざとらしい。
その余裕ぶっこいている顔が、いつ『懇願』に変わるか。これは楽しみでしょうがない。土下座したって許すつもりは無いがな。何せ『大逆幇助』なのだ。即『死刑』にしたって構わん。
「エスティ出て来いっ!」『バッ!』『パラパラッ』「!」「!!」
床の蓋を開けた団長が固まっている。ゆっくりと男の方を見た。
男の顔色は相変わらずだし、体を逸らしてこっちを見ている姿勢にも変化はない。それが面倒臭そうに椅子の上で体の向きを変える。
『そこは床下収納だが?』「……そんな馬鹿な」「!!!」「……」
男の声は地下にまで聞こえていた。しかしエスティーには何だか。
寧ろ『団長の疑問形』に怯えつつも身構える。武器は何も無いが、無抵抗で死にはしない。
姫の方はと言うと、可愛そうに口から泡噴いて気絶済である。
「あれは何だ?」「床下収納ですよ。普通有りますよね?」
ジャックの質問に、ミーコは平然と答える。ジャックは団長に向かって頷いたが、団長はジャックを見ない。
そんな翻訳なんか待たずに『男の言ったこと』が理解出来たからだ。目の前にあるのは『ジャガイモ』である。
しかし、そんな訳はない。もしここで『捜索終了』となったら、姫とエスティは何処へ行ったのだ? 絶対居るだろっ!
「んん? これは」『あっ……』「あっ……」「大人しくしてろ!」
団長はしつこい。自分に関係することについては。ジャガイモの中に『何か』を見つけたのか。片膝を床につき、剣を床に置いた。
小さく聞こえたのは男の声とミーコの声。それにジャックか。
エスティは思う。団長が刀を置いた今が『チャンス』であると。
しかし梯子を満足に上ることも出来なくては、下から襲うなんてのも無理。大体どうやって『床下収納が出て来たか』なんて知らないのだ。男に言われた通り、黙って大人しくしているしかない。
団長がジャガイモをほじくり返す音だけが聞こえて来る。
『ガサゴソ。ガサゴソ』「ここに『何か』有るなぁ……」
団長は焦らしていた。男の顔色が変わったではないか。ミーコの顔もだ。ジャックは剣をミーコに当てたままニコニコしている。
『ガサゴソ』「おぉおっと。これは何だっ!」『ドスンッ』
掴んだ物を思いっきり引っ張る。『レバー』のように細い物を。
団長は確信していた。『仕掛けなのだ』と。コイツを引っ張れば、ジャガイモが移動して梯子が出て来ると。
しかしそれは団長の意に反して、あっさりと引き抜けてしまう。団長は勢い、尻餅をついてしまったではないか。抜けた物が丁度目の前にやって来た。相対的に見て、隣には男の顔がある。
『酒だよ酒。見りゃわかんだろ!』『ちょっと、そんな所に隠してあったんですか?』『やかましいわいっ! 別に良いだろうがっ!』
男の顔色が変わった理由。それは男が、年甲斐もなくミーコと言い合いを始めたから判る。コイツ、酒を隠していたのだ。
「これ、酒瓶? なのか?」「酒、かぁ……」
団長が右手で剣を拾い、左手には、認めたくない一物。酒瓶を持って居間へと戻って来る。疑り深く、灯りにもかざしてみる。
中身が赤紫なら『凄いポーション』とも思ったが、酒瓶固有の茶色い瓶で、液体の色までは判らない。当然味もだ。飲めるのか?
床下収納の蓋は開けっ放しだ。ジャガイモを間に挟んでいたとは言え、捜査対象のエスティとは、折角目が合っていたと言うのに。
一方のジャックは、既に納刀していた。溜息をついて頭を掻く。
何だか馬鹿馬鹿しくなっていたのだ。人質のミーコだが、ジャックの手を軽々と振り切って、男の方へと行ってしまっている。そんでもって今も『ギャースカ中』なのだ。何言ってるかは判らん。
その間、さっきの『私強いですよ』を思い出していた。だから少しだけヒヤッとしたのはナイショだ。大人しくしてようと思う。
あらら。相当お怒りだ。足を『ダンッダンッ』てやっちゃって。男もタジタジだし。何か言訳しようものなら、その倍は言い返す。寧ろ『何言ってるか解らなくて良かった』とも。
こりゃ『男より強い』と言われても、否定する理由が見当たらない。末恐ろしいではないか。
『それ、アンタ達で飲んで良いから……』「処分して下さい!」
半泣きの男と、顔を真っ赤にして怒っているミーコ。酒瓶をビシッと指さして『お願い』だが、実質命令と何ら変わらぬ。
余りの迫力に団長が二回頷く程。これで一件落着だろう。
『バタンッ!』「団長! うんこしたあと、ティア団長の義足を見つけましたぜっ!」「何だとっ!」「デイブ……。お前……」
突然入って来たのはデイブだ。ベルトをカチャカチャしながらで、実に生々しい。ミーコは渋い顔だ。主に『お掃除関係』で。
「何処だっ!」「あと剣も」「直ぐ行くぞっ! 案内しろっ!」
団長は酒瓶をジャックに投げて、デイブの尻を叩く。が、突如手に平を見てジャックの肩で拭いた。背中でも入念に。そして嗅ぐ。
ある意味それが良かった。無駄足にならなかったのは『デイブのお陰』と言っても過言ではない。デイブが壁を指さしたからだ。
「あれ? 剣はココにあるジャン。だったらどうして?」
エスティは『ホッ』としたのも束の間。男が『剣を隠していなかった事実』に驚き、上をグッと睨み付ける。
あの野郎、偉そうなこと言ってた割には全然役に立たないではないか。このままではアルミッド王国の宝剣『フィアース・フレイムズ』が、敵の手に渡ってしまう。
今となっては『姫の御立場』を証明する、唯一の品でもあるのに。
「見間違いか?」「いえいえいえいえ。トイレから出て来て川の方を見ましたらね? 下流の方で『キラッ』って光ったんですわ。でもって見たら、これが義足と、剣って訳で」「ふむ」「剣は河原に突き刺さってるのかな? て思ったんですが、コレ見て判りましたよ。半分に折れて、切先だけが見えてたんですねっ! アハハッ」
エスティは歯ぎしりしていた。男が義足を捨て剣を折ったのだ。許すまじ。今すぐ出て行って男の首を絞めてやりたい。
「しかし良く折れましたねぇ。こんな太いのに。イテッ! なっ?」
デイブが宝剣を見ながら歩み寄っていた。うんこの後、手を洗ったかどうか分からない手を伸ばして。であれば木片が当たるのも当然と言えるのだが、デイブは頭を押さえポカンとしている。
急ぎ団長を見たのだが『今のはお前が悪い』だ。意味判らん。
「何か知ってるのか? 答えてもらうぞっ!」
団長が声を荒げる。指さしたのは宝剣だが、当然義足のこともだろう。つまり『エスティ』について吐けと。
すると団長は剣を掲げた。ただの脅しじゃないことを男に見せつけるために。男が肘をついている作業机を、男が見てる前で真っ二つにぶった切るつもりだ。以前、酒場でやったのと同じことを。
『ブンッ!』「なっ!」『止めろ馬鹿』「このっ離せっ!」
いつの間にか男が立ち上がり、なんと剣を片手で受けているではないか。親指と人差し指で。小指を立てようが可愛いとも思わん。
ジャックは何も出来なかった。ほんの一瞬である。今更刀に手を掛けたとて、抜刀することも出来ない。
自分に問い掛ける。『まだ団長が殺られた訳じゃない』と。
『折るぞ? しまっとけ』「一応訳しますと、しまわないと折るそうです」「何だとっ! これはミスリルだぞっ!」「知りませんよ。ご主人さまが『折る』って言ったら折るんです!」「馬鹿な!」
ミーコと話している間にも、団長の顔が真っ赤に。どうやら男は、既に刀を折りに行っているのか。先ずは団長と力比べだ。
『グググッ』「うっ。このっ!」「ほらぁ、早くしないと折られちゃいますよ?」「そんなこと言ったって」『グググッ』「ホラホラァ」
段々と団長の姿勢まで傾き始める。もしここで床に転がされ、剣を取り上げられたなら、本当に折られてしまいそう。
「判ったっ!」『グググッ』「しまうしまうっ!」『グググッ』「しまうから折らないでくれっ!」「ご主人さまっ! しまうって!」
間一髪間に合った。と、言えるのだろうか。
近衛騎士団の歴代団長が大切にしてきた『ミスリルの剣』が、折れずに済んだのは大変喜ばしいことなのだが、何だか微妙に曲がってしまったようにも思える。このまま納刀したら鞘に……。
そんなことを考えた団長である。刀を握る力を弱めていた。
すると男に『ヒュッ』と刀を取られ、男が刀を手にしたではないか。呆気にとられる団長。ジャックもデイブも。
男はドカッと椅子に座る。そこで片目を瞑ると、刀を灯りに向けて『曲がり具合』を確認し始めたではないか。それを男の横に来たミーコも、片目で一緒に覗き込む。しかし直ぐに止めた。
団長を見たミーコの顔は、明らかに『やっちゃった』である。
ミーコは団長に代り『どうすんのコレ』と、顔で男に訴えてくれている。男の顔に変化はない。反省の色もなく、平然としたままだ。
『ガンッ! ガンッ!』
いきなり机にぶつけたではないか。何とも雑。再び灯りにかざす。
続いてさっきと同じように、親指と人差し指で軽く摘まむ。何の音もしないが、どうやらそれが『微調整』のよう。えっマジ?
団長は文句を言いたい。しかし言える訳もない。頭の中で『理屈』は理解していた。指の力で曲げたんだから、元に戻すのだって出来るのだろうと。この際『机に叩き付けた』のは目を瞑ろう。うん。
『ビュンッ!』「ひっ」『カシャンッ!』『しまっとけ馬鹿がっ!』
やっぱり文句なんて言えなかった。言う暇も無いし、言ったとて翻訳すらされなかっただろう。男は突然、刀を団長の方に投げた。
切先を団長の方に向けてだ。そして刀は信じられないことに、見事鞘に収まったではないか。馬鹿と言われてしまった立場だが『そんな馬鹿な』とだけは言わせて欲しかった。
急ぎ刀を抜刀してみる。当然少しだけ。いや抜けるし。
問題ないけど、何なのコレ? 夢なの? それとも幻なの?
『誰だか知らんけど、川に落ちて滝壺にはまったんじゃねぇの?』「滝壺に落ちたんじゃないか。って言ってます」「うん、判った」
ここは男の言う通りにするしかない。団長は両手を上げる。
『スピネルはお前らじゃ使えんだろ。だから飯代と酒代に貰っとく』
『折れた剣はもう使えないから、食事代と酒代ってことで貰っとく」
「えっあぁうん。それも判った」「良いんでs」「仕方ないだろ!」
これで無事解決か? 床下のエスティの怒りは最高潮に達しているが、誰も気に留める様子はない。と、そのときだ。
『ウォォォオンッ!』『ダダダッ』『ダダダッ』『バタンッ!』「うわぁあぁあぁっ!」「出たぁっ!」「助けてぇっ!」
聞き覚えのある鳴き声。どっちか知らぬが大狼で間違いない。
すると家のあちらこちらから、雪を踏みしめる足音がし始める。男が溜息をつき呆れた顔になった瞬間、玄関から大勢の男達が走り込んで来たではないか。男はかったるそうに立ち上がる。
『カイエン、また来たのかっ! アイツ、懲りねぇ奴だなぁ!』
しかし苦情は入り込んだ奴らにではない。納屋の方に向かって。




