第三話 もてなし
『ホラ着いたぞ。ココが俺の家……。遅ぇなぁ』「ハァハァ着いた」『全員来てるか? 俺は数えないぞw 無事着いた奴が俺の客だw』
酷いセリフだが、通じていないから大丈夫。寧ろ近くで聞いた者は『笑顔の歓迎』と受け取っただろう。息を切らしながら後に続く。
「待ってくれっ!」「ハァハァ。やっと着いた……」「ヒィィッ」
続々到着する団員達。相変わらず吹きすさぶ吹雪の中を、ノンストップで走り続けたのだ。多分、最初からこれ位のペースで走り続けていれば、姫とエスティを捕らえられただろう。知らんけど。
『ギギギィ』『ココがあんた達の寝床な』「馬小屋か?」「まぁ良いさ」『さぁ入って入って。『埴生の宿』にようこそ』「臭うな」
先に到着したのは若い奴らか。きっと普段から良いようにしごかれていたのだろう。戦闘も及び腰だったのか無傷。その上、逃げ足だけは速かったのなら、この結果も頷ける。団長の姿は無い。
「ココを自由に使っても良いのか?」『んん? あんた誰? 暗いから? 責任者って、こんな顔だったけ?』「んん? 俺? 副団長。ナンバーツー。二番目に偉い人! 団長、まだ来てなーい」
男は納得したように頷いた。泊めるよう頼んで来たのは『団長だけ』だったが、どうやら食われてしまったようだ。まぁ良い。
『全部で何人だ?』「人数? あぁ十人だ」『十? 一二三。おい、七人しかいねぇぞ? あ、コレ入れて八人か』『ドサッ』「うぅぅ」
しかし言葉が通じないのはもどかしい。副団長のジャックはそう思う。しかし団長亡き今、自分が『より有利な条件』を引き出さねばならぬと思う。団長と違って、自分は団員達を守るつもりだ。
「まだ来るから。後から来る。団長はいつも最後!」『まぁ良いや』
男は諦めたように扉を閉めた。無情である。そのときジャックは、何も言えなかった。言ったとて通じる相手ではなさそうだし。
それに団長とだって、大した思い出がある訳じゃない。実家の『貴族としてのランク』は団長の方が上なのに、酒場で奢って貰ったことなんて皆無。まぁ、そもそも一緒に行った記憶も無いのだが。
しかし目の前の男は、ジャックが考える程冷たくは無かった。
残る二人を、別に切り捨ててなんかいない。その気になれば外には足跡が沢山残っているし、扉にだって鍵を掛けた訳でもないのだ。単に風が入るから寒かっただけ。それだけだ。
「あれ? デイブは?」「最後じゃないですか?」「えっアイツ」「そんな驚かなくても。副団長だって、知ってるでしょうよw」
笑い声が響く。締め出されても明るい笑顔ってか。正気を保つには喜ばしい。一人居なくなっても『食える分が増えた』と思えるようになれば、どんな場面だろうが、人生前向きに生きられる。はず。
なんて哲学的なことではなく、ジャックは単に『貸した金』の心配をしたまでのこと。割り勘にした分を踏み倒されて堪るか。
『暖炉は使って良い。それ以外で火は使うなよ。灯りは持って来る』
男が暖炉を指さした途端、近くの男が動き始めていた。
風が無いとは言え寒いことには変わりない。言葉が解らずとも、今のは『暖炉の使用許可』だ。薪もある。焚き付けはあちらこちらに藁が。当然それが『今夜の寝床』だろう。寝たばこは禁止だ。
『腹は? 飯持ってる?』「飯?」『そう。食いモン。荷物の中に何かあんの?』「ナイナイ。俺達腹ペコ。何か食わせてくれ」
人間必死になれば通じるものだ。衣食住の欲求は万国共通か。
副団長のアピールが通じたのか男が頷いた。そして指で示される。
『八人分で良いか? コイツも飯食えんの? だとしたら七人分?』「いやいや。十人分頼むよ」『えぇえぇ? 一二三。七人だろぉ?』
これはコントではない。男の顔を見れば判る。本当に『七人分だけ用意する』つもりであると。しかし考えても見て欲しい。
こんな冬の時期に、蓄えだって限られる森の家。見た所、人の気配が感じられない静かな一軒家だ。そう沢山の食料があるとは思えない。しかしジャックは食い下がる。明日以降、男がどんなに困ろうと、自分達には関係の無いことだ。何とか頑張ってくれ。
『ギギィッ!』「ここかっ!」「着いたぁ」『寒いから閉めろ!』
デイブ団長だ。違う。デイブと団長だ。デイブが団長を支えて、見事な殴り込み。かと思えば、全員の視線を感じてか、団長が急に復活して歩き始めた。男の叱責は『ワカリマセーン』でやり過ごす。
なかなかの演技派ではないか。『私がデイブを連れて来ました』か。こうして陰謀渦巻く貴族社会をうまく生き延びて来たのだろう。
人間誰しも一つは『得意なこと』がある。団長の場合はコレか。
「これで十人ですね」『コイツも同じ飯食えんの? お粥じゃなくて良いの? 大丈夫?』「何だ? 飯の交渉してたのか?」「えぇ」「おい、追加で二人分頼む」「あっ、俺も」
デイブの方が元気だった訳で、ちゃんと話は聞こえていた。そして団長と一緒に『Vサイン』を出した。男は混乱するばかりだ。
『あと二人前? えっお前も二人前食うの? まぁそうだろうなぁ』
食い意地が張った奴の根性は良く判らん。何処まで図々しいのか。
だからホイホイと助けるモンじゃないと言うのが今回の教訓か。
「団長、十人分頼んでますって」「んん? そうなのか?」「えぇ」「イイじゃないか。多目に頼んだってw」「団長が言うなら……」
指揮権は団長に戻った。ついでに責任も。
もしここで男を怒らせて、『全員飯抜き!』なんて事態になったら、ジャックは自分の非常食を後でコッソリ食べるつもりだ。
『やっぱ埒あかんなぁ。ちょっと火焚いて待ってろ』「?」「通ったのか?」「じゃないですかねぇ?」「やったぁ」『良いな。火は暖炉だけにしておけよ! あと、このロープは使って良い。ホレ』
巻かれていた長いロープをホイと渡されて、デイブは上を見た。
火が燃え始めた暖炉。その上にある太い梁。あぁ、成程。これに沢山肉を吊るしてやるから、暖炉の傍に設置しておけと。
「了解しましたっ!」『随分調子の良い奴だな。じゃぁ直ぐ戻る』
男は首を傾げながら出て行く。デイブは早速ロープをセットしようとするが、ジャックに取り上げられてしまった。逆らえない。
「これで服を乾かせって言うんだろう」「でしょうね」「安心したら、もう寒くて寒くて」「所で、ジョンは大丈夫なのか?」
解らないなりに会話の行方を見守っていた団員達が我に返った。
生き返ったばかりのジョン。余り良い印象は皆無なのだが、それなりに同じ釜の飯を食った仲である。それに、酒場の割り勘にも応じる、気さくな奴であったことには変わりない。告げ口が無ければ。
「暖炉の傍に連れてけ。鎧を脱がせて、怪我の手当てを」「はい」「他の者も、怪我をしている奴はいないか? 居たら先ずは唾で」
「ワハハ」「誰か『ヒール』とか、使えないんですかぁ?」
これは決して嫌味ではない。近衛騎士団にはヒールが使える聖騎士が一人は居るものだ。王家の人間に何かあったときに備えて。
しかし彼は、今回の追跡に反対したため投獄されてしまった。
ヒールが使えること自体が珍しいため、命は助けられるだろうが、聖騎士の称号は剥奪され、一生『軍の回復要員』として最前線に駆り出されるだろう。その命尽きるまで。投獄を命じたのは団長だ。
「そんな『ヒール』より、本人の『生きる意思』の方が重要だ!」
団長も決して『悔し紛れ』ではない。自分の行動が『常に正しい』と自負するからには、他人の一生さえ導ける理由にだってなる。
ヒールは決して万能ではない。精々血止めの役にしか立たぬ。現代医学で説明するとしたら、針と糸を使わずに綺麗に縫うだけだ。『骨まで縫う』の理屈については説明し兼ねるが。
「ジョン頑張れ」「ほら暖かいぞ」「うぅ」「もう直ぐ飯来るから」
ジョンに優しくする団員達を見て団長も安心する。
やはりジョンに対する教育も、決して間違っては居なかったと確信したからだ。満足そうに頷いて、自分も衣服を乾かすことにした。
『バタンッ!』『ミーコッ飯っ! 飯だ飯っ! あれ、居ないぞ?』
幾ら見渡したってそんなに広い家じゃない。見えている範囲がほぼ全てである。玄関から居間直結。右が寝室で奥が台所。以上だ。
『ドンドンッ! 誰ですかぁ重し置いたのはっ!』『あぁそうだ』
男は棚の中をゴソゴソやりながら思い出す。今のは完全に独り言だが、ミーコが聞いたら百倍の文句が返って来そう。
誰が呼んだか『お喋りミーコ』とは彼女のこと。異論は認めない。
『ガッ』『ほれっ。これで開くぞ』『バタンッ!』『開くぞじゃないですよ。開くぞじゃ。開けて下さいよ』『自分で開けられるだろ』
開口一番は文句から。これってこの家の常識なのか? しかし男が言うのも解る。蓋の上に乗っかっていたのは、中身が半分程になったジャガイモの箱。ミーコの細腕でも『エイッ』てやれば。
『そーゆー問題じゃないんですよね? 蓋をした目的はっ!』
下から出て来て、蓋を『バタンッ』と閉じたミーコが声を荒げる。
おまけに見えないからって、床を何度も指さした。そう。男も『蓋をした理由』を忘れた訳じゃない。だから、勝手に出て来なかったミーコのことを、本来は褒めるべきなのだ。
『誰ですか? あの女は。しかも二人も』『外人?』『何すかガイジンって。外の女すか? 引っ張り込んで。このまま隠し通せるとでも思ってるんですか?』『いやちゃんと説明するって』『……』
捲し立てるミーコの目が怖い。腕を組み、顎で寝室の方を指したがそれは見当違い。いや、方向違い。納屋の方を指すべき。
男が外回りをしている間、ミーコは言われた通りの仕事をこなしていた。ちゃんと意識がハッキリするまで白湯を飲ませ、意識がハッキリしたらぬるま湯に浸ける。そして十分温まったら、そのまま石鹸を付けて丁寧に手揉み洗い。で、臭みを抜いたら、泡切れをして乾燥。綺麗な布に包んで棚にしまう。ミーコが身振り手振り付で説明しているから良く判る。今やっと『処理済』になったと。
『じゃぁ風呂空いたの?』『臭ぅっさっ。何ですかこれ。垂れて』『カイエンにな』『あぁ、ちょっともぉ。これ以上歩き回らないで下さい。先ずは外出て』『いや風呂、入りたいんだけどぉ』『ダメです。床が汚れます』『えぇえぇ。ココ俺ん家なんだけど』『それより何ですか? このネチョネチョしたのは』『だからカイエンに舐められて』『普段から舐めらてるからぁ』『上手いこと言うねぇ』『言葉のままっ。早いトコ川にでも飛び込んで、洗って来て下さい』『えぇえぇ。この雪の中ぁ? 死んじゃうよぉ』『ハイハイ。分かりました』『解ってくれた? じゃぁ風呂に』『ハイ残念』『ダンッ』『水ぶっ掛けますから外に出て下さい?』『……あぁちょい待ち。納屋の方の風呂に入るわ。向こうにも火、入れたから』『はぁ?』
ミーコは手に持ったバケツを床に置いた。そして、立て掛けてあったデッキブラシを手荷物と、それで男を突っつく。
先ずは台所から出して、居間から出して、家の外に出すみたいだ。
『それよりちょっと来てくれよ。話の通じない連中が来ててさぁ』『まだ連れ込むんですか?』『もう来てるw』『でしょうねぇ!』
外を歩きながらの会話にしては、タイミングが微妙に合ってない。
男も困っているかもしれないが、ミーコだって『こんなはずじゃなかった』と思っている。しかし男の『面倒見の良さ』は、今に始まったことじゃないので、協力も止む無しだ。態度が悪いだけ。
『あれ、ご主人さま? それ使うんですか?』『んん、あぁこれ?』
ミーコは目ざとく『小瓶』を見つけたか。男が棚から取り出した、最後の一本だ。飲むには気が引ける感じの赤紫の液体だ。
『てっきりエスティって『雌』に使うと思ってたんですけどぉおぉ』
小瓶にはラベルはおろか、商品名すら刻まれていない。それでもミーコは『用法・用量を守って正しくお使いください』を理解しているらしい。シレっと男から小瓶を取り上げた。
『何か棘のある言い方だなぁ。彼女はどうせ暫く動けないだろう?』
取られたとて男に取り返す気は無さそうだ。両手の平を上にして、肩を竦めている。それを見たミーコも頷いて同意。小瓶を見つめた後、エプロンのポケットに突っ込んだ。
『やっぱり『王女さまの御守り役』だと思います?』『あれでなぁ』
男から見て、エスティの評価は『ポンコツ』で決まりなのだろう。
確かに片足は膝から下は無いものの、簡単に担がれて、いや政治的な意味でなく物理的な意味で。男の腕を払い除ける力も無く。
それでいて口だけは達者で『姫返せ』を連呼していたのだ。無理も無い。例え本調子じゃなかったとしても、たかが知れている。
『ギギィッ』『コイツ等だ。ちょっと説明してくれよ』『あぁ』
話しは途中のようだが納屋に着いた。男が扉を開けると現れたのは武装解除し過ぎた男達の姿だ。ミーコはジト目で睨み付ける。
ブラブラしているのを見たからじゃない。寧ろ『コイツ等の面倒も私が見ろと?』の方。いや小さい子にそれは可愛そうでは。
「さむっ」「戻って来た」「うわっ」「やべっ」「姫!」
男達の視線が一斉に集まる。いや、一部『急いで下を見た』が。
兎に角、男が姫に似た背格好の少女を連れて来たからだ。
一瞬見間違えた者もいるだろう。暗いから。しかしそれは希望的観測であって、直ぐに『違う』と気が付く。ホント直ぐにだ。一瞬でも『似てる』と思った男は、今大いに後悔しているかも。
理由はミーコの前では言えまい。言ったら文句が止むまで、一体何頁を費やすやら。おまけに『望む展開』まで要求されそうな。
「今晩は。森の家にようこそ。皆さん、どちらからおいでですか?」
男と話していたときとは打って変わって高い声。そして言語も。
人間誰しも『表の顔』と『裏の顔』がある。ミーコが今出したのは、そのどちらでもない『横の顔』と言った所か。
「おぉ、やっと言葉が通じる! て、すいませんなぁ。こんな姿で」
にこやかに現れたのは団長だ。ズボンは履いているが、上は肌着のシャツ。これから干そうとしていた所だが『セーフ』であろうか。
こちらも言葉とは裏腹に、慌てる様子は伺えない。それでいて『ズボンを押さえているから握手は無理』の雰囲気も感じられる。
『ミーコ、通じるか?』『はい。大丈夫みたいです』
男もミーコも、それは別に構わない。問題は意思疎通の方。しかしどうやら、ミーコが知っている『外国語』らしい。なら良かった。
「小さいのに凄いなぁ」『小さいのに可愛いなぁ。と言っています』『ぜってー違うだろ。ちゃんと訳せよ?』『はぁい』
今の返事は『似たようなモンだろ』と思ってのこと。笑顔だが。
『飯は、今からコイツが準備するから、まぁ、ちょっと待ってくれ』
「食事は私が作らなきゃいけないみたいなので、少々お待ち下さい」
「えっ、お嬢ちゃんが作ってくれるの? ありがとう。待つようん」
『通じた?』『見りゃ解んでしょ。通じてますよ。次は?』『おぉ』
ミーコの特技は『声の調子と表情のアンバランスさ』だ。
今のだってそう。口調は元に戻って居るものの、声の高さは高いまま変わらない。大人だってなかなかに出来るモンじゃない。
常人は嘘をつくだけで表情に現れてしまうものだが、ミーコの場合、例えそれが『相手が嫌がる真実』であっても、ズバズバ言って表情に現れない。天性の素質と言っても良いだろう。
口から先に生まれて来たとしても、そこまでの技能を持つ輩は滅多に居ないのは確か。正にユニークスキル。
『馬用の風呂だが、今からお湯を張る。すまんが先に使わせて貰う』
「そこに今からお湯を入れます。ご主人さまの後、ご自由にどうぞ」
「あぁ風呂? 良いのか? それは助かる。そんな格好だし。うん」
話しながら歩いていた。ボイラーを触るとまだ温いが、ミーコに遠慮は感じられない。直ぐに栓を開く。そして少しだけお湯が出た。
「凄いな。これでお湯を貯めてるのか。道理で何となく暖かかった訳だ」『何だって?』『これお湯か? ですって』『イエスイエス。コレお湯タンクねぇ』「ほぉ触っても。どれどれ。暖かい」『昼間ココで作業してたから。湯たんぽの代りヨ』「? ニコニコ」『通じてませんよぉ』『別に良いよ。あぁ、掃除も適当で良いから』『えぇ。でしょうね。どうせギトギトに汚れそうですしねぇ!』
チョロッと出したお湯でミーコは軽く掃除をしていた。
そう言えば一昨日使ったばかりだった。だからそんなに汚れてはいない。寧ろ今からの方が汚れそう。掃除をするのは誰の役?
栓を開き排水。一旦水に流そう。もう一度栓をしたら、可愛らしく走って来て頷く。『あざとさ』もミーコの特技だ。
「お湯入れて良いのか?」「お願いします♡」「どれ。おぉ凄い」
寒い中、暖かいお湯がどれ程価値のあるものか判らぬ者は居まい。
ミーコと団長の会話を、団員達が聞いていなかった訳じゃない。風呂に入れると聞いて、近くから様子を見ている。いや、見ているだけじゃなくて、もう『スタンバイOK』な奴らも。
だから聞いてないだろ! これだから雪山を舐めた奴は……。
『じゃぁ、ご主人さま、お先にどうぞ』『いや、まだ足首にもなってないけど?』『寝っ転がればイイじゃないですかぁ』『えぇえぇ』
靴を脱ぎ、階段を降りてつま先をチョポン。引き抜いたつま先を男がお湯を指して何か言っている。もしかして、まだ温い?
「お嬢ちゃん、何て言ってるの?」「えっ? あぁ」
突然聞かれたミーコだが、どう訳して良いのか困っている。
そんな全ての会話を、瞬時に訳せるようなレベルでもないらしい。取り敢えず、ニッコリ笑って状況説明をすれば良いだろう。
「皆さんで入れば、お湯が少なくて済む。だそうです」「そうか」
団長の顔に笑顔が。団長だけじゃない。『レディーの後』でするような恰好ではない奴まで、喜んでいるではないか。
するとミーコは、エプロンのポケットから小瓶を取り出した。
「あと、皆さんの傷を癒すお薬を投入しまーす。ドボドボドボォ~」
男からの指示はまだない。それでも『こうですよね』の目。対する男も『そうだけどさ』だからお咎めなしか。
男としては、もっとこう『ありがたみ』とか、お湯と一緒で『もっとためてから』言って欲しかった。ていうか『俺の役』だった。
「おいっ! ジョンを連れて来いっ!」「ハイッ! ブルンブルン」
男達が走り始める。前を隠していた布切れなんて関係ない。
寧ろ『無い方が有効』と直感していたのだろう。暖炉の前に寝かせていたジョンを裸にして、直ぐさま連れて来たではないか。
「済まない。恩に着る」「これで助かる」「良くこんなものが」
連れて来たジョンと一緒に、団長も階段を降りて行く。男の方が遠慮して避けた位だ。まぁ、これが本来の目的だし。良いか。
『バシュゥ』「おぉおぉ、凄い回復力だ。こんなの見たこと無い!」「お嬢さん、これ水で薄めても大丈夫なのかい?」「えぇ。その程度のかすり傷、これ一本で十分過ぎる位です。皆さんもどうぞ♪」「おい聞いたかっ! お前らも早く入れ」「やったー」「助かるぅ」
結局男を押し退けたのは団長だけに非ず。二列で湯船に向かう片方の奴ら全員だ。男は別に怪我をしている訳じゃないので、遠慮して結局最後になってしまった。男は困惑している。
しかし、皆嬉しそうだし、本当は自分が使えば、ある程度は風呂も綺麗になると思っていたのだが。当然、お湯は張り直す。しかし、最早『汚さ』を気にするレベルでもないかと思い直す。
傷が癒えた男達は、今度はお湯の注ぎ口へと集まっていた。
競い合うように押し寄せる。辿り着けない者は手でお湯をすくい上げ、体を擦り始めた。誰もカメラアングルを気にする者はいない。
しかし家畜用の風呂が幸いしてか、大人数でも問題ないとは。
「あったけぇー」「ふぅ。生き返るぅ」「今度俺だよ俺」「まだ俺」『体洗ったら、料理手伝って下さいよ!』「きもちいぃ」『ちょっと待って! おわっ!』「おっとすいませーん。滑りますねぇ」
言うだけ言って、ミーコが行こうとするのを男が何とか止める。
するとミーコが迷惑そうに振り返ったではないか。『忙しい』のもあるが、野郎が『ブラブラさせているシーン』なんて、見たくも無いのは当然だ。直視ではモザイクも何もあったモンじゃない。
『俺のパンツ持って来てよ』『無理です。寝室には入れませんから』
確かに厳命した。しかし男は思う。いま履いているパンツを脱いでしまったら、もう二度と履きたくない。そしてパンツを履かなかったら、この雪振る寒空の下を、素っ裸で母屋まで行かなければならない。お願いし忘れたが、替えの靴も無いではないか。
『あーちょっと!』『ギギギィッ!』『……行っちゃった……』
ミーコは行ってしまった。男は祈る。せめて雪が止んでくれることを。しかし『誰』に祈れば良いのかは悩む所だ。
「いやぁ、ありがとう。傷もすっかり良くなったよ」『いえいえ』「おっと、通じないんだったな。ハッハッハッ! ありがとう!」
男は上機嫌の団長にバシバシ叩かれながら体を洗う。
馬用にと置いてあったシャンプーを勝手に使われ、湯船は泡だらけだ。先に上がった奴が『髪が凄くサラサラだ』とか言っていて、『ホントだ。コッチの毛もだ!』じゃない。いや楽しそうだなおい。
『じゃぁ、飯持って来るから、ちゃんと乾かしとけよっ!』「ありがとぉ」「飯楽しみにしてる!」「その恰好じゃ風邪引くぞw」
服も洗い終えた男だが、母屋へは結局裸で行くらしい。
相変わらず言葉は通じていないが、すっかり打ち解けたみたい。ニコニコ笑いながら『扉を開ける係』が素っ裸のまま待機中だ。これはもう『早く行け』を示唆しているとも言える。
『ギギギィッ』『さぁむっ!』「うわ寒ぃ」「早く行け」「閉めろ」
男も調子に乗って寒がっているが、団員らの反応は相変わらずだ。本当に蹴っ飛ばされる直前に男は雪の中に飛び出して行った。
「団長、あんな色のポーション、見たことあります?」「んん?」
半笑いのジャックが団長に話し掛ける。すると首を傾げた。
「いや無いな。私も『上級ポーション』までは見たことがある」
二人でお湯を見た。もう大分希釈されているだろう。しかし、細かい傷だけでなく、結構大きな傷も完全に癒えてしまった。いや『しまった』ってことはない。有難いのだが、有難過ぎて困る。
「後で分けて貰えるか聞いて見よう」「そうですね。意外と沢山あるのかもしれませんし」「こんな部外者にホイホイと使う位だしな」
二人で悪だくみか。どちらも人目に晒せる恰好ではないが、そんなことは放って置いて、話に夢中な様子。寧ろ見る方が迷惑。
「何だったら製法とか聞ければ」「大儲け出来ます?」「かもな!」
どちらも給料だけでは食っていけない立場だ。
勿論、一般市民よりは高給取りであることは確かだが、彼らには彼らなりに考える『生活レベル』というものがある。
実家からの仕送りを増やして貰うため、普段から『王都で得た情報』は切り札として有用だ。公式情報よりことある毎に先回りして連絡している位に。何だったら公式情報の方を意図的に遅らせても。
そんなだから、今回の知見もかなり有用であると期待が高まる。
「しかしココ、何処なんでしょうねw」「うーん『山向こう』としか判らんw」「ですよねぇww」「結構歩いたしなぁw」「えぇw」
貴族なら地理について、ある程度の知識がある。この時代の地図は貴重品で、それでいて正確でもないが。
その上この森は地図上まるっと『禁忌の森』と一括りにされているだけで、簡素な山脈の絵がチョロチョロっと書かれているだけ。
そんな地図で、あえて『どの辺か』と問われれば、『禁忌の森』の『木の付け根辺り』だろうか。いやどこやねん。何本目の木よ。
「でも、A級冒険者パーティーとかなら、何とか辿り着くんじゃないかw」「どうでしょうw。俺達来るのに、相当苦労しましたけど?」「そうだったなぁw」「洞窟は崩れるしw」「橋は落ちるしww」
姫が歩くペースに、大の大人が追い付けない訳はない。普通は。
しかし異常事態の連続であった。洞窟に逃げ込まれ、後を追ったものの迷子になってしまう。命からがら脱出し、捜索を続行。
今度は深い谷に姫を追い詰める。すると姫の行く手に自然の岩で出来た橋が現れ、姫が渡った途端崩れてしまったのだ。小説か。
「危なかったよなぁw」「俺達、何で生きてるんでしょうw」「それも運! 挙句、人より大きな狼もなぁw」「あれはやべぇww」
自らを幾ら『最強』と自負する近衛騎士団であっても、冒険者のように自ら危険な場所へわざわざ行ったりはしない。最強を自負し続けるためには、生き続けなければならないからだ。命を粗末にするような行動は、最強として避けねばならぬ。これ常識。
危険な場所へ行くのは『最強を目指す者』の役割であって、既に最強の地位に到達した者がすることじゃない。
団長と副団長は楽しく談笑しながら風呂を出た。実にサッパリ。
逆に、すっかり汚くなってしまった『風呂の水』だが、これを『研究用サンプル』として持ち帰るつもりは、無いか。見向きもしない。
「飯、まだっすかねぇ」「腹減ったなぁ」「何が出るかな」「さぁ。おれ肉が良いなぁ」「あぁ。じゃぁ俺も」「俺も!」「お前ら、ここは『宿』じゃねぇんだからw」「解ってますよw」「別に『おねーちゃん付けろ』とか、言ってないじゃないですかw」「山奥だぞw」
暖炉の火を囲んで談笑し始めた。隅にあった空の木箱を勝手に並べて椅子代わりに。僅かばかりの水を回し飲みし、食事を待つ。
身綺麗になって気も大きくなったか。実に勝手なことを言っているではないか。デイブが甲高い声で皆に聞く。
「小さい子が居るってことは? 奥さんも居ますよね。綺麗かな?」
いやらしい目だ。他の団員は慣れてるとはいえ、引いている。
デイブの話は、九十七%以上が『女の話』だ。縁がない癖に。
「何だ狙ってんのかw」「このスケベ」「お前、相当溜まってんな」
かと言って『玩具』としては面白いので、からかう奴も出て来る。
だから本人が調子に乗ってしまうのだが。話は悪い方向へ一直線。
「何も言ってないじゃないですかぁ」「まだなw」「今はなw」
およそ『近衛騎士団』であることを匂わせれば、大抵は女の方から寄って来る。少なくとも『所属する前』はそう聞いていた。
しかしデイブ曰く『匂いが濃い』らしく、なかなか寄って来ないのだとか。街の女はおろか『娼婦もそうだ』って言うから悲しいではないか。原因は言葉通り『臭い』なのか、それとも『別のこと』かはあえて言うまい。奴の場合『皇太子』であっても苦労しそうだ。
「結構可愛い娘だったと思いません? だったら親も期待出来る!」「ブヒブヒ言うなw」「落ち着けデイブww」「その理論、お前の親を見てもまだ言えんのかよw」「何だとっ! 親を酷く言うな!」「ちげーだろwww」「逆だよ逆www」「コラッ何笑ってんだ!」
人の顔で笑っている内は、まだ世の中を良く見ていない証拠。
自分の顔を見て大笑い出来るようになれば、それはそれで『楽しくて良かったね。以上』だ。うん。
「そう言えば団長」「ん?」「犯人の尋問って、途中でしたよねw」
副団長のジャックの問いに、団長は実にとぼけた顔をしたではないか。手を顎に添え首を傾げる。顔は絶対分かっている顔だ。
「何を聞こうとしていたのかなぁ」「スリーサイズ!」「いやいや。もっと重要なこと」「男性経験!」「それは、聞くまでもなぁい」「ナシって分かってますもんねw」「その通ぉり!」「ギャハハ!」
大笑いは『団長の言い方』もある。真剣に考えているのは『フリ』だけで、何が目的だったのかを敢えて言わない感じだし。
しかしコイツ等、酒も入っていないのに良く喋る。酒を飲ませたらどんだけ喋るようになるんだか。団長もなかなか冗舌ではないか。
「大狼の登場で、すっかり吹き飛んでしまったがぁ。今度とっ捕まえたら、最後までキッチリ吐かせてやる」「何をですか?」「何を? それともナニを?」「ちょっww忘れないで下さいよww」「お願いしますww」「俺達の目的ww」「団長やべぇww」「ハハハ」
本国で余程辛いことでもあったのだろうか。今を笑うことで平常心を保っているのだとしたら、何とも哀れである。
実際『追跡部隊』に参加しなければ、家族諸共捕えられるのは確実であったし、成果を持ち帰らねば、これまた結果も同じかも知れぬ。それは新しい王の胸三寸。メートルも寸も無い世界だけれど。
「あの辺ウロウロしてたんだから、狼に食われちまったんでは?」
気持ちは判る。体験談だし。しかし言い出しっぺが直ぐに気が付いた。それは他の奴らも同じで、ほぼ同時に一点に視線が集まる。
「おいジョン! お前知らないかぁ?」「うはw」「確かにww」「知らないであります!」「ギャハハッ!」「目の前に来たら、俺も言いそうw」「やっぱそうだよなw」「怖いよなぁw」「とても抱ける気がしねぇww」「俺も俺もw」「おいおい。折角団長が、セットしてくれるって言ってんだ。誰か抱いてやれよw」「んん? 私は何も言ってないぞぉおぉ?」「あっ酷い団長w。逃げたww」
エスティの気も知らないで。勝手な奴らだ。折角『殺さないようにした』のに、これじゃ『生かし損』ではないか。今の発言、録音しておいてエスティに聞かせた日にゃぁ、全員肉片にされても知らんからな。とだけ記しておく。ラジカセが無くて良かったな。
しかし、世に仙人は存在せず。何処かで誰かが自分の悪口の一つや二つや三つや四つは言っているものだ。だからどうした。
『ギギィィッ』「おっ! 飯だっ!」「こら、卑しいぞデイブ!」
もしこの納屋が『童話の世界』であったなら、デイブは真っ先に『食われる役』であろうか。しかし違った。入って来たのは、注目すべき順に、良い匂いのする鍋とパン。それにミーコと男だ。
『飯持って来たぞぉ』「食事をお持ちしました」「待てました!」
男の話は誰も聞いていない。存在も無視して、あたかも『空中に浮遊する鍋』を受け取ったようにも思える。勿論、魔法でも何でもない。男が両手で持って来ていただけ。しかし手にしていた熱々のスープは、まるで魔法のように良い匂いがするではないか。
男は半ば呆れていた。暖炉の前に座ったままで、『食事の用意』が何もされていなかったからだ。コイツ等、床で食うのか?
隅に立て掛けてあった戸板を持ち、押さえの木箱を蹴る。すると『これがテーブルか』と気が付いたのだろう。早速手伝いが。
四つをテーブルの脚にして、残りは暖炉の前から持って来た。
『多目に作ったから、十人分位あるだろ』「皆で仲良く分けて」
持った本人が一番感じているだろうが、明らかに十人前以上あるだろう。蓋を開ければ湯気が立ち昇る。実に良い香りだ。食欲をそそる。お玉で掻き回せば、肉がゴロゴロ出て来るではないか。
「この肉は何ですか?」「鹿肉です」『鹿肉ですよね?』『あぁ』
ミーコが先に答えたのが『正解』であったか。男の話は誰も聞いていない。ミーコがパンの下から白い皿を出し配り始めた。それと金属製のスプーンだ。持ち手の所に細かい装飾が付いている。
「これは銀なのか?」「そうですよぉ」『ですよね?』『何が?』『ちょっと、ちゃんと聞いてて下さいよ。私『銀なのか』って聞いて『そうですよ』って答えましたよね?』『嘘、待ってよぉ。そんなの聞いてないってぇ』『またまたぁ。今聞いたじゃないですかぁ』『今でしょ今!』『だから今って言ってるじゃないですかぁ』
団長は混乱していた。こんな山奥で『銀食器』が出て来たことに。
しかしそれ以上に『会話』も気になる。もしかして『銀』と言い当ててしまったことで、何かトラブルにならなければ良いが。
まぁ貴族故。直ぐに『銀』と見抜いたのは当然なのだが。
『まぁ、一応『毒は入ってませんよ』って意味でね。柄がバラバラなんで、別に大したモンじゃないです。すいませんねぇ』
今日一番の『発言』ではなかろうか。男は内心『しまった』と思っている。翻訳者のミーコが男を見上げて困っているからだ。
「銀だけど大したモンじゃないので。あっでも『お土産』にはしないで下さいねぇ。ホラそこっ!」「ギャハハ」「良く見てんなぁw」「ハイハイ。失くした人は手ですよぉ」「あちぃよ!」「ざまぁw」
何か無事に通じた? みたいで、男はホッと胸を撫でおろす。
よそった順。団長から順に食べ始め、全員がモリモリ食べ始めた所で男は頷く。『よし。元気そうだな』と。この様子なら、明日には出て行って貰えそうだと。良く食って、大人しく寝てくれ。
『食べながら聞いてくれ』「聞きながら食べてくれ」
一呼吸置いて男が口を開いた。顔が真顔だ。今後のことだろう。
『この納屋から出ないでくれ』「家から一歩も出るな」
『さっきの狼が来るかもしれないので』「でっかい狼が来るかもぉ」「あっ、それさっき会ったよ」「えっ、ホントですか?」「うん。コイツ食われたw」「あらぁ。それはご愁傷様w」「ひでぇw」
男は首を傾げる。何故に『質問攻め』になるのか。それにミーコの顔を見ても、一向に『翻訳』が来ないのだが。もしもし?
「所でお嬢ちゃん」「はい」「あの狼って、ココで飼ってんの?」「ブッ。飼ってる訳ないじゃないですかぁ。ただの野生ですよ」「そうなの?」「そうなんです! ご飯ありません!」「でもパパは、結構親し気だったけど?」「知りません」「子狼の頃、飼ってたとか?」「いや、私が生まれる前のことは、あんま知らないんで」「へぇ。お嬢ちゃん幾つ?」「幾つに見えます?」「二十歳!」「んな訳ないだろw」「デザート無しっ!」「ほらぁw」「うわぁマジかぁ」「てか、デザートあるんかい」「明日の朝食がデザートです」「それは勘弁して下さい!」「じゃぁ先ずは食べて食べて」「はい!」
何か勝手に『話が終わった』感じになっているのですが。男は首を傾げてつつ、ミーコに逆質問だ。
会話の内容が『気にならない』と言えば嘘になる。
『何て言ってたの?』『私、二十歳に見えます?』『えっ、もうそんな年だったの!』『良く聞けっ!』『ガッ!』『てっ!』「おい、何か蹴られてるぞw」「痛そw」「ダメだぞ。女に年を聞いちゃw」
ちゃんと言ったのに、聞き間違えられるとムカつくこともある。




