99 最終章《過去》
「あの子は、なんでいっつも自分で!」
先生は悔しさを滲ませ何度も黒い渦を叩いた。
しかし黒い渦はなんの反応も見せず静まりかえっている。
そこに戻ってきたリラは静かに問いかけた。
「お義母様はこの黒い渦の正体を知っているのですか? 魔子様からなにか、聞いているのですか?」
リラは震える声を押し殺した。
それでも揺れる瞳を見た先生は俯きがちに答えた。
「魔子様はなにも教えてくれなかったよ。だからわかる。怯えているのだと。魔子様自身がそうなったように、いつか私を人柱にするのを、怖がっていた」
「ひと……ばしら」
その言葉を聞いてリラはさっき味わった恐怖を思い返していた。
あの時に感じた得体の知れない恐怖。まるで生贄を求められているような感覚。
だからそれを人一倍強く感じたアルは残ったのだ。
護るために。
「ふざけんじゃないわよ!」
それが堪らなく悔しかった。
そしてリラは周りの眼も気にせず黒い渦に手をついて叫んだ。
「私がどれだけ心配してるかわかってんの!? それが嫌だから、見てるだけじゃ嫌だから強くなったのよ! それなのになに勝手に居なくなってるのよ! ……私を、置いていかないでよ……隣に……いさせてよ……」
リラはズルズルと崩れ落ちると膝をついた。
それはリラが仲間に見せる、はじめての弱さだったかもしれない。
だからこそ彼女達はそれに応えた。
支え合うために、ここにいるのだから。
「リラちゃん。まだ終わってないよ。だって私の知ってる勇者は、何度だって立ち上がるんだから」
「そうですよ。それにあいつが諦め悪いのはリラさんだって知ってるでしょ」
ふたりの言葉を聞いてゆっくりとリラは顔をあげた。そしてフォークスはリラの肩に手を置いてふたりに続いた。
「リラ。俺たちは仲間だ。だから俺たちはなにをすればいい? 今、アルを助けだすためになにが必要だ? そのためなら、俺たちはためらわないぞ」
フォークスの手に力が籠もる。
その力強さが覚悟となってリラに伝わる。
リラは涙を拭うと立ち上がって先生と向かいあった。その目がもう揺れることはない。
「……行くのね?」
「はい。だからお義母様、みんな、私のために道を開いて。必ずアルを連れて帰る。それで……」
そしてリラは右手を差し出して笑った。
鋭い目でしっかりと、悪戯げに。
メキ
「一発ぶん殴ってやるの」
「……ふふ、確かにお仕置きは必要だね。じゃあ私も、帰ってきたら一発お見舞いしてあげようかしら」
「私も私も! 振りかぶって思いっきり叩いてあげる!」
「うわ〜、あいつ帰ってきても大変だな〜」
「じゃあお前はやめとくか? 俺はやるぞ」
「いやいや俺だってやりますよ。だってあいつ口で言っても聞かないんですもん」
アルの知らないところでリンチが計画されてしまったが止める者はどこにもいない。だがそれが皆の愛情だから仕方がない。
「この殻は私たち三人で叩き割ってやるわ」
「じゃあ私はその先の道を作ろうかね」
それぞれは頷くとお互いに魔力を練り上げた。鮮やかに、濃いオーラと共に。
「最初は俺たちだな」
「はい。もう一回貫いてやりましょう」
「うん! その名も三位一体、アイスイングバーン!」
「えっ!? なんすかそのダサい名前!?」
「……俺はいいと思うぞ」
「やったね!」
「ちょ、フォークスさん!?」
まるでまとまりのない会話。
それでもその会話すら力になる。
仲間を救うために仲間と放つ技。
「やるぞ! トード!」
「もぉ〜! わかりましたよ! アイス!」
生まれる硬い氷の杭。
「いっくよー! スイング!」
荒々しくも正確に伝わる回転力。
「砕けろ! バーン!」
そして回転する氷の杭を打ち付ける赤い拳。
ギャリギャリギャリギャリ
火花を散らしながらぶつかり合う黒い渦と回転する氷の杭。先端の氷は砕けてはすぐさま再生し、回転は緩むことなく激しく回っている。
ビキビキ
回転する氷の杭は黒い渦の表面にひびをいれながらすこしずつその穴を広げる。
バキバキバキバキ
バリ――ン
回転する氷の杭は黒い渦に穴を開けると、細かく砕け散った。
そして氷の破片が舞うなか、新たな魔法が唱えられる。光の道を作るために。
「セイクリッドロード」
シュン
黒い渦の穴にはどこまでも深い闇が続いている。それを照らすように伸びた一筋の光。
その先がどこに続くかは誰にもかわからない。それでも彼女はためらうことなくその穴に飛び込んだ。
「みんな、ありがとう。必ずアルを連れて帰ってくるから」
リラはそう言い残すと振り返ることなく光の道を進んだ。
「若い子はなんで無茶ばっかりやるかね」
先生はその様子を目を細めて眺めた。心配そうに、頼もしそうに。
その先生にフォークスはすこしだけ気まずそうに話しかける。
「……お久し、ぶりです。その、こんなことに巻き込んでしまって……」
「フォウ」
そんなフォークスを見た先生は優しく笑いかけた。
「大きくなったね。それに私は今、先生って呼ばれるのが気に入ってるんだ。だから、そんなに畏まるんじゃないよ」
「え、先生ってフォークス君と知り合いだったの? てかリラちゃんたちとも知り合いなの? それにフォウってなに? 私もフォウ君って呼んでいい?」
「あんたは相変わらずだね。でも、風の制御はきれいになってたよ。ちゃんと稽古は続けてたようだね」
「へへっ」
改めて先生と呼ばれる人物を見たトードはフォークスに近付くと小さな声で話しかけた。
「……フォークスさん? 俺の覚え間違いじゃなかったらあのひとって」
しかしフォークスはそれを遮るように笑って返した。自身に言い聞かせるように。
「ふっ。そんなことを気にしても仕方ねぇ。今ここにいるのは先生なんだ。俺達の仲間の、先生なんだ」
「……なんかすごいひとと仲間になっちゃいましたね」
そして四人は黒い渦に目を向けた。
光の道はすこしずつ闇に呑まれていくが、それに不安を感じることはない。
「ちゃんとふたりで、帰ってくるんだよ」
その言葉は、黒い渦の中に静かに溶け込んだ。
◇◇◇◇
「ごめんね、アル」
アルの耳に届いた十数年ぶりのアマラの声。だがその声色はアルの知らない辛く寂しい声だった。
(笑っていて、ほしかったな……)
アルは声には出さずに小さく溜め息を吐いた。
アルがいつも思い浮かべるアマラはいつも笑っていた。無邪気に、たくましく。
だが目の前のアマラは叱られた子供のように弱々しく俯いている。
その姿が無性にアルを苦しめた。
「なにがあったか、教えてくれますか? そして師匠、あなたは何者なんですか?」
アルは努めて優しく問いかけた。
それでもアマラの表情は晴れることはない。
「……私は、竜。この大陸に残る、最後の竜」
「それじゃあ剣鬼や博士も?」
「違うわ。あの子たちは元は人よ。ただ、竜の力の一部を引き継いだの」
「……詳しく教えて下さい」
アマラは頷いたあと静かに語りだした。
この世界でなにがおこり、自分達がなんのために生きているのかを。
「この世界にはたくさんのエネルギーが溢れてる。魔力に地脈、それとは別に説明できないたくさんのエネルギーで溢れてる。でもね、そのすべてが良いものばかりじゃないの。人だけじゃなく、自然そのものに害を与えるエネルギーも存在する」
「……瘴気」
「うん。あれはどうしようもないほどに世界を苦しめた。あのエネルギーのせいでたくさんのものが命を落としたの」
「それが、迷宮」
しかしアマラは首を横に振った。
「違うわ。迷宮は……この大陸以外には存在しないの」
「え?」
その事実を知ってアルは驚きを隠せなかった。
(そんな、だが確かに俺の知識では他の大陸の事情はわからない。それにもともとクーランド大陸は他の大陸との交流がない……だからか)
アルの表情を見てアマラはそれを肯定するようにその答えを伝えた。
「この大陸が他国との交流がもてないのは迷宮のせい。だって彼等には、もう戦う力がないのだから」
「海の魔物を倒すことができないから、交流がとれない」
「うん。それに海の魔物が他の大陸に流れつかないように、数年に一度は神獣が魔物をクーランド大陸まで押し戻すの。その影響も、きっと大きいわ」
アルは亀の神獣を思い浮かべながら納得した。亀の神獣は申し訳ないと思っているからこそ、冒険者の攻撃を気が済むまで受けていたのだと。
それでも疑問は残る。
なぜこの大陸だけで迷宮が発生するのか。
「迷宮があるから瘴気が漏れてくると思ってたけど、もしかして逆ですか?」
アルの問いかけにアマラは黙って頷く。
「じゃあなんでこの大陸だけ迷宮が発生するほど瘴気があるんですか? さっき師匠は世界中にいろんなエネルギーがあって、そこに瘴気もあるって言ってたじゃないですか」
気を荒くしながらアルは問い詰める。
しかしアマラはそれに答えずじっと下を向いた。
「まさか、迷宮を創っているのは師匠達なんですか?」
その言葉にアマラは肩を一瞬だけ震わせた。
「……」
「……」
気まずい沈黙が続くなか、ようやくアマラは口を開いた。
「それは、半分正解で、半分違うわ」
「半……分」
否定してないアマラの答えを聞いてアルは気落ちした。
(それでも、師匠は人が苦しむのを黙って眺めるようなひとじゃない)
不安と希望を胸に抱え、アルは話の続きを促した。
「全部、教えてくれますか?」
「……うん。さっき、瘴気のせいでたくさんのものが命を落としたって言ったよね? それを神と呼ばれる者たちは解決しようとしたの。ただ、その解決方法には犠牲が必要だった。世界中を救うために、たったひとつの犠牲が」
「それが、クーランド大陸」
自分で答えてアルは息を呑んだ。
そのあまりにも重い事態に。
「つまり、世界中の瘴気が、なんらかの方法で、ここに。それを、神と呼ばれる者たちが実行したんですか?」
「そう。世界中の瘴気がこの大陸に流れ込むように気の流れを変えて瘴気の脈を創り上げたの。だから、クーランド大陸以外で迷宮は発生しない。クーランド大陸以外では、もう、戦う必要はないの」
「……なんだよそれ……この大陸にも人は、生き物はいるんだぞ? それを見捨てたのか? 世界のために」
アルは怒りを抑え込むように拳を握ったが、そのきつく握られた拳は行き場を失ってその場で震えることしかできなかった。
「それでもすべての神と呼ばれる者がそれに賛成したわけじゃないわ。今のアルと同じように反対する神もいた。だからその神は瘴気の脈から漏れる瘴気を浄化し、この地で人間に力を与えることを選んだの」
「それってまさか」
「ええ。アルが目を覚ました時に会った男の人。あの方は龍神と呼ばれる存在で、この大陸を護るために私たち七匹の竜と共にこの地に移ったの。そして私たちに瘴気の浄化を命じ、自らは人間に力を与えられるように地脈を築いた」
「だからこの大陸はその竜に合わせて七つの国に分かれたのか。でも、その竜も今は師匠だけ……」
アマラは寂しそうに俯きながら話を続けた。
「私たちは瘴気を浄化するためにずっと戦い続けた。ずっと、何千年では足りないほどの年月を、ずっと。でも、いつか終わりはくる。浄化しきれなくなった私たちは、瘴気で穢れ、いつか最悪の存在に変わってしまった」
「それが、特級迷宮」
「……うん。だから、この迷宮は半分、私たちのせい。だから……ごめんね」
「そんな、そんなはずがあるか! この地のために身を削った師匠達がなんで謝らなくちゃいけないんだ! そんな理不尽なことが、そんなことが、あっていいわけ、ないだろ……」
アルは歯を食いしばって言葉を吐き出した。
いつも笑っていたアマラがそれほどまでに身を削っていたことに気がつくことができなかったからだ。
「それでも、ごめんね。だって国境で二度もアルを襲ったのは私から生まれた穢れだから。あの穢れに取り込まれてしまったら、特級迷宮の一部になるしかないの。でも、間に合わなかった。一度目の時にアルはもう、その殆どを、穢されてしまっていたから」
「だから、焼き殺すしか、できなかった」
そしてアマラは俯いたまま小さく頷き、それっきり黙ってしまった。
そんなアマラとは対照的にアルは上を見上げて目を瞑った。
(知らないことだらけだ。でも俺はここに辿り着いた。それはきっと剣鬼や博士が俺をここに導いたからだ)
ふたりの顔を思い浮かべながら再びアルは問いかける。
「剣鬼と博士は元は人間なんですよね? あのひと達はどういう存在になったんですか?」
特級迷宮を攻略して遺跡の主になった存在。だがアマラの話を聞いたアルはそれだけの存在ではないと感じていた。
「あの三人は厳しい修練の末、地脈のさらに奥に眠る龍脈に触れたの」
「龍脈?」
「ええ。地脈は龍神が人に能力を与える為に創ったもの。そして龍脈は龍神が私たちに力を与える為に創ったもの。でもそこに辿り着くものは昔から稀にいたわ。なにかを護る為に生き、そして龍神の意志に触れたものが。そして彼らは私たちと同じように生きることを選んだ」
「それってまさか、神獣ですか?」
「ええ。だから彼らは特別な力を持っているの。そして三人もまた、そこに辿り着いたわ。だから二千年前に生き残っていた竜達で三人を鍛えたの」
その話を聞いてアルは自分の中にある説明できない力を思い返した。
「それはもしかして俺もですか?」
「いえ、アル達は少し特殊ね。龍神がなにかしたのかもしれないけど、あなた達は地脈よりも龍脈との繋がりが深いわ」
「俺……達?」
「ええ。リラもよ。そのせいでふたりとも能力には恵まれなかったわ。三つの能力の素質を持ったためとはいえ、開花に時間がかかったのはそのせいね」
アルは自分の才能の無さを嘆いた事があったが、その理由をここにきて理解した。
「なるほど。それで、剣鬼達はその力を持って特級迷宮を攻略したんですね? それが今も生きている事と同じ事なんですか?」
アルの言葉に対してアマラは力なく答えた。
「穢された私たちは、主を求めてしまうの。そしてその邪気に応じた者が、特級迷宮の守護者になってしまう。だから特級迷宮の守護者は国を滅ぼすほどに強くなれるの。瘴気を自在に操れるから」
「それが、ヴァルカン」
「ええ。それでも博士達は守護者を倒した。命をかけて、守護者を倒した。そして応じたの。穢された竜を殺し、竜に変わって瘴気を浄化する役目を負う事を」
「じゃあ、いつか剣鬼達は」
「……いつか、穢されてしまう。だからその時間を少しでも長くするために、弟子を育てる以外には力を使わないようにしているの。天界にいるのも浄化の力を休めるためよ」
そしてアマラは、小さく、弱々しい声でアルに願いを伝えた。
「……だからね、アル。……私を、殺して。この世界を護るために」
99話まで続きましたが、次話が最終話になります。
また、同時連載中の『神様の神頼み』も明日で完結します。




