100 最終章《終わりと始まり》
その願いをアルは会話のなかで薄々気がついていた。それでもその言葉をアマラから聞かされて胸が引き裂かれるほどの痛みを感じた。
(俺の護りたい世界は、そんな世界じゃないのに)
アルは今までの人生を振り返った。
そこで得たたくさんの出合いや感情。
その最初を支えてくれたのが誰だったのかを。
「なんで、師匠は俺を助けたんですか?」
そんなアルの言葉にアマラは少しだけ表情を緩めた。
「あなたはいつも走り続けていたわ。自分の能力に絶望しても、大切なひとを失っても、それでも諦めずに走り続けていたわ。そんなひとを応援したいって思うのは、当たり前のことじゃない。わかるでしょ? アルの周りには、そんなひと達が溢れている」
「アル」
アルは自身の名を呼ぶ仲間達の顔を思い浮かべた。どんなに馬鹿なことをしても、そのひと達は最後まで背中を押してくれた。
(みんな、ごめんね。俺は、知りもしない人のために命はかけられない。だから、失敗したらごめん)
覚悟を決めたアルは強がって笑ってみせた。
その表情を見てアマラは目を丸くする。
「……アル?」
「師匠、さっきのお願いですが、断ります」
「!? 駄目よ! 私のことは気にしないで!
確かにアルにはいろんなものを背をわせてしまうけど、それでも世界のために!」
「嫌だ」
「アル!?」
「嫌だったら嫌だ」
子供のように頑なに断るアルに困惑するアマラ。世界を救うための願いを断られるとは夢にも思っていなかったようだ。
「だいたい師匠が死なないといけないのが気に入らない」
「そんなこと言ったって、私はもう長くはないの」
「それならそれで、死ぬまで生きたらいいじゃないですか」
「……無理よ。穢された私はもう自由に生きられない。能力を使う力も、もう残ってない」
「別にいいじゃないですか。能力がなくったって、強くなくったって、生きてればそれでいいじゃないですか。それとも長生きし過ぎてもう生きるのが嫌になったんですか? 俺に楽しそうに特訓してくれてた師匠の笑顔は、俺をここに導くために作られた笑い顔だったんですか?」
そんなアルの言葉を聞いてアマラは一筋の涙を流した。
それは数千年前に仲間を失ってから、ずっと準備し続けていた覚悟が崩れる瞬間だったのかもしれない。
「……違うよ。楽しかったの。前を向いて進むアルと過ごすのが、楽しかったの。だから、私だって、アルと一緒に過ごしたかった。また博士達と一緒に、笑いあっていたかった……」
関を切ったように流れだした涙。
その涙がアルの覚悟を強くする。
「じゃあ笑ってください。俺が、絶対その願いを叶えるから。世界のための願いじゃなく、師匠の本当の願いを」
「本当……の願い……でも、それは」
「諦めない」
アマラの言葉をアルは遮った。
譲ることのない、強い意志を込めて。
「俺は諦めない。それで世界から恨まれても、神達から罰を受けることになっても、それでも俺は諦めない。それに師匠を殺すのはもちろん、俺はここに留まるつもりはない。そんなことをしたらリラに怒られちゃうし」
「あら? そうだったの? てっきり人柱にでもなるつもりかと思ったわ」
「ん?」
アルが振り返ると、闇からゆらりと現れたリラが話に割って入った。
「はじめまして。アルの師匠様。そういことだから諦めてもらうわ」
「それよりも、どうやってここに」
「無理やり割って入ったわよ」
「違うわ! いや、それもおかしいことだけど、なんでこの闇でこの場所がわかったの? ここは異空間の中。方向もわからない闇の中でここまで辿り着けるはずがないわ」
アル達を囲む闇はどこまでも暗く、どこまでも静かだった。
実際に気配に敏感なアルでさえリラが背に迫る瞬間までその存在に気がつかなかった。
だがその答えをリラはさらりと答えてみせた。
「そうね。アルの気配がしたから」
「そんなはずはないわ。だってここは瘴気の脈と触れているのよ。人の気配なんか感じとれるはずないわ」
リラは驚くアマラの胸を指差した。
「瘴気の脈がなにか知らないけど、ここからアルの付与の気配がしたわ。私に人の気配を探る能力はないけど、付与の能力だけはなんとなくわかるから」
「え? 俺の能力ここにあるの?」
「でも、多分違う存在になってるわね。諦めなさい」
「そこは諦めないといけないのか〜」
「それよりもアルのお師匠様泣いてるじゃない。なにがあったのか説明しなさいよ」
緊張感のないまま説明をするアル。
そんなふたりを見て何度も瞬きをするアマラ。
国境でアマラから生みだされた穢れがアルを襲ったとき、確かにアルは付与の能力を使い、その能力を失った。
それはアマラも予想していなかった現象。
アルの身になにが起こっていたかわかっていなかったが、アマラは真実に引き寄せられるようにアルとリラの会話に割って入った。
「そんなことが、あるなんて……」
「師匠?」
ふざけていたふたりはアマラの真剣な声に引き戻される。
「アルの能力が使えなくなった理由よ。そもそもアルが能力を使えなくなった理由が私にはわからなかったの。でも、私は見たことがあったわ。その力と代償を。龍神は、あの力をアルに託したのね」
ひとり納得するアマラを見たアルとリラは、満足そうに結論に至る。
「つまり、師匠を救うだけの力はありそうだな」
「ええ。そろそろこんな暗いところからでましょう」
「でも、そんな方法」
不安そうに瞳を揺らすアマラにたいし、アルとリラはお互いを見合って頷いた。
「俺が絶影で師匠の瘴気を吸い取って」
「私がそれを結界に封じ込める。ミノタウロスの魔石も貰ったしちょうどいいわ」
「……そんなこと……できる、の?」
「無理でもやるよ。その代わり師匠の身になにが起こるかはわからない。それでも、その命だけは救ってみせる」
「それにお師匠様だけじゃないわ。博士も魔子様も、剣鬼様も遺跡から解き放ってみせる」
「だから俺たちに任せて。これからは瘴気を浄化する役目は、ちゃんと俺たち人間が背負うから。人柱としてじゃなく、この大陸で、みんなで背負うから。だから、師匠はもう自由になってください。好きなだけ、笑ってください」
アルとリラの強い眼差しについにアマラは折れた。
死ぬために固めた決意と使命。
それを、笑顔と引き換えるために、アマラは捨てることを選んだ。
(龍神……ごめんなさい。こんな勝手なことをして許されないとわかっているけど、それでも私は、みんなと別れたくないの。だから、今までありがとう)
会いたくても会えない存在。
それでもアマラが強く願った時、龍神は優しく応えてくれた。
その優しさを思い出し、アマラは目に涙を溜めながらも、前に進むことを選んだ。
「ふたりとも……お願い。迷惑をかけるのはわかってる。わがままなのはわかってる。それでもお願い。だって私は……」
そしてようやく目にする笑顔。
それはアルが忘れることのなかった、太陽のような笑顔だった。
「あたしは、みんなが大好きだから」
その笑顔に触れたふたりは返事もせずに力を練り上げた。世界を救うためではなく、わがままを叶えるためだけに。
「アルの言ってた通り、素敵な笑顔ね」
「そうだろ? でもきっと、博士も笑ってくれる。もう心配な顔なんてさせないさ」
「ありがとう、アル」
そしてアルはアマラに右手をかざすと、霞むような影を浮き上がらせた。
色を持たぬ、幻のような影を。
「絶影」
ブワッ
「うっ」
「ぐぅぅ」
アマラから溢れる瘴気をアルは一心に受け取った。特級迷宮を創りあげるほどの瘴気。それはとても人の身で耐えられるものではない。
それでもアルは余すことなくその瘴気を吸い取った。
仲間を、リラを信じて。
「結界」
キィィィィィン
リラはアルの左手を掴むと、胸に抱えるようにしてその瘴気を結界晶石に閉じ込めた。いつか訪れる日のために集めた魔石だったが、結界晶石はすこしずつ色を黒く滲ませていく。
(アル、リラ)
アマラから瘴気を吸い取るアルはうめき声をあげ、それを封じ込めようとするリラの額からは滝のような汗が流れている。
それを見ていることしかできないアマラはただただ祈った。自身ではどうすることもできないもどかしさを抱え。
しかし最初に悲鳴をあげたのはふたりではなかった。覚悟とは関係なく、その道具は限界を迎える。
「アル! 結界晶石の容量が! これじゃまだ魔石が足りない!」
「……ごめん。ふたりとも」
「まだだ! リラ、一旦結界を閉じてくれ! あとは俺が吸い尽くす!」
「!? そ、それなら私にも共有させなさいよ! アルひとりだけ死なせないわ!」
「くっ」
アルがためらう間にも結界晶石は黒さを増している。その濃縮された瘴気に耐えられなくなるのはもう間もなくだ。
(くそ! くそ! 絶対に失敗できないんだ! これだけは絶対にあきらめちゃいけないんだ!)
三人が絶望に襲われるなか、それは突如現れた。暗い闇を背負い、アマラの背後から静かに。
「相変わらず……か」
「ヴァルカン!?」
倒したはずのヴァルカンは剣を杖代わりに無防備なアルとリラの前に歩み寄った。
その事態にふたりは殺気を飛ばして対応しようとしたが、ヴァルカンの目を見てそれを静かに納めた。
「また、あの時のようにひとりで背負うつもりですか?」
その言葉がなにを指すのかをアルはすぐに理解した。
「ああ。結局、みんなを救えなかったけどな」
「……ですが、私の命は救われました……なのに、私は歪んでしまった。あなたを失った私は、怨むことでしか生きていけなかった。真実も知らぬまま、怨みだけを募らせた私は、この国から命を奪い、あなたまで、この手にかけようとしてしまった……」
護るべき者に守られ、そして目の前でそれを失った騎士。それは誰もが憧れる騎士を歪めるには十分過ぎる過去だった。
「……ヴァルカン、悪いのはあなたじゃないの。この瘴気はそういった負の感情を求め、それを増幅させるの。だから、これはそれを抑えきれなかったあたしのせいよ」
それでもヴァルカンは納得しなかった。
人一倍正義感の強かった彼が、そんなことで納得できるはずがない。
「いいのです。これは私の業。ただ、もしひとつだけ償えるのなら」
ズクッ
「!」
ヴァルカンは黒く開いた胸に手を入れると、自らの魔石を取り出した。
本来、人が魔石を持つことなどない。
だが特級迷宮の主となったヴァルカンは魔石を手に入れた。白と黒が避け合うような二色の魔石を。
「せめて、あなたが救いたい者を救うために、この命を」
「……っ」
「……アル」
アルは左手を握るリラの表情を見たあと、苦々しく頷いた。
それでもヴァルカンは頬を緩めた。
救われたように。
「すまん、ヴァルカン。お前の命を、使わせてもらう。だが忘れないでほしい。あの時の俺にとって、お前は俺にとっての救いたい命だったんだ。大事な人を失った俺を支えてくれたお前は、俺の恩人なんだ。だから……だからまたいつか巡り逢おう。お互いに肉体は違えどわかるはずだ。みんなが俺を見つけたように、今度は俺がお前を見つける」
アルの言葉を聞き届けたヴァルカンは魔石をリラに渡すと深々と頭を下げた。
謝罪と、感謝と、別れのために。
「最後だ。いくぞリラ」
「任せて。必ず助けてみせる」
ふたりは最後の力を振り絞った。
負の塊となっている瘴気を吸い取りながらも決して揺るがない。
そしてその精神が、たったひとりの女性を救う。
サァァァ―――――
「師匠。ずっと言えなかったことがあるんだ」
「なに?」
「……おかえり」
その何気ないはずの言葉にアマラは目を潤ませた。
その言葉は人間達のためにアマラが護ってきた日常。そこに自分がいれずとも、願い続けた誰かのための平穏な日々。
だがアマラは踏み出す。
新たな人生の一歩を。
竜としての力を失い、人並みに尽きる命しかなくとも、自由に生きるために。
自分のための人生を。
「みんな……ただいま」
そして、アマラの長い夜が明ける。
◇◇◇◇
「とう!」
ズドン
「いて〜〜っ」
「わ! びっくりした〜」
黒い渦から勢いよく飛び出したアル達は、トードをクッションに無事に戻ってきた。
四人の顔を見てニコニコと笑うアル。
まったく緊張感のない男だ。
だがそんな男の胸にリラは拳を軽く突き立てると、顔を伏せてアルの胸元に収まった。
「馬鹿。いつも無茶ばっかり」
「リラにも無茶させてごめんね」
「私はいいのよ」
そんなふたりの頭を先生が叩く。
パコン パカン
「「あいた」」
「馬鹿はあんた達だよ。命をはるっての揶揄だけにしといてくれ。もう、失いたくないんだよ」
「ごめん。でも俺、ここにいるみんなのためならきっと繰り返しちゃうよ」
アルの言葉に呆れたように溜め息を吐いた先生は、フォークス達に続きを促した。
「アル君、おかえり!」
「いて!」
「たまには人に相談しろっ」
「痛いよ! なになに!?」
「勝手にいなくなるなっ」
「ん? 泣いてる?」
「ほっとけ!」
アマラはみんなに揉みくちゃにされるアルを見たあと、座りこんだままのヴァルカンに目を向けた。
ヴァルカンは目を細め、懐かしむようにその光景を眺めている。
「ごめんね、ヴァルカン」
「……いえ、最後にいいものを見せて頂きました」
ヴァルカンの言葉に皆が振り返る。
胸からは赤い血が流れ、もう長くはないことが見てとれる。
それでも簡単に死ぬことを認めない者がゆっくりヴァルカンの前に歩みでた。
「申し訳ありませんでした。一番辛いのは貴方だったはずなのに」
座ったまま深々と頭を下げられた先生だったが、ヴァルカンの脇に手を入れると、片足のまま無理やり立たせた。
「悲しみかたは人それそれだ。あんたがそれだけあの子の事を思っていてくれたことには感謝してる。それでも、あんたはけじめをつけな」
「けじめ……ですか」
「そうだ。魔物としてではなく、人としてだ」
先生はヴァルカンの失った足に氷の魔法で義足を作ると、背中をそっと押した。
その先には大剣を構える剣士が立っている。
覚悟を決めた表情で。
「……心遣い、感謝致します」
「最後は親として、人生を閉じな」
ヴァルカンは頷くと、背筋を伸ばして前に出た。
決して高くはない背。
それでも滲み出る威厳。
それは幼き頃にフォークスが憧れた姿。
フォルティカ王国最強の騎士と言われ、誰もが慕った姿だった。
「いくぞ。フォークス」
「おう」
カッ キキン
ヴァルカンは胸だけでなく、閉じた口からも血を流した。
それでもその剣は冴え、フォークスの大剣に打ち負けることなく振り返している。
カカカ キーン
何度も何度も剣を振る両者。
あの日から失った空白を埋めるように。
(そうだ。それでいい。お前は、まだまだ強くなれる)
そしてヴァルカンは最後の力を振り絞る。
加減することなく、己が使えるすべてを使って。
「ぬん!」
ヴァルカンは腰を落とすと、その場で居合いを放った。流れるような打ち合いから放たれた強力な一撃を。
ギ――ン
それをフォークスは正面から打ち負かした。退く事もせず、頭上から振り下ろした大剣で弾き返した。
そしてフォークスは最後の構えをとる。
幼き頃に学んだ剣を思い返すよう。
(見事だ。お前は俺を越えていけ)
力まず
焦らず
驕らず
もっと前に、高みに
――ドシュ
フォークスは突きの構えから真っ直ぐに剣を放った。ヴァルカンの心臓をめがけて、深々と。
カララン
音のない世界にヴァルカンの手から落ちた剣が鳴り響く。
「……強くなったな……フォウ」
「はい。だって俺は、父上の息子だから」
「ふふ…………じまんの……な…………」
「……っ……う、くぅ……、父上……」
「…………」
それは言葉の少ない別れだった。
それでもふたりは、幼き頃に夢見た日を取り戻した。
永遠に失われると思っていた平穏な一瞬を、その命と引き換えに。
◇◇◇◇
アル達が特級迷宮を攻略してからひと月がたったが、特級迷宮が遺跡に変わることはなく、今も迷宮として魔物を生み出し続けている。
そしてその迷宮から王都に向かう三人の人影。
「やっぱり能力が使えないって不便よね。アルはよくこれで戦えてるね」
「いや、師匠はあれで十分でしょ」
「嫌よ。あたしだってまたいつか能力に目覚めてやるんだから」
「アルの強さの秘密がよくわかったわ」
アマラは能力も竜としての力も失ったが、アル達と迷宮に潜ることを選んだ。
アマラも人柱も失った迷宮は瘴気を溜め込むことも浄化もできない。
だがそれで悲観する者はいなかった。
誰かを犠牲に先延ばしするくらいなら、常に迷宮に潜って瘴気を打ち消し続けることを選んだのだ。
「リラちゃんもごめんね? あたしのリハビリに付き合わせて」
「いえ、私は私で魔石を集めるっていう目的がありますから」
元特級迷宮は通常よりも魔物が強力だが、魔石を求めるリラにはちょうどよかった。
「魔石が集まったらまた伝承の島にも行かないとだな」
「そうね。魔子様もお師匠様のことを待ってるしちょうどいいわ」
「うん。あたしはもう天界に行けないけど、そのぶんこの足でみんなのとこに行くんだ」
そう言ってアマラは楽しそうに王都に続く砂の道を走った。太陽のように輝く金の髪をなびかせながら。
「せっかくならみんなもくればよかったのに」
「まぁ、お城に呼ばれたって言ってたし仕方ないんじゃないの?」
「そんなの断ればいいのに」
「アルがずっと断るから四人が呼びつけられたのよ」
「……俺はいい仲間を持ったな〜」
迷宮帰りとは思えない足取りで帰る三人だったが、王都に入った瞬間にその異変に気がついた。
「……人がいない?」
「うん。でも気配はする。特に王都の中央に」
静まりかえった王都を見て三人は緊張感を覚えた。
そしてゆっくりと人の気配がするという王都の中心地に行った時、思わず目を見開いた。
「せ〜の!」
「「「おめでと――――!!」」」
少女の掛け声に合わせ盛大に響く声。
広場だけでなく、通りの窓がすべて開け放たれてそこからも住民たちが手を振っている。
「ありがと〜!」
そして笑顔で手を振って応えるアマラ。
「師匠? これがなにか知ってるんですか?」
「知らないけどおめでとうって言われたらありがとうって言うのは常識だよ?」
「うっ、師匠に常識を語られるとは」
「それにしても……すごい人ね」
広場にはどんどん人が押し寄せてきて、今ではお祭り騒ぎのようになっている。
そして三人の前に駆け寄ってくる宿屋の少女。
その顔を見て三人はさっきの掛け声の主が誰だったのかを理解した。
「キャルちゃん、どうしたのこれ?」
「ふふ。驚いてくれました?」
「うんうん。驚いた驚いた。それでこれなんなの?」
「ふふ。なんとこれ、陛下も強力してくれたんですよ?」
「へ〜そりゃすごい。それでなんなのこれ?」
「結婚式ですよ」
「なるほど〜。陛下再婚すんの?」
「……死神、お前はなんのために王都を取り返したんだ」
突如道が開かれるとそこに陛下が現れた。
その後ろでは楽しそうにパネェが手を振っている。
「まさか陛下! パネェさんと!?」
「違う。――!? ま、待て! 妙な殺気を飛ばすな!」
陛下の後ろにいるもうひとりの女性はにこやかに笑いながら魔力を練り上げていた。
さらにふたりの男も女々しく闘気を漏らしている。もう少ししたら陛下は空高く舞い上がるかもしれない。
「ゴボン! 結婚式はお前のだ。本当は大陸一の宿屋を建ててからにしたかったのだが、お前達を待たせるわけにもいかんしな。それにお前達の祝福はこの王都復興のための活力にもなる」
アルは陛下に言われて周囲を見渡した。
いくらか人が住める建物が残っていたとはいえ、元通りになるのには随分な月日がかかる。
それにアルとしてもリラを待たせ続けるのを申し訳なく思っていた手前、それを断る理由はなかった。
「みんな、ありがとう」
「それじゃあリラお姉様。衣装用意してますからこっちへどうぞ」
キャルはリラの背中を押してパネェに引き渡した。
「え? 衣装? そんな急に」
「ではパネェお姉様、あとは任せます」
「了解〜。いくよリラちゃん」
「さぁ! こっちは料理の準備です! 皆さんどんどん持って来てください!」
「「「了解しました!」」」
キャルは素早く指示を出すと再び人混みのなかに消えていった。
それに伴って広場では一斉に準備が進んだ。形の違うテーブルがそこら一体に並べられている。華やかさには欠けるが、それでもみんな楽しそうに動き回っていた。
その様子をアマラは目を細めて眺めた。
護りたかった日常を見つけたように。
「師匠、おめでとうございます」
そんなアマラにアルは話しかけた。
だが急におめでとうと言われたアマラはなんのことかわからず笑いながら聞き返す。
「なにが? 今日のおめでとうはアルにだよ?」
「そうですね。だけど、ひと月も遅くなって申し訳ありませんが、おめでとうございます」
「だからそれなに?」
「師匠の、新しい誕生日です。これからは毎年祝わせてくださいね?」
「……ずるいよ……弟子のくせに」
アマラは涙ぐみながらも一生懸命に笑った。
仲間と過ごす日常を、噛みしめるように。
それからしばらくして広場の端で歓声が鳴り響いた。その歓声を聞いてアルの心臓も高鳴る。
そして再び開かれた人の道。
その間を胸にブーケを抱えたリラがゆっくりと歩いている。純白のドレスといつもの羽衣を羽織って。
「に、似合ってるかしら?」
いつもの鋭い目は鳴りを潜め、このひと月でリラの隈は随分と薄くなった。
それをまじまじと見つめたアルは、表情をほころばせて笑う。
「うん。綺麗だよ」
「そ、そう。そんな言葉知ってたのね」
「うん。まさにリラのためにある言葉だよ」
「う、も、もういいわ。もう十分だから」
顔を真っ赤にさせたリラはアルと向きなおるのを諦めてちょこんと真横に並んだ。
その姿にパネェは悶絶しながら気合いを入れる。
「いいな〜リラちゃん。綺麗だな〜」
「儂はてっきりお前のために作るのかと思ったよ。まったく、いつになることやら」
「うるさい婆様。よし! あのブーケは絶対に私が獲る! 次は私が!」
「それなら俺が」「すぐにでも俺が」
火花を散らすフォークスとトードだが、振り返ったパネェはさらにヒートアップしていた。
「あれは私が獲るの! 邪魔したら潰すからね!」
「「なんでだよ」」
「はぁ。あんたら早いとここの娘をどうにかしてくれ」
勇ましくブーケを睨みつけるパネェに溜め息を吐く三人。彼女の旅はまだ終わりそうにない。
そして並んだふたりを見て目を潤ませるもうひとりの女性と老人。
いつか夢見た光景。
もう来ないと諦めた姿を、その目に焼き付けた。
「お師匠様」
「ん? なあに?」
「あの子を、アルと名付けてくれて、導いてくれてありがとう」
先生は優しく笑って感謝を述べた。
心から。
それを受け取ったアマラもまた感謝を伝えた。
「ありがとうは、きっとあたしのほうだよ。だって今」
アマラは両手を空に向かって広げると笑顔で声を張り上げた。
「こんなにも、幸せなんだもん!」
そして響く盛大な拍手。
クヴェルト帝国から駆けつけたキッカやギルドマスターもいる。なかにはいつかアルにしっかりしろと背中を叩いたおっちゃん達も混ざっている。
その楽しそうな表情を見たアルは、ポツリと呟いた。
「リラのおかげで、また俺の世界は広がりそうだよ」
「それは私も一緒よ。アルと出会わなければ幸せがなんなのか知らずに生きていたわ。でも、満足するのはまだよ。私は博士を自由にしたいし、アルにだって自由になってもらいたい人はたくさんいるでしょ?」
アルは今まで出会ったたくさんの人たちを思い浮かべた。あきらめることなく、困難に立ち向かう勇敢な人達を。
「ああ。だから、俺はこれからも戦う」
「私も、一緒に戦うわ!」
そしてリラは大空にブーケを投げた。
天高く舞うそれを見つめ、誰もが澄んだ大空を見上げる。心から楽しそうに。
その輪に混ざるようにふたりは皆のもとに駆け寄った。大事な、仲間のもとへ。
「きっとアルとの旅は終わらないわね」
「はは。これからもきっと大変さ」
彼はこの大陸で勇者と呼ばれた男。
しかし彼は鮮やかな色を放てない。
誰もが手に入れる能力を使えない。
それでも彼は、ひとつの目的のためにこれからも前にすすむ。
「「それでも世界を救いたい」」
――完――
『無色無能+α』(旧タイトル︰無色無能でも世界を救いたい)を最後まで楽しんで頂いてありがとうございます。
はじめて書いた物語でしたが、読者様のおかげで自分自身も楽しませて頂きました。
最後までお付き合い頂き、本当ににありがとうございました。




