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98 最終章《真実》

『ほざくな……ガキが!』


 怒りを顕にしたヴァルカンは一足飛びでフォークスに詰め寄ると、容赦なく剣を振り下ろした。


 ガギン


 フォークスはそれをなんなく受け止めたが、それで終わらないことを十分に承知している。ヴァルカンの体からは一つ目の人影が浮き出てフォークスの胴を狙った。


 ギン


 しかしフォークスの胴まで届かない。フォークスの胴を狙った剣はアルによって簡単に防がれている。

 さらにヴァルカンはさらに人影をだしたが、詰め寄ったトードとパネェが加わったことで人影の剣はすべて受け止められた。



 そこからはヴァルカンを中心に壮絶な打ち合いがはじまった。ヴァルカンは四体の人影を出して五人と打ち合う。密集した空間では目まぐるしい攻防が広げられていた。


 しかしアルとリラが加わったことで戦況はアル達に傾き出していた。


 どれほど仲間が傷ついてもリラはポーションで瞬く間に傷を癒やし、決してヴァルカンに自由を与えなかった。


 さらにアルは人影だけでなくヴァルカン本体をも同時に相手取っている。その隙にリラは精霊術を放ち、確実にヴァルカンを追い詰めた。



 しかし相手は特級迷宮の主であり、元フォルティカ王国の筆頭騎士。簡単に倒せる相手ではない。


 ヴァルカンは五人に囲まれながらも確実に勝てる場所を狙った。それは強者としてのプライドを捨てた一撃でもあった。


 ドッ

「ごはぁっ」


 トードの鳩尾に突如打ち込まれた蹴り。それは黒い人影に隠されて放たれたヴァルカン本体のものだった。


 予想外の攻撃にトードは動きが止まる。

 そして一度硬直した体は簡単には動かない。その隙きをつくようにトードと相対する人影が心臓を目掛けて剣を突き出した。

 四人は同時に人影から打ち込まれていてトードを助けに入れない。


 だからヴァルカンは思い通りに事が運んで口元を緩めた。それは油断ではなく経験に則ったもの。この状態で無傷で済む者はいないと。


 それをトードも正確に理解していた。いくらアルと出会って強くなったとはいえ、防げない攻撃はいくらでもある。それがまさに今、自身の心臓を貫こうとしている。


 そんな状況に置かれてトードは内心溜め息をついた。いつもこうだと。


(またか。なんで俺の前には化け物みたいなのがほいほい現れるんだよ。まったく、いつになったら追いつけるんだ?)


 トードは剣を防ぐことを諦めると、僅かに体を傾けた。そしてそこに突き立てられる黒い剣。


 ドス


 人影の剣は心臓の真横を貫いた。

 それはヴァルカンにとって計算通りの結果。

 例え心臓を串刺しにできなくとも、これで一人脱落する。そう思っていたからだ。


 だから計算外の出来事に今度はヴァルカンが硬直する。それは驚きだけではなく、凍りついた足のせいでもあった。


「凍れ」

『正気か!』


 トードは人影の剣を防ぐことを諦めると、魔力を腹に集めてヴァルカンの足と人影の剣を凍りつかせた。


 それは命を掛けた選択。

 だがトードはそれを当たり前のように選んだ。今までもそうしてきたように。


「正気さ。俺はこの中で一番弱い。だからいつも狙われる。だからいつも死にかける。だからいつも、トドメは仲間に刺してもらう」


 トードはフォークスとアルと共に修行に励んだ。だから魔物はいつもその場で一番弱いトードを狙った。

 もちろんフォークスとアルはそれを見過ごしはしなかったが、それでもトードが死にかけた数は数度では済まない。



 それでもトードは生き残った。

 そして戦い続けた。


 冒険者を早々に諦めるほどに臆病だったトードは、憧れだけを武器に強くなったと思っている。


 しかし本人だけは気がついていない。

 臆病が故の強さを。

 生きることを諦めない強さを。


 そのトードだけが持つ強さをヴァルカンは見誤った。生き残ること以外の欲を捨ててまで攻撃を仕掛けてくるとは予測できなかった。


 そこに放たれる拳。

 自らのためではなく仲間のために奮う力。


「私の仲間を、傷つけるなあ!」


 パネェはヴァルカンの凍った足を目掛けて拳を突き出した。彼女と相対する人影はそれを剣で防ごうとパネェの腕を貫いたが、パネェがその拳を止めることはなかった。



 パリ――ン



 パネェは腕を貫かれながもヴァルカンの凍った片足を打ち砕いた。さらにパネェは貫かれた剣を素手で握ると、人影が消えないように身動きを封じてみせた。


 この時点でヴァルカンの人影は二体が封じられ、中心にいるヴァルカンは片足を失っている。


 だがアル達に時間をかける余裕はない。

 空は徐々に黒く塗り潰され、トードも心臓の近くを傷つけられている。


 だからフォークスも勝負にでた。大剣で突きの構えをとると、体ごと人影にむかって突進した。


 当然人影はこれを迎え撃つ。フォークスのがら空きになった頭上に向けて上空から剣を振り下ろした。


 突きよりも遥かに速い人影の振り下ろしがフォークスの頭上に迫った瞬間、フォークスは大剣をヴァルカンに向けて投げ、両手に赤いオーラを集めた。


「闘拳!」


 そして両手で人影の剣の威力を殺すと、肩を斬らせて刃を止めた。

 その光景を大剣を弾きながら見ていたヴァルカンは驚いた。騎士に憧れを持ち、剣士としての誇りを持っていたフォークスが剣を手放すなど想像しなかったからだ。


 その驚きの表情を見てフォークスは満足気に呟く。


「あのふたりの覚悟は、俺以上だそ」


 フォークスの言葉で視線を戻したヴァルカンの前には、腰を落としたアルとその背後に迫るリラがいた。

 それを迎え撃つのは一体の人影と片足を失ったヴァルカンだけ。


 だがヴァルカンの気がかりはそれだけではなかった。なぜなら腰を落としたアルは居合いの構えをとっていたからだ。


『っ! なぜお前がそれを!』


 アルの構えを見たヴァルカンは怒ったように叫んだ。その居合いの構えはヴァルカンのものに似てはいるが違うもの。

 なぜならこれはアルが師から授かった技なのだから。


 それを邪魔しようと最後の人影がアルに斬りかかる。


 だがそれよりも早くリラはアルの横から飛び出した。その右手には羽衣が巻かれ、三色の光を放っている。


「フェアリークロウ!」

『ぐぬぅ!』


 密集された空間で放たれたリラの技だったが、それはヴァルカンと人影だけを正確に撃ち抜いた。

 これによってトード達を捉えていた人影も消え、三人は一歩後ろに下がった。


 それを見てアルはさらに力を込める。アルの背から溢れた闘気は練り上げられて渦を巻き、竜巻を起こしたように激しく暴れている。


 ひりつく闘気にヴァルカンは一瞬たじろいだが、自らも居合いの構えをとるために剣を鞘に収めた。


 しかし同じ居合であればアルが勝つ。

 なぜならヴァルカンは片足を失っているのだ。純粋な剣技ならすでにアルの方が上だ。


 それでもヴァルカンは冷静に、余裕を取り戻してアルと向き合った。己の勝ちを疑わずに。


『いつ、俺の朧欺おぼろぎが四体だけだと言った?』


 そして現れた五体目の人影。その五体目の人影は、ヴァルカンが居合の構えをとる前にアルに襲いかかった。



 ヴァルカンは知っていたのだ。

 剣鬼が使うこの技は一瞬で発動できないのだと。

 だから発動前にその技を切り捨てればいい。最後は自分の居合で全員を一気に始末できる。そう考えていた。



 だがその考えもアルの言葉に打ち砕かれる。

 この状況を動かす存在がまだいるとはすこしも疑わなかったからだ。


「いつ、俺の仲間が四人だけだと言った?」

「よくわかってるじゃないか。いい子だ」


 そして橋の上に現れた五人目の仲間。

 アルがもっとも信頼する大陸最強の魔法使いが右手を上げてそこに立っていた。


『な! 貴様まで邪魔するのか!』

「私たちの出る幕じゃなかったんだよ。だからさっさと、若いのに道を譲りな……サンダーボルト!」


 バリリリリリ


 先生が放った雷は五体目の人影を一瞬で焼き尽くした。


 これによってヴァルカンを守る朧欺はもうない。それぞれがヴァルカンと同じ剣技を持っていたというのに、そのことごとくを封じられた。



 それでもヴァルカンは剣を握った。

 どんな窮地でもその剣だけで生き抜いてきたのだ。


 負けることなど許されない。

 負ければすべてを失うのだ。



(……これ以上、なにを失うというのだ……)



 不意に現れた疑問。


 だがその答えはわからなかった。


 それでも体だけは動いた。執念なのか、ただ体が反応しただけなのか。目的もなくヴァルカンは剣を抜いた。



「遅い」


 ビシャ――――ン



 そしてついに放たれたアルの一閃。雷が落ちたように光ると、ヴァルカンの胸を切り裂いて瘴気を吹き飛ばした。



『……馬鹿、な』

「…………」




 静まりかえった空気。

 その静けさに誰も言葉を発しようとしない。




 ただただ、崩れ落ちるヴァルカンの様子をじっと眺めた。




 だがその静けさも、唐突に終わりを迎える。




 グジュ




 ヴァルカンの胸に突如現れた黒い渦。


 それはヴァルカンを呑み込みながら急速に膨れあがった。



「あんたら! 早くこっちに!」


 それを見て先生は声を張り上げて叫んだ。

 その声でヴァルカンを囲んでいた五人はようやく反応する。


「トード! 捕まれ!」

「う、すみません」


 フォークスはトードを抱えると走り出した。

 それに追従するパネェとリラ。



 その背後に迫る謎の威圧感。

 まるで生贄を求められるような恐怖が襲う。



 その時先生は舌打ちをしながら黒い渦にむかって飛び出した。なぜならその場にアルが残っているからだ。


「アル! 戻ってきなさい! その役は私がやるから!」


 だがアルは先生の声を受け入れずに手をさしだした。恐怖に囚われることなく、自然と。




 シュ


 シュルシュルシュル



 その黒い渦はアルを取り込むと、集束して人ほどの大きさにまで縮んで静まりかえった。


 振り返った四人は取り込まれたアルを見て立ち止まる。

 そして先生は黒い渦のもとで着地すると、叩くように黒い渦を触った。


 ダン!

「く! 開け! 開きなさい!」



 しかしなにも起こらない。

 黒い渦の中に入ることもできなければ、魔力も通らない。



 それはただただ静かに、そこに佇むだけだった。




◇◇◇◇



「……意識が、溶かされる」



 アルは黒い渦に流され、深い闇の底に流れ着いた。そこには闇以外のなにもない。


 だがアルの意識にはひとりの記憶が流れ込んでいた。



「これは……ヴァルカンの記憶か」



 幼いフォークスを抱き抱え、王国を護った誇り高い騎士。


 そんな騎士を襲う絶望。

 それはいつかアルが見た光景だった。


 病に侵されたように体を黒く染める仲間達。

 そしてヴァルカンの目の前で黒い竜に命を奪われた第三王子。



 そこから先のヴァルカンは人が変わったように復讐に取り憑かれた。


 家族を捨て、国を捨て、復讐のためだけに生きた。



 だがその姿を今のアルは否定できない。


 おそらくアルも感じたのだろう。目の前でリラの命が奪われたならば自分も同じ道を歩んだと。



 そしてヴァルカンは辿り着いた。

 復讐する黒い竜のもとに。

 かつての力を失い、弱々しく地に伏した黒い竜のもとに。




 そのすべてを見届けたアルは目を閉じた。

 真実を、受け入れるために。



「――はぁ」



 深く息を吐きながらアルはゆっくりと前を向いた。


 そこには闇の中で金色に光るふたつの眼がある。



 それは記憶の中で見た黒い竜と同じ眼。

 その竜は闇から浮き上がるように姿を現すと、じっとアルを見つめた。



 その姿を見てアルは口を開く。

 ためらうように、弱々しく。



「俺を殺したのは、あなただったんですね」



 アルの言葉を受けた黒い竜は顔を伏せると、緩やかにその姿を変えた。




 そして現れたひとりの女性。

 アルが夢見た憧れのひと。



「……師匠」

「……」



 アマラは小さく頷いた。


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