97 最終章《仲間》
歪んだ空間に引きずりこまれたフォークス達が辿り着いたのは、きれいに整えられた広い敷地だった。
周囲には敷地を囲むように木々が生えていて、いずれも年をとった古い木だ。さらに敷地のところどころに池が添えられ、自然と調和のとれた庭のようにも感じられた。
「ねぇねぇ、あれって橋じゃない?」
「そうですね。しかもひとつじゃない? 三つくらい続いてますね」
「とりあえず行ってみるか」
三人は周囲を警戒しながらも橋のほうに進むが、生き物の気配どころか迷宮特有の瘴気や不穏な空気すら感じとれなかった。
そしてそのまま三つの橋を渡りきったところで、三人は次の建造物を目にする。それは巨大な朱色の門で、その門自体がすでに城と呼んでもいいほどに壮大だった。
その豪華さと巨大さに目を奪われたふたりだったが、フォークスだけはいち早く目的の人物を捉えていた。
「……親父」
その門をゆっくりとくぐるひとつの影。
決して大きくはない体で白髪の男。
しかしその目はギラリと光り、異質な闘気を放っていた。
『ここまで来れるとはな。正直見直したぞ』
響き渡る低い声。
それに合わせて周囲を囲む木々はざわざわと揺れた。
「目的は復讐か?」
『ふん。理由を知ってなんになる。そもそも貴様にはわかるまい。信じていたものに裏切られるということがどういうことかを』
「その相手が竜か?」
『……なぜそれを知っている』
ヴァルカンは目を細めてフォークスを問い詰めたが、フォークスは狼狽えることなく前に進んだ。
「知りたければそっちが話せ。目的はなんだ」
その言葉に一瞬殺気を漏らしたヴァルカンだったが、口元を歪めてフォークスに言い放った。
『奪うためだ。竜が支配するこの地をな。そしてそれは間もなくだ。間もなく、呑み込み終わる』
「……」
言葉の意味を計りかねたフォークスだったが、パネェの指した方を見て状況の悪さを理解した。
「フォークス君……あれ、空が」
「! 塗り潰されている?」
パネェの指した上空は徐々にどす黒く染まりはじめていた。それはこの特級迷宮の最深部が、さらに悪化しようとしている証拠でもあった。
『なかなか素晴らしい景色ではあったが俺には不要だ。ここさえ潰せば、あいつは完全に消える』
「つまりこの景色の持ち主は竜ってことですね」
「じゃあ、この空間が染まりきる前に止めないと」
「ああ、いくぞふたりとも。これが最後だ」
そして三人はついに戦いはじめる。
最後の戦いを。
キキン
ダダダン
フォークスはヴァルカンの正面に立ち、トードとパネェはヴァルカンの周囲を走り回りながら次々と攻撃を放った。
だが届かない。
いくら魔法を織り混ぜ同時に攻撃を放ってもヴァルカンは一本の剣ですべてを弾き返した。
「もう! どうなってるのよ!」
「くそ! 一歩も動かずにこんなことができるなんて」
「気をつけろ! この前よりも動きが良くなっている」
『その程度か? その程度で俺を越えられと本気で思っていたのか?』
片手で一歩も動かずに三人を相手にするヴァルカン。三人が疲弊しているとはいえ、実力の差は絶望的なまでに開いていた。
それでも三人は攻撃を止めなかった。実力差があることなどすでに覚悟している。問題はそれをどう越えるかだ。
『もういい。死ね』
「待ってました!」
『ぬ!』
ヴァルカンがフォークスへの攻撃を仕掛けた瞬間にパネェは素早さをあげて横から弾いてみせた。さらにフォークスはすかさず弾かれた剣に大剣をぶつけ、ヴァルカンの守りを邪魔する。
そして背後に回り込んだトードは剣に魔力を素早く込める。
「っぃけ! 氷魔剣!」
トードは無防備なヴァルカンの背中に目掛けて剣を振り下ろした。ヴァルカンの剣はフォークスの大剣に阻まれてまだ動かない。
それぞれが連携した事で生まれたこの一撃を三人は目を見開いて見守った。
しかし三人はまだ理解していなかった。
特級迷宮の主になるということは人間を辞めるということだと。
グニャ
ヴァルカンを覆う空間が歪むと、そこから四体の人影が現れた。それは黒く塗り潰されているが、その姿形は目の前にいるヴァルカンを生き写したかのように似通っていた。
そしてそれは見た目だけでなく、ヴァルカンと同じ剣技で三人を襲う。
「ぐっ」「てぃ!」「ちぃ!」
トードの氷魔剣は押し返され、フォークスとパネェも吹き飛ばされる。
「え〜、あれは反則だよ〜」
「一人でも手がでないのに」
三人の見つめる先ではヴァルカンが不敵に笑っている。その周囲には四体の黒い人影が立っていた。
『所詮信じられるのは己だけだ。ならば俺自身さえいればいい。そして辿り着いたのがこの朧欺だ』
そしてその人影はヴァルカンに吸い込まれるように消えていった。
「自在に出し入れできるのか。厄介だな」
「迂闊に間合いには入れませんね」
同時にヴァルカン五人分を相手にしなければならない事態に三人は顔を曇らせた。苦戦は覚悟の上ではあったが、それでもこれは想定以上に厳しい戦いだ。
それでも三人に時間をかける余裕はない。今も上空はすこしずつ黒く染めあげられているのだから。
「魔法で遠距離だけでいく?」
「安全策ではあるが無理だろうな」
「じゃあミノタウロスを倒したあの技はどうですか?」
「それも無理だろうな。隙がでか過ぎてまとめて斬り捨てられる」
僅かばかりに重い空気になったが、三人は溜め息を吐いて前を向いた。
「結局これしかないか」
「そうですね。俺もそれしか思いつきません」
「そう? 私はシンプルで好きよ」
三人はつま先に力を込めると体を沈めた。
それはいつもと変わらぬ構え。
そしてフォークスが大きく叫ぶとふたりはそれに続いた。
「全力で!」
「「「前へ」」」
ダン!
三人は力の限り蹴り出すと、一斉にヴァルカンに迫った。そこにためらいはなく気負いもない。あるのはただひとつ、信じることだけ。
『死にたいなら今すぐ殺してやる』
それをヴァルカンは朧欺を使って迎え撃った。三人の攻撃を五人分で防ぐのだ。ヴァルカンにとっては容易い作業。返す刀で全員始末できる。
そう思っていた。
頭上にふたつの影が現れるまでは。
「俺の大事な世界に手を出すな」
『っ、小僧共が!』
ズダダダン
アル達五人は一斉に攻撃を撃ち込んだ。
そのせいでそれぞれの魔力がぶつかり合い、行き場を失った魔力は爆発するように破裂する。
「ちょ、リラ! やり過ぎ!」
「アルも人のこと言えないでしょ!」
吹き飛ばされたアルは目を回しながら周囲を伺う。
「よかった。みんな無事か」
「「「どこが!」」」
フォークス達は怒りを含ませて言い返した。たしかに剣による攻撃は受けなかったが、地上にいた三人は魔力の破裂をもろに受けてふらふらとしている。
リラが頭を下げながらポーションを配っているが、彼女がいなければ戦いに支障がでるレベルだ。
そしてそれほどの爆発があった中心地の被害はもっと甚大だ。砂塵は方向性を失ってもくもくと拡がっている。
ジャリ ジャリ
その砂塵の中から現れた影。
足取りはしっかりしているものの、服は焦げ、額からは血の変わりに黒い液体を流している。
『……舐めた真似をしてくれたな』
傷つけられた怒りでヴァルカンは射殺すような眼差しを向けたが、それを受けてもアルはへらへらと言い返した。
「なに言ってんだよ。先に殺ろうとしたのはそっちだろ? それなのに自分が殺られるのは駄目とか舐めてんのはそっちだ」
『……貴様』
「なに? 図星? 覚悟できてなかったの? あんまり戦いを舐めんなよ」
そんなアルの様子を見守る四人は息を呑んだ。なぜなら四人はこんな嫌味なアルを見たのがはじめてだったからだ。
((((め、めちゃくちゃ怒ってる))))
「ア、アル?」
リラの心配そうな表情を見たアルは苦笑いを浮かべた。
「ごめんねリラ。でもやっぱりあいつは許せないから。それと、フォークスさん」
「なんだ?」
急に話を振られたフォークスはアルに聞き返したが、アルに言われるまでそのことを意識していなかったことを悔やんだ。
「俺、護りたいんだ。リラもみんなも。だから、ごめんね。俺は……フォークスさんの父親を殺すよ」
「……」
迷宮を攻略する方法は最深部にいる守護者を倒すこと。それは特級迷宮でも例外ではない。
そしてここにいる守護者はヴァルカンに他ならない。もちろんフォークスもそのことに気がついていた。
だがそれでも、僅かばかりに希望があるのではないかとそれに縋っていた。
(俺は、まだ夢を見ていたのか。親父が目を覚まし、特級迷宮を解いてくれると。そんな段階、とうに越えているというのに。まだ、甘さを引きずっていたのか)
ようやく自覚したフォークスは歯を食いしばった。父親を倒すということが命を奪うということだと。
そしてそのことを年下のアルに気がつかされたことに。
だが気落ちするフォークスの両肩に手が置かれた。温かさの違うふたつの手が。
「一緒に背負うよ」
「俺も、背負います」
それは共に命を懸けた仲間だからこそ響く言葉。過去ではなく、未来にむけた言葉。
ふたりの手を感じながらフォークスはゆっくりと前を向く。その目に映るヴァルカンはすでにフォークスの知る父親とはかけ離れていた。
(断ち切れないなら、背負えばいい。それが苦しいなら、素直に仲間の力を借りればいい)
フォークスは背筋を伸ばしてアルと向き合うと、力強く応えた。
「俺にも、護りたい仲間がいる。だから、俺に言わせろ」
そしてフォークスは前に進んだ。
アルを越え、先頭に立ってヴァルカンと対峙するために。
「親父、理由はどうあれあんたは罪を犯しすぎた。だから」
フォークスは大剣を構えた。
雄々しく、勇敢に。
「罪を償ってもらう。その命で」
最後の戦いは佳境を迎える。




