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93 最終章《決意》

 五人は王都を抜けるまで黒い影と戦うことはなかった。それは先生がつくった光の道のお陰かもしれない。


 だが道を進むにつれ不穏な空気を肌で感じるようになった。そして海岸に辿り着いた時、それは目に見えて禍々しいものに変わった。



 海岸から伸びる一本の砂の道の先では、瘴気によって島が覆われている。それは漂うといったものではなく、黒い嵐に取り憑かれているようであった。



「さぁ、あそこが特級迷宮の中心部だ」


 アルの言葉に皆は頷き決意を口にする。


「本当の戦いってやつね」

「これ以上特級迷宮に奪わせないんだから!」

「俺の育った街を返してもらうぜ」

「俺は……親父を止めてみせる」


 それぞれが顔を見合わせたあと、アルは頷いて一歩踏み出した。

 竜の都へと続く道の、最初の一歩を。


「勝ちたいから戦うんじゃない。護る為に戦うんだ。その強さ、奪うだけのお前にわかるもんか。だから、覚悟しろよ」


 アルの背から漏れる闘気に合わせ、四人のオーラがゆらりと揺れると砂塵を空高くまで巻き上げた。


 それは狼煙のように天高くまで舞い上がった。黒い嵐に対抗する反撃の狼煙となって。


「立ち上がれることを知ってる俺たちは、いつまでたっても負けてやらないからな」


 そして五人は走り出す。

 未来を切り開く為に。




◇◇◇◇



 五人は黒い嵐の内側まで辿り着くと、荒れた大地に変わった異空間の中で戦いを繰り広げていた。


「パネェさんは少し魔力を抑えて! トードはフォークスさんからもうすこし離れる! トードなら一人でも十分に対応できる敵だから!」

「はいよ!」

「おうよ!」


 アルを中心に5人は黒い影を蹴散らした。幸い瘴気は黒い嵐を越えてからは薄くなり、例の黒い化け物も現れない。

 それでも特級迷宮の中心部ということだけはあり、敵の質と量はかなりのものだった。


「アル。このまま戦い続けるのか?」

「ええ。無理に突破するよりもここである程度削りましょう。俺たちがここで敵を削れば、外の兵士達も楽になるはずです」

「ふ、余裕だな」


 フォークスはアルの冷静な対応に感心した。そして冷静でいられる理由をこの戦いでよく理解していた。


(リラはいつからあんなに戦えるようになったんだ? 頼もしいとかいうレベルじゃないぞ)


 羽衣を振り回して広範囲の敵を薙ぎ倒すリラはこのメンバーでもっとも殲滅力が高かった。そしてその実力をよく理解しているアルがリラに指示をだすことはなかった。


 それからしばらく戦い続けたところでようやく黒い影の出現が遅くなる。


「アル君! 見えてる敵は全部倒してから先に進む?」

「そうしましょう! この迷宮は出来て間もないから蓄えも少ないはずです」

「了解〜」



 そして地面から新たに現れる敵がいなくなったところで、ようやく五人は進むべき場所を見つけた。


「おっ、あれは階段か?」

「上に建物とかもないよねぇ?」

「待てお前ら。すこしは周囲を気にしろ」


 そこは荒れ果てた土地にある小高い丘になっていた。そしてその頂上に向け、崩れそうな石積みの階段が一本伸びている。


 その階段の先を確かめようとトードとパネェは階段に向けて走り出した。さらにそれを止めようとフォークスがふたりに追いついた時、突如三人の頭上に穴が空いた。


「フォークスさん上!」

「! 避けろ!」


 ズガ――ン!


「うわっ」

「きゃあ」


 頭上から現れたそれは三人を目掛けて手に持つ斧を力任せに振り下ろした。

 トードとパネェは後ろに飛んで直撃を避けたが、それでも衝撃によって体勢を崩して地面を転がっている。


「フォ、フォークス君!」


 それでもパネェはすぐに立ち上がると、さっきまで自分が立っていた場所に飛び込んだ。そこはさっきの衝撃で砂煙が立ち込めているが、それでもわかる。


 普通ではない魔物がいると。

 その証拠に砂煙の薄い上部からは反り返った二本の大きな角が見えている。


「吹っ飛べ!」


 パネェは身の丈の倍はあろう顔の位置を目掛けて飛び上がったが、その時砂塵の舞う足元から太い鎖が飛び出してきた。


「アイスニードル!」


 キャリーン


 トードが鎖を目掛けて氷魔法を放ったことで、鎖は甲高い音をたてながらパネェをすり抜けた。そしてパネェは魔物の顔面に目掛けて風を纏った拳を突き出す。


「はぁ!」


 ゴゴン


 パネェの拳は巨大な斧に阻まれ鈍い音をたてたが、その隙にフォークスは砂塵のなかから飛び退いた。


「ごめん! フォークス君!」

「いや、こっちこそ助かった。それにしてもとんでもねぇ力だ。まだ腕が痺れてやがる」


 フォークスは斧を受け止めた剣に一度目を落とすと、砂塵を抜けて姿を表した魔物を睨みつけた。


 それは二本の大きな角を持ち、全身を鈍色の鎧で身を覆った怪物。右手には巨大な斧を持ち、左手には太い鎖が握られている。

 そして強靭な肉体を持った怪物は胸を張って三人に雄叫び浴びせた。


『ブモオオオォォォ!』


 その雄叫びだけでビリビリと肌が刺激され、嫌でも心臓の鼓動が速まる。それを落ち着けるようにフォークスは浅くゆっくりと数度の呼吸をすると、剣を前に構えて一歩踏み出した。


「お前本当にミノタウロスか?」

「やっぱり特級はレベルが違うねぇ」

「俺もあんなでかくてやばいやつはじめて見ましたよ」


 三人は横に並んでミノタウロスを観察するが、このミノタウロスは今まで戦ってきたミノタウロスとはもはや別の存在だと感じた。

 通常のミノタウロスはフォークスとそれほど体格が変わらないはずなのに、このミノタウロスは身の丈がその二倍はある。さらに武器を両手に持ち、全身に鎧まで身につけている。


 だがもっともフォークスが警戒したのはこのミノタウロスの振り下ろしが想像以上に鋭かったことだ。

 ここまで戦ってきた黒い影や騎士も剣技に精通していたことから、このミノタウロスも怪力任せではないことが十分に予想される。


 その証拠にミノタウロスは歩みを止め、三人の間合いに入ってこようとしない。


「フォークスさん、どういきます?」

「待て、あいつ等を忘れるな」


 フォークスは前を見ながらもアルとリラの気配を感じとった。ふたりは二手に別れ、弧を描くようにして左右からミノタウロスに接近しようとしている。



 そしてその意図を理解したトードとパネェも頷いたが、次の瞬間に事態は急変した。


「っ! リラ!」

「え! なによこれ!?」


 ふたりの足元にそれぞれ黒く丸い影が現れると、ふたりを飲み込むように大きな穴に変わった。

 とっさに飛び退こうとしたふたりだったが、引力に引き寄せられるように吸い込まれていく。


「フォークスさん! 必ず戻ってくるから! それまで――」

「「「!」」」


 アルはその言葉だけ残すと、地面に吸い込まれて消えた。そしてリラも同じく姿を消す。

 急に消えたふたりに困惑した三人だったが、目の前のミノタウロスはその隙を見逃してはくれない。


 ダガ――ン!


 巨体に似合わず素早く踏み込んだミノタウロスは斧を水平に叩きつけてきた。それを前にでて受け止めたフォークスだったが、勢いを殺せず後ろまで弾かれてしまう。

 さらにフォークスが受けてくれた間に攻撃に移ろうとしたトードとパネェには左手の鎖が襲いかかる。


「器用なことしてんじゃねぇよ! アイスシールド!」

「も〜! これじゃ近づけないじゃない!」


 攻撃を諦めたふたりは一度距離をとり、ミノタウロスを挟むように左右に分かれた。


 体勢を整えたフォークスはミノタウロスの今の一連の動きを思い出して溜め息を吐く。


「速さ、力強さ、そして器用さ。まったく、厄介な敵を任せてくれたもんだ」


 そして消える間際のアルの声に応えるようにフォークスは頬を吊り上げた。


「だが頼まれたもんは仕方ねえ。だから、さっさと戻ってこいよ」


 三人は目だけで合図を送ると一斉に飛びかかる。命をかけた戦いの為に。




◇◇◇◇



 その頃アルは薄暗い闇の中で一匹の魔物と相対していた。


『ガルルゥゥゥ』『グゥゥゥ』


 それは牙を見せながら低い声でふたつの唸り声をあげている。その表情は憎しみに満ち、四つの目がギラリと光ってアルを睨みつけていた。


 そしてその魔物を前にしてアルはわずかばかり動揺した。いつか抱いた憎悪を思い出してしまいそうで。


「ふぅ。乗り越えたと思ってたんだけどなぁ。やっぱりまだ消化しきれてないのか。まぁ今回恨みを晴らしたいのはお前のほうみたいだけどな? ケルベロス」


 アルが冥界の洞穴で屠ったケルベロス。

 それが真ん中の頭を失い、さらには二本の脚で立つ異型となって再びアルの前に姿を表した。


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