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92 最終章《三角》

「もう充分よ。あとは翡翠色のポーションと私の処置で大丈夫。だからアルは少し休んで」


 リラに促されたアルは絶影を解いてパネェの様子を確認した。まだ薄く痣が残ってはいるが、呼吸も元に戻り、容態はよくなったといえる。


 パネェの体力であればそう時間もかからずに目覚めるかもしれない。その様子をじっと見守っていたフォークスは、最悪の事態を抜け出したことでようやく一息ついた。


「それでフォークスさん。一応なにがあったのか教えてください。できれば親父さんのことも含めて」


 アルの核心を突いた問いにフォークスは息を呑みこんだ。


「先に言っておきますが、ヴァルカンは俺たちの前に姿を表しました。もちろん敵として。それは陛下も含めた騎士全員が目撃しています。だから、もう……」



 ――倒すしかない



 アルは喉元まででてきたその言葉を呑み込んだ。おそらくその言葉は他人が告げていい言葉ではないと思ったのだろう。


 そしてその意図をフォークスは正しく受け取った。諦めにも似た表情ではあったが、悔しさを滲ませて説明をはじめた。


「最初は訳もわからず撤退をはじめた。黒い影から人々を守り、王都を出るまではなにも気がつかなかった。だが黒い影を倒せば倒すほど俺の中の疑問は大きくなった。なぜこいつ等は親父と剣筋が同じなのか、と。もちろん速さも力強さも全然違う。それでも、気がつかないわけがない」

「だから野営地まで撤退したあとにトードさんと王都まで戻ったわけですね」

「ああ。そして、無様に斬られた。なにも出来ず。なんの感情も与えられず」


 それっきりフォークスは力なく俯いた。

 そこにいつもの自信に溢れた姿はなかった。


 フォークス自身これがはじめての敗北ではない。幾度となく父親に敗れている。

 それでも今回は精神的に耐えられるものではなかった。命を奪われるほどの敗北は、フォークスにとっては未知の経験だったからだ。


 本来であればそっとするべき場面かもしれない。肉親に殺されかけ、仲間を危険に晒したのたのだ。だがふたりはそれを放っておかなかった。


「それで大の大人が俯いてるわけ? そんな暇があったら素振りでもしてなさいよ」

「……なんだと?」

「それいいね。俺することないし久しぶりに打ち合いしましょうよ」

「……舐めてるのか?」


 自らを軽んじられたフォークスは殺気を放ったが、次の言葉でその殺気は霧散した。


「立ち止まったってどうにもならないでしょ。それに父親にやり返したいんでしょ? アルはもうやり返したわよ」

「?」

「そうなんですよ。こ〜、振り返りざまに片手でバサッと」

「ま、まて! 親父を斬ったのか!?」

「はい。でも死んではないですよ」


 目を見開いて口を半開きにしたフォークス。これも普段の彼には見られない表情だった。


 その後も整理がつかず視線を彷徨わせたフォークスだったが、ふとアルが腰にさげた剣を目に捉える。


「その剣……あの時と同じのか? いや、あれは短刀だったはずだが」

「あの時と同じようで違いますよ。これは今の俺に合った剣です。同じままじゃ、守りたいものを守れない」

「同じじゃ……守れない……」


 フォークスはパネェの背中を思い出しながらアルの言葉を反芻した。


 自分に言い聞かせるように。

 大事なものを、刻み込むように。



 その時傷を負って眠っていたトードがようやく意識を取り戻した。虚ろな目は徐々に力を取り戻し、最後は跳ね起きるように上体を起こした。


「フォークスさん! パネェさん!」


 ふたりの名を呼びながら覚醒したトードは、アルとリラを見つけて一度固まった。


 それでもフォークスとパネェの姿を見てホッと息を吐くと、ゆっくりと立ち上がって座り込んだままのアルに近づいた。


「やぁ、トード。たった三年なのにすごい魔力だなぁ。随分と頑張ったんだろ?」

「今まで、どこにいってたんだよ!」


 バキッ


「っ!」

「きゃ! ちょっと、なにしてんのよ!」


 トードは容赦なくアルを殴り飛ばした。

 アルもトードの拳を避けることなく素直に受け、吹き飛ばされた衝撃で地面に転がっている。


 そんなアルにむかってトードは拳を握りしめながら口を開く。思いの丈をぶつけるように。


「お前は、お前は俺の師匠だろ! 憧れだろ! それが、それが勝手に、何も言わずにいなくなるなよ! ……どうしたらいいか、わからなくなるだろ」


 それは師匠が眠りにつく悲しみを知っているアルにとって耐え難い感情だった。師という憧れから無理矢理引き離される。それを自らが行ってしまったのだと。


 だがアルはそれを悔やみこそすれ、その感情に引きずられることはない。


(弱かったのは俺だ。間違えたのも俺だ。でも繰り返さない。俺は前にすすむ)



『失敗して心に刻む方がよっぽどいいわ』



 アルの胸にいつかの師匠の言葉が響く。

 その言葉に突き動かされるようにアルは立ち上がってトードを見据えた。


「トード、心配かけて悪かった。でも俺はもう負けない。護るものがある限り、俺は戦い続ける」


 そして自らの言葉を体現するように、アルは剣を抜くと地面に突き刺した。


 己の闘気と共に。




 すると水面のように闘気は拡がった。



 その闘気がトードの肌をなで、アルの決意を嫌でも理解させる。


「本当なんだな?」

「ああ」

「絶対だぞ?」

「もちろんだ」

「次、俺の前から勝手にいなくなったら……そのときは……許さねぇぞ」

「ああ。だがら、もう泣くな」

「……うるせぇ」


 鼻をすするトードの胸に、アルはトンっと拳を押し付けた。たったそれだけだが、トードには十分だった。

 師匠が帰ってきたと実感するには、十分だった。



 そしてアルの闘気にあてられたもうひとりが、ようやく目を覚ます。


「……アル君の、気配がする」

「姉さん、まだ眠ってていいのよ?」

「リラちゃん? 久しぶり。よかったね。ちゃんとアル君と再会できて」


 パネェはリラの膝の上で目を覚ますと、ゆっくりと周囲を見渡し、フォークスとトードの姿を確認すると笑ってみせた。


 その表情を見てフォークスは立ち上がると、まっすぐにパネェの前まで歩き、膝をついて話しかけた。


「パネェ殿。俺たちの為に命を張らせてすまなかった。本当に、申し訳ない」


 パネェは膝をついたまま頭を下げるフォークスを見ると、その頭にポンっと手を置いた。


「よかったよかった。でもね、私はすまなかったよりも、ありがとうの方が嬉しいかな」


 想定していなかった言葉にフォークスは目を見開いてパネェを見つめた。

 たいしてパネェは満足そうに微笑んでいる。そこに思惑はなく、純粋に救えた命を愛でていた。


 だからだろう。

 フォークスは導かれるように頭に置かれたパネェの手をとり、胸の前で握り直して宣言した。


「今度は、いや、これからは俺が護る。俺がなんとしてでも一生貴方を護ってみせる」

「「!?」」


 フォークスのまさかの宣言に今度はリラが目を見開いた。まさか自分の膝の上で愛の宣言がはじまるとは夢にも思わなかったようだ。

 おかげでリラの顔は真っ赤である。


 そしてもうひとり。

 アルの隣でそれを眺めていたトードも目を見開いた。本人はどれくらい気を失っていたのかわかっていないが、いつの間にかフォークスが恋敵になっていたのだ。

 おかげでリラとは違う理由で顔が真っ赤だ。 


 アルはアルで、いつかの約束を果たしたと満足している。もちろん彼はなにもしていない。ふたりはアルの紹介ではなく普通に出会ったのだから。



 だが肝心の愛の宣言にパネェは気がつかない。

 さっきまで守ってあげてた相手から急に守ると言われてもピンとこないだろう。

 なんなら紹介してもらう約束も忘れているかもしれない。



「はは。でも大丈夫。私こう見えても頑丈だから」


 フォークス会心の愛の告白はパネェに伝わらなかった。

 せめて愛してるくらい添えれば違った結末があったのかもしれないが。


 だからと言ってふたりがそれに納得するはずもない。


「ま、待てー! フォークスさんだからってその役割は譲れないぞ!」

「うるさい。俺は気づいたんだ。護るべき強さを」

「なに訳わかんないこといってんだよ!」

「あははは。ふたりは仲がいいね〜」


 人生最大のモテ期に気がつかずケラケラと笑うパネェ。残念なひとである。




◇◇◇◇



 それからリラが三人の体調を確認したところでようやく一行は立ち上がった。パネェの肌はすでに元に戻り、体力的にも問題なさそうだ。


「それでフォークスさん。目的は王都を抜けた先でいいんですね?」

「ああ。お前が言った親父の話からして、おそらく目的地は《竜の都》だ」


 そこはフォルティカ王国にある竜王の故郷に続くもうひとつの聖地。

 王都の海岸から見える島で、潮の満ち引きに合わせて一本の道をつくりだす近くて遠い島。


「あそこは親父が何年も前から調査と言って居座っていた場所だ。聖地だから誰も必要以上に踏み込まなかったはず。悪巧みをするにはうってつけだろう」


 そこまで言ってフォークスは舌打ちをした。

 一度でも自分がそこに踏み込んでいればと悔やんでいるのかもしれない。

 それを察したアルは一歩踏み出してフォークスの顔を見上げる。


「まだ間に合いますよ。そのためにみんなここにいるんだから」


 フォークスはみんなの顔を見たあとアルにむかって頷いた。


 そして走り出す。

 最後の戦いにむけて。


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