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91 最終章《世界》

 アルとリラは王都の道をひたすらまっすぐに走った。


 先生が放った光の魔法はすでに消えているが、地面から新たな影が浮き出ることはない。

 その道を走りながらリラはアルにひとつの不満を漏らす。


「アル、さっきのためらいだけど、ああいうのは嫌いよ」


 リラがなにを言いたいのかをアルはすぐに察した。だがアルはそれを素直に受け入れることはできない。


 返事もせず曇らせたままの表情のアルを見てリラは困った顔をした。


「もし私があの人達の命を見捨てたら、アルは私のこと嫌いになる?」

「え?」


 唐突な質問にアルは驚いて走るのをやめた。そして立ち止まったリラを見て、はじめてリラが困っていることに気がついた。


「な、なに言ってんだよ。そんなはずないだろ」


 困惑するようにアルは言い返したが、リラの真意はわからなかった。すくなくともアルにとってのリラは、共に戦う者を見捨てるようなひとではない。


 バフォメットと戦った時もさっきの戦いも、リラはいつだって命を救う事に必死だった。

 だからもし、リラが誰かの命を諦めるのならば、それは見捨てるとは違う。


 すくなくともアルはそう考えた。

 だがリラの答えはアルの予想とは違うものだった。


「でもね、私はきっと見捨てるわ。大事な人を守るためなら、ためらわずに見捨てるわ」

「……」


 それは冷酷な言葉だったかもしれない。

 だがその言葉にはリラの覚悟が、リラの強さの理由が込められていた。


 それを見せつけられたアルは息を呑みながらリラを見つめた。


 そしてリラは問いかける。

 優しく、そして懐かしい言葉で。


「アルはなんで強くなりたいの?」


 その言葉にアルは答えられなかった。


(俺はなんの為に戦ってきたんだ。世界を救うと言いながらなにをしてきたんだ? 俺には世界がなんなのかがわからない。ましてなにをもって救うのかもわからない……)


 言葉なく視線を彷徨わすアルにリラは告げる。

 先にこの世に生まれた者として。

 共に歩む者として。


「私は思い出したわ。私は大事な人の側にいられる力がほしいと願ったの。そしてそれを叶えるためならアルと喧嘩だってするわ。たとえそれでアルに嫌われても、私は後悔しない」


 リラの言葉に吸い込まれるようにアルはリラの瞳を見つめた。

 それは今まで何度も見つめた瞳。

 厳しく他者を威圧するほど鋭い目つきの時もあれば、傷付いた者を労る優しい眼差しの時もあった。


 だが今見る瞳をアルははじめて見た。

 強い覚悟と決意。

 そして、ほんのすこしの不安。


 それは嫌われてもいいと言いながら、素直に受け入れたくないという儚い想い。

 強さに隠した弱さ。

 もっともリラらしい瞳だったのかもしれない。


 それを見たアルはようやく気がつく。

 探していた答えがこんな近くにあったのだと。

 だから、思わずアルは笑ってしまった。


「な、なによ! 本当よ? 別に嫌いになられたって後悔しないんだから!」


 ことさら強がってみせるリラをアルは優しく抱きしめた。


「だからなによ。こんなので騙されないわよ?」


 拗ねたように呟くリラにアルは耳元で小さく告げる。


「俺の世界は、リラだよ」

「……なにそれ。意味わかんない」

「だからリラが抗い続けるような世界は、俺の望む世界じゃない」

「でも、戦わないと生きていけないじゃない」

「だから俺は強くなる。いつか戦わないでいい日がくるように、リラと暮らす幸せな場所を手に入れる為に、俺は強くなる」


 その言葉を聞いてリラは呆れたように溜め息を吐いた。


「まったく。どれだけ私の事が好きなのよ」

「ん〜、とっても?」

「もう少し格好良く言えないの?」


 相変わらずなアルにリラは諦めたように笑った。


「でも、そんな日がきたら素敵ね」

「でしょ?」

「うん。それにそんな世界がきたら、きっとみんな笑ってくれるわ」

「みんな、か」

「そう、アルの大切な人みんなよ。もうアルは、この世界で一人じゃない。立ち止まれば側で支えてくれるひとがたくさんいるはず。だから、その人達の為に強くなればいいのよ」


 その言葉を聞いてアルは様々な人達を思い出す。

 なかには一度っきりしか出会わなかった人もいただろう。それでもアルにとってかけがえのない人は決して少なくはない。

 それだけ、知らず知らずのうちにアルはこの世界を愛していたのだ。


「俺に、できるかな?」

「ええ。信じているわ」


 アルの腕の中で力強く肯定するリラ。

 その声が、よりアルを強くする。


「そうか。それなら、やるしかないな」

「ふふ。一応、なにをするつもりか聞かせてくれる?」

「ああ。この大陸の特級迷宮をすべて攻略する」

「そう。相変わらず無茶をするのね」

「はは。それくらいしか俺には思い浮かばない。でも、そうなったらみんな笑ってくれるだろ?」


 アルは楽しそうに笑った。

 特級迷宮攻略の苦労も考えず、ただただ楽しい未来を夢見て。


「俺はこの世界のすべてまでは救えない。それでも、俺とリラ、そしてみんながが笑い合える世界の為に、俺は特級迷宮を攻略する」

「笑い合える、か。つまり、この大陸を救いたいから救うんじゃないのね?」

「ああ。もっと幸せになる為に、俺は俺たちの世界を救うんだ」


 世界を救うことは幸せになるための手段であり、それは目的ではない。そのことに気がついたアルは心のなかで呟く。


(師匠。随分と時間がかかってしまいましたが、ようやく見つけましたよ。俺が世界を救う理由を)


 アルは一度目を閉じたあと、リラを腕から開放して笑いかけた。


「ありがとう、リラ」

「別になにもしてないわよ」

「いや、この答はリラしか俺を導けなかったと思うよ。だからもうためらわない。でも、もし立ち止まってしまった時は、リラの力を貸してくれ」


 その言葉にリラは薄く笑ってみせた。

 ずっとその言葉を待っていたかのように。


「あたり前よ。そのために私は強くなったんだから。だから救いましょう。私達の小さな世界を」


 アルはリラの返事に頷くと、ふたり揃って道の先に視線を向ける。



 そしてふたりは再び走りだした。

 共に見つけた答のために。




◇◇◇◇



 王都の中心地を越え、城に近づいた頃にアルはとある気配を察知した。


(これは……パネェさん? でも、なにか違う。いつもの気配とはあきらかに違う)


 困惑するアルだったが、次の瞬間にリラの声でその理由を見つけた。


「アル! あそこに人がいるわ!」

「くそ!」


 ふたりは道の先に三人の人影を見つけた。

 一人は茫然と座り込み、二人は地に伏せている。その周囲の地面は煤で汚れたように黒ずんでいた。


 そしてリラも三人に近づいてようやく三人の正体に気がつく。


「フォークスさん? っ! 姉さん! トードさん!」


 リラの声に気がついたフォークスはゆっくりと首をまわすと、縋りつくように声をだした。弱々しく、力なく。


「リラ……た、頼む。ふたりを助けてくれ。俺のせいなんだ。俺のせいでふたりが」

「フォークスさんも動かないで。あなたの傷と出血も十分に致命傷よ。だからまずはこれを飲んで落ち着いて」


 リラは素早くポーションと薬をフォークスに手渡すと、パネェとトードを交互に見た。


「トードさんは外傷によるものだからなんとかなるわ。でも、姉さんのこれは……」


 パネェが負った黒い痣は全身にまわり、戦場で見た騎士とは比べ物にならないほど酷いものだった。それでも微かに呼吸が続いているのはパネェの強靭な肉体のおかげかもしれない。


 だがリラはパネェの容態を見てひとつの不安を感じた。

 いくら老師から翡翠色のポーションを貰ったとはいえ、これだけでは黒い痣を消し去ることができないと。


 そんなリラを差し置いてアルはパネェを抱き起こしながらリラに話しかける。


「リラはトードの傷を治してあげてくれ。パネェさんのこの黒い痣は、俺がなんとかする」

「……絶影を使う気?」


 リラはアルを止めようとしたが、諦めるように溜め息を吐いた。


「わかったわ。ただ最後は老師のポーションでなんとかなるはず。細かい処置はこっちでするから、アルは大雑把でもいいから姉さんの黒い痣を引き剥がして」


 心配そうではありながら、あえてそれを口にしないリラにアルは微かに笑った。

 そして右手から透き通るような影を浮き上がらせると、パネェを包むように絶影を薄くひろげる。


 その光景を見てフォークスは目を見開いた。

 闇に墜ちたと思っていたアルが影の力で人を助けようとしている。それはあきらめることなくすすみ続けたアルだからこそ手に入れた力。



 恐れることなく闇を受入れたアルの力は、少しずつパネェから黒い痣を吸い取り、彼女の命を救ってみせた。


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