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88 最終章《騎士》

「陛下! ついに!」

「うむ。ようやく見えたな」


 王都奪還の軍勢はついに王都の姿をとらえるところまでやってきた。相変わらず黒い影が陣を作ってくるので時間はかかったが、列島の者とクヴェルト帝国の兵士が戦術を繰り出すことでそれをはねのけた。


 それはつまり、フォルティカの戦い方では歯が立たないということであった。だからこそ陛下はその存在を疑わずにいられない。


 そしてこの快進撃を疑うもうひとりの人物。彼もまた、特級迷宮の狡猾さをよく理解していた。


「どういうこと? 誘われてるって言いたいの?」

「うん。聞いた話からして特級迷宮は王都の海沿いだと思う。だとしたら俺たちはかなり近くまで踏み込んでいるはずなんだ。それなのにこの程度なはずがない」

「でも私たちもいるし、この軍勢だからこそってのもあるでしょ?」

「……それでも特級迷宮がこの程度のはずがない。この程度であれば博士がリラに試練を与えるまでもないはずだ」

「それは……そうかもしれないけど」


 アルの真剣な表情にリラも心を引き締める。

 だが周りで戦っている者達は、王都を目前にして浮つきだしていた。


「このまま王都奪還だけでなく、特級迷宮まで攻略してやるぜ!」

「ああ! 特級迷宮を攻略して伝説になってやる!」


 戦うことに目標を置くのは悪いことではない。その証拠に軍勢の士気は高く、うまく機能している。


 そしてアルを含めた最前線はそのまま黒い影の防衛陣を突破した。そこから先に黒い影はない。見えるのは王都の砦だけ。

 それに喜びを感じた騎士達はそのまま突き進んだ。



「待て! まだなにかあるかもしれない!」


 だがアルの叫びは彼らに届く前に、新たに地面から現れた黒い影達に一瞬で斬り裂かれてしまった。


「なんだあいつら! しかもあの格好は!」

「そんな……あれは、騎士の鎧。フォルティカ王国の騎士の鎧じゃねえか!」


 地面から現れた新たな黒い影達は一様に鎧を纏い、重苦しい空気を放っている。その姿を見て軍勢の足は完全に止まった。


 今まで人型に近いものを倒してきたが、これは人型というレベルではない。

 しかも今しがた見せた剣閃は、並の戦士では太刀打ちできない程に速く、力強かった。


「アル、これがあなたの言ってた」

「……いや、まだだ。特級迷宮の本体はこの程度じゃない」


 そこでようやく人間達は事態の深刻さに気がつく。自分達が足を踏み入れようとする場所がどれほど危険な場所か。



「やはり、こうなるのか」

「陛下? この状況を知っているのですか?」

「知っているわけではない。我とて困惑している。だが、誰がこれを仕組んだかははっきりとわかった」

「その者とはいったい?」

「……この場にいないフォルティカ王国最強の騎士。奴しかおるまい」



『さすが陛下。よくわかったな』



 その声は最前線から本陣の陛下まで不気味に響き割った。


 そして最前線と黒い影の上空に薄暗い霧が現れると、それは徐々に収縮してひとりの男を形づくった。


「やはり貴様か。なぜ裏切った! ヴァルカン!!」


 射殺すように宙を浮く男を睨みつける陛下だったが、ヴァルカンは気にする様子もなく口を開いた。


『裏切る? 違うな。俺は辿り着いただけだ。弱いから奪われる。だから俺はあいつから奪い返しただけだ』

「……誰のことを言っておる」

『どうせ話したところで理解できん』


 フォルティカ王国の騎士達はようやく敵の正体に気がついて絶望した。自分達の攻撃がことごとく躱され、逆に隙をつかれたのは敵が戦い方を熟知していたからだ。

 だがその敵がまさか王国最強の騎士だとは思いもしなかった。


「貴様、いつからこんなことを企てていた」

『勘違いするな。これは謀反などという意味のないものではない。縛りから解き放つ神聖な戦いだ。だというのに』


 そこでヴァルカンは最前線に視線を移すと、ひとりの女性を睨みつけた。


『もう少しで叶うところで邪魔をしおって。あの海を切り裂く攻撃さえなければとっくに我の願いは成就しておったというのに。聖女とやら。貴様だけは許さんぞ』

「「「……え?」」」


 その言葉を聞いてフォルティカ王国の者は全員リラを見た。そして思い出す。三年前にリラが行った危険行為を。


「まさか……あの攻撃にはそんな意味が」

「フォルティカ王国のために、あえて汚名を……」


 感心する騎士達に見つめられ、アルの隣で狼狽えていたリラはひとつの答えをだした。

 精一杯考えてだした答えを。


「ふん。当たり前よ」

「「「おお〜」」」


 胸を張ってふんぞり返るリラと感嘆の声をあげる騎士。しかしリラの額からは大量の汗が流れていた。


「リラ〜、知らないよ?」

「し、仕方ないでしょ」


 最前線ではそんな茶番が繰り広げられていたが、陛下は重苦しく口を開いた。


「その神聖な戦いと王都になんの関係がある。貴様のせいでどれほどの犠牲がでたと思っているんだ」


 陛下の言葉を受けてヴァルカンはしばし間を空けたあとに答えた。まるで興味がないように。


『王都は関係ない。ここはただ、近かっただけだ』


 それを聞いた陛下は怒りをあらわにして叫ぶ。


「貴様! そのような理由で民を! 護るべき存在に手を下したのか!」


 だが響かない。

 ヴァルカンの胸にはもう届かない。


『民がなんだというのだ。そんなもの俺にとってはどうでもいい。たとえ実の息子であったとしても、邪魔をすれば斬り捨てるだけだ』

「ま、まさか。貴様、フォークスまで」


 目を見開く陛下にヴァルカンは見下すように笑った。


『ふ、あの程度にしか育たぬとはな。さっさと斬り捨てておけばよかった』

「「「!」」」


 地上から睨みつけるように見ていた騎士達は新たな影を上空に捉えた。それはヴァルカンの頭上に辿り着くと、手に持っていた剣を思いっきり振り抜いた。


『ぬん!』

 ガン!


 ヴァルカンは身を捻って剣で受け止めた。

 そして気がつく。

 相対する男がいつかの男であることに。


『死にぞこないが。その剣もろともへし折ってやる』

「……」


 上空でお互いの剣を押し付ける様子をリラは見守った。その脳裏にはあの日の惨劇がかすめたかもしれない。


 だが決めたのだ。

 信じると。

 彼なら何度でも立ち上がり、そして立ち向かうのだと。


「アル! 負けんじゃないわよ!」

「ぁぁあああああ!」

『むぅ!』


 ズダァァァン


 アルは剣を押しきると、勢いに任せてヴァルカンを地上に叩きつけた。


 最前線の前に落ちたヴァルカンを騎士達は固唾をのんで見た。砂塵を巻き上げるほどの衝撃。並の戦士であれば命すら危うい威力だったはずだ。


『すこしは、できるようになったか』


 だが砂塵が晴れた先にヴァルカンは傷ひとつなく立っていた。それだけで動揺せずにいられない。


 そんなヴァルカンを見てもアルは無表情に剣を構えた。怒りを内に封じるように、静かにヴァルカンを見据えた。

 そんなアルを見てヴァルカンは笑みを浮かべる。


『ようやくこの体で腕試しができるな。さぁ、思う存分打ち込んでこい』


 ――スッ



 そしてアルは踏み込む。


 静かに、深く。



 その動きを見たヴァルカンは眉間にしわを寄せる。


『なんだその腑抜けた踏み込、ヌっ!』


 カッ


 目の前に迫った刃にヴァルカンは慌てて剣を合わせた。その目には一瞬だけ驚きが浮かんだが、やがて怒りに変わってアルの剣を振り払った。


『舐めるな小僧が、っ』


 ――スッ


 キン


 振り払われた剣を淀みなく剣筋にのせ、アルはさらに何度も剣をヴァルカンに突きたてた。それを直前でしか受け止められないヴァルカンは苛立たし気に振りほどく。


 そして怒りをぶつけるようについにヴァルカンから攻撃を仕掛けたが、それに合わせてアルは細かく足を捌く。


 ――スッ



(こいつ! 俺の剣筋を読みきっているのか!?)



 ギン ギギン


 ヴァルカンは自分の剣を思い通りに振り抜けずさらに苛立った。死角に動いても距離を詰められて威力を殺される。

 そのあまりにも正確な読みにヴァルカンはただならぬものを感じとった。



 そしてもうひとり。

 アルから僅かとはいえ、戦いの指南を受けたリラもまた、その戦い方に目を見開いた。


「あれが、アルの戦い。負けた相手に、正面から打ち勝つなんて」


 リラはフォルティカ王国の城で、アルが手も足も出せずに負けたのを間近で見ていた。その戦力差は圧倒的で、とても剣で適う相手ではないと感じとった。


 しかしアルは魔法でも遠距離でもなく、あの時と同じ剣術でヴァルカンに挑んだ。

 そして今、アルは完全にヴァルカンを封じ込んでいる。



 ――バッ



『これ以上付き合っていられるか』


 ヴァルカンは大きく間合いをとると、腰を落として左腰に剣を納めた。

 それは前回アルが負けた時と同じ構え。

 居合いの構えだった。


 リラも含め全員に緊張が走る。

 あの時の光景を知る者は少なくない。

 そしてもしあの時と同じことが起きれば、アルの命は今度こそ絶たれてしまうだろう。


 だが、アルは構えもとらずにその場で肩幅に足を広げ、剣をだらりとさげたままだ。

 まるで前回の出来事を繰り返すように。


『腕を上げたのは褒めてやる。だが、助長するなよ』


 ヴァルカンは深く息を吐くと、体中から薄暗いオーラを発した。それは決して光ることのない不気味に漂うオーラ。

 たいしてアルはオーラを発しない。

 生身で化け物じみたヴァルカンと打ち合うつもりだ。



 そして空白の時間が流れた。

 誰ひとり、黒い影すらも動かない。

 全員がふたりの姿を目に焼き付ける。

 瞬きの間の勝負を見逃すまいと。



 ――ザッ


 ――スッ



 ヴァルカンは一足飛びでアルの眼前まで迫ったが、アルはその瞬間に合わせて一歩右足を前に踏み込むと、鞭のように下から剣を放った。



 それは完璧なタイミング。



 ヴァルカンが剣を抜く暇すら与えぬほどに、狙い澄まされた正確な一撃だった。


 だがヴァルカンは直前で方向を変え、アルの真横を抜けるように身を捻って背後に回り込んだ。

 それによってアルの剣は空を斬り、目的を失って高々と振り上げられている。


 その様子を着地と同時に身をひるがえして目にしたヴァルカンは笑った。


(昔真正面からやられたのが忘れられなかったか? 若いな。この程度の駆け引きにひっかかるとは)


 そして着地した反動を瞬転によって切り返し、弾かれたようにアルに向けて一歩踏み込んだヴァルカンはそこで目を見開く。



『!』



 今のヴァルカンは一歩踏み込んで腰を捻った状態だ。ここからは右手で剣を引き抜き、勢いのまま横に薙ぐだけ。

 たったそれだけで勝負がつく。


 だからこそヴァルカンは直前まで勝利を確信していた。駆け引きに破れ、無様に真正面に向けて剣を振り抜いたアルを見ていたからだ。

 だが、アルの剣は止まることなく動き続けていた。



 ヒュ



 アルの剣が上空を指した瞬間、アルは重心を左足に載せ替え、体を反転させてそのまま剣を振り下ろしていた。その矛先は背後に回り込んだヴァルカンだ。

 そこには一瞬の動揺もなく、さも最初からそこを目掛けていたかのように鮮やかに動いてみせた。


(なぜだ! なぜそれほどまでに俺の動きを正確に読み取れる!)


 ヴァルカンは最後まで抗うように右手で剣を握ったが、その剣が鞘から解き放たれることはなかった。



 ザシュ



 皆が見守るなか、アルのひと振りがヴァルカンの胴を斬り裂いた。


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