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87 最終章《戦術》

 王都奪還の軍勢はついに王都まであと一日のところまできた。

 しかしここにきてついにその足が止まる。


「陛下。やはりあの黒い影は高度な戦術をもっています」

「ふむ。勇者達に頼り過ぎたかもしれんな」


 アルとリラは最前線で相変わらず敵を倒していたが、その数は激減していた。


「くそ! また逃げやがって!」

「駄目よ! 深追いしないで!」


 黒い影はここにきて陣を敷き、アルとリラの突破力を封じる動きにでた。アルとリラの前は手薄にし、ふたりが前に出たところで孤立させるように囲んだ。


 そしてその隙に手薄な本軍を攻撃し、ふたりが戻ってくると一斉に退いてみせた。もちろん本軍も陣形を整えて攻撃し返すが、その度に綻びを突くように攻めたててくる。


 その光景を見て陛下は眉間にしわを寄せた。あまりにも的確な敵の対処に思うところがあったのだろう。




 それから膠着状態にも似た戦況が長く続いたが、それは人間にとっては好ましくない状況だった。


「リラ! ここはもういい! 本部に戻って手当にあたってくれ!」

「でも! ひとりで前線を支えるなんて無茶よ!」

「無茶を承知でここに来たんだ! だからその無茶に付き合ったみんなを死なせないでくれ!」

「くっ、わかった! すぐに戻ってくるわ!」


 アルは剣術と徒手を同時に繰り出しながら最前線を縦横無尽に走り抜けた。敵に的を絞らせないように駆け回るが、それでもひとりでは支えきれない。


 じわじわと黒い影は疲労を感じた兵士を狙い討った。黒い影は強敵を避け、弱者を確実に仕留める魔物らしからぬ動きで人間を倒していく。


 その姿は異様としかいいようがない。

 本能ではなく、徹底した戦闘方法は一昼夜で身につくものではないはずだ。


 そしてついに最前線の一角が崩れた。

 列島の者が支える右翼が抜かれ、黒い影が束となって本陣に攻め込んだのだ。


「盾を構えろ! 絶対にここは抜かすな!」

「「「おぉぉぉお!」」」


 フォルティカ王国と特級迷宮サラガの混成軍が指揮をあげて雄叫びをあげる。

 彼らとて何度も最前線で戦い、すでに満身創痍だ。


 それでもここでは退けない。

 一度でも退けば二度とここまで辿り着けない。それほどの確信を持っていた。


 だが、彼らはまだ知らない。

 千五百年間戦い続けた者の真の強さを。


「お前らはさがっていろ! 子供と老人の出る幕じゃない!」

「だってさ、婆様。どうする?」

「ふっ、なに言ってんだよ。なんのために腰痛治したと思ってんのさ」

「かっかっか! ちげえねぇ!」


 後方支援に徹していた列島の者達が続々と武器を持って列に加わった。それはこの大陸であれば戦う者とは認められたない者ばかりだ。


 だが彼らは違う。生まれたその瞬間から抗い続けた生粋の戦士なのだ。


「騎士さんよ。あんたらは普通に戦ってりゃいい。どうせあいつらは儂らを狙うんじゃ。その隙を突き返してやんな」

「なっ! それではあなた達が!」

「死ぬと思うかい? ふっ、そんなやわな生き方しとらんわい」


 そして列島の者達はひとり残らずオーラを身に纏った。決して弱々しいものではない。その意志を表すように強く光輝いた。


 その姿を見た兵士達は息を呑んで耐えた。

 この人達を死なせてはいけないと誰もが思ったからだ。



 それほど彼らは、弱くはないというのに。



「網にかかったよ! 狼煙をあげな!」

「はいよ!」


 パシュ〜〜



「なんだ! なんの合図だ!?」


 本陣のさらに後ろから一筋の煙が打ち上がった。それは緩やかなものではなく、鉄砲で打ち出されたように鋭く空高くに舞い上がった。


「ふん。あいつ等が簡単に抜かれるわけがないだろ。あんた等の策が見抜かれてるんなら違う策をやる。それだけさ」

「だが、誰に向けた合図を」

「おい! 東から砂塵があがってるぞ!」

「いいからあんた等は目の前に集中しな」

「くっ、絶対に食い止めろー!!」


 ガッシャ――――ン!



 本陣と黒い影がぶつかると同時に、最前線の列島の者達は抜かれた穴をすぐさま閉じた。そして前後に部隊を分けると、本陣を狙った黒い影を後ろから強襲した。


「はっ! こいつら俺たちがへばったとでも思ったのか?」

「丸三日は戦えるっつうの!」

「俺は四日だ!」

「じゃあ俺は五日だ!」


 まるで息を吹き返すように武器を振るう列島の者達。だが彼らがこのタイミングを狙ったもうひとつ理由はすぐそこまできていた。


「さて、あとは若いのに任せようか」


 婆様は黒い影の攻撃を押し返しながら、東から迫る軍勢に目を向けた。その軍勢は大声を上げて黒い影のど真ん中に向けて走っている。


 それを見た黒い影は東から突撃してくる軍勢に防衛の陣を張る。

 対して突撃してくる軍勢に陣はない。ただがむしゃらに突っ込んでくるだけだ。

 だが、彼女等が止まることはない。

 いくら鉄壁の陣形を構えても関係ない。



「ぅおらぁぁぁー!」


 メキ


 メキメキッ


 ズガ――――――ン



 戦闘を走る女性は敵の前で思いっきり体を撚ると、手に持つハンマーを水平に薙ぎ払った。

 たったそれだけの動作で更地ができあがる。

 彼女の前には骨すら残らない。



 それを見たアルは顔をあげて視線を送った。

 この窮地でこれ程頼れる存在はそういない。


「はは、さすがパネェ……さ……ん?」


 アルは最前線でひとりポツンと止まった。

 一応斬りかかってくる黒い影は切り捨てるが、さっきから顔は新しくきた軍勢に釘付けだ。


「……あれ誰だっけ? 見たことあるけどパネェさんじゃないよね」


 確かに先頭の女はハンマーを振り回している。なんならそのハンマーはパネェが使っていたものだ。


 だがその使用者はパネェではない。はたしてこの女は誰なのか?


「翁! やっぱりお前んところのは頼りになるなぁ」

「はは! 当主交代も目の前だな!」

「はぁ。誰か貰い手はあらんかのぉ」


 一騎当千の活躍をみせているというのに、翁の顔は浮かない。だがそれもそうかもしれない。彼女のおかげで翁の影はすっかり薄くなってしまったのだから。


「あれって……翁の孫娘じゃなかったけ?」


 パネェが不在となった列島の頂点には、翁の孫娘が君臨していた。




 東からの救援が横槍を入れたことでこの戦況は一気に人間側に傾いた。黒い影は地面から新たに出てくるが、もはや陣を保てるほどの厚さはない。


「アルさん! 久しぶりっす!」

「お〜! 元気君! それに斧使いのおっちゃんも!」

「ガッハッハ! なかなか今回も盛大だなぁ!」


 戦場のど真ん中だというのに三人は仲良く話しだした。


「翁の孫娘やばいことになってるね」

「いや〜、最初の頃は俺が指導してたんですけど、今は手に負えないっすね」

「ガハハハ! それで惚れてるんだから世話ねぇな!」

「え? そうなの?」


 ついには恋話にまで発展してしまった。


「でも、自分よりも強いひとじゃないと駄目だっていうんですよ。あと何年かかるのやら」

「へ〜。あの元気君から元気奪うなんて相当だね」


 これでも一応敵を倒しているのだ。


「それで、パネェさんは?」

「あぁ、パネェさんなら先に王都にいっちゃいましたよ」

「え〜? せっかちだなぁ」


 この時アルはのほほんと考えていた。

 戦況が人間側に大きく傾いていたことで緊張感も薄れてしまったのかもしれない。


 王都がすでに陥落しているというのに。




◇◇◇◇



「……トード、俺のことはもういい。お前だけでも」

「なに言ってんだ! フォークスさんだけ置いていけるわけないだろ!」

「…………」

「くそ! くそ! なんで、なんでこんなことに!」


 アルの進む先に、不穏な空気が漂っていた。


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