86 最終章《偉大》
「「「舐めた口をきいて大変申し訳ありませんでした」」」
列島の者達はそれは見事に整列をして頭を下げた。後ろでただ笑っていた者達も頭を下げている。
「坊やもとうとう結婚したか」
「あ、婆様。元気そうでよかったね」
そこに列島最年長の婆様が話しかけてきた。さすがに小さい子供と老人までは襲われなかったようだ。
「……大事なものを見つけたんじゃな?」
「うん。本当はあの時には惚れてたんだけど気がつかなかったよ。はは」
「まったく、坊やらしいといえばらしいがな」
ようやく再会らしくなったところでアルはボロボロになった翁に話しかける。
「翁、パネェさんは? それに元気君や斧使いのおっちゃんもいないし」
「あいつ等は辺境からそのまま王都を目指したぞ」
「え!? なんで! 私そこまで言ってないわよ!」
するとキャルが目を見開いて驚いてみせた。
それはそうだろう。
キャルが頼んだのは辺境の民を無事にここまで連れてくることだったのだから。
「なんでって、奪われたら奪い返す。それだけだ。とりあえずここには一度戻ってきただけで、今から俺たちも王都に行くぞ?」
翁は何気なく言い返し、列島の者達も同意するように頷いていた。
それを見て一番動揺したのはフォルティカ王国の者だろう。なんせ列島はこの戦いに関係のない者なのだ。それがフォルティカ王国の者をさしおいて危険地帯に飛び込む意味も理由もわからない。
だがアルにはわかる。
それが彼らの信念なのだと。
「ちょうどよかった。俺とリラも今から王都に行くんだ。久しぶりだし一緒に行こうよ」
「ア、アルさん? 今の王都は黒い影に占拠されてるんですよ? なにも今すぐ行く必要はないじゃないですか」
皆が王都に向かうと知ってキャルは動揺した。戦えない彼女は命からがら逃げ延びたのだ。その恐ろしさをよく知っている。
だからアルを必死に止めようとするのも無理はないが、アルを説得するのはもっと無理なことだった。
「いや、俺は王都がいいんだ。あそこしかないんだよ」
「そうは言っても今の王都にいいことなんてないですよ」
「それでもだ。絶対あそこがいい」
「そんな。な、なにがあるんですか? 王都にしかないものってなんですか?」
「キャルちゃんの宿だよ?」
「え?」
一瞬なにを言われたのかわからなかったキャルだが、宿のことを思い出して俯いてしまった。
「……ごめんなさい、アルさん。いつかアルさんが戻ってくるまであの宿を守り続けるつもりだったのに……私、守れなくて。黒い影に壊されていく建物をただ見続けるしかできなくて……私、悔しくて、でも……なにもできなくて」
キャルは俯いたまま涙をポロポロと溢した。いくらまだ子供とはいえ、大事なものを奪われて平気なわけがない。
それでもアルはキャルの頭に手をのせ、優しく語りかけた。
「随分と待たせてごめんね。でも俺は諦めてないよ。たとえ建物がなくったって、あそこにキャルちゃんとお客さんがいればそこはキャルちゃんの宿さ。そして俺は、そこでリラとの結婚式を挙げたいんだ」
疑いもせず、まっすぐなアルにキャルは心を震わせた。それは宿を奪われてから抑えていた心が、我慢するのをやめた瞬間だった。
「う……うぅ、うあ〜〜〜〜!」
たまらず泣き出すキャルは、幼さを残す年相応の少女だった。
その声を聞いた者達は皆拳を強く握った。自分たちがなにをすべきか、なんの為に戦うのかを明確に理解し、己を奮い立たせた。
「死神よ、我もその結婚式に招いてはくれぬか?」
そして、その声はついに一国の主を動かした。
「……自己責任ですよ?」
「わかっている。それに我らがいれば、宿屋の再建も捗ろうて」
「へ、へいか」
泣きながらも顔をあげるキャルを見て、陛下は国王らしからぬ顔で笑いかけた。
「ふ、勇者の結婚式を挙げるのだ。並の宿屋ではすませまい。故にこの大陸一の宿屋を造る。だからそのあとは頼んだぞ」
涙をこぼし必死に頷くキャルを見たあと、陛下は大きく息を吸い込んで叫んだ。
「我はこれから王都に走る! ついてきたい者だけついてこい! 褒美は……勇者の結婚式への参列だ!」
「「「ぉおおおーーーー!!」」」
陛下の叫びに続き、フォルティカ王国の者だけでなくその場にいるすべての者が叫んだ。
それは特級迷宮という伝説に対する挑戦状だったのかもしれない。
「リラさん。さっきはすみませんでした」
「私こそ、大人気なかったわ」
ふたりきりになった時に、キャルはリラに向かって素直に頭を下げた。ふたりがすでに夫婦とは知らなかったとはいえ、誠意に欠けたと思ったのだろう。
「それで、私がこんなことを言うのは筋違いだとはわかっていますが……どうかアルさんのことを、よろしくお願いします」
そしてキャルはもう一度頭を下げた。
それは謝罪ではなく、たったひとつの願い。
好きだった者が幸せであるようにと、心からの願い。
それを感じとったリラは胸が熱くなるのを感じた。
「任せて。私は、その為に強くなったのよ」
背を向けて歩きだすリラをキャルは見送った。
いつか、自分もそうなりたいと思いながら。
「どうか、ご武運を」
こうして、フォルティカ王国の命運をかけた戦いが幕を開けた。
◇◇◇◇
「どぉりゃー!」
ズガーン!
「まだまだー!」
ドッパーン!
「すげえ! この調子なら王都まであとすこしだ!」
「さすが勇者達だ!」
王都を目指す軍は破竹の勢いで突き進んだ。王都に近づくにつれ黒い影は増えてきたが、ほぼ止まることなくすべて薙ぎ倒した。
どこからどうみても順調にも見える行程。
しかしアルは戦いながらも危機を感じていた。
(黒い影が俺の戦った化け物と違かったのは嬉しい誤算だったが、この誤算はまったく想定していなかった。どうする!? どうすればいい!?)
最前線で剣を振るうアルは瞬く間に敵を蹴散らした。その姿を見たものは歓喜したが、なぜかアルの不安は拭えない。
それはなぜか?
なにが最前線でおこっているのか?
「私の前に立つなー!」
グッシャー!
「なんて圧倒的な強さなんだ!」
「すごい! 聖女様でこの強さ! それなら勇者様はいったいどれほど強いんだ!?」
「いや〜、やっぱ本場の薬屋はすげぇなぁ。アル殿もよくあんなの口説いたよな、ほんと」
「やっぱアルさんもあの頃より数段強くなってんだろな〜」
(もうやめてくれ! これ以上ハードルを上げないでくれ!)
アルは期待の眼差しを一心に背負いながら戦ったが、はっきりいってすでに本気だった。
だからリラの戦いに戦慄したアルは最初っから剣を抜いて戦った。絶影こそ使っていないが、本気も本気。そこらの新兵ではアルの動きは目で負えないほど速い。
だがそれでも届かない。
いくら速く敵を討とうが、一発で広範囲を薙ぎ倒すリラには遠く及ばなかった。
「私のヴァージンロードを邪魔するなー! 精霊パーンチ!!」
ドッパーン!
「また光ったぞ!」
「なんてきれいなんだ!」
リラは精霊を右腕に纏わせると力任せに振り抜いた。その威力は凄まじく、地面をえぐりながら正面の敵を木っ端微塵に打ち砕くほどだ。
はたしてそれは精霊師としての本来の姿なのか?
だか精霊達は久しぶりに大暴れできて楽しそうだ。その証拠に元気いっぱい点滅しているせいで無駄にエフェクトがすごい。
黒の影を光で打ち消す様は、まさに聖女としては相応しかったかもしれないが、とてもヴァージンロードを歩く花嫁には見えなかった。
もっともそこまでリラを奮い立たせたのは、恋敵のたったひとつの願いだったのだが。




