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84 最終章《算段》

 数人の騎士達はアルの背後までくると、その中のリーダー格が話しかけた。


「貴様等。ここがどういう場所かわかっ……て?」


 怒気をはらんだ言葉に振り返ったふたりを見て、騎士はぴたりと止まった。その口は大きく開き、ぷるぷると震えている。


「リ、リラ様? それに、アル。おまえ、いき」

「あ、団長。今日もごくろうさん」


 感動の再会をあっけらかんと終わらせるアルに言葉を失った団長。震えも止まって動きもしない。


「リラ?」

「はぁ。どこが大人になったよ」


 アルのあんまりな態度にリラは一歩前にでた。


「団長様。お久しぶりでごさいます。大変な時ではありますが、微力ながら尽力させていただきます」

「お〜」


 本当の大人の対応を見たアルは感心して頷いた。すくなくもそれが常識のない行動だ。

 そしてリラの言葉でようやく正気に戻った団長は、アルを認識することなく話をすすめた。


「これはこれは聖女様。ありがたい申し出恐悦至極でございます。ささ、ひとりでの長旅でお疲れでしょう。すぐに湯浴みの準備をさせますので、こちらの馬にお乗りください」

「あら。湯浴みまで準備していただけるなんて、団長様は素敵な方ですね」

「はは。まさか聖女様にお褒めいただける日がくるとは。これからも精進してまいりますよ」

「ええ、よろしくお願いね」

「……リラ? え? みんな? え、ちょっと! 待ってよ〜」


 ひとり置いていかれるアルは情けなく叫んだ。これが本当に三年前に修羅になった男なのか?


 だが背を向けた団長は楽しそうに笑った。

 それはきっとリラに褒められたことではなく、大切な友が帰ってきたからだろう。




◇◇◇◇



「みんなひどいよね。まぁ、すぐ追いついたけど」

「相変わらず無茶をする男だ」


 野営地についたアル達は一休みしたあと、野営地につくられた作戦本部のテントに向かった。そこにはフォルティカ王国の騎士だけでなく、クヴェルト帝国や特級迷宮サラガの者もいた。そしてその中でアルは見知った顔を見つける。



「……ボス。その、お元気そうで」


 アルが話しかけたのはフォルティカ王国の冒険者ギルドが誇る最強パーティのリーダーだ。

 アルはリラが傷ついた時にボスを怒鳴りつけて以来、まともに話しかけることができていなかった。


 だが、そんなことを気にもせずボスは快活に笑ってみせた。


「おう! やっとしけた面が治まったか。たく、心配かけやがって」


 バン!


 最後にアルの背中を力強く叩いたのはボスなりの優しさだろう。言葉にはしないが、これで貸し借りはなしだと目で訴えている。


「うん。もう、大丈夫」

「そうかそうか。で、一緒にいるってことは好きのひとつくらいちゃんと言えたのか?」


 ボスはリラをちらりと見たあと、からかうようにアルに言った。


 しかしアルはそれをからかいだとは思わなかった。

 だから、普通に惚気けてしまった。


「そりゃもちろん。毎日好きだって言ってるよ。じゃないとリラも怒るからさ」

「「「ぶふーーーー!」」」

「ちょっ、アル!?」


 作戦本部は一瞬にして時が止まった。

 懐かしい再会をしていたから少しばかり騒がしくても目を瞑っていたが、さすがにこれはいただけない。


 なんせここはフォルティカ王国の存亡をかけた大事な場所なのだ。なんなら一番奥にはフォルティカ王国で一番偉いはずの陛下がまさに指示をだしていたところだ。


「どうしたの?」

「……楽しいか? いつかの死神よ」


 静まりかえった部屋の中で陛下が静かに問いかける。その声の重圧で皆が息を呑み込んだ。


 そしてそれを直に向けられたアルは思うままに答えた。聞かれた通りに、素直に。


「おう! リラとの結婚生活は楽しいよ!」


 清々しかった。

 ある意味男らしかった。

 場所さえ違えばリラも喜んだかもしれない。


「〜〜〜〜」


 そのリラは両頬を覆ってクネクネしている。どうやらこんな場所でも嬉しかったようだ。

 だがアルの答えが許されるわけがない。こんな真面目な場で陛下に対して言っていい内容ではない。


「……貴様、ここになにをしに来たんだ? 冗談ではすまさんぞ」


 バキン!


 陛下は手をついた机を押さえただけで叩き割った。その行動だけで陛下がどれほど怒っているかわかる。


 そしてそれを止められる者はここにはいない。アルを連れてきてしまった団長は白目を剥いている。かわいそうすぎる。


 アルもさすがになにかを感じとったようだが、リラに視線をむけるとクネクネしていたのでたいした問題ではないと判断した。


 そしてアルはトドメの一言を発する。

 フォルティカ王国の誰もが目を見開く一言を。


「俺がここに来た理由はリラと結婚式を挙げるためだよ。フォルティカ王国の王都で、みんなと楽しくさ。だから俺はもう行くよ? さっさと片付けないといけないからさ。それに、大事なひとに招待状も渡さないといけないし」


 さらりと言いきったアルに誰も言葉を返すことができなかった。気負いもためらいもなく、当然のように言ってのけたアルに誰もが困惑した。


 そしてもっとも困惑していた男は、糸がきれたように笑いだした。


「ふっ、ふふ、ふ、ふぁーーはっはっは! そうか、王都で式をか。そうか……それは、成さねばなるまい」

「へ、陛下?」


 今までの重苦しい雰囲気を打ち消した陛下は、薄い笑みを浮かべながらアルを睨みつけた。


「死神。この戦いに勝てる算段はどの程度だ?」

「算段? そんなの知らないよ。やるだけやって、やれなかったならまた頑張ってやる。それを繰り返せばそのうちやれる。うん。つまり100%だ」


 もはや理屈もなにもない。

 根性論よりもひどい。

 普通なら即刻追い返すような言動だろう。


 だが誰もそれをしなかった。

 なぜならここにいる誰もがアルを知っているから。


 千五百年間海を支配したブラックシーサーペントに立ち向かった勇者。

 四百年を生きた伝説の巨人を倒した勇者。

 フォルティカ王国の迷宮をすべて攻略した勇者。


 どれかひとつとっても文句のつけようがない功績だ。そしてその男がまたもや困難に立ち向かおうとしている。


 それはここにいる者にとって希望だったのかもしれない。


「それじゃあ行こうかリラ」

「ん? あ、うん!」


 スタスタと歩きだすアルと機嫌良さそうについていくリラ。とてもこれから特級迷宮に挑むようには見えない。


 そしてそのままふたりがテントから出ていくと、示し合わせたようにクヴェルト帝国の兵士達は姿勢を正した。


「陛下。申し訳ありませんが、我々はこの防衛作戦から降りさせて頂きます」

「……なんだと?」


 防衛作戦から降りると言った兵士は、アルと共にブラックシーサーペントと戦った宰相直属の部隊だった。


「先ほど本国の宰相から至急の手紙が届きまして『もしアル殿が前に進むようであれば、防衛指示を撤回する』と書いてありましたので」

「それで、本国に逃げ帰るつもりか?」


 陛下は不機嫌を隠さずに睨みつけたが、兵士は涼しい顔で答えた。


「手紙には続きがありまして『その先は個人の判断に委ねる』と書いてありました。ですので我々は各々の判断で動きます。すくなくともここにいる者は全員アル殿を追うでしょうが。それでは失礼致します」


 そしてクヴェルト帝国の兵士達は陛下の返事も聞かずにテントから出ていった。それを残された者たちは静かに見ていたが、ボスも続けて発破をかける。


「時間をかけたからと言って流れがこっちにくるわけじゃねぇ。むしろ時間が経てばたつほど黒い影は増える。それならあの馬鹿についていったほうがまだ望みはあるかもな。そういうわけで、俺達も行くぜ」


 ボスがテントから出ていったあとも、しばらく残った者たちは出入り口を眺めていた。それからしばらくして陛下は溜め息を吐きながら意見を求める。


「サラガの者よ。我々が動いたらその方達はどうする?」

「そうですね。……フォルティカ王国が動くのであれば、我々もついていきますよ。フォルティカ王国の支援がなければ、サラガの特級迷宮も攻略できませんしね」

「そうか。だが、少し時間をくれ」


 陛下は目を閉じそのまま黙ってしまった。

 この国の行く末と、ひとりの青年の未来を案じるように。


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