83 最終章《羽衣》
「私って馬鹿よね。ずっと一緒にいたのに博士が精霊使いだって気がつかなかったわ」
「仕方ないさ。精霊使いなんて伝説の存在なんだし、疑うことのほうが難しいよ」
「でもね、博士もさっき言ってたけど、小さい頃はよく博士に抱きついて寝てたの。その時、博士のまわりを光の粒が飛んでたのを何回も見ていたわ。小さかった私にはそれがなんなのかわからなかったけど、きっとあれが精霊だったのね」
懐かしむように話すリラをアルと先生は静かに見守った。目を赤く腫らしながらも、彼女は気丈に振る舞おうとしている。
「……大丈夫。もう、大丈夫。でも、最後まで泣いちゃいました」
困ったように笑うリラを見て先生は目を細めた。
「泣くことのなにが悪いのさ。それに、私は立ち直るまで随分かかったよ。もっとも、立ち直れたと気がついたのはつい最近だがね」
「お義母様?」
「……そろそろいこうか。聖獣様がお待ちだよ」
先生の視線の先には月をじっと見上げているキングベアーがいた。身じろぎもせず、静かに。
「ありがとう、キングベアー。今までひどいこともしたのに、最後まで付き合わせてごめんね」
『グゥ〜』
月を見上げていたキングベアーは前脚をつけ、おとなしくリラに頭を撫でられた。それからゆっくりと扉が消えた場所に歩きだす。
そしてひと鳴きすると、この空間に入ったものと同じ扉をつくりだした。
キングベアーに続き先生が扉を通ったあと、アルは静かに振り返った。背筋を伸ばし、凛々しく月を見上げるリラを見守るために。
「さよなら、博士」
羽衣を風になびかせ、リラは静かに別れを告げた。
◇◇◇◇
扉から戻った三人は広場で待っていた宰相達に事情を話したが、博士の事については触れなかった。
「そうですか。キングベアーはそれを渡すためにリラさんをあの扉のむこうに招いたんですね」
「はい。ただ簡単には渡してくれなくて。実力を示すのに苦労しましたよ」
リラは努めて明るく振る舞った。
それに宰相は思うところはあったが言及することはなかった。
「わかりました。ただ、そのことが外の者に知られると少々厄介ですので、私は聞かなかったことにします。マスターもキッカ殿もご協力頂けますか?」
「いいですけど、それって欲しくてもそんな簡単に手に入るものじゃないでしょ」
「僕もそう思うよ。それが欲しくてキングベアーに挑む人も、キングベアーに認められたリラさんを狙う人もいないだろうね」
「それはそうですが、一応私にも立場がありますので」
「宰相になると大変だね〜」
「そう思うならもっといたわって下さいよ」
そのあと銀の城の出口を目指したが、宰相達は扉の中でなにが起こったのかをそれ以上は聞いてこなかった。
リラの目を見て思うところがあったのかもしれない。
だがこれでクヴェルト帝国の目的は果たしたことになる。最後に宰相達とも別れを告げたアルは、三人でフォルティカ王国との国境を目指した。
◇◇◇◇
アル達が目的としたのは、フォルティカ王国とクヴェルト帝国、そして迷宮国家サラガの三国が交わる土地だ。
「おっ、あれが野営地だね。戦ってる様子はないし、黒い影ってのはまだ広がってないのかもしれないな」
「うん。でもその影が昔アルが戦ったのと同じのだったら勝ち目はあるの?」
「ん〜、でも宰相から聞いた話だと、あれと違そうなんだよね」
三人が恐れたのはアルが昔体を乗っ取られた黒い化け物の存在だった。あれが軍として攻めてきたのであれば為す術はないだろう。
そしてもうひとつの不安要素が、特級迷宮の異常に広い異空間の存在だった。
「オルフスタの樹海自体が迷宮だったとはね。道理でどんだけ焼き払っても数年後には元に戻ってたわけだ」
「普通は先生みたいにいきなり焼き払ったりしませんからね? その基準どうにかなりませんか?」
「ほぉ。言うじゃないか。あんたがこの私に常識で説教するつもりかい?」
「俺はもう大人です。常識のひとつやふたつ持ってますよ」
常識のひとつやふたつしか持っていないアルは果たして常識人なのだろうか?
「ほぉ。やるかい」
「ふっ、次は負けませんよ」
「フレアランス!」
「空刃!」
ガス――ン
いきなり戦いはじめたふたりだが、帝都を出てから毎日のように戦っている。この戦いがなければもう少し早くこの野営地に辿り着けただろうに。
そんなふたりに呆れながらも、リラは自身のまわりを飛び回る赤い光に話しかけた。
「またはじまっちゃったね。どうする? 焔ちゃん」
この数日で精霊と仲良くなったリラはそれぞれに名前をつけたのだ。
火の精霊には焔。
水の精霊には雫。
風の精霊には嵐と。
もちろん精霊たちは返事をするわけではないが、リラに名を呼ばれると楽しそうに飛び回るので悪い気はしていないのだろう。
「そうね。この前は嵐ちゃんだったし、今日は雫ちゃんでいこうか」
ニコニコと精霊と話すリラだったが、肩からなびかせる羽衣を手にとると空気が変わった。
「私も、混ぜなさーい!」
((きた!))
ズッガ――ン!
リラの右手は手にとるものを強化できるらしく、振り回される羽衣は鞭のようにしなってとんでもないことになっている。さらに精霊術を付与させているから洒落にならない。
今は羽衣を鞭のように振り回しているが、気分によっては棍棒になったり腕にまいて篭手にしたりもしている。
はたしてこれは博士が期待した使い方なのだろうか?
優雅さとはかけ離れた戦い方に、博士が怒りださないか心配するばかりだ。
それでも強いから仕方ない。
そしてアルと先生が毎日のように戦いだしたのは、リラのその強さを目の当たりにしたからだ。
(近づけない!)
行く手を阻む羽衣にアルは苦戦をしいられた。
「インパルス!」
バシンッ
「くっ」
先生の魔法も精霊術に掻き消される。
そう、三人の勢力図は変わってしまったのだ。アルと先生のふたりがかりでも寄せつけないほどにリラは圧倒的に強くなった。
「ふっふっふ。はぁっはっは!」
高笑いするリラはまさに魔王だった。
しかし彼らは忘れている。
ここがどういう場所か。
「おまえらー! なにをやっとるんだー!」
遠くから騎士達が馬に乗ってかけてくる。
それはそうだ。
ここは野営地の近くで、本来は休むべき場所。そんなところで加減もせずに戦っていれば騒ぎになるのは当たり前だ。
「わ、私は途中参戦よ!?」
「あ、ずるい!」
騎士達が辿り着く前にリラは責任を放り投げた。
「私も挑発された側だしね」
「え、そこはお互い様でしょ」
うまい言い訳が思い浮かばずにたじろぐアルを先生はさらにたたみかけた。
「ここは男が黙って頭を下げる場所だよ。それと私は用事を思いだしたからまたあとでな。バースト」
バスン!
「「うわっ」」
いきなり風魔法を放つと先生はその場から立ち去っていった。
「うわ〜卑怯すぎるだろ」
「そんなこと言ってる場合じゃないわよ」
先生が姿をくらませた方向を見ながらアルは愚痴をこぼしたが、背後では馬から降りた騎士達がガチャガチャと音をたてながら近づいてきた。




