81 最終章《武器》
「無茶な!」
「アル!」
博士の提案に割って入ろうとしたアルを先生はすぐに制した。だがそんな簡単に納得できるはずがない。なぜならリラは付与師であり、魔道具と精霊術があるから戦えるのだから。
「リラの武器をとりあげてキングベアーと戦わせるなんてやり過ぎだ! こんなの戦いじゃない!」
怒りをあらわにするアルに、先生は溜め息をつきながら答えた。
「やり過ぎなもんか。それに迷宮は遠慮なんかしてくれない。戦えないのなら退くのも勇気だよ。それともあんたは、戦えない人間を特級迷宮に連れていく気かい?」
「……」
まるで足手まといはいらないと切って捨てる先生に、アルは言い返そうとしたが言葉がでてこなかった。
アルにとってリラは足手まといではない。彼女の強さに救われた人は大勢いる。
だが、今目の前で座りこむリラを見て、アルはためらってしまった。
それはさっき自分で言ってしまったように、彼女の武器はふたつとも失われてしまったのだから。
そしてアルは武器を失う絶望を知っている。今でこそ立ち直ったと言いきることはできるが、それでも数年を要した。
それをこの短期間で克服させるすべをアルは知らない。
「時間は有限なのよ。考える時間すら、待ってはくれない」
『グァァァァ!』
「くっ!」
突如襲ってきたキングベアーを躱すためにリラは大きく横に飛んだ。だがキングベアーは構うことなく爪を振りきる。
ザシュッ
「きゃっ!」
十分な距離をとったはずのリラだったが、キングベアーの斬撃は空間を斬り裂いてリラを襲った。とっさにリラは顔と首を守ったが、そのせいで右腕に大きな爪痕を残してしまう。
「その程度も躱せないのならどの道死ぬわね。それでどうする? さっきそこの賢者が言ってたでしょ。退くのも勇気だってね」
弟子が傷つくのも気にせず博士は見捨てるように言い放った。
しかしリラは博士を睨み返すだけでなにも言わない。苦しむように、睨みつけるだけしかできない。
「すべての行動が、命とりになるのよ。なにも生みだせないのなら、そこに価値はないわ」
『ガァ! ガァ! グガァ!』
「っ!」
止まることなく襲いかかるキングベアーにリラは必死に逃げ惑った。
時に地面を転がり、腕にしがみつき、吹き飛ばされながらもなんとか致命傷だけは避けた。
それは誰が見ても負け戦だった。一度も反撃することができず、ただただ距離をとるだけの作戦ともいえない戦い。時間が経つにつれ、リラだけが傷ついていく。
だが誰もこの戦いを止めることはできない。
おそらくこの戦いを終わらせることができるのは、リラひとりだけ。
そんな戦いを見つめながら先生は疑問を抱いた。
(……どういうこと? 最初は覚悟を問うための戦いだと思ったけど、これはあきらかにやり過ぎ。でも、リラはそれをギリギリのところで踏みとどまっている)
はじめてリラの戦いを見た先生はその疑問を口にした。
「……リラは、本当に付与師なのかい?」
「え?」
「あそこまで動ける付与師は私の記憶にはないわ」
「確かにリラはそこらの付与師より動けるけど。たぶん小さい頃から博士について回ったからじゃないかな」
アルはリラを見守りながら先生の言葉に何気なく答えたが、先生にとってそれは答えにならなかった。
博士の真意を見極めようとした先生はさらにアルに問いかける。
「アル、博士について知ってること話しなさい」
「いや、リラが戦ってるのにそんな呑気な」
「いいから言いなさい」
先生の真剣な表情に押されたアルはしぶしぶ博士について話だした。
「博士は付与の達人だよ。ポーションはもちろん魔道具の作成も得意だった」
「……続けて」
先生の表情を伺いながらアルは話を続ける。
「ほかにって言われても困るけど。そうだな。リラが精霊術を使えるようになったのは博士のおかげでもあるかな。博士が精霊のもとに行けっていたわけだし」
「…………」
「あとはクヴェルト帝国で兵士と戦いの訓練をするようにリラに言ってたらしい」
「!」
「先生?」
急に変わった先生の表情を見てアルは驚いた。そしてその訳を、先生はゆっくりと自分に言い聞かせるように話しだした。
「つまり博士はリラをずっと導いてたんだね? 戦えるように」
「そう、なるね」
「おそらく魔子様は私には魔法の能力しかない事がとわかっていた。だからそれ以外を鍛える事を今まで求めてこなかった。なら、博士はどうだい? リラの付与師としての武器をとりあげてまで戦わせる意味はなんだい?」
先生の視線を追うようにアルは博士を見つめた。
その態度は冷酷に見えながらも、目の奥は心配そうにリラを見守っていた。その目を見て、アルは辿り着いた答を口にする。
「つまり博士は、リラの新しい能力を発動させようとしている? 自分が育てている間に教えられなかった能力を、今、この瞬間に」
想像もしていなかった博士の試練に、ふたりは息を呑み込んだ。
(こわい。泣きたい。逃げだしたい。でも)
リラはキングベアーの猛攻を凌ぎながら少しずつ精神を立て直していった。
リラが並の戦士であればとっく勝負はついていただろう。肉体的にも、精神的にも、立ち直れないほどのダメージを受けて。
それでもリラが不安定な精神でもギリギリ生き残れたのは、伝承の島で毎日アルに組み手の稽古をつけられたからだ。
難しい技ではなく足運びから教わったリラは、無意識にキングベアーとの立ち位置を修整し、もっとも被害が少ない位置取りをしていた。
それに気がついたのはついさっきだが、ひとつでも自分の武器に気がつければ戦況は変わる。
劇的にではないが、リラは少しずつ流れを引き寄せだした。
『グァ!』
「せい!」
『!』
今まで避け続けたリラがはじめて放った一撃。決して強力ではないが、この日、リラははじめて前に踏み出した。
『ゴア! ラア! ラア!』
「くっ、いちいち早いの、よ!」
爪で傷つけられながらもリラは再び拳を突き返した。
しかしいくら鍛えようと能力も発動できずに神獣にダメージを与えることなどそう簡単にはできない。さっきは意表をつかれて固まったキングベアーだったが、今度はすかさず攻撃を終えたリラを襲った。
『グゥア!』
「っ!」
「リラっ!」
キングベアーの爪がリラの頭を狙って振り抜かれ、アルは思わず叫んだ。
タターン
なんとか身をねじって距離をとったリラだったが、空間を切り裂く斬撃までは避けきれなかった。
(なんとか避けたつもりだったけど、失敗したわ。血が、目に……)
傷ついた左の額から血が目に流れこんでしまった。
その出来事にリラは少なからず動揺する。
いくら前線で何度も戦ったとはいえ、死を意識するほどのピンチは数えるほどしかない。
そして攻撃のために一歩踏み出したキングベアーに対し、リラは同じく一歩下がった。それは間合いを保つための無意識な作戦だったが、キングベアーはその弱気を容赦なく襲った。
(タックル!?)
ズドン!
「かぁっは!」
今まで爪の振り回ししか見せなかったキングベアーは前脚を地につけるとその巨体ごとリラに突っ込んだ。
予想外の攻撃を仕掛けられたリラは避けようとしたが、それよりも早くキングベアーの突進がリラの腹部に激突した。
体の軽いリラはその勢いを殺すことができず、まるで砲丸のように吹き飛ばされる。
「リラ!」
「だから待ちなって!」
「でも!」
「ここで終わらせて意味があるのかい!?」
「くっ」
傷つくリラを見続けたアルは、すでに我慢の限界だったかもしれない。
それでも耐えるためには、リラを励ますしかない。
だがその言葉が思いつかない。
命をかけてこれほど頑張っている人間になんと声をかければいいのだろうか?
まだ頑張れというのか。
それとも、もういいとやさしく声をかければいいのか。
わからない。
わからないがアルは、かつて救われた言葉を口にした。
それはあまりにも無慈悲で、この場に相応しくない言葉。
だが、ふたりらしい言葉。
「リラー! お前は、その程度じゃないだろ! 俺は知ってるぞ! リラが、どれほど積み重ねてきたかを!」
泣き叫ぶような言葉を聞いて、倒れたままのリラはゆっくりと体を起こした。
肋骨が折れたのか、血を吐きながらもゆらゆらと立ち上がる。
(まったく。言ってくれるわね。でも、そうね。期待してくれるなら、応えなくちゃ)
その姿を見て博士は目を細めた。
思い出すのは幼い頃から何度も立ち上がり続けた少女の姿。けっして華やかなものではなかったが、その目はいつも覚悟に燃えていた。
そしてリラは顔をあげてキングベアーを見据える。片目は血で赤く染まり、内蔵をやられているのか呼吸が不安定だ。
それでも、リラは不敵に笑った。
「私はね、諦めが悪いのよ。だから、この程度で勝ったなんて思わないでよ」
まだ戦う意思をみせるリラに、キングベアーは前脚を地面につけて応えた。
正面から、先ほどの突進をもう一度くらわせるつもりだ。
リラの戦いを見守るアルと先生は、これが最後の一合になると考えた。立つのがやっとのリラにこれ以上の戦いはできない。
もし博士が期待する力を発揮するならば、これが最後のチャンスだと疑わなかった。
そしてそれを認めるように博士が口を開く。
「あなたは昔からそうね。ひたすら前を向き、強くあろうとする。だからこれが師として最後の教えよ」
凛々しくも優しい声に反応し、リラは息をきらせながら博士を見つめた。
「あなたは、もう少し自分を信じなさい。すでに可能性は、あなたの中で十分に育っているわ」
「……自分の、可能性……」
自身に言い聞かせるリラを見たあと、博士は一度大きく息を吸い、戦いの合図を送った。
「これが最後よ。この試練を越えなければ、私はなんとしてでもあなたをフォルティカ王国には行かせない。それが嫌なら越えてみせなさい。自分の殻をここで破ってみせなさい!」
『グゥオオオォォォーーーー!』
博士の意思を継ぐようにキングベアーは走り出した。その咆哮はビリビリと壁を揺らし、先ほどの一撃とは比べものにならない威力であることがわかる。
どれだけ戦いに身を置くものでも、神獣の咆哮を聞いて逃げださずにいられる者などそういない。ましてそれを自らに向けられているのであれば、正気でいることすら難しい。
だがリラはその咆哮を受けながらも自分と向き合った。
自分の可能性を。
自分の殻を。
そして、博士と過ごした日々を。
(私は、強くなりたかった)
リラは思い返す。
今まで出会った、様々な人たちを。
(私はいつも誰かに憧れていた。魔法を使う人。強化を使う人。武器を使う人。指揮をとる人。だってみんな強かった。だから羨ましかった。戦えない私は、それに憧れるしかなかった)
そしてリラは一瞬だけアルを視界に入れた。
見つめるほどの時間でもない。瞬きをするほんの一瞬だけ。
(そして、アルにも憧れた。無茶もするけど、前にすすむアルはかっこよかった。力を失っても、それでもアルは諦めなかった。だから、私にもなれるかな?)
リラは瞬きをして自分に問いかける。博士の言った可能性がなんなのかを。
そして、それを信じる。
自分にもあるのだと。
憧れを、体現できるのだと。
「私も、博士みたいになれるかな?」
パシィ
「「!」」
アルと先生はこの時確かに感じとった。付与師であるリラが、強化と魔法のオーラを同時に発した事を。
(これは、赤い糸? いや、違う。これは私が流した血。それが収束しているんだ。私の腕に絡まるように)
リラの右腕には紅い糸が絡まるように何本もの束を作っていた。そしてそれの正体をリラは本能的に理解する。
(教えてくれるの? そうよね。私は付与師だもの。だから不思議でもないわ。自分の能力を、自分に付与するくらい)
ブワァ
自分の可能性に気がついたリラは全身からオーラを発した。それはリラが昔から放つ緑色だけでなく、青と赤のオーラも同時に放たれていた。
「三色の使い手が、師匠以外にいたなんて……しかも、同時に」
「はは、さすがにこれは予想してなかったね」
息を呑むふたりは目を輝かせながらリラを見つめた。
リラは肉体強化など今まで試したことなどない。もちろん生活魔法すら使ったこともない。
それでもリラは急に能力を発動できるようになったわけではない。博士と長い時間を過ごしたリラは、知らず知らずに三つの能力の基礎を固めていったのだ。
さらにアルとの出合いによってリラの二つの能力は劇的に成長した。精霊との出会いにより魔法は水を操る事に特化し、シルバークロウの発生にはブレスレット越しに右腕の強化を実現していた。
そして辿り着いたリラだけの武器。
リラは自らが流す血を水魔法で操作し、束にしながらその血を右腕ごと強化したのだ。そんな使い方は今まで誰も試したことはない。
だが付与の能力に長けたリラだからこそ、自らの血に魔力を宿し、それを自身に纏わせるということができたのかもしれない。
もしくはアルがバフォメットととの戦いでみせた魔法拳が影響したのかもしれない。
いずれにしろリラは辿り着いた。
三色を同時に使いこなすという奇跡を。
憧れを手に入れたリラは強く拳を握る。
「待たせたわね。キングベアー。そして、付き合ってくれてありがとう」
『グ、ルゥアァァァァ』
ズッッッバ――――――ン
リラの拳とキングベアーの額がぶつかり合い、あたり一面の砂は突風にあおられたように飛び散った。
アルと博士はその突風にあおられながらも戦いの行末を見届ける。最後の力を振り絞ったリラの姿を。
その最後の戦いのあとには、キングベアーに支えられるようにリラが腕のなかにおさまっていた。その目は閉じられ、意識もすでにない。
そしてリラは夢をみた。
それは自分がつくりだした夢なのか、本当にあった出来事だったのかわからない。
その夢にはふたりの女とひとりの男がいて、男は片方の女に問いかけていた。
魂になにを刻むのかと。
時間をかけて悩んだ女は悔しさを滲ませながら男に答える。
「弱い自分はもう嫌。私は大事な人の側にいられる力がほしい。だがら、すべての力を望むわ」
その答を聞いた男は首を横に振ったが、もうひとりの女が口添えをした。この子を信じてほしいと。
リラがみたのはそこまでだった。
それからどうなったのかは覚えいない。
ただ、リラはアルから聞いた天界の話を思いだし、笑わずにはいられなかった。
(なによ、同じじゃない。私もそこからはじまったのね。だったらついていくなんてもう言わない。私は、私の意思で自分の道を歩く。それがきっと、アルと同じ道だから)
傷つきながらもすすむことを選んだリラは、ついに大きな一歩を踏み出した。




