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80 最終章《大臣》

「そうか〜、お前もついに結婚したのか」

「しかも相手はあのリラさんでしたか」

「うん。結婚式するからキッカさんもマスターも来てね」

「おお! で、どこで式をあげんだ?」

「フォルティカ王国の王都だよ」

「なっ!? いや、でも、お前ならマジでやりそうだな」


 アルはキッカと一緒に冒険者ギルドの酒場に来ていた。その目的はギルドマスターに会うためだ。


「それにしてもアル君があの賢者様と一緒に帝都に来てくれるなんて。明日が楽しみです」

「マスターはなんで先生のことを知ってるんですか?」

「僕達の代はみんな彼女に憧れたものですよ。当時のフォルティカ王国筆頭騎士と賢者様の噂は帝都まで届いていましてね。そのふたりともう一人の付与師がいなければ、サラガの迷宮攻略があんなにすすむことはなかったとも言われてもいましたよ」

「マスターは昔っから強い人に目がないからな」

「まあまあキッカ君。憧れるくらいいいじゃないか」


 その憧れの人に明日会えるということでマスターは舞い上がっている。本当は仕事がいっぱいあるはずだが、受付嬢達は見切りをつけてスパスパと作業を進めている。


「それで、お願いした大臣との会合はうまくいきそうですか?」


 アルが冒険者ギルドに素直についてきた理由のひとつに、一緒に戦った大臣と会うという目的があった。直接城に行ってもどうにかなったかもしれないが、個人的な面識がありそうなギルドマスターが協力してくれれば話がスムーズに通ると考えたのだ。


「もちろん快く了承してくれましたよ。それとアル君。彼から伝言を頼まれていてね。『ありがとう』と言っていましたよ」

「ああ。それなら以前リラから聞きましたよ」

「ふふ、それとは違う意味と思いますがね」

「?」


 ギルドマスターは意味ありげにニコニコと笑いながらアルに告げた。


「君と一緒に戦った三百人の兵士達があれからメキメキと成長してね。大臣も一緒になって帝国内の魔物を狩り尽くしたんですよ。それで彼は民から大きな支持を受けて今では宰相をやっています。あまり大きな声では言えないけど、王よりも信望が厚いくらいです」


 どうやら勇者に憧れたのはパネェだけではなかったようだ。



◇◇◇◇



 翌日、キッカとギルドマスターと共に城の応接室を訪れたアル達はようやく元大臣と再開した。


「お久しぶりです。随分と出世したんですね?」

「ええ、あなたのおかげですがね」


 宰相は偉ぶることなく、目を細めてアルとの再会を楽しんでいた。


「それでは改めてアル殿。ブラックシーサーペントを討伐していただき、誠にありがとうございました」

「だからそれはもういいですよ。それに討伐したのは俺じゃない。俺は少し傷を負わせただけですし」

「しかしあの場にアル殿がいなければ、クヴェルト帝国はブラックシーサーペントの脅威に呑み込まれていたでしょう。それに私の部下達があんなに強くなることもなかったでしょうし」

「それも俺のおかげじゃないでしょ」

「まったく。もう少し欲をだしてくれていいのですよ?」

「ちゃんとふたつも頼み事してるじゃないですか」

「その程度であればいつでも対応させて頂きますよ」


 それからアルはひとつ目の依頼である、フォルティカ王国の現状について話を聞いた。




「王都の人達が逃げだせる時間はあったという事ですね」

「ええ。ただ全員無事だったわけではないです。どうやら黒い怪物は海沿いから侵食してきたようで、海の近くほど犠牲者が多かったと聞いています」


 フォルティカの王都は港街としての役割もあったため、海沿いにも多くの家が建ち並んでいた。そのため海沿いの被害というのはかなりの数にあたるのかもしれない。


 それでもアルが拠点としていた宿屋が比較的海から離れていたことが、少しだけアルの心を軽くした。


「それと王都の撤退戦では、騎士と冒険者の連携がよかったとも聞いています。これにはアル殿とリラ殿も思い当たるところがあるでしょう」


 宰相の言葉にふたりは強く頷いた。

 彼らはリラの怪我を起点に戦う目的を共有していた。そして今回彼らは勝つことよりも、民の命を守ることを選んだのだろう。


 それから彼らはゆっくりと撤退しながら、クヴェルト帝国まで逃げ込んだ。そして民をさらに安全な帝都に向かわせ、騎士と冒険者達は国境で防衛ラインを築いた。


「じゃあそこが今の戦地ですか?」

「いえ、黒い怪物は王都を離れるほど力が弱まったようで、国境を越える頃には被害がほとんどなくなっていたそうです。そこで隣接する迷宮国家サラガと協力し、国境を越えさせないように広めの陣をひいています。私の部下達も今はそこにいます」

「そうですか。フォルティカの王都と迷宮国家サラガの防衛都市は近かったですしね。わかりました。まずはそこに行って合流します」


 最初の目的地を決めたアル達はお互いに顔を見合わせて頷いた。少しずつ、なにをすべきかを理解していく。



 そして宰相はアルのふたつ目の依頼について話しだした。


「では最後に、アル殿からお願いされた銀の城への入場ですが、これは事前に許可をもらっています。ですので、そろそろ向かいましょうか」


 そして宰相自らアル達を案内して銀の城を目指した。

 この時、リラは震える手でアルの手を握っていた。






 銀の城の入口を塞ぐ門番がそれぞれ道を譲り、アル達六人は遺跡の中に入っていく。


「迷宮の守護者を倒したあとの空気とも違う。あの時は瘴気が薄れていっただけだけど、ここは違う力がまわってるみたいだ」


 数多の迷宮を攻略したアルの言葉には説得力があった。


 実際に普通の迷宮は守護者が倒された時点で迷宮は力を失う。だからその力であった瘴気は霧散し、ただの遺跡になる。

 人々の認識では、そのあとも遺跡は希少な鉱物であったり素材を作りだすと言われているが、本当は少しばかり残った力が素材に変換されているだけで、力を使い続ければやがて枯れてしまう。


 だが特級迷宮の遺跡は違う。

 力は弱まっているが、それでも新たなエネルギが循環されている。

 つまり、それを創りだす存在がいるということだ。



「ん? なんか近づいてくる」


 アルの言葉に反応したキッカは腰にさした剣の柄を握ったが、宰相がすぐにそれを制した。


「忘れたんですか? ここは彼のねぐらでもあるんですよ」

「「あ」」


 遺跡の奥から現れたのはクヴェルト帝国を護る聖獣。キングベアーだった。

 そのキングベアーは六人の姿を確認すると、少しだけ頭を下げた。

 少しだけ。

 まるでペコリとでもいうように。


 当然その視線の先にいるのはリラだ。

 聖獣がこんなに気を遣う人間がはたしているのだろうか?

 そしてアルは心配した。

 またキングベアーが素材にされるのではないかと。


「……リラ?」

「うん。大丈夫」


 しかしアルと手をつなぐリラの表情は緊張し、そんなことを気にしている顔ではなかった。

 アルに名前を呼ばれて「大丈夫」と答えるリラをアルと先生のふたりは心配そうに見つめた。


「どうやら案内してくれるようですね。ついていきましょうか」


 宰相に促されて再び歩きだした六人は、キングベアーについていって大きな広場に辿り着いた。




「へ〜、やっぱり特級迷宮の跡地なだけあって広いな」


 キッカとマスターは広場をキョロキョロと見回して中に入っていったが、宰相は言葉を発さずに立ち止まった。


「どうしたんですか?」


 アルが不思議に思って宰相に語りかけると、宰相はやや重い口調で話はじめた。


「私は国の者として、この遺跡には何度も入ったんです。それこそ数十度、もっと長い時間をかけて遺跡の中を歩いたのです。しかし、こんな場所はなかった。こんな広い空間なんて今まで一度も辿り着かなかった」


 その言葉を聞いて皆が首を傾げる。

 ここに来るまでの道は一本道でしかなかったのだから。


「分岐があったのか?」

「なかったはずさ。だとすれば、主が招いたってことだろ」


 先生の発言を肯定するように、キングベアーが触れた壁の一角に扉が現れた。

 それは無骨な遺跡の壁とはまったく異なる素材でてきた、淡い緑の光を放つ扉だった。


 六人はおそるおそるその扉に近づいたが、キングベアーはアルと先生のリラの三人にだけ顔を向け、壁にできた扉をすすむように促した。


「残念だけど僕達はここで待たせてもらうよ」

「そうだな。その代わりなにがあったかちゃんと教えろよ?」

「そうですね。私も個人的にでいいので、お願いします」


 アル達は三人に見送られながら扉をくぐった。

 そして最後にキングベアーがその扉を通ると、扉は緩やかに光を落とし、その姿を消してしまった。



「げっ、あいつら大丈夫か?」

「心配ですけど僕達じゃどうしようもないですしね」

「仕方ありません。少し退屈ですが、ここでしばらく待たせてもらいましょう」


 三人は柔らかい光を放つ壁に持たれながらアル達のことを話した。

 誰もアル達が壁の中に消えたことを不思議に思わない。勇者であれば、そのくらいのことはあるだろうとでも思っているのかもしれない。




◇◇◇◇



 アル達とキングベアーが扉を通過したことによって、入ってきた扉も同じく消えてしまった。


 目の前に広がる空間は緑もなく、岩と砂だけの冷たい大地だ。そして夜空にひとつ、まるい月が輝いている。


 この空間がなんなのかを三人は理解していないが、どういった場所かは予想できていた。


「火山島の最深部までいった事があったけど、あそこもこんな雰囲気だったよ」

「俺も天空の塔の最上階にいった時がこんな感じでした」


 ふたりが過去に見た景色はそれぞれまったく別のものだ。

 先生が火山島で見たのはマグマが燃え盛る火の海であり、アルが天空の塔で見たのは雲の上の景色だった。

 それでもここを同じと言ったのは、景色ではなく特別な力が渦巻いていたからだ。



 そしてついにその力の主が現れる。

 夜空から降り注ぐ月の明かりを銀の髪に纏わせながら。


「は、博士」


 アルと繋いでいた手を離してリラはゆっくりと歩みだした。その目は涙で濡れている。


 しかし、博士は冷たい声で問いかけた。


「リラ。あなたはこれからどうするつもり?」

「え?」


 突き放すような言葉にリラは足を止めた。

 そしてすぐに答えを返せないリラを博士は追いたてた。


「あなたはアルとフォルティカ王国に行くつもりでしょう? でもそれはなんのため? それがあなたのしたいことなの?」

「……私は、アルがすすむ道を、一緒に……」


 答えながらもリラの瞳は揺れる。

 これが博士の望む答えではないと気がついているから。


「所詮あなたの想いはその程度のものよ。そんな想いで、特級迷宮に挑めるはずがないでしょ」

「でも! フォルティカ王国にはたくさんの人がいるんです! 私が知っている人もたくさんいるんです」

「それがなんだっていうの?」

「そんな……博士は、そんなことをいう人じゃ……」


 震える声でリラは発した。

 それに対し、博士は告げる。冷酷に。


「あなたは弱い。その程度じゃ、行ってもすぐに死ぬだけよ」

「! それでも! それでも私は!」



 パリン



 静かな世界に渇いた音が響き渡り、リラの手元からそれは崩れ落ちた。



「あ、そ、そんな。私の、シルバークロウが」


 拾い集めるように両膝をつくリラ。

 その手元では、砂に変わった蒼い魔石がどこからともなく吹く風に飛ばされていった。


「魔道具に頼ることしかできないあなたになにができるの? それともまだ精霊術があるからと抗うのかしら?」



 ピシッ



 博士の言葉と同時に空間を冷たい空気が支配した。アルと先生はそれがなんなのかわからずにお互いに顔を見合わせた。


 結界かと思ったが、自分の魔力が阻害される気配はない。

 ただ、座りこんだままのリラはさらに声を震わせた。


「せ、せいれいたち? なんで? ど、どこにいったの? ねえ? 返事をしてよ。ねえ!」


 泣き出しそうなほどに息を詰まらせるリラに、博士は最後の言葉を投げかける。


「もし、それでもフォルティカ王国を目指すというなら……神獣を倒してみせなさい」


 そしてゆっくりと、彼は四本の足でリラと博士の間に歩きだした。


 アルにだけでなく、リラにとっても縁の深い神獣。

 胸に三日月を描いたキングベアーが、リラの前に大きく立ちはだかった。


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