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78 最終章《魔子》

「わ! 私が歴代最強の魔法使い! 魔子よ!」

「は、はじめまして。リラと申します」


 先生から開放された魔子はようやく胸を張ってみせたが、口は固く結ばれ、目はうるうると濡れていた。


「魔子様。そろそろ機嫌治してくださいよ。ちょっとふざけただけでしょ」

「あんたのアレ怖いのよ! ちょっとふざけたで終わらせないでよ!」


 歴代最強の魔法使いは先生のおかげてしっかり反省したようだ。もっともそこまで悪い事をしたとは思えないが。


「それで、フォルティカ王国に特級迷宮が発生したというのは本当ですか?」


 リラはおそるおそる問いかけた。先生のことを疑っているわけではないが、話を聞いた者とその事実を知っている者とでは重みが違う。

 だが、リラが期待する淡い希望はすぐに打ち消された。


「間違いないわ。現地の戦力差も絶望的。王都の住民たちはなんとか逃げ出せたようだけど、フォルティカ王国全体が呑み込まれるのも時間の問題よ」

「そんな……それは、確かな情報なのですか?」

「だから言ってるでしょ。間違いないって。私達にはわかるのよ。このクーランド大陸のおおよそが」


 魔子の言葉に落ち込むリラだったが、船で考えていた疑問を投げつけた。


「なんで、なんでそんな平然としていられるんですか!? 特級迷宮のせいで大勢の人が苦しむんですよ! それにあなたは歴代最強の魔法使い。このガルラマを救ったように、フォルティカ王国を救う努力をみせてくれてもいいじゃないですか!」


 リラは泣くように叫んだが、魔子は一切表情を変えない。興味がないといわんばかりに鼻で笑ってみせた。


「それはあんた達の使命よ。私には関係ないわ。それに努力ってなによ? 努力したって救われないことは山ほどあるわ」


 魔子の突き放すような言葉にリラは歯を食いしばって睨み返した。

 しかしアルはその言葉を聞いて違和感を感じた。魔子が努力をする者かはわからないが、それを否定する者には感じなかったからだ。


 そして先生はリラの前に立つとできるだけ平坦な声で魔子に告げた。


「それでも私達は、フォルティカ王国に向かいます」

「そう。死ぬだけよ。あんた達は弱いんだから」

「そうかもしれません。それでも、行かないわけには行きません」

「……」

「お世話になりました」


 礼儀正しく頭を下げる先生を見た魔子は、最後に力なく下を向いた。口を閉じ、我慢するように。


 それは誰が見ても弟子を心配する者の姿だった。睨み返していたリラでさえ、魔子のその姿を見て言葉を失う。


 それほどこれから向かう場所は危険なところなのだろう。そして魔子はあきらかに別れを惜しんでいる。


 そんな子供のような態度をとる魔子に先生は歩み寄って抱きしめた。母親のように。それに対して魔子は拳を握って震えた。抱き返すことも、拒むこともせずに。


「私は魔子様に出会えて幸せでした。おかげで新しい命も授かりましたしね」

「……でも、死んじゃったじゃない」

「はい。その時は受け入れられることができませんでしたが、魔子様が導いてくれたから、私は今も戦えるのです。だから、せめて最後くらいは、誰かの為に戦いたいのです」

「……そんなの、私は求めてないわよ。あんたは、ずっとここにいればいいのよ。怖くたっていい。馬鹿にしたっていい。だから……いかないでよ」


 魔子は先生の胸のなかで必死に涙を堪えた。それだけ、魔子にとって先生は大切なひとなのだ。弟子としてだけでなく、ひとりの人として。


 その様子を見ていたアルはふたりをうらやましく思った。おそらくふたりの出合いは数十年前にさかのぼる。アルとアマラが過ごした五年とは比べものにならないだろう。


 それでも思わずにいられない。

 いつか師匠に認めてもらえる日がきたらと。



 そして魔子は涙を拭うと、そっと先生の胸から離れた。さっきまで涙を溜めていた目は力を宿し、今は睨みつけるようにアルを見ている。


「あんた。この子を最後まで護るのよ」

「はい」

「この子が傷ついたら承知しないわよ」

「はい」

「絶対よ! 駄目でしたなんて許さないんだからね!」

「はい」


 アルの覚悟を問いた魔子は、震えるように息を吐き出した。


 そこにアルは魔子のためらいを感じとった。先生にたいする不安とは別の、もっと根本的ななにかを。


「まだ、なにか気になることでも?」


 アルの言葉に先生とリラも不安な表情で魔子を見た。しかし魔子は地面をずっと見たまま動かない。


「魔子様?」

「……あんたにとってお姉様はなんなのよ?」

「え?」


 魔子からの不意な質問にたいし、アルはすぐに大切なひとと答えを出せた。だがその理由までは考えたことがなかったことに気がついた。



 アマラが大切なひとの理由とは、アマラのおかげで強くなったからだろうか?

 つまづいた時に優しく導いてくれたからだろうか?

 それともいつも笑顔で一緒にいて楽しかったからだろうか?



(違うな。俺はあのひとの期待に応えたかったんだ。だって師匠は、出会った時からずっと俺を信じてくれていたから)


『つまり君は、誰かに認められるくらい、立派に生きたって事さ』


 前世の記憶がないアルを唯一肯定する言葉。彼が前世に囚われず前を向き続けられたのは、昔の、そして今のアルを認め、信じていてくれるアマラがいたからだ。


 前世と今を繋ぐ存在。

 アルにとってアマラは、生を授かった理由そのもの。


 そのことを明確に認識したアルは力強く魔子を見据えた。覚悟と言ってもいい。


「師匠は俺の道標です。あのひとがいなければ俺はこの世界にいなかった。そしてあのひとが笑う世界を、俺はもう一度取り戻したい」

「お姉様が、笑う世界……」


 それは魔子にとって遠く懐かしい記憶。

 そして諦めてしまった世界。


 それでも目の前の青年がそれを叶えようとするのならば、魔子は信じてみたくなった。

 一度は断った師としての役目を、大人になったアルに。


「……それがどんなに辛くても、あんたは諦めないの?」

「はい。辛い事は諦める理由にならない。俺はそれを学びましたから」

「……そう。それなら、お願い……お姉様を」


 ついに魔子は涙をポロポロと流した。

 それは歴代最強の魔法使いでも叶えられなかった願い。

 彼女が真実を知ってから絶望した願い。

 それを、ようやく彼女は口にした。


「……あたしの、あたしのアマラ師匠を救ってよ。あたしは剣鬼みたいに割り切れない。博士みたいに抗い続ける事もできない。あたしは、あたしは夢見るだけで、何もできなかった……」

「師匠……? ま、まさか、アマラ師匠は魔子様にとっても師匠なんですか!? それに剣鬼と博士がってなんの事ですか!? 師匠は今どういう状態なんですか!?」


 魔子の言葉に動揺するアル。自分の知らないところで悪い事が起こっているのを察した。


 アルは一度先生に目を向けたが、先生もその事実を知らなかったようで首を小さく振っている。


「あんたには、お姉様や博士、剣鬼みたいに何人もの師がついていたでしょ……それと同じ。私と博士と剣鬼はいわば同期。そしてあたし達にも何人もの師がいたのよ。その師匠のなかでお姉様は一番若い存在だったわ」


 アルはてっきり師匠たちは同列なのだと思っていた。確認したことなどないが、天界という特別な環境が勝手にそう認識させたのだろう。


「そして私たちは、三人で力を合せて特級迷宮を攻略した。これで、みんな幸せになれると思ってたから。でもね、師匠達はみんないなくなった。ひとり、またひとりといなくなって、残すはお姉様だけになってしまった。だから、あたし怖くて。お姉様までいなくなったら、なんのために努力してきたかわからなくなりそうで……」


 そこまで話して魔子は顔を覆って泣き崩れた。

 二千年前に大陸を救ったはずの英雄は悩み続けたのだ。大事な人を救う方法がわからずに。


「魔子様。なぜ当時の師匠達はいなくなったんですか? それは今の師匠が眠り続ける事と関係しているのです? なにか、解決する方法はないんですか」


 だが魔子は首を横に振った。

 そんな答えはどこにもないと。


「無理よ。それに、私はこれ以上答えられないわ」

「そんな……なぜです?」

「……あんたはフォルティカ王国の特級迷宮を攻略するんでしょ。だからまずはそれを成し遂げなさい。そしたら……続きを話してあげるわ」

「……約束ですよ。必ず特級迷宮を攻略しますからね」

「ええ。約束よ……」


 これ以上の答えが得られないと感じたアルは、不安を胸に抱きながらもいったん引き下がった。




 こうして三人はガルラマを旅立ち、北にあるクヴェルト帝国の国境を越えた。

 アルが地上に降りて六年と少し。

 季節は秋に変わっていた。


別投稿で新連載をはじめました。

タイトルは『お願い!もう一回神様やらせて』です。

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