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77 最終章《理由》

 特級迷宮の発生を聞き、リラは顔を蒼白に変えた。あの国はアルと再会しただけの国ではない。一年近く眠り続けたリラを、諦める事なく治療し続けてくれた大事な場所でもあるのだ。


「お義母様、王都が崩壊というのは、どの程度までかご存知でしょうか?」


 すがるように問いかけるリラだったが、先生は力なく首を横に振った。


「私が聞いた情報はさっきのだけだよ。ただ、特級迷宮は広範囲に影響を及ぼす。だから、いくら兵がいようと無事ではないだろうね」

「そんな……」


 リラは共に戦った騎士達を思い出しながら歯を食いしばった。彼女にとって彼らはもう他人ではない。叶うのならば、すぐに駆けつけたいとも思う。

 そしてアルも同じくフォルティカ王国で知り合った多くのひとを思い返した。


(あそこには馬鹿なことばっかりやってた俺に付き合ってくれたたくさんの人達がいるんだ。それだけで理由は十分。命をかけるには、人との出合いは十分過ぎる理由だ)


 アルはリラの手を強く握ってリラと向き合った。そんなアルの表情を見てリラと先生は驚いてしまう。


 特級迷宮という脅威を知らされたばかりだというのに、アルは気負う様子も見せず、いつものように口元を緩めていた。


 不敵とも余裕とも違う、自然な表情で。


「フォルティカ王国に行こう。宴会の続きもしなくちゃいけないしね」

「? 宴会?」


 言葉の意味がわからずにリラは首を傾げて尋ね返す。当然先生も意味がわからずに何度も瞬きをしている。


 そしてアルは話を続ける。

 楽しい思い出を語るように。


「そうだよ。リラから告白されたあとにみんなが宴会を開いてくれただろ? だから、今度は結婚式をしようよ。派手じやなくてもいいからさ、キャルちゃんのいるあの宿屋でみんなと楽しく。だから、特級迷宮をさっさと片付けよう」


 特級迷宮攻略をまるで結婚式の前座のように言ってのけるアルに、ふたりは目を丸くして言葉を失った。


 今までに特級迷宮をここまでぞんざいに扱った人間がいただろうか?



 だがそのおかげで、蒼白だったリラの表情に生気が戻ってきた。


「ふふ。馬鹿ね。それともあれかしら? ただ単に私のウェディングドレスが見たくて浮かれてるのかしら?」


 軽口で返すリラだが、怖くないわけではない。それでもアルが進む道で立ち止まりたくはない。その思いでリラも精一杯に強がってみせた。


 そしてそんなふたりを見た先生も呆れたように笑った。いや、笑うことができたのだ。

 本当なら事実だけ伝え、この島に留まってほしいと言うつもりだった。それでも今のふたりを見ると、自然と大丈夫だと思ってしまう。


「本当に馬鹿ね。まったく。そこまで馬鹿だと死んでも治らないわよ」

「失礼な」


 さっきまでの緊張はどこにいったのか、三人は呆れたように笑いあった。

 もちろんそれは強がりである。それでも笑うという事は、困難に立ち向かう意思表示でもあるのだ。


 その証拠にアルは笑顔を崩さない。

 笑顔を一度でも崩してしまえば、オルフスタで味わったあの恐怖に呑み込まれてしまいそうだから。


(次は俺とパネェさんの命だけじゃ済まないん。リラの、そしてみんなの命がかかっているんだ)


 アルはお面の者との戦いに勝ったとは思っていない。もし博士の力があの時に得られなければ、アルとパネェの命をはあそこで尽きていただろう。


 それほど特級迷宮が恐ろしい存在だとアルは認識している。


 だがアルは立ち向かう。

 それは義務ではなく、自らが望んだ世界を手に入れるために。





◇◇◇◇



「私は風魔法で先に火山島に行くわ」

「私も水の精霊術で着いて行きます」

「俺は……海を走って……」


 格好良く特級迷宮を攻略すると言いきったアルだったが、出だしは最悪だった。

 いや、最弱だった。



(ふたりとも便利過ぎだろ!)



 心の中で文句を言うアルだったが、海を走るアルも便利な生き物だ。


「仕方ないわね。じゃあ一緒に船に乗ってあげるわよ。もっとも私が乗ってきた船だけど」

「なら私も風魔法で後押ししてやるよ」

「……よろしくお願いします」


 だんだん惨めになっていくアル。

 とても勇者になれそうにない。



 それからすぐに伝承の島を出発した。


 ちなみにこの海域はナリキ諸島と違って海の魔物はほとんどいない。

 理由は簡単。

 火山がしょっちゅう噴火してこわいからだ。



「魔子様ってどんな方なんですか?」


 唯一魔子に合った事のないリラは先生に尋ねた。それを聞いた先生は少し思い出すようにして答える。


「そうね。私にとって魔子様はやっぱり師匠みたいなもんだよ。リラに博士という人がいたようにね」

「やっぱり強いんですか?」

「ああ。笑っちゃうくらい強いね。あれは私たち人間の手が届くところじゃないよ」

「そうですか」


 先生の言葉を聞いたリラは不満気に俯いた。それがどういう意味かもわかったうえで、先生は話を続けた。


「だから、人間を越えたあの人たちはこの戦いにも手を出さないはずだよ。実際、魔子様がガルラマを離れたところを私は見たことがない」


 自分の考えを言い当てられたリラは下を向いたまま頷いた。確かに博士や魔子、それに剣鬼が戦いに参戦すれば、特級迷宮を攻略するには心強い。


 しかしこの二千年間、それらしい話はどこにも伝わっていない。つまり博士達は特級迷宮を容認しているのかもしれない。

 そんな事をリラは考えてますます落ち込んだ。さらにその雰囲気を感じとって先生も小さく溜め息をつく。


 だが、アルはその答えに疑問を持っていた。


(そもそもガルラマの特級迷宮を滅ぼしたのは魔子様だし、銀の城は博士が特級迷宮を攻略した証のはずだ。だったら、師匠は? 天空の塔が剣鬼なら、師匠はいったいどういった存在なんだ?)


 天界と特級迷宮、そして師匠達。

 アルは答えを探しながらも見つけきれない自分にもやもやしたものを感じていた。



 そして三人は無言のまま火山島に辿り着く。

 そしてついに相対した。

 火山島の主である魔子に。


「先日は、大変ご迷惑をおかけしまして、まことに申し訳ありませんでした」

「……え、だれ?」


 火山島に上陸するなり土下座をして出迎える少女を見てアルは固まった。

 その姿は確かに魔子である。

 薄いピンク色の髪も、まだ成人しきれていない見た目も、夏の初め頃に見た姿そのままだ。


 だがその態度があまりに違い過ぎた。なんせ前回合った時はたった数秒で殺されかけたのだなから。それを期待していたわけではないが、アルにとっては理解できない光景だった。


 ザッ


「ひっ!」


 そして魔子はひとりの女が足を踏み出す音を聞いて肩を跳ね上げた。恐ろしさのあまり、顔をあげることもできないようだ。

 そんな震える魔子の肩に女の手が添えられた。優しく。でも、指先だけは力強く。


「魔子様? もういいですよ。アルからあの言葉の続きは聞けたましたから」


 不敵に笑う先生。

 それでも許されたことで魔子は安堵の溜め息を吐いた。一瞬だけ。


「よ、よかった!」

「ええ、よかったです。もし聞けなかったら大変なことになるところでしたもんね」

「ひぃ〜!」


 涙目に震える魔子を見てアルは死んだ目をした。リラは口を開けて呆けた。



 歴代最強の魔法使い。

 その弟子は歴代最恐の賢者とだった。


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