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76 最終章《二人》

 アルとリラは伝承の島でひと夏を過ごした。それはそれは甘く、濃密な時間をふたりっきりで。



「せっはあっ!」


 カカカン!


「スピードはいいけど三撃目が手打ちになってるよ」

「くっ、それなら!」

「はい、足元がバタバタしだした」


 スパーン

「きゃっ」

「残念だったね。でも剣を使うのも様になってきたよ」

 

 尻もちをつくリラにアルが手を差し伸べると、リラは頬を染めながらその手を握った。

 その表情を見てアルも頬を染めて目を逸らす。


 うん。

 甘いな。

 いや、ちょろいな。


「じゃあ次は空刃で思いっきり撃ってきて」

「そんなこと簡単に言うけど、あの技をリラに放つの生きた心地がしないんだよ?」

「そんなに心配しなくても大丈夫よ。ポーションも用意してんだから」


 こうしてふたりは甘く濃密な修行に精を出した。そしてアルはリラの身体能力の向上に大きく驚かされていた。


 もともとフォルティカ王国でバフォメットと戦った時にわかったいたが、今はその比ではない。

 リラの精霊術と合わせれば、そこらへんの上級冒険者ではパーティを組んでも歯が立たないだろう。


 その事を指摘するとリラは肯定した。

 たいした事ではなかったとも言っていた。つまり実証済みなのだろうが「ふふ、気になる?」なんて言われても聞きたくない。

 ホラー要素が強すぎる。



(……やっぱり博士の育て方も非常識だな)


「……アル? 今博士の悪口言ったわね?」

「いや、まさか。そんなはずないよ?」


 お互いに博士の名を出すふたりだが、アルはこの世界に再び生を受けた事を正直に話した。

 それはアルにとってはじめての経験だったが、リラならば理解してくれると信じた。


 それはリラにたいする愛情もあったが、リラから博士が持つ力にも似たなにかを感じとっていたからだ。


 そしてリラはアルの話をすべて信じた。

 そして認めた。

 博士を師に持っていた事を。


「別に隠してたわけじゃないわよ? そもそも物心ついた頃から博士は私の側にいたし、師匠でもあり母親でもあったのよ。だからわかってなかったの。博士が特別な存在だったなんて」


 博士はアマラが眠りについた時に一度だけ天界を訪れたが、弟子を育てている途中だからと言って帰っていった。


 その時の弟子こそがリラであり、リラは博士の修行を終えて独り立ちするまでずっとクヴェルト帝国内を博士と共に旅していた。


「リラが普通の付与師と比べものにならなかった理由がよくわかったよ。能力だけでなく、肉体的にも精神的にもね」

「アルに言われたくないわ。それに天界で修行なんてズルよ。私にもその修行させなさいよ」

「いや、さすがにリラを失神させるなんて俺にはできないよ」


 天界の存在を疑いもせず、それをズルだと批判するリラはある意味アルと同じくらい修行の鬼なのかもしれない。

 そしておそらくアルが失神したいと言えば、リラはためらう事なく失神させるだろう。



「まぁいいわ。次は研究所に行きましょ」

「そうだね」


 さらにふたりは魔道具作りにも精をだした。


 この伝承の島には頑丈な研究小屋がひとつ残っている。

 そこが研究の為の建物だとわかったのは、希少な魔石が複数保管されていたからだ。


「魔石にも相性というか特性があるなんて老師から聞くまで知らなかったわ」

「老師は翡翠色の魔石を手にとった時、すぐに浄化の力があると見抜いたしね。俺にはわからなかったよ」


 リラは自分の右手にはめられたブレスレットを左手で撫でながら続けた。


「あの時はたいして考えてなかったけど、ブラックシーサーペントの魔石は水の精霊を操る私との相性もよかったのね」


 リラの放つシルバークロウはもはや神器のレベルであるが、それはリラの魔力操作が長けているからこそ使いこなせているだけである。

 あと、キングベアーがリラに対して重順だったのも操作しやすい理由かもしれない。


「ここを老師に教えてもらえてよかったわ。おそらくここから結界の魔道具は生まれたのね」

「それにしても、この結界晶石ってすごいね」


 それはこの伝承の島で昔から作られてきた結界の魔道具だった。ただし結界を発動するためにはかなりの魔石を消費するようで、そんな簡単には発動できそうにはない。


「でも、なんで博士はここの存在を私に教えてくれなかったのかしら?」

「俺も博士からは教えてもらってなかったしな〜」

「まあいいわ。それに結界晶石の補充も少しだけどできたし、ここにきた意味は十分にあった」

「そうだね。それにしてもここは今まで何人の付与師がここに来たんだろう」


 リラはひとりで舟に乗ってここまで訪れたが、同じように何人もの付与師がここに来た形跡があった。


 そしてそれを教えてくれた老師も、ここに訪れた付与士の一人なのだろう。




◇◇◇◇



 秋の風に髪をなびかせながら、ひとりの魔法使いが伝承の島に足を踏み入れた。


 その女性は自然豊かな景色に目を奪われながら、ゆっくりと浜辺を歩いていた。まるで誰かに遠慮するように、ゆっくりと、足跡を残しながら。



 そしてそれをアルは正確に感じとった。


(? この前別れたばっかりなのにどうしたのかな?)


 研究小屋から浜辺の方を眺めるアルを見てリラが首を傾げる。


「どうしたの?」

「それがどうも先生が来たみたいで」

「……せんせい? 何ヶ月も、一緒に過ごした…………敵」

「リ、リラ? 先生はそうい、ま! 待ってリラ! え!? 早!? ちょっとリラ〜!」


 部屋を飛び出したリラは修行の成果を発揮するかの如く飛び出した。そして先を走るリラを見てアルは戦慄する。


「待ってリラ! それはやばい! その技は洒落にならない!」


 しかしリラは足を止めることも、右手に魔力を集めることもやめない。


 さらにリラは浜辺を歩く女性の後ろ姿を見て歯を食いしばる。艶のある黒い髪はリラにはない美しさを放っていた。



 ザッ



 だからリラは、女性の顔を見る事もなく大きく右手を振りかぶると、距離をとったまま必殺の一撃を放とうとした。


 だが賢者と呼ばれるほどの魔法の使い手がここまで簡単に接近を許すはずがない。

 背を向けたまま練り上げられた魔力が、ローブの中でバチバチと弾けている。


 まさに女の戦い。

 譲る事のない意地と意地の、いや、意地と意地悪のぶつかり合い。


 そしてそれを必死に止めようとする男。

 もはや恥も何もない。

 思いついた言葉を一生懸命叫びながらふたりの間に滑り込んだ。



「駄目だリラ! 先生は俺のお母さんなんだ! そして先生! リラは俺の妻なんだ!」

「「!?」」



 アルの言葉に目を丸くするふたり。

 完全な不意打ちだった。

 予期せぬ言葉が心に響いた。

 そして、放心状態でそのまま技を投げ出した。真ん中に飛び込んできたアルに向かって。


「「あ」」

「ぎゃあーーーー!!」

「きゃー! アル! アル! しっかりして!」

「リラ! ポーションを早く持ってきて! 傷口は私が凍らせて止血するから!」

「は、はい! すぐに取ってきます!」

「アル!? こんなとこでくたばるんじゃないよ!」


 最恐のふたりから容赦のない攻撃を受けて死の淵を彷徨うアル。

 まさに板挟み。

 嫁姑問題を身を以て知ったアルだった。






「その、ごめんなさい」

「私も、悪かったわ」

「いえ、もう大丈夫です」


 浜辺で正座をし合う三人。

 普段の様子からは想像もできない姿だ。


 それでもアルが死にかけたおかけで、先生とリラは連帯感を持つ事ができた。だから、見ようによっては悪くないイベントだったのかもしれない。


 その証拠に先生とリラは、反省二割、照れが八割くらいの表情になっている。先程から視線をチラチラと彷徨わせて楽しそうだ。

 一方のアルは反省二割の恐怖が八割だ。精神状態が不安定過ぎてふたりの視線が牽制に見えて怯えている。


「アル? その、できたら紹介してほしいな〜。その、さっきみたいに……」

「ふふ、それじゃあ私もお願いしようかしらね」

「……」


 ニマニマと言いよってくるふたりにアルはさらに顔を強張らせた。ふたりのキャラが変わり過ぎていて何かを企んでいるようにしか見えない。

 それでも拒否権を持っていないアルは渋々それを受け入れた。


「……先生、こちらの女性が、その、つ、つまの、リラさんです」

「〜〜〜〜」


 リラの鋭い目つきはいつの間にか曲線を描き、口元もだらしなく緩んでいる。


「は、はじめまして。つ、つ、つ、つまの、リラです。その、ふっふっふ、不束者ではございますが、どうぞよろしくお願いいたします」

「あらあら、かわいいお嬢様ね」

「いえ〜、そんな〜」


 甘い雰囲気を漂わすふたりにアルは遠い目をした。


(どうしてこうなった)


 もちろんアルのせいである。

 説明不足も安易なセリフもすべてアルのせいである。

 ただ、同情はする。


「そして、こちらの方が、先生です」

「「……」」


 煮え切らないアルにふたりが鋭い視線を送る。さっき殺されかけたアルにとってそれはあまりにも洒落にならない脅しだった。


「いや、あれは例えというか、その、ね? リラもわかるだろ?」

「わかんないわよ。ね? お義母様?」

「ま〜、リラちゃん。私もこんなかわいい娘ができて幸せよ」


 リラは頭を撫でられてニコニコとしている。そしてリラを取られたような気がしてアルは口を尖らせる。

 ここまでやってようやく先生は落ち着いたのか、笑いながらアルに問いかける。


「それで、なんであんな事言ったんだい?」

「ん〜、まあ、なんというか、もし俺に母親がいたらこんな感じだったのかな〜? みたいなことを、前から思ってたというか……」

「それじゃあこの前言いそびれたのはそれかい?」

「……う〜ん。そうだね」

「……そうかい」


 ふたりは魔子にとばされる時の事を思い出していた。アルが伝えようとして伝えきれなかった言葉。

 それはきっと日常では言えなかったはずだ。


「先生には感謝してるから、その想いがあんな言葉になっちゃって」


 恥じらうように感謝を述べるアルに、先生も頬を緩ませた。


「そうかい。でもね、私も感謝しているよ。こんな歳になって、息子と娘ができるなんてね」


 それは賢者として長年戦い続けてきた者とは思えないほど、幼い笑顔だった。

 その笑顔を見たアルとリラも自然と笑った。

 そして先生の言葉を聞いてアルは固まった。


「はあ。よかったわ。あの時はあんたの言葉を聞きそびれたから、ついつい魔子様を懲らしめちゃってね。今思うと悪いことしたわ」


 あの魔子を懲らしめるとはいったい何をしたのか。でもアルは知りたくないからやっぱり聞かない。彼は女の恐ろしさを知っているのだ。


「ところでお義母様はどうしてこの島に来たんですか? アルに用事でも?」

「……」


 さっきまで微笑んでいた先生の表情に影が差したのがはっきりとわかった。

 先生は浅く息を吸うと、アルとリラの顔を見て、力なく下を向いた。


「……言わなきゃ、あんたはあとで怒るだろうね」

「先生?」

「私が今から言うのは事実だけ。だから、それを聞いてどうするかはふたりで決めなさい。たとえどんな選択をしても、私が誰にも文句は言わせない。だから、よく考えるんだよ」


 その言葉にふたりは頷く事もできなかった。

 それだけ先生が、覚悟を持ってここに来ているとわかったからだ。



 そして先生は告げる。

 繰り返される悲劇を。



「フォルティカ王国が、墜ちたわ」

「え? おち……た?」


 ふたりの心がざわつく。

 フォルティカ王国はアルとリラがお互いの気持ちに気がついた大事な場所。その想いが、先生の言葉の意味を拒絶する。


 しかしその意味がわからないはずがない。

 そしてふたりは無意識にお互いの手を繋ぐ。不安を共有するように。


「フォルティカ王国に、特級迷宮が発生したのよ。既に王都は崩壊しているらしいわ」


 特級迷宮がついに、フォルティカ王国に牙を剥いた。


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