75 ガルラマ《First Ending》
アルは流れ星の先にある南の地平線に目を向けた。
ここから先は二千年前の特級迷宮攻略で大陸を切り裂くように海に変わっている。
リラがどれ程先にいるかわからないが、南の地にいくには左右に残った半島を迂回して行くしかない。
その間にまたリラが移動してしまえば、今度はいつリラの居場所を特定できるかわかない。アルは焦がれる気持ちを抑えきれずに立ち上がった。
「よかったね、アル。でも、そんなに急ぐんじゃない」
先生の言葉に表情を固くしたアルの顔が緩む。アルは自分でも気づかないうちに気負ってしまったようだ。
「そう、ですね。その、先生はここから南の地に何があるか知ってますか? 俺の知識では海が続くばかりなのですが」
「いや、知らないね。私も海が続くだけだと思っているけど。魔子様は何かご存知ですか?」
先生が魔子様に問いかけるのを見て、アルも自然と魔子に目を向けた。
なんせここから先が海に変わっているのは魔子のせいなのだ。答えくらい知っていてもらわないと困る。
「南の地にはいくつか島が浮いてるわ。そしてその子がいるのは多分、伝承の島よ」
「伝承の島?」
初めて聞く言葉にアルは聞き返す。
先生もその言葉を知らないようで、黙って聞いている。
「その島がこの大陸の魔道具発祥の地と呼ばれているのよ。そのせいか昔から結界が張ってあって、その島に辿り着けるのは一部の人間だけよ」
「結界……だから魔子様の魔法を防げたんですかね?」
「はあ!? 至近距離からぶっ放せば私が勝つわよ!」
「いや、そういう意味じゃ」
相変わらず喧嘩っぱやい魔子にアルは冷や汗をかく。そんなことをされたらリラが危ない。
だが魔道具発祥の地であればリラがいるのも納得だ。リラであれば例え結界が張られていても辿り着くことはできるかもしれない。
「あとは行き方だね。魔子様、どっちから行くのがいいんですか?」
最終的には船に乗るだろうが、それでも半島となった右か左の大地のどちらを行くべきかを先生を尋ねた。
しかし魔子の返事はそのどちらでもなかった。
「そんなまどろっこしいことしなくてもいいわよ。ここから飛べばあっという間だから」
「え?」
予想もしていなかった言葉にアルはぽかんと口を開けた。先生もそれがどういった意味かがわからず、アルに変わって聞き返した。
「それは、伝承の島とこの火山を結ぶ何かがあるということですか?」
「?」
今度はその意味がわからず魔子が首を傾げている。どうやらお互い想定している事が違うようだ。
そしてアルはなんとなく嫌な予感がした。
もしかするとアルはそれを既に体感しているのかもしれない。
「その、魔子様? もしかしての話ですよ? もしかして『飛べば』ってのは、その、魔法でひとっ飛びって意味ですか?」
「? そうよ。それ以外に何があるのよ」
「……」
アルはあまりにも真っ直ぐな魔子の瞳を見て顔から表情を消した。魔子はアルを風魔法で吹っ飛ばす気だ。
そして先生はアルが魔子から受けた仕打ちを聞いて激高した。
静かに、静かに激高した。
「……魔子様?」
「ん? ひっ! やめて! やめてよ! あんたのそれ怖いのよ! ひっ! 近づかないで!」
先生は口元だけ笑いながらゆらゆらと魔子に歩み寄った。そして魔子は涙目になりながらよつん這いで逃げ出す。
「アレはもう使わないって約束だったでしょ? アレで私が一年間寝たきりになったの忘れたんですか?」
「でも、あんたはアレのおかげで賢者って呼ばれるまで成長したんだし」
「それは、私のためにしたって言いたいんですか?」
「ひっ! ごめん! だからその酒瓶を離して! 魔法は怖くないけどあんたのそれはマジで怖いのよ!」
「ま、まあ先生。その、俺はなんとか無事だったので」
なんとかなだめたアルだったが、その腰は完全にひけっていた。
「はぁぁ。では、魔子様? その魔法で安全にアルを飛ばすことはできますか?」
アルのおかげで正気に戻った先生だったが、それは恫喝のような問いかけだった。
そしてそれに無言でコクコクと頷く魔子。
未だに涙目で本当に怖かったのだろう。
「じゃあアル、またしばらくのお別れだね」
「はい。でも、次はリラを連れて会いに来ますね」
「それは、楽しみだね。ありがとう、アル」
アルの言葉を聞いて先生は控えめに笑い、アルも嬉しそうに笑った。
洞窟でたまたま出会ったとは思えない、深いふたりの繋がり。
「じゃあ魔子様、お願いしますね」
「わかったわ! だから変なプレッシャーかけないで!」
「そうですね。手元が狂ったら困りますしね」
ようやく緊張から解き放たれた魔子は大きく溜め息を吐いた。これではどちらが師匠かわからない。
「あの、よろしくお願いします」
「ふん! 任せなさい! 秒よ! 秒で辿り着かせてあげるわ!」
「……リラ」
自身満々な魔子を見たあと、アルは南の地に目を向けた。しかしその目に力は宿っていない。
「……できれば特性ポーションを用意して俺を待っていてくれ」
なんとも情けない旅立ちだった。
「ではカウントダウン! スリー!」
「えっ? もう!?」
「ツー!」
「先生! 本当にありがとうございました!」
必死なアルを見て笑う先生。
その表情に不安な様子がないのは、結局のところ魔子を信頼しているからであろう。
「ワン!」
そして先生の表情を見てアルは胸の中に留めていた言葉を口にすることにした。それははじめて出会った時から感じていた感謝の言葉。
「俺! 先生にずっと言いたくて! 俺にとって先生は」
「ゼロ!」
「「!」」
ドン!!
ふたりの穏やかな別れは空気を読まない魔子によって強制的に終わらせられた。
カウントダウンをしていたのはわかっていたが、せめて挨拶が終わるまで伸ばすのが優しさというものだろうに。
「……魔子様?」
「ん? ひっ!?」
魔法を放って満足しきっていた魔子は振り返って固まった。
そして自分が何をやらかしたかを必死に探る。もちろん本人に自覚がない以上無駄な足掻きだが。
結局その日は朝がくるまで火山島から叫び声が消えることはなかった。それを一晩中聞かされた海岸の者達は生きた心地がしなかっただろう。
◇◇◇◇
「うわあああああーーーー! 大車輪!」
バッサーーン
魔子に加減されたとはいえ、海をひとっ飛びするような移動方法が安全なわけがない。
アルは着地に合せていつかの技を海面に思いっきり放った。
「俺はもう決めたぞ! 空は飛ばない! 絶対飛ばない!」
一日に二度も空から落とされて死にかけたのだ。アルが怒るのも仕方がない。
それでも魔子の魔法は正確にアルを伝承の島まで運んだ。
アルが着地した場所は結界の少し手前で、もうすこし進めば海底に足がつくほどの距離だった。
(結界はあるけど、俺を拒んではないみたいだな)
すこし進んだあとアルは透明な壁に手を添えた。
そこからなにかの力を感じるが、アルが手を伸ばせばそのまま通ることができる。
そしてアルは結界を通った時に懐かしい気配を感じとった。
バシャバシャ
アルは浅瀬を歩きながら胸元の七星の欠片握りしめる。その時、自分の胸の鼓動が早くなっているのを感じた。
ザッ ザッ ザッ
波を蹴り飛ばしながら歩く音とは違う音がアルの耳に響く。
パシャン パシャン サクッ サクッ
ザッ ザッ ザッ
水際から出たアルの足音が砂を踏む音に変わる。
そして、縮まるふたりの距離。
やがて緩やかに止まる足の音。
あとに残るのは静かに響く波の音だけだった。
「……派手な登場ね。ついつい流れ星が落ちてきたのかと期待したわ」
「急いだらああなったんだよ。それとも流れ星の方がよかったかな?」
「そうね。流れ星を素材にする機会なんてそうそうないでしょうし、それも悪くないわね」
「素材って」
相変わらずな口調にアルは少し安心した。
会いたい気持ちは強かったが、それでも不安だったのだ。
だが、アルはその不安をまだ完全に振り払うことができない。
「その、よかったね。目覚めることができて。パネェさんから聞いた時はびっくりしたよ」
「姉さんに会ったのね」
「姉さん?」
「ええ、素敵なひとだったからそう呼ばせてもらってるの。それよりもあんな素敵なひとがいたならもっと早く言いなさいよ……自信なくすじゃない」
「? なんて言った?」
「……うっさいわね」
「え〜」
リラの最後の呟きが聞こえずに聞き返したアルは意味がわからず困惑する。
そして背筋に寒いものを感じた。
この流れで胸のことが蒸し返されたら死んでしまうとでも考えたのだろう。
「でも、どうやって目が覚めたの? パネェさんはそこまで知らなかったみたいだし」
アルが伺うように見たリラの顔に、かつての黒い痣はない。
そのことに安堵しながらも、同時に自分では何もできなかったのだと胸がざわついた。
「あんたの知り合いが治してくれたのよ」
「俺の、知り合い?」
「そうよ。私が眠ったままの時に、迷宮国家サラガから老師と名乗るひとがきてくれたの。そのひとは自分で持ってきた翡翠色の魔石と私が持っていた聖樹の葉を使って、瘴気を取り払う特別なポーションを作ってくれたの」
アルは迷宮国家サラガで出会った老師のことを思い出していた。アルが知る限り最高の付与師は博士だが、地上でとなればリラと老師のふたりをあげる。
そしてアルはその老師に巨人から勝ち取った翡翠色の魔石を渡した。その時老師は翡翠色の魔石の力を見抜いていた。浄化の力があると。
「そっか。老師は、何か言ってた?」
だがアルには老師がなぜフォルティカ王国まで来てくれたのかわからない。
あの時に恩を感じたのはアルであり、老師は世話を焼いてくれただけなのだから。
だがその本当の理由はリラにもわからない。だからリラはアルの問いに少し戸惑いながら答えた。
「……ありがとうって、言われたわ」
「え? なんで?」
「私にもわからないけど『今度は救わせてくれてありがとう』って…………はじめて会ったはずなのに、私が目覚めた時、隣で涙を流してくれたわ」
老師の事を語るリラは儚げな表情で海の先を見つめた。
そこには命を助けられた感謝だけでなく、老師に対する深い愛情が込められていた。
そしてその表情を見たアルは胸が締め付けられるのを感じる。
自分で助けられなかった事を。
逃げ出してしまった事を。
「その、リラ。ごめん」
だからアルは勝手に自分を責めた。
誰ひとり、アルを責める者などいなかったというのに。
「知ってるわよ。あんたがそういう性格だって事くらい。知ってるわよ……でもね、私は違うのよ」
「…………」
溜め息を吐くように冷たい言葉を告げるリラにアルはドキリとする。
しかし、それはアルの負い目が感じさせた勘違い。リラはアルの謝罪がほしかったわけではない。
「私は、あんたに会いたかったのよ。ずっと、ずっと。……だから」
リラは澄んだ瞳でアルと見つめ合う。
そこにいつものリラらしさはなかった。
いつもの勝ち気な強さは鳴りを潜め、不安に揺れている。
「私に謝らないでよ。私はそんな言葉を望んでない。それに私は……あんたに必要なひとかわからない……」
リラは最後に自信なさげに俯いてしまった。
それは彼女の気持ちをそのまま表したものであった。素直になれない、リラの本心を。
(俺は、何をやってんだ)
それを見てようやくアルは目が覚めた。
彼とてリラにこんな顔をさせたかったわけではない。
(ずっとリラに会える日を夢見たんだろ。だったらためらうな。償うとか護るとかそんな綺麗事はあとで考えろ。そんなもの、建前だ)
ザッ
アルは一歩前に踏み出すとリラの両肩に手を触れた。
その時、リラの肩が震えていることに気がついたアルは、ようやくリラの言葉の意味を理解した。
「リラ」
俯いていたリラはアルの言葉に一瞬肩を跳ね、ゆっくりと顔をあげた。
その瞳は微かに濡れ、美しく輝いている。
その瞳を真正面から見つめ、アルは素直な気持ちを告げた。
「俺と、結婚しよう。もう離さない」
アルは恥じることもなく真っ直ぐにリラの目を見て言いきった。
それは用意したセリフではない。
飾り気のない、アルの正直な言葉。
そしてその言葉を受けたリラは目を丸くしてアルを見つめ返した。
その拍子に、一筋の雫が頬を伝う。
「…………ふふ。馬鹿ね……結婚なんて結果よ。その過程をすっ飛ばすなんて。まったく……女心がわかってないじゃない」
「……あれ? 俺なんか間違えた? 嫌だった?」
思っていたのと違う言葉が返ってきたアルは急に焦り、それを見たリラはいたずらげに笑いながらアルに言い返した。
「嫌とは言ってないわよ。ただ、もっと大事な言葉があるでしょ……その、私を、どう想ってるかとか……」
リラはそこまでが精一杯だったようで、顔を真っ赤にして目を逸してしまった。
それでようやくアルは気がつく。
今まで一度もその言葉を口にしていなかったのだと。
「あ〜、ごめんねリラ」
「だから謝るなって言ってるでしょ」
さっきまでのムードはすでになくなってしまったが、ようやくふたりらしい雰囲気が帰ってきた。
思えばアルがリラに謝るのはいつもの事だ。
そしてそれをリラが許すのもいつもの事だ。
いつものふたりの、新しいこれから。
それをはじめる、大事な言葉を告げる。
「リラ、愛してるよ」
「……私もよ、アル。愛してるわ」
苦難を乗り越えてようやく結ばれたふたり。
そこには愛を語るための花束も舞台もなにもない。
ただ、口づけを交わすふたりに、夏の星空が祝福するように輝いていた。
無色無能+αはまだ続きますが、アルとリラの再会をひとつのエンディングとし、一度ここで締めたいと思います。
また、本日(7月7日)までは平日更新を続けて参りましたが、次話からは一日複話更新とします。そのため次の更新は7月10日の土曜日を予定しています。
複話更新となっても皆様に楽しんで頂けるよう頑張りますので、ブクマ&評価、また感想などを頂けると嬉しいです。
これからも無色無能+αの応援をお願い致します!




