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73 ガルラマ《難癖》

「うわー! 魔王様がお怒りだ!」

「酒だ! 酒を持ってこーい!」

「賢者様を! 賢者様だけでもお守りしろー!」


 火山島の噴火を見た海岸の者達は盛大に狼狽えた。おそらく天災級の被害を今までに何度も受けてきたのだろう。


 あまりにも必死な海岸の者達に目を向けたあと、アルは再び噴火した火山を見上げた。

 火山島の山頂からは灰を含んだ煙がもくもくと立ち上がり、熔岩道を小刻みに揺らしている。


(なんだ? なにか、強い力を感じる)


 それがただの噴火ではないと感じたアルは退却することを決めた。


 意識を失ったままの先生を急いで抱きかかえる。そして火山島に背を向けて走り出そうとしたその瞬間、すぐ背後から女の子の声がした。


「ねぇ、聞いてんの? うちの子になにしてくれちゃってんの?」


 背筋が凍るのを感じたアルはその場から瞬時に飛び退いた。そして声の主を見て驚いた。


 そこにいたのはぶかぶかのローブを着た成人前の子供だった。髪は薄いピンク色をしていてくせ毛が何本もハネている。

 そんなどこにでもいそうな女の子が、とてつもないプレッシャーを放っているのだ。


 あきらかに普通の者ではない。

 アルは瞬時に警戒を最大限に上げたが、それがかえって不味かった。


「は? 何威嚇しちゃってんの? このあたしに? は? 舐めてんの?」



 ドン!

「!?」



 女の子が下から上に手を振り上げると、アルの体は突風によってはるか上空まで飛ばされてしまった。


(なんて威力だ! それなに魔法の気配がまったくしなかった! それよりも先生は!? 地上に残されているのか!?)


 アルは上空で周囲を見渡すが腕の中にもどこにも先生の姿はない。今は魔法を受けた瞬間に腕の中から奪われたことを願うしかなかった。


 そして問題はこれからだ。

 はるか上空まで吹き上げられたアルはそのまま落ちるしかない。しかし今のアルは魔法が使えない。


 風魔法でも使えれば着地する勢いを殺せただろうが、このままでは生身で地面に激突することになる。


 アルは影のオーラを使うことも考えたが、あの力には物理的な作用は一切ない。

 すでに女の子の魔法の影響がない今、あの力を使ったからといってどうにもならない。


(こ、こんな高さまで……)


 頂点を迎えたアルの顔は蒼白になる。

 すでにアルの体は雲の中で地面など見えない。それにこの高さでは地面だろうと海面だろうと衝撃の強さは変わらない。

 海に落ちることを祈っても意味がないだろう。



 地面に吸い込まれるような感覚を受けながらアルは必死に両拳を握る。

 そこに具体的な技名などない。

 ただただ着地に合せて思いっきり何かを放つだけだ。



 ブワァァァ!


 雲を抜けて熔岩道を真下に捉えたアルは覚悟を決めた。

 この際先生の安否はあの女の子に任せるしかない。納得いかないがそんなことを言っても仕方がない。

 だってあの女の子は魔王なのだから。



 勝負は一瞬。


 ほんのすこしでもタイミングがずれれば勢いを殺せずにアルの体はひどいことになるだろう。

 もっともアルはそんなひどい経験を既に何度と体験してしまっているが。


「あああああ――――――らっ!!」


 ドッッッドバ――――ン



 アルがタイミングよく突き出した拳は熔岩道を捉え、岩盤を粉々に砕くだけでは飽き足らずアルを中心に衝撃波を発生させた。


「うわー! 津波がくるぞー!」

「逃げろー! 頼むから持ってくなら酒だけにしてくれー!」


 海岸の者達もアルの着地から発生した津波を見てすぐさま逃げ出した。

 さすがガルラマの者達。

 火山島がいかに危ない島かよく理解している。



「はあ! はあ! はあ! 死ぬかと思った……」


 まだ血の気の引いたままのアルは膝をついて俯いている。その両拳は衝撃によって骨が砕け、小刻みに震えていた。


「ふん! 一応お姉様が目をかけてるだけの事はあるわね」


 アルがゆらゆらと顔を上げると、女の子は腰に手をあてて胸を張っていた。

 そしてその足元には先生が横たわっている。


(よかった。無事だったか)


 先生の姿を見て安堵の表情を浮かべたアルだったが、それすら魔王にとっては文句の対象だった。


「は? 何を今更心配なんかしてんの? もともとはあんたがやったんでしょ? しかもズルなんかしちゃってさ」

「ず、ずる?」

「そうよ! あのオーラはずるよ!」


(……フェニックスとの戦いで必死に手に入れたのに)


 アルはフェニックスとの戦い以降影のオーラを《絶影》と名付けた。

 おそらく魔王はその絶影をズルだと言っているのだ。だが、それであれば数万人対一人というのは許されるのかと突っ込みを入れたい。


 それに先生はアルのその力を評価しているのだからズルでもなんでもない。

 ただアルがそれを指摘する事はない。

 碌なことにならないから。


「確かにあの力は魔法使いに対して強すぎたかもしれません。ただ、そこまでしないと先生には勝てなかったので」


 アルは弁明しながら先生を持上げてこの流れを断ち切ろうとした。

 ずいぶんと大人な対応ができるようになったが、如何せん相手は脳みそも子供だった。


「は? アレが魔法使いより強い? アレさえあればあたしに勝てると思ってんの? は? 舐めてんの?」

「え?」


 どこに喧嘩要素があったかわからないが、とにかくかわいい魔王様はお怒りだ。

 両腕を左右に広げると、アルを囲むように無数の氷の弾丸を発生させた。


 そして両腕を交差させた瞬間、その氷たちがアルを目がけて飛びかかってきた。全方位から襲ってくる氷から逃げられないと判断したアルはすぐさま絶影を展開した。


「絶影」


 影のオーラはアルを包むように体全体から現れた。

 フェニックスとの戦い始めた時は手のひらからしか発動できなかったが、それからの修行の末アルは体全体から発動する方法を習得した。

 その絶影によって氷を吸い込むように消し去るアルだったが、予想外の事が生じた。


 ヒュン

 ガッ


(!? 氷が絶影をすり抜けた!?)


 絶影に覆われたアルの体をいくつかの氷が襲ってきたのだ。

 アルは絶影の力が弱まったのかと考え、すぐさま力を込め直したがそれでも絶影をすり抜ける氷があとを絶たない。


 アルは両腕で顔を守りながらその現象の謎を探る。


(あの子が発動している魔法はおそらくアイスバレット。それならその魔法は俺の絶影で防げるはずなのに)


 ガッ

「くっ」


 またも絶影をすり抜けた氷がアルの顔面を襲った。そして痛みに顔を歪めたアルを見て魔王はニヤリと笑っている。


(なんだ? 何が起こっている?)


 カラン


 だが次の瞬間、アルはたった今顔面を襲った氷が地面に転がるのを見て違和感を感じた。


(? なんでこの氷は消えないんだ? ……まさか!)


 アルは顔を両腕で庇いながらあたりを見渡した。魔王が放つアイスバレットは今もアルを取り囲むように絶え間なく発生している。

 そしてその氷からは確かに魔力を感じとることができた。


(あの子が作る氷からは魔力を感じられるが、さっきから俺に当たる氷からは魔力が感じられない。それに今もその氷は消えずに足元に転がっている。つまり、この氷は魔法ではなく純粋な氷なんだ)


 アルはさらに神経を研ぎ澄ませて魔王の魔力を読み取る。そしてその微かな痕跡をついに見つけた。


 ヒュ

 パパン


「むっ」


 アルは絶影をすり抜けた氷を正確に拳で打ち砕いた。それはひとつふたつではなかったが、アルは魔法の氷とただの氷を見抜いてただの氷をすべて粉々に打ち砕いた。


 それを見た魔王は溜め息をついてアイスバレットを放つのをやめた。

 そして不機嫌そうにアルに告げる。


「ふん? これを見抜ける程度の知恵はあるようね」

「ええ。しかしまったく気がつきませんでしたよ。あなたが風魔法も使っていたなんて」


 アルは魔王の魔力を読み取ってその異変に気がついた。魔王は両手を前に突き出してその手から強力な魔力を放出していた。そしてその魔力はアルを襲うアイスバレットと同じ魔力だった。


 しかし魔王はその両手からとは別に、ひっそりと足元から二つの魔力を放出していた。一つの魔力は海水を凍らせる氷魔法で、もう一つはそれを飛ばす風魔法だった。


 派手な魔法で真の攻撃を眩ませる高度な技量もさることながら、魔王はアルの絶影を一度見ただけで弱点を見抜いてみせたのだ。


「はん! 魔法使いなんだからこれくらいできて当然でしょ! それともあんた舐めて」

「さすがアマラ師匠が褒めておられた魔法使い様です!」

「!?」


 再び喧嘩を売ろうとした魔王は、アルの予想外の言葉に動きをぴたりと止めた。


「……今、なんて言ったかしら?」

「は! さすがアマラ師匠が褒めておられた大魔法使い様です! と言いました!」

「……もう一度」

「さすがアマラ師匠が褒めておられた偉大な大魔法使い様です!」

「むふ。むふふふふふ」


 さっきまで一方的に難癖をつけていた魔王はアルの言葉に満面の笑みを浮かべた。

 それはもう魔王でもなければ年相応でもない。まるで幼少のような笑顔であった。


(よかった〜。師匠が言ってた魔法使いってやっぱりこのひとのことか)


 アルは魔王に合せてニコニコと笑いながらも内心冷や汗を流していた。なんせ師匠はあの時、アルにはまだ早いと言っていた。消滅させられるからと。


 そして目の前の女の子はそれをためらわずにやるだろうとアルは思った。

 今は頬に手をあててクネクネと喜びのダンスを踊ってはいるが、本気をだされたらこの大地と同じく跡も残らないだろう。


 アルはこのまま魔王の機嫌をとりながらこの地を去る事を決める。さっきのは魔王が『お姉様』と口にしていたから適当に言っただけで、これ以上は間違いなくボロがでる。


 そしてニコニコとすこしずつ後退りするアルだったが、魔王様は簡単には逃してくれなかった。


「それで、他には?」

「え?」

「お姉様は他にあたしの事をなんて言ってたの?」


 魔王様はまだ褒められ足りないのか、期待に満ちた表情でアルに問いかけた。

 しかしアルはそれ以上なにもしらない。

 そもそもさっきの言葉もアルが適当に言っただけだ。


 それでも口にしなければならない。

 ここから先は地雷原を歩くのと同じ覚悟がいる。


「か、可愛らしいと」

「うんうん! 他には?」

「こ、声が素敵だと」

「まあ! 他には?」

「……」

「他には?」


 アルは必死に褒め言葉を考える。

 だってこれは死活問題なのだ。


(考えろ! でも俺女の子を褒めた経験なんてほとんどないし……かろうじてリラを褒めたくらいか?)


 アレを褒めたと言っていいのかわからないが、アルは恐る恐る口にした。


「め、目つきが長所だと」

「もう! お姉様ったらそんなところまで! 他には?」

(目つきはやっぱり褒め言葉だったんじゃないか)

 

 魔王のせいでアルの勘違いはまたひとつ増えてしまったが、アルが窮地なのは相変わらずだ。


 そこでアルは大人の機転をきかせる。

 彼も人間関係で苦労の多い人間だったのだ。


「そ、そうだ! よかったら貴方様からアマラ師匠の事を聞かせてください。海岸にはお酒も届いたようですし」


 アルは何処ぞの営業マンのように相手から話を引き出すことを選んだ。

 それは人間関係において正解と言っていい。言っていいのだが、相手は魔王だ。


「いいわ! 心ゆくまでお姉様の素晴らしいところを教えてあげる!」

「わ、わ〜嬉しいなあ〜」


 こうして逃げるタイミングを失ったアルは魔王に拘束されてしまった。


(返答を間違ったら消滅するかも……)


 そんな危険な宴会が始まる。


週末の連投で『戦う女の子 〜斧銃は不遇武器?いいえ、アスクガンはロマン武器です〜』全37話が無事完結しました。

たくさんの応援と評価を頂き、ありがとうございました。


無色無能についてはあえて平日一話更新ですすめておりましたが、近々連投スタイルに変更しますので、楽しみにして頂けると幸いです。

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