72 ガルラマ《意地》
アルは先生と別れた時の事を思い返していた。
「あの時先生は、生きていればまた会えるって言ってくれましたね」
「ああ。あれから何年たった?」
「三年ですよ」
「ふっ。時が経つのは早いもんだ」
アルにとって先生は魔法を鍛えてくれただけでなく、この大陸や生き方についても教えてくれた尊敬すべきひとだ。
そして先生にとってもアルは、忘れらない人物になっていた。
(フォルティカ王国から飛び出して行方知らずと聞いていたけど、まさか白黒の男がアルだったとはね。だけど、能力を使えなくなった噂は本当だったか……)
先生は伝手でアルの動向を耳にしていた。
そのためアルが能力を使えなくなってしまったことも、行方をくらました事も知っていた。
そして再会したアルからは噂通り魔法のオーラを感じる事ができない。アルが熱心に修練を積んでいた事を知っているだけに、先生にとってその事実は辛いものであった。
しかしアルはその事実を既に乗り越えている。何より、そうでなくては数万人という武人を蹴散らしてここには辿り着けない。
だからアルは胸を張ってあの日の言葉を口にした。
「じゃあ先生、俺があの日言った言葉を覚えていますか?」
「?」
アルの言葉に先生は眉をひそめる。
確かに先生はアルの言葉を覚えている。
だが、目の前の能力を使えなくなったアルがそれを口にするとは思っていなかったのだ。
「次会う時は、先生にも勝ちますって、ね!」
ダッ
宣言をするや否、アルは猛ダッシュで先生との距離を詰めた。それを見た先生は一瞬呆気にとられたが、すぐさま応戦する。
「身の程知らずも大概にしな!」
先生はアルの実力を評価しているつもりだった。その証拠に数万人を打ち破って現れたアルを見ても動揺する事はなかった。
アルであれば、生身でもそのくらいやってのけるかもしれないと評価したのだ。
しかし大陸最強の魔法使いと呼ばれる自分と張り合おうとするとは思っていなかった。能力が使える時ならいざ知らず、今のアルでは魔法を防ぐことはできない。
だからアルのとった行動にたいして無謀以外の可能性を考えていなかった。
だがそれも仕方がない事だ。
ふたりが別れたのは三年前。その三年間でアルは何度も壁を乗り越えてきたのだから。
先生は魔法名を詠唱することもなく風魔法を発動させた。その風はアルを抑えつけるように上空から突風となって降り注いだが、アルは気にすることなく間合いを詰めきった。
「っち」
「はあ!」
間合いに入り込んだアルは鋭い踏み込みから右拳を先生の胸に向けて突き出す。その瞬間アルの拳をめがけて風魔法のエアインパクトが打ち返した。
ドッ
しかしアルの拳は止まることなく風魔法を打ち破り、とっさに両手を交差した先生の腕を打ちつけた。
「くっ! フレア!」
返しの左拳を打ち込もうとするアルを見て先生はとっさにふたりの間に火魔法を放った。
ブォオオオ!
「あっ」
魔法を放って後ろに飛び退いた先生は自身が出した炎を見て思わず声をだした。
(しまった! 今の魔法は手加減をする暇がなかった。早くポーションを)
戦いの最中にアルの心配をした先生だったが、目の前の光景を見て目を見開いた。
「やっぱり先生の炎は他の魔法使いとは比べものにならないですね」
何事もなかったように炎の中から歩いてくるアルを見て、先生はようやく自分が間違えていた事に気がついた。
「そうか……あんたはそういう男だったね」
先生は無意識にアルに気遣いをかけていたのかもしれないが、それは戦いにおいて無粋以外のなんでもない。
そしてそれは先に散っていた武人の心を踏みにじる行為だ。
(偉そうに説教しちまって悪かったよ。だから)
コキッ
先生はアルに殴られた両腕を横に振り抜くと、両拳に火の玉を宿した。
「きっちり責任はとらせてもらうよ!」
先生は火の玉を両拳に纏ったままアルとの距離を詰めた。それは魔法使いとしてはあり得ない行動だったが、その踏み込みは並の戦士以上に鋭かった。
「せぇ!」
「はっ! 先生! 接近戦もできたんですか!? それにその技は」
「悪いがあんたの真似をさせてもらったよ!」
「光栄です、ね!」
燃える拳を防ぎながらアルも驚く。
先生の近接戦は踏み込みだけでなく攻守共にバランスよく練り上げられていた。
しかしそれではアルを負かすことはできない。徒手においてアルを負かす者はすでにこの大陸にはいない。
そしてその事を理解している先生は新たな戦術に移る。
「ランス! インパクト! バレット! ブラスト!」
「っ!?」
先生は近接戦を繰り広げながら様々な魔法を至近距離から連発した。
しかもその魔法は先生の手元からではなく左右から不規則に放たれる。多彩な攻撃手段に押されアルは防戦一方に変わるが、それこそ先生の思うつぼだ。
(そろそろかね)
両拳の炎と左右からの魔法でアルを攻めたてる先生は、仕上げの魔法を意識する。
この熔岩道は海の上にあるため水にはこと困らない。
もちろん賢者を名乗るほどの魔法使いであれば自然に発生させることはできるが、環境を味方につけるのも強さのひとつだ。
そして先生は目の前のアルに攻撃を加えながら、すこしずつ海水を氷の槍に変えていった。その数は百を越え、暗い海面からアルの背を貫こうと虎視眈々と狙っている。
十分な強度と量を揃えた先生は、アルの目の前に両手を突き出して詠唱してみせた。
「しばらくこいつと遊んでな。ファイアーボール!」
それはアルと出会った時に放ったものよりも大きく強力な火の塊だった。
身の丈を越えるファイアーボールを見たアルは、先生の魔法操作能力の高さを思い出す。
あの時はファイアーボールが分裂して小さな火の玉が絶え間なくアルを襲った。
それに対応するためにアルは瞬時に腰を落として迎撃体勢をとるが、それこそが先生の狙いだ。
(あんたは逃げないと信じていたよ)
先生はバックステップで間合いをとると、両手を地面につけた。そしてそこから仕上げの詠唱を告げる。
「アイスウェーブ!」
先生の声に反応して氷の波が浮き出る。それはアルを挟み込むように左右から幾重にも重なって地面をつき進んだ。
(これで終いだ! アイスランス! サンダー!)
そしてアルの背中を狙うように海面からアイスランスが飛び出し、さらに蓋をするように上空からは雷魔法が放たれた。
前後左右と上、すべての方角から魔法が襲う。
すでに先生はアルへの容赦の一切を捨てた。
例えこれでアルの命が尽きようとも、戦いにたいして真摯である事を選んだのだ。
それでも先生はもしかしたら期待したのかもしれない。絶対絶命の状況でもアルならば乗り越えるのではと。
アルに迫る魔法を見つめながら先生は息を呑む。
不安と期待を胸に、この戦いの行く末を未来に重ねるように。
「――絶影」
シュン
「!?」
それは一瞬の出来事であった。
すべての魔法がアルに当たる瞬間、そのことごとくが吸い込まれるように消えていった。
目の前の光景を疑う先生は自らが放った魔法の操作を試みるが、魔力の残骸すら感じられない。
それは打ち消されたわけではなく、文字通り消されたとしか言えない現象だった。
「……ふふ。とんでもないものを身につけてくれたわね」
もちろんそれがなんなのかを先生は理解出来ていない。それでもその力を見せつけられた以上、能力を越える存在を否定する事が出来ない。
だがあれだけの魔法を吸い込んだアルも無事ではない。その証拠にアルは動けずに、影の中で暴れる魔法を必死に抑え込んでいる。
それを苦しそうに見せなかったのは、アルの僅かばかりの意地だったのかもしれない。
そのまま動かないアルを見ていた先生だったが、ひと呼吸置くと再び拳を握ってアルに歩み寄った。
「アル。強くなったね」
「……」
先生は今のアルの力を見て、自分の攻撃が届かないことを悟った。もちろん先生はこれ以上に強力な魔法を放つこともできるが、アルに対しては相性が悪すぎる。
その事を理解した先生は遠くから魔法を放つことをやめた。
「でもね、こっちも簡単には負けを認められないんだよ。なんせあいつ等をけしかけたのは私だ。だから最後まで付き合ってもらうよ」
「……はい」
先生は再び拳に炎を宿すとアルに挑みかかった。それは勝ち目の見えない戦いではあったが、その炎が朝まで消えることはなかった。
意識を取り戻した武人達は海岸に集まり、その炎の輝きをひたすら目に焼き付けた。
『たとえ敗れるとわかっていても立ち向かって散ってみせろ』
その言葉を体現するかのように果敢に挑む賢者は武人そのものもだった。何度地に転がり、何度その火が消されても、炎は再び夜を照らした。
そして朝を迎え、力尽きた賢者はついにアルの腕の中で意識を失った。
こうしてガルラマの武人との鬼ごっこは終わった。
ガルラマの武人もアルの強さを素直に認め、海岸から拍手を送った。そこには賢者に対する感謝もあったのだろう。
両者は認め合うように結果に納得した。
なんの文句もない。
ケチのつけようがない。
だが、そこに幼い声が響いた。
「うちの子になにしてくれちゃってんの?」
ドッガーーーーン
どこからともなく聴こえた声に合せて火山が盛大に噴火した。それを見て海岸の者達も大騒ぎをしている。
どうやらこの勝負、ケチがついてしまったようだ。
本日、書き溜めていた新作小説を投稿開始しましたので、そちらも楽しんで頂ければ幸いです。
『戦う女の子 〜斧銃は不遇武器?いいえ、アスクガンはロマン武器です!〜』




