71 ガルラマ《余興》
天空の塔がある山を降りたアルは、周辺の集落を周りながらリラの足取りを追った。
そしてその足取りを追ううちにアルはミスタリキの西側にあるガルラマに足を踏み入れた。
「ここは雨がすごいな。季節の問題か?」
ミスタリキからガルラマに入る頃には春の暖かい季節を越え、雨を伴う蒸し暑い季節に変わっていた。
そしてもうひとつ、ミスタリキからガルラマに入ってからあきらかに変わったことがある。
「ほぉ〜。いい剣を持ってるなあ」
「いや〜それほどでも〜。では俺はこれで〜」
「おいおい待て待て。何もそれを寄越せとは言ってない。だから逃げるな。ただ」
「ただ?」
「やり合おうぜ!」
「やっぱり〜」
ガルラマの人達からひたすら勝負を仕掛けられるのだ。
最初は剣鬼との稽古を活かせると思ってありがたがっていたが、なんせその数が多すぎる。
「てい!」
「ぐあっ! いって〜。あんた強いなあ。完敗だよ」
「いえいえあなたこそ強かったですよ」
「そうか!? そうかそうかそうか。それなら兄ちゃんこれ貰っていけ。隣の街で手に入れたいい酒なんだよ」
「あ、お気持ちだけ」
「そうか? それなら俺はこれで行くぜ。あんがとよ」
「はい。さよなら〜」
みんなサッパリしてていい人ではあるのだ。ズルをする人も逆恨みをする人もいない。気持ちのいい人達ではあるのだが、さすがにアルは参っていた。
「おい! 次はこっちだ」
「その次は私よ!」
「そのあとは僕だ!」
(……何人いるんだよ〜)
ガルラマは強い人と手合わせするのが習慣らしいが、アルは剣鬼から貰った白黒の服のせいで特に目立つらしく、事あるごとに勝負を挑まれた。
しかもその中には女子供も混じっていて、能力のあるなしに関わらず強者に群がってきた。
基本動作の確認にはちょうどいいが、これではいっこうに前に進めない。
そこでアルはとある宣言をした。
「よし! 俺は先を急ぐから戦いたいものはまとめてかかってこい!」
「「「…………」」」
「?」
アルは名案だと思って大きく宣言したが、それを聞いた者達の目つきはあきらかに不機嫌なものに変わった。
「急ぎたいだと?」
「まとめてだと?」
「なめてんのか?」
「え? いや、そんなつもりでは」
妙な殺気にあてられてアルは思わず後退りをした。その殺気を放つ者の中にはまだ十歳にも満たないであろう少年もいるが、アルを睨みつけて一端の殺気を放っている。
「あははは〜」
「「「…………」」」
アルは背中に冷たいものを感じながらすこしずつ、すこしずつ距離をとった。
一方ガルラマの者達はすこしずつ、すこしずつアルを包囲した。
そして明確な身の危険を感じたアルは恥じることなくその場から逃げ出した。当然ガルラマの者達もアルを捕まえようと飛びかかるが、アルはそれを飛び越えてなんなく包囲網から抜け出した。
「ごめんごめーん!」
「「「…………」」」
しかし包囲網から抜け出したアルはこの時完全に油断していた。
アルは意図していなかったとはいえ、十歳にも満たない者の自尊心すら傷つけたのだ。それを果たして大人達が簡単に受け入れられるだろうか?
「……アレの準備をしろ」
「アレですか!?」
「そうだ」
「しかし、アレをするには隣町だけでなく、ガルラマ全体に号令をかけなくては」
その場を代表する男がアレを口にした瞬間、周りの者達は思わず動揺してしまった。
「構わん。責任は俺がとる」
「……そこまで言われるのならばわかりました。今すぐ早馬を走らせます」
皆の表情に緊張が走る。
きっとアレとはとんでもないものなのだろう。
「お前ら! 気合いを入れろ! 今からアレをやるぞ!」
「「「おおおおお!!」」」
その場にもの凄い熱量が蓄積された。
この場にいる若い者達はアレを経験したことがないらしくて緊張までしている。
「それでは今から作戦を開始する!」
「「「はっ!」」」
特に準備もなく急に作戦は実行された。
そして皆はその作戦名を叫ぶ。
「「「鬼ごっこ! 開始!」」」
「おらー!」
「どりゃー!」
「逃がすなー!」
人々は叫びながらアルを追いかけだした。
どうやら作戦とは、アルをひたすら追いかけて戦いを挑む事らしい。
しかしこの作戦は洒落にならない程アルを追い詰めた。朝から晩までアルの周りでは叫び声が響き、それを突破しても突破してもガルラマの武人が攻めてきた。
(俺そんな悪い事したか!? 舐めてたのは悪かったけどそれにしても限度があるだろ!)
そしてアルを追い立てる武人達は数々だけでなく、徐々に能力の使える強い者達に変わっていった。
アルは気がついていないが、この数日間でアルは《白黒の男》と名付けられ、ガルラマ全域で指名手配されてしまったのだ。
恐るべき鬼ごっこ。
そしてこの鬼ごっこはアルが負けを認めるか、ガルラマの地から逃げ出さない限り止めることはできない。そういった固い掟があるのだ。
ただしアルが素直に負けさえ認めれば即時釈放というなんとも聞き分けのいい作戦なのである。
そしてアルを捕らえて勝ちをもぎ取った町にはガルラマ中の酒が集まり、楽しい宴会を開く権利が与えられる。
だから皆必死なのだ。
酒を飲むのが楽しみなのだ。
むしろ鬼ごっこよりも宴会のほうがメインかもしれない。いわばこの鬼ごっこは宴会前の余興のようなものだ。
だが追いかけられている方にはそんな余裕はない。数十人から始まった逃走劇はいつしか百人を越え、数日たった頃には千人を越えた。
そしてガルラマの中心地に走るほどその数は増えていき、気がつけばアルは数万人の雄叫びを受けていた。
どうやらこれはガルラマの鬼ごっこの歴史でも新記録にあたるようで、アルを捕まえた町には特賞が与えられるらしい。
もちろん特賞は酒だ。
噂では魔王に献上する為に作られた高級酒らしい。ガルラマの皆が気合いを入れるのも当然かもしれない。
「はぁ! はぁ! なんなんだよ! 本当になんなんだよ!」
「いたぞ! あっちだ!」
「逃がすかー!」
「酒ー!」
「くそー! なんなんだよー!」
「ぎゃあっ」
「いてっ」
「酒がっ」
「もう知らねえぞ!」
我慢の限界を越えたアルはついに逃げることをやめ、反撃の狼煙をあげた。
◇◇◇◇
アルが反撃に転じて十日がたった頃、ついに事態が動いた。
「まだ捕らえられんのか!」
「はい。包囲はできていて朝晩関係なく仕掛けているのですが、白黒の者はまったく衰える様子がなくて」
「何者なのだそいつは!」
いつの間にかつくられた司令室では連日怒号が飛び交っていた。
それもそうである。
数日間も眠らせることなく攻め続けているというのに、白黒の男は疲れも見せずすべてを返り討ちにした。
ガルラマの者が武人としての自尊心を取り返すために必死になるのは当たり前である。
しかし、その司令室にひとりの女が入ってきた瞬間、皆の者は思わず動きを止めた。
「賑やかだねぇ。よっぽど今回の獲物は活きがいいのかい?」
「そ、そんな。わざわざあなた様が出てくる事態ではありません」
「何言ってんだい。これ以上騒がしくされたらおちおち寝てらんないよ」
「うっ。申し訳ありません。賢者様」
あれだけ飛び交っていた怒号は賢者と呼ばれる女が入ってきただけで鳴りを潜めてしまった。
それほど影響力のある人物がこの作戦に加わったのかもしれない。
「今はどのへんに囲ってるんだい?」
「はっ。満遍なく包囲していますが、南にある海に追いこもうと戦力を集中させているのですが、なかなか上手く誘導できず」
「ふむ」
賢者は数人から白黒の男の動向を聞き、ひとつの仮説をたてた。
「ふふ。この白黒の男とやらはとんだ大馬鹿のようだね」
「? と、言いますと?」
賢者は卓上に置かれた地図と駒を動かしながら白黒の男の動きを説明した。
「あんたらは白黒の男を追い込むために、無意識に穴とすべき場所に女子供を配置してんだよ」
「む、そうかもしれませんが、作戦としては間違ってはいないと思うのですが?」
「あぁ。普通ならそれで間違ってはない。たいていはそこを突破したあとに網にかかってくれる。だがこの白黒の男は大馬鹿だ。穴になる女子供を避けるだけでなく、追い込みにかけるために配置した屈強な男達を優先的に倒して網からすり抜けてんだよ」
「なっ!? いや、確かにそうかもしれませんが、なぜそのような行動を?」
賢者は駒を動かしながら楽しそうに笑う。
そしてそれを見た男達は冷や汗を流した。
「だから言っただろ。大馬鹿だと。それにあんたらも武人を名乗るなら強者と戦う喜びを知っているだろ。そしてこの大馬鹿は数万人に追いかけられながらもそれを実行してるんだ。ただの馬鹿には真似できないよ」
「そんな……」
司令室にいる誰もが唖然とした。
確かに武人であれば強者と戦うために無茶もするだろう。実際に彼らとて、数人に囲まれた程度であれば戦いを楽しみに変えることもできる。
しかし数万人を相手にそれは無理だ。
そもそもそれを戦いと呼べるのかもあやしいが、白黒の男は見事にそれを戦いとして成立させている。
規格外の馬鹿を見て男達は固まるが、賢者は冷静に次の一手を探った。
「海に追込むのは一度あきらめな。その代わり少し遠回りになるが、火山島に誘導するよ」
「なっ!? 特級迷宮の跡地にですか? しかしそこまでは距離もあります。いったいどうやって?」
「跡地にまで連れていく必要はないよ。場所はここ。火山島と繋がる熔岩道だ」
皆が注目するなか、賢者は地図の一点を示した。そこは二千年前に特級迷宮を攻略したあとにできた火山と大陸を繋げる一本の道だ。
そもそもガルラマには銀の城や天空の塔といった遺跡はない。その理由は二千年前に特級迷宮を攻略する際、とある魔法使いが禁断魔法で大地ごと特級迷宮を消し去ってしまったからだ。
そして特級迷宮を攻略する代償としてその地は大地を失い、はるか遠くにあったはずの海と繋がってしまった。
それでも特級迷宮の力は強力だったのか、跡地として小さな山がひとつだけ海に残った。それこそが特級迷宮の跡地である火山島だ。
しかし、その当時の跡地はまだ火山島と呼ばれてはいなかった。緑もなければ特別な鉱石が採れるわけでもなく、何もないただの変哲な島だった。
そこに特級迷宮を攻略した魔法使いが住み着いてからおかしくなった。その者が特に意味もなく火魔法を放ち続けたからだ。
結果、山の中心地は陥没し、マグマ溜まりを形成するまでに至った。
そして火山が完成した。
今でも頻繁に爆発するが、それが噴火なのか火魔法なのかは誰にもわからない。
だが、頻繁に噴火するので海沿いの者は恐れて海岸に酒を献上するようになった。そんな風習ができた頃、火山島は熔岩を海に流すようになり、すこしずつすこしずつ熔岩が冷えて固まった道を作りだした。
そうやって火山島は長い年月をかけて大陸と一本の道を作りあげた。
酒を献上していた海岸に正確に繋がる道を。
だからだろう。
その地域では魔法使いに献上する為に上質な酒が作られるようになり、いつしかそれは魔王に捧げる高級酒と呼ばれるようになった。
それほどガルラマにとって火山島の魔法使いは偉大なのだ。
そして目の前の賢者にはひとつの噂がある。
彼女はその魔法使いの生まれ変わりであると。
その賢者は司令室の男達を見渡す。
その目が男達の覚悟を問うているようで部屋全体に緊張が走る。
というか嫌な予感しかしていない。
「お前さん達は……武人かい?」
「も、もちろんです!」
その言葉を聞いて賢者はニヤリと笑う。
なんだったのか知らんが言質をとられてしまったようだ。
そして男達は賢者の表情を見てガタガタと震えだす。今までも散々やられたのだろう。
「なら作戦は簡単だ。熔岩道まであんた達が一列に並んで白黒の男を導きな」
「……はい?」
今まで散々包囲しようとしていたのに賢者はそれを解除しろと言っているのだ。
しかも囲んで複数で挑んでも勝てないというのにそれを一人ずつ相手をしろなど、死を宣言されているのと一緒だ。
「そ、それはあまりにも無謀な……」
「そうですぞ。それではこちらの被害があまりにも甚大になってしまいます」
「……はぁ」
男達の狼狽えを見た賢者は深々と溜め息をついた。それによって司令室の空気は一層冷え込んでしまう。
それでも男達の言う事は正論だ。
だが、それを許す賢者ではなかった。
「勝ちたくないのかい? それとも、負けるのが怖いから逃げてるのかい?」
「!? そのような事はありませんぞ!」
ガルラマの人間にとって強者に挑むという心意気は誇りそのものである。そして負けを認めるだけならいざ知らず、逃げだしたとなればそれは武人である事を否定する事になる。
「なら戦え。たとえ敗れるとわかっていても立ち向かって散ってみせな。それで駄目なら私が骨を拾ってやる。ようは最後に一人でも立っていれば私たちの勝ちなんだよ」
賢者の発破に男達の目に力が宿る。
負けてもいいと言うのなら心配する事など何もない。
こうしてガルラマは鬼ごっこの陣を解き、数万人が行列をつくってひたすら立ち向かうというとんでもない作戦にうってでた。
正気の沙汰ではない。
だがガルラマの武人はアルの前に立ちはだかると、意識を失うまでアルに挑み続けた。
それは十秒にも満たない短い間ではあったかもしれないが、狂気とも言える覚悟で立ち向かうガルラマの武人にアルは何度も息を呑んだ。
そして一人も余すことなく散っていったガルラマの行列は、ついに最後の一人を残すまでになった。
「はぁ、はぁ、道理で強いわけだ」
連日戦い続けたアルはふらふらと熔岩道に足を踏み入れた。
その先には長い髪をなびかせながら一人の女が立っていた。月の光を吸い込むような黒い髪が怪しく光っている。
「……元気そうで何よりだね」
女が不敵に笑い返すのを見て、アルは思わず苦笑いを浮かべた。
「先生こそ」
待ち構える最後の武人は特級迷宮で出会った大陸最強の魔法使いだった。




