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70 ミスタリキ《餞別》

 アルが落ち着いたのを見届けた剣鬼は、何もない空間に手を突き出すとそこから一振りの剣を抜き出した。


 その剣は無骨でなんの装飾も施されていないが、アルはそれを見た瞬間になんの剣かすぐに気がついた。


「それは、師匠の」


 それは間違いなくフォルティカ王国で真っ二つに折られた師匠の剣だった。


 そしてこの剣がここにあるということは、やはりリラはこの地に訪れて剣鬼に会ったのかもしれない。


「今のお前なら使いこなせるだろう」


 剣鬼から受け取って刀身を抜き取ってみる。そこには折れた跡などなく、相変わらず澄んだ輝きを反射させていた。


 しかしその刀身はアルが使っていた頃の物と比べて長くなり、重さが増していたことに気がついた。


「それとアマラの事だが……あいつはまだ眠りについている。だから今すぐにお前に会いに来ることはない」


 剣鬼の言葉に少し残念な気持ちになったアルだが、生きていてくれればそれでいいと自分に言い聞かせた。


「わかりました。それで……リラはここに来たんですか?」


 アルはすこしおどおどしながらリラについて質問をした。パネェは女だったから自然と聞けたが、剣鬼に聞くのはなんとなく恥ずかしかったようだ。


「ああ。一途な女だな」

「そ、そうですか」


(……褒められたのか?)


 アルはなんとも要領の得ない返事をしてしまったが仕方がない。男同士ならこんなものだ。



「さて、俺に残された時間もあと少しだ」

「え?」


 唐突に告げられた別れにアルは驚きを隠せなかった。確かに剣を交えて深く語り合えたかもしれないが、伝えたいことはたくさんあったのだ。


 しかし剣鬼の体からは薄い光の玉が幾つも浮き上がって空に昇っていった。


「お前もわかっているだろ。俺たちは地上の者ではない」


 剣鬼の言う通りアルはその事を昔から理解していた。


 師匠も剣鬼も博士も、天界で出会った者は誰もが年をとることなく出会ったままの姿だった。

 どうしてそうなのかはわかない。

 そして何故遺跡でなら出会えたのかもわからない。


 だが剣鬼は答えてくれないだろう。

 結局は自分で真実に近づくしかないのだ。


「剣鬼。俺も、あなたの弟子で幸せでした」


 アルの言葉に頷いた剣鬼は一度背を向けると、アルから離れるように歩いた。


「俺がお前に教えられることはもう何もない。だが、俺のすべてを一度だけお前に見せてやる。それが師としての最後の務めだ」


 それだけ言うと剣鬼は右手で剣を天空に向けた。そして目を閉じると、オーラとは異なる気を練り上げた。


「こ、これは」


 アルは目の前の光景を見て言葉を呑み込んだ。剣鬼が練り上げた気はとぐろを巻くと、剣を伝って天高くまで昇っていった。

 さらにそれに引き寄せられるように、先程まで快晴だった空は暗雲立ち込める嵐の夜に変わっていく。



 嵐のせいで頬に強い風と雨が打ち付ける。

 だがアルは目を逸らさない。


 人外とも呼べる凄まじい力を前に、アルの好奇心は逃げ出すことを忘れてしまった。


「この力は俺だけの力だ。だが、お前は辿り着いてみせろ。救いたいと思うなら己を磨き続けろ」


 雷鳴が轟く天空の中で剣鬼は力強く語りかけた。それはいつも厳しい剣鬼らしい言葉だったが、アルにはそれが信頼の言葉に聞こえた。


 重苦しい雲が徐々に降りてきて剣鬼を中心に積雲の輪が出来上がる。剣鬼から殺気は感じないが、代わりに凄まじい闘気が発せられている。


 そして剣鬼は天にかざした剣を腰に添えると、居合の構えをとった。


 その構えを見てアルは思わず腰を落とす。

 アルが今まで見てきたどんな技よりも強力なものが放たれる。それをアルは正確に理解した。



「――――ふっ!」


 ヒュパ――――ン


 剣鬼の息吹に合せて雷が墜ちたかと思うと、剣鬼は一瞬でアルの横を吹き抜けた。

 それは刹那の間であり、アルはほんのすこしも反応することができなかった。



 息をするのも忘れていたアルは、喉を震わせながらゆっくりと息を吸い込む。

 剣鬼がアルを避けてくれたのはわかったが、もしも剣鬼がその気になればアルは死ぬことも気がつかずに絶命したであろう。


 その圧倒的な強さに震えが止まらなかった。そして、そこに辿り着けという剣鬼に笑うしかなかった。



「そこが、俺の目指すべき場所ですか?」


 振り返ったアルは緊張した面持ちで問いかけた。しかし剣鬼はそれを笑いながら否定する。


「いや、違うな。これは通り道だ。だからここから先は、俺を越えていけ」


 剣鬼は満足そうに剣を一度振ると、ゆっくりと鞘に納めた。それは最後の時だというのに堂々とした佇まいだった。


 そしてアルもその姿を見習う。

 背伸びしてでも剣鬼に大丈夫だという姿を見せたかったのだろう。だから精一杯に強がってみせた。


「わかりました。必ずその力を手に入れて、いつかあなたを越えてみせます」


 剣鬼の体からは絶え間なく光の玉が浮き上がり、その体は希薄に薄れていく。その姿を、アルは滲む瞳で一生懸命見つめた。


「そうか。それと、これは餞別だ」


 剣鬼はもう一度何もない空間に手を伸ばすと、そこから一着の衣を取り出してアルに投げて渡した。


 それは白と黒の布が重なるように美しく織成された服で、以前着ていた天界魔法服以上の魔力を纏っていた。


「あっ、ありがとうございます! 大事にします! これが似合う立派な大人になります! だから! だから!」


 アルは必死に何かを伝えようとしたが、言葉では表せなくて感情だけが先走ってしまう。

 だがそんなアルを見て剣鬼は穏やかに口元を緩め、消える寸前に小さく語りかけた。


「達者でな」

「!」


 最後の言葉と共にひときわ大きな光を放つと、無数の粒子となって天に消えていった。



 目の前にいた剣鬼の姿はもうない。

 込み上げる思いを吐き出すように、アルは天に昇る光を見上げて叫んだ。


「絶対にあきらめません! 絶対に強くなって、みんなを救ってみせます!」


 アルの宣言とも呼べる叫びは光の玉と共に吸い込まれていった。


 思いもよらぬ再会ではあったが、アルは大事なものをまたひとつ、魂に深く刻みこんだ。







 孤高に生きた最強の剣士。

 武を求め武によってのみしか他人と関われなかった男は、二千年の時を経てひとりの少年に出会った。

 

 それからアルを見守り続けて十五年。

 剣鬼はこの世界の誰よりも長く、アルの成長を見続けた。

 そして剣鬼は誰よりも強く、アマラやアル自身よりも、アルの可能性を信じている。



 剣鬼はアルと出会って思い出したのかもしれない。

 何にも屈する事なく、ただひたむきに努力する強さを。


 そして、アルならばこの世界を救えると。


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