68 ミスタリキ《螺旋》
アルは影のオーラを納めると膝に手をついて肩で息をした。
既に右手の中で暴れていた炎の渦はないが、それでも右手が燃えるほど熱いのを膝から感じとっていた。
(もうすこしで抑えきれずに暴発させるところだった。そもそもこの影みたいなオーラはなんだ? それに、懐かしい感覚だった)
アルは影のオーラを反射的に炎の渦にかざしたが明確な使い方がわかっていたわけではない。
ただ、はじめて能力が使えた日の事をアルは思い出していた。能力がどういうものかも理解できず、いつ発動できるかもわからずにアルは修行に明け暮れた。
そしてその時は唐突に訪れた。
まるで元々その力の使い方を知っていたように自然と能力を発動できたのだ。
それは地脈と繋がることによって得られる知識である。だから皆地脈との繋がりを意識しろと言うのだが、それ以外に説明のしようがないのだ。
地脈は人智を越えた存在。それを言葉で表現することなどできない。
そしてこの戦いでアルは新たな力を得たが、それは能力と呼ばれる力ではないし、おそらく攻撃する手段でもない。
だがそれでもアルは嬉しかった。新たに得た力が能力でなかろうとどうでもいいくらいに。
(これで、リラを護れる。地脈は俺を見捨ててはいなかったんだ)
今のアルにとって脅威から大切なひとを守ることができる力は、強い武器を手に入れる以上にありがたい存在だった。
そして地脈ともう一度繋がれたこともアルにとって希望であった。アルが絶望したもうひとつの理由は能力が使えなくなってしまったことだったのだから。
だが地脈は再びアルに応えてくれた。
必要な力を、必要な時に与えるように。
フェニックスもまた、それを見越してアルに試練を与えたのだろう。
「ありがとう。俺が成長するのを手伝ってくれたんだね?」
さっきまで不機嫌にアルを見ていたフェニックスだったが、アルの素直な態度を見てそっぽを向いた。
やはりこれ以上攻撃する気はないらしい。
そのフェニックスが羽を一度ふわりと羽ばたかせると、そこから紅く光る一枚の羽根がアルの手元までひらひらと飛んできた。
「これは……結界? いや、違う。結界とは似てるけど、結界としての力じゃないな」
アルは不思議に首を傾げたが、フェニックスは説明することもなくそっぽを向いたままだ。
それでもこれが試練を乗り越えた報酬であると気がついているアルは、もう一度丁寧にフェニックスにお礼をした。
「いろいろとありがとう。君のおかげで、俺はまた頑張れるよ」
アルの言葉を聞いたフェニックスは、ちらりとアルを見たあと『キュアッ』と控え目に鳴いた。
◇◇◇◇
アルは紅島を離れたあと再び天空の塔を目指して険しい山道を歩いたが、そこはなんとも不思議な場所だった。
どんなに山を登っても気がつくと目の前には深い渓谷が現れ、透き通るような水が流れていた。もしかしたら雪解け水だったのかもしれないが、山の上で出会う川に思わず方向感覚を奪われる。
山と渓谷が織り成す山。
それは天空の塔が大地を刻んだ斬撃だという逸話もある。当然二千年も時がたっている今では真実などわからないが、特級迷宮を滅ぼすほどの力を持ってすれば納得できると今のアルは思った。
これほどの力を誇るのであれば武器の聖地として崇められているのかもしれない。リラと聖地に期待を込め、アルはひたすらに山頂を目指した。
夜が明け、それから幾つもの渓谷を越えたアルは深い霧を抜けてついに目的の場所に辿り着いた。さっきまで歩いた道は雲に埋もれ、この山頂だけが雲を突き抜けて浮き上がっている。
その頂きでは《天空の塔》が天を突くようにそびえ立っていた。
以前クヴェルト帝国で見た銀の城は壮大でありながら自然と調和のとれた美しい遺跡だったが、天空の塔は雄々しさだけが目立つ無骨で真っ直ぐな塔だ。
強さに必要のないものをすべて削ぎ落としたそれは、剣と呼ぶに相応しいだろう。
その強さに憧れて多くの戦士が足を運んだのか、天空の塔の周りには数えきれないほどの武器が突き立てられていた。
それは名誉にあやかろうとしたのかもしれないし、もしくは長い戦いをくぐり抜けたのち、眠りにつく場所として辿り着いたのかもしれない。
武の終焉とも思われる雰囲気を漂わせ、天空の塔は静かにアルを見下ろしていた。
「やっぱり入口はないな」
アルはそびえ立つ塔のもとまで来たが、パネェや村人に聞いていたように塔の中に入る入口を見つけることができなかった。
塔は重苦しい白塗りで継ぎ目なく造られているが、近くには塔に入るために武器で叩いたのか折れた剣が散らばっている。それでも塔には傷ひとつない。
おそらく多くの者がこの地に訪れ、なんの成果もあげられずに引き返したのだろう。
だがアルにはひとつ思いあたるものがあった。
「塔の力が完璧に遮断されている。間違いない。結界の力だ」
アルは銀の城の側に行った時に感じた圧倒的な存在感を思い出していた。それに比べるとこの天空の塔からは秘めた力がほとんど感じとられない。
周りの剣や異様な雰囲気から異質な存在感は感じられるが、言いかえればそれだけだ。
この天空の塔が持つ本来の力は結界によって遮断されているのだろう。
「結界に似て非なる力。フェニックスと遺跡は何か関係があるのか?」
疑問に思いながらもアルは紅い羽根を取り出して目の前にかざした。
――フワッ――
紅い羽根はアルの手からふわりと浮き上がるり、ゆらゆらと揺れながら白塗りの壁に触れた。するとその壁はアルを迎え入れるように薄く光りを放ち、人がひとり通れるほどの小さな通路に変わった。
アルは浅く息を吐いてその通路を覗き込む。通路はそれほど長くはなく、すぐに広場のような場所に辿り着いているようだった。
後ろを振り向いて天空の塔周辺を見渡すが地面に刺さった武器以外には何もない。
生き物や怪しい気配もしない。
覚悟を決めたアルは遺跡の中に入った。遺跡の中から圧倒するような気配は感じられないが、何か油断ならない雰囲気が漂っている。
慎重に歩を進めるアルは広場に辿り着いたあと、溜め息を吐くように天を見上げた。
「階段か。……それにしても、どこまであるんだ?」
塔の中央にあった広場からはひとつの螺旋階段が果てしなく上に伸びていた。その終わりをアルの目では確認できない。ただただ窓も光りもなく、薄暗い空間を螺旋階段が壁に沿って伸びているだけだ。
普通の人ならばこの光景に嫌気がさして帰ったかもしれないが、アルに限ってはそうはならない。
階段の頑丈さを確認したアルは一段一段階段を登り始めた。
いつ辿り着くかはわからないが、アルにとってそれは苦労でもなんでもない。まだ見ぬ何かを手に入れるため、アルはひたすら階段を登り続けた。
「さすが異空間だな。これが外だったらどんだけ高い場所なんだよ」
階段を数時間登り続けたアルは思わずぼやいてしまった。アルは階段を登る時に走ってこそいなかったが、それでも途方もない段数を登っている。
そもそもこの天空の塔は既に雲よりも高い山頂にあったのだ。そこから更に数時間も登ったとなると、外の世界でここよりも高い場所などないたろう。
だがそんなことを口にしたアルの口調は柔らかかった。それは階段の終わりをようやく捉えたからだ。まだまだ先ではあるが、階段の先には確かに天井のようなものがある。
そして螺旋階段はそこに唯一空いている穴に吸い込まれるように伸びている。おそらくそこが最上階の広場なのだろう。
アルは一度立ち止まって深呼吸をした。息を吐くのに合せて目をつぶると、上空から風が流れてきてアルの頬を撫でていった。
それは優しい風だった。強くもなく、耳障りな音をたてることもない。
しかしその風に触れた途端にアルの心臓は大きく弾んだ。思わず目を見開き、自分の感覚が間違いだったのかと伺うように天井を見上げた。
だが天井からは風の音以外になにも聴こえない。何も起きない。
「……ふぅ〜。行くしか、ないか」
再び歩き出したアルだったが、階段を登るにつれその表情は固くなった。その顔は既に上を見上げることなく、じっと足元の階段を見ている。
カツン カツン
アルの足音だけが螺旋階段以外に何もない空間に響く。それが余計にアルの心臓を締め付ける。
サァァァ――――
いよいよ天井が近くなり、風の音が大きくなった。アルの足元を照らす光りもいつしか明るくなっている。
ドクン ドクン
(緊張で足元に力が入らない。俺は今、どんな顔をしているんだ?)
カツン
カツン
カツン
コッ
天井に辿り着いたアルに陽の光が降り注ぎ、優しい風が体全体を撫でてくる。
ここは屋根も壁もない屋上のような空間。
ようやく最上階に辿り着いたアルは数度ゆっくりと息を吸い込んだが、いまだに下を向いたままだ。
その目には見覚えのある足が映っている。
(こんなことは、予想したことがなかったな)
予想外過ぎてアルは曖昧な笑い顔を浮かべた。
それはそうかもしれない。
想定していなかったのだから心の準備などしていない。したこともない。
ひときわ大きく息を吸い込んだアルは、背筋を伸ばしながらゆっくりと顔をあげる。
(もっと格好良い再会をしたかったな)
アルは苦笑いのような微妙な表情をしていた。
だが、相手もそんなアルを見て不慣れな愛想笑いを浮かべている。
(本当に不器用なひとだ)
「……お久しぶりです。剣鬼」
「うむ」
アルが知る最強の剣士。
彼が地上にいようとは想像したこともなかった。




