67 ミスタリキ《紅島》
海を目指したアルは相変わらず道中の集落で人助けをしながら進んだ。アルがゆっくりと進めたのはその道中にリラの薬があったからだろう。
そしてリラの足跡を追うようにゆっくりと進んだアルはついに目的の島を見つけた。
「うわ〜。あれが紅島か。てかなんだあの岩は。溶けてんのか?」
海岸からすこし離れた所に見える島は薄く敷き詰められた岩の上に佇んでいた。あれでは海に浮いているのか薄い岩の上に乗っているのかわからない。
そしてその岩の表面は熱で溶かされたように複数の筋に模様が入っていた。
聖獣と呼ばれるフェニックスが棲み着いているというのも頷ける光景だ。新たな神獣との出会いに胸を躍らせながらアルは海を渡った。
波打つ岩まで辿り着いたアルはそこで数え切れないほどの貝殻を見つけた。種類は様々だったがリラが薬の容器に使ったものと同じ貝殻もある。だからリラがここに来たのは間違いないだろう。
しかし肝心のフェニックスはまだ姿を現さない。だが姿が見えなくとも神獣がいたであろう神秘的な気配が微かに感じられる。
「条件があるのか? それとも……かくれんぼか?」
アルはフェニックスが残した神秘的な気配を辿った。本能的に隠れているという答えを導き出したのだろう。
それからアルは手を前にかざしながらゆっくりと島の中を歩き、ついにその答えまで辿り着いた。
「……ここか」
アルが辿り着いた先は島の中心地ではあるが、特段変わったものは目に映らない場所だった。
この赤島は陸地からほど近いこともあり、フェニックスの力を求めて多くの人が訪れたはずだ。
だが誰もフェニックスに会うことはできなかったそうだ。その答えはこの空間を見つけられなかったからだろう。
「この結界の中にいるのか?」
それはクヴェルト帝国でリラと見た結界と同じように感じた。だがここにある結界はそれ以上に完璧で強固だ。おそらく力づくで解くことはできないだろう。
アルは目を閉じて結界が張ってあるであろう場所に額を当てる。すると何もないはずの空間からわずかに熱を感じられた。
「――見つけた」
バシュ
アルの言葉に反応するように結界は光を放ちながらゆっくりと溶けていった。そしてその奥では一羽の鳥が翼を広げてアルを見ている。
それは間違いなく神獣であるとわかる姿だった。体からは真紅の炎が吹き出し眩いばかりの光を放っている。炎以外の実態があるのかもわからない。
だから間違いなく神獣ではあるのだが、アルはその姿を見て思わず構えをとってしまった。
「なんだ? 寝起きで機嫌が悪いだけか? それとも」
アルと相対するフェニックスは翼を広げて鋭く睨みつけている。炎も荒々しく立ち上がっていて戦闘態勢としか言いようがない。
「まずは実力を示せってとこかな」
アルは初めて神獣と戦う事になった。
『キュア!』
「くっ! どうりで島の周りの岩が溶けてたわけだ」
アルはフェニックスの攻撃を避けながら戦いを続けたが苦戦を強いられていた。フェニックスは戦いになってからは上空から一方的に炎による攻撃を繰り出してくる。
その攻撃も多彩で、火の羽を狙いすまして飛ばしてきたかと思えば炎を吐いて広範囲を一気に焼き払った。
そしてアルがもっとも苦戦を強いられているのはフェニックスが持つ強固な結界だ。
「空刃!」
カキン
上空を飛ぶフェニックスには直接触れられないためアルは戦いだしてからずっと空刃を飛ばしているが、何度やってもフェニックスの結界を貫く事はできない。
(フェニックスからは殺意は感じられない。攻撃は確かに強力だがあきらかに仕留めにきていない。つまりこれは、なんらかの試練だ)
アルの想像した通りフェニックスはアルにとある試練を与えていた。だがそれがなんなのかがわからない。そもそも能力を使えないアルに越えられるものなのかもわからない。
『キュアーーーー!』
ゴオオオオォォォォ
「くそ!」
戸惑うアルに対し、フェニックスは今日一番の炎を吐き出した。さらにフェニックスは翼を大きく羽ばたかせると炎の壁を両翼から出現させた。
そしてその炎の壁はアルを追い越すと囲むように繋がった。
「はぁはぁ。試練なんてレベルじゃないぞ」
自らを囲む炎の壁を見てアルはようやく危機感を持った。もしかしたら試練だからと甘く見ていたことがフェニックスに伝わったのかもしれない。事実フェニックスは先程からアルを鋭い目つきで睨みつけている。
そんなフェニックスの目を見てアルはようやく意識を切り替えた。深く息を吐いてもう一度自分に何ができるかを考える。
(結界にばかり目がいっていたが厄介なのはそれだけじゃない。自在に操るこの炎をなんとかしない限り俺はまともな攻撃ができない)
フェニックスの炎は攻守においてアルを苦しめた。それはフェニックスの操る炎がただの火魔法ではなかったからだ。
ただの火魔法であればアルは被弾覚悟で突っ込んだだろう。結界が物理的に越えられるかは別にして、遠距離で埒が明かない以上そうするしか手はない。
だがフェニックスの炎は熱量もさることながら魔力としての濃度が異常に高かった。
そして今は火の壁となって立ちはだかり、アルの体を内側から焼くように赤く染まっている。
今のアルでは結界はおろか炎の壁すら打ち砕くことができない。だがアルに残された時間はもはやない。
フェニックスは翼を一度羽ばたかせると、大きく息を吸い込んだ。
(くる! 考えろ! あれはただの火魔法じゃない。生身で受ければ跡も残らない!)
『キュアーーーー!』
ゴオオオオオォォォォ
アルの上空から蓋をするようにフェニックスは炎の渦を吐いた。炎の壁に囲まれたアルに逃げ場はない。
その渦を見たアルはブレスを使おうとしたが躊躇してしまった。オルフスタで上手くいったのはパネェがいたからだ。ひとりでは使いこなせないことをアルはよく理解している。
(どうしたらブレスを制御しきれる? どうすれば―――)
炎の渦が迫るまでの僅かな時間でアルはケルベロスとの戦いを、迷宮国家サラガでの戦いを思いだした。
そしてとある共通点を見つける。
あの場にいた人物を。
その者が何をしたのか。
(あの時フォークスさんは何をしたんだ? あれは、何だったんだ?)
アルはフォークスの動きを鮮明に思い返す。
迷宮国家サラガでは黒い化け物に取り憑かれたアルを赤いオーラで覆われた拳で救ってみせた。
フォルティカ王国ではケルベロスの放つ瘴気から、やはり赤いオーラで身を包んで守ってみせた。
そしてフォークスは迷宮国家サラガでその技の名を口にしていた。その技はアルが使っていた魔法拳と似て非なる技。能力とは根本的に違う技だった。
(やるしかない!)
覚悟を決めたアルは右足を後ろに引いて素早く半身になった。逃げることも防ぐことも選ばず、正面から炎の渦に立ち向かう。それは自身を縛る黒い呪縛と向き合うことでもあった。
(能力が使えるまで努力したのは俺自身だ。そして能力が使えなくなって自暴自棄になったのも俺自身だ。だから受け入れろ。そして使いこなせ。このオーラは俺自身の力だ!)
アルは強く握った拳にオーラを具現させた。それは今までに見せた禍々しいものではなく、影のように透き通るオーラだった。
強く握った拳を開きながら炎の渦に右手をかざす。その目に迷いはない。
「オーラよ! 俺とともに!」
影のようなオーラはアルの手のひらに寄り添うように広がると、炎の渦を吸い込んだ。
炎の渦は高魔力の塊でもあるはずだが影のオーラはゆらゆらと揺らめくだけで炎を一切通さない。
それでも影のオーラを操るアルには大きな負担がかかっていた。これほどの技を繰り出して平気でいられるはずがない。
(体の中が、焼けるようだ)
炎の渦は影のオーラの中に吸い込まれたあと、その影の中で暴れまわっていた。アルが一瞬でも気を緩めようものなら影から抜け出して直接体の中に入ろうと隙を伺っている。
アルは左手で右の手首を掴んでそれを阻止しようとした。既に炎の熱気で服は溶け、アルの体からも蒸気があがっている。
限界が近づいているのを肌で感じながらもアルは右手に更に力を込めた。
「ここで、終われるか――!」
アルの言葉とともに影のオーラはひときわ大きく膨らんだ。炎の渦はその中で抵抗するように暴れようとしたが、アルは魔力を高めて炎の渦を抑え込みにかかる。
影のオーラの中で炎と影が絡み合うが、徐々に影が炎の渦を覆う。
相変わらずフェニックスは炎の渦を打ち続けているが、アルが炎の渦を暴発させることなく取り込むのを見て目を細めた。
それはフェニックスが課した試練をアルが乗り越える瞬間でもあったのだろう。
ついにフェニックスは目を閉じて炎を吐くのをやめた。同時にアルを囲む炎の壁も消えていく。
紅島を照らした炎の試練を越え、アルはフェニックスに実力を示すことに成功した。




