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64 ミスタリキ《親切》

 ミスタリキは深い渓谷と霧に覆われた自然豊かな場所だ。冬の澄んだ空気が遠くの山々から流れ落ちてくる。


「商人さんここまででいい?」

「あぁ十分だ。ここらの峠は起伏が激しいから助かったよ。それに魔物まで追っ払ってもらってすまんな」

「こっちこそいろいろ貰ったしおあいこだよ」


 アルは小さな集落や行商人と触れ合いながらすこしずつ天空の塔を目指した。


 最初は走り続けてでも急いで行こうと思ったアルだったが、たまたま立ち寄った集落でリラが作った薬を見つけた。

 二枚貝の容器ではなかったが、丁寧に葉包みされた薬からは微かにリラの痕跡を感じ取れた。


 薬があった集落は老人が多くそれほど裕福ではなかったはずだ。それでも薬を置いていったリラに習い、アルも人助けをしながらゆっくりとリラのあとを追った。


 褒めてもらいたいわけではない。

 ただ、人と触れ合う喜びをアルはすこしずつ感じ取っていた。


(天空の塔に近づく度に寒くなるな。お礼にもらった毛皮があって助かった)


 アルがずっと着続けていた魔法服は既に役目を終えた。寂しい気持ちもあったが、行商人のように古い洋服を渡してくれる人もいたため、アルは素直に別れを告げることができた。



 出会いと別れを繰り返し、アルは思い出を積み重ねていく。




◇◇◇◇



「見かけない顔だねぇ」

「やぁお婆さん。なんか困り事ないかい?」

「おや人助けかい? ありがたいねぇ。腕に覚えがあれば頼みたいのがあるが、たいした報酬は出せないよ?」

「じゃあ報酬は宿と飯でどうだい? あと、天空の塔までの道程も詳しく教えてほしいかな」


 アルは天空の塔にもっとも近い場所にある集落までやってきた。

 このミスタリキは大型迷宮もなく、強い魔物はそれほど多く棲息してはいない。それでも時折山奥で魔物が群れをつくることがあり、定期的に討伐しなければより強力な個体を生み出してしまう。

 そしてこの集落の近くにも厄介な魔物が生まれてしまったようだ。


「前は村の者で追い返してたんだがだんだん手に負えなくなってきてね。それで天空の塔に向かう者にも頼むんだけど、魔物の名前を聞くとみんな嫌がって断るんだよ」

「みんなが嫌がる魔物?」

「あぁ。クレイジーモンキーだよ」

「あれか〜」


 アルはオルフスタでの出来事を思い出した。クレイジーモンキーとは四本の腕を持つ猿型の魔物だが、とにかく性格が悪い。


 クレイジーモンキーは基本的に群れで行動する。そして獲物を見つけた時は遠くからひたすら毛針を投げてくる戦法をとってくる。ただでさえ腕が四本もあるのに群れで投げてくるから絶え間なく針の弾幕が張られるのだ。

 しかもクレイジーモンキーは相手の実力を見切って勝てないと悟ると一目散に逃げ出してしまう。


 アルも何度か相対したが、接近してきたのはアルが迷宮の守護者を倒して負傷していた時だけだった。獲物が弱らなければ決して近づかないという戦略は慎重ともよべるが、笑うように叫んで近づいてくるのを見たアルには性格が悪いと映ったようだ。


「やめとくかい?」

「いや、倒したことはあるし大丈夫だよ。クレイジーモンキーがいる方角だけ教えてくれたらあとは任せて」

「そうかい。それなら今日は村に泊まって明日にしな。受けてくれた前払いだよ」


 アルがクレイジーモンキーの依頼を受けたのにはひとつの理由があった。

 オルフスタでは敵を倒すことに意識が向くばかりで、修行の成果や経験を活用することを忘れていた。

 そういう意味でも逃げ回るクレイジーモンキーはいい復習になるとアルは考えたのだった。






 翌朝村のもてなしを受けたアルは森の中に入って行った。そしてそのアルをこっそりと追いかける三人の少年の姿がそこにあった。


「なあ。ほんとに大丈夫なのか?」

「遠くから見るだけだからいいんだよ」

「でも、見つかったらお母さんに怒られちゃうよ」

「それにクレイジーモンキーは村の人達じゃ手もつけられないんだぞ?」

「そんなこと言ってたら俺たちはいつまでたっても能力を発動できねぇだろ。あいつは能力が使えるんだ。それを遠くから見てなんか盗めるもんを探す。たったそれだけのことじゃねえか」


 少年を含めた村人達はたいした武器も道具も持たないアルを能力の使える者だと思っていた。

 実際天空の塔に訪れる者のほとんどは能力が使える者だったため、村人達が勝手に誤解するのは仕方がない。

 それにアルが能力を使えないと知っていれば魔物の討伐など頼まなかったはずだ。


「じゃあ、ほんとに遠くから見るだけだぞ?」

「それならいいけど」

「それでいいんだよ。いつまでも大人にでかい顔させてたまるか。俺たちだって能力を発動できれば魔物なんて簡単に倒せるんだよ」

「そうだな。俺は魔法の能力がいいな」

「僕は怖いし付与がいいよ」

「何言ってんだよ。強化でぶっ飛ばすのがかっこいいに決まってんだろ」


 少年達は期待を膨らませ足を進める。

 そしてこれから魔物と対峙するとわかっていながら、知らず知らず死地に足を踏み入れた。




(思ったよりも森の奥だ。随分と前から毛針を投げた痕跡があったはずだが、まだ奥に誘導するのか? だがこれ以上は……)


 アルが村人から聞いた話しではクレイジーモンキーは森の浅い部分にも頻繁に出没していたそうだ。


 しかし森に入って二時間になるがクレイジーモンキーはいっこうに姿を見せない。その警戒心の強さにアルはひとつの懸念を抱いた。

 そして振り返ろうとした矢先、ついにクレイジーモンキーの攻撃が始まった。


 ヒュヒュン


「……どうやって隠れた?」


 毛針を避けながらアルは踵を返して走り出した。気配を察知できるよう警戒していたがそれらしい気配は見つけられなかった。

 今も毛針が飛んでくる瞬間まで気配を感じられない。罠に嵌められたことに気がついたアルは全力で少年達のもとに走った。



 ガサガサ


「え?」

「「うわー!」」


 そのアルの目には少年に襲いかかる三匹のクレイジーモンキーが映った。そしてその姿は葉の色と同じ緑色に変異したものだった。


 腕を振り上げるクレイジーモンキーに囲まれて少年達は尻もちをついて動けない。クレイジーモンキーはそんな人間を見てニタニタと笑っている。

 さらに余裕を見せるようにアルに軽く視線を向けてきた。アルが性格が悪いと言うのも頷けるほど憎たらしい表情だ。


「だからお前たちは嫌いなんだよ。だが、その油断に今は助けられた」


 アルはまだクレイジーモンキー達に接近していないが、右足を踏み込んで勢いを止めた。その姿を見て揃って首をかしげたクレイジーモンキーだったが次の瞬間には驚愕の表情に変わった。


「空刃!」


 アルは相変わらず能力を発動できなかったが自分が使える力をひとつずつ確認していった。そのひとつが空刃である。

 もともと空刃はなんの能力かをアルは認識できていなかった。迷宮国家サラガでひとり組み手をしている時にたまたま使えるようになった技だったからだ。


 当時はそんなものだとしか思わなかったが能力を使えなくなった今のアルならはっきりとわかる。これは異質な力だと。

 さらに今のアルは当時の未熟な体と違い成熟しきった肉体を持っている。そこから繰り出される技は当時の比ではない。


 そしてアルの空刃は、ついにその手から飛び出した。


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