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63 オルフスタ《国境》

 周囲の木々が溶け、森が消えていく。


 今まで木に遮られていた視界が広がり遠くまで見通せるようになった時、ふたりはとあるものを見つけた。


「アル君、あの山脈って」

「たぶん修行の地ですね。国境まであとすこしだったのか」


 特級迷宮の脅威から逃げきったふたりは見覚えのある景色を見て安堵した。


「もう大丈夫だろうけどとりあえず修行の地の麓まで行きましょう」

「うんうん。それにしてもやっぱりアル君は勇者だったね〜。お姉さんは嬉しいよ」

「ぎりぎりでしたけどね。それにパネェさんがいなかったら絶対に無理でした」

「そうかそうか〜お姉さんもすごいからな〜」

「はははっ。パネェさんは相変わらずだね」


 パネェの機嫌につられてアルも思わず笑った。

 そして、なぜか涙が流れた。


「ははっ……あれ?」


 訳がわからずにアルは涙を拭う。

 何かが悲しい訳ではない。

 何処かが痛む訳でもない。

 ただ、とめどなく涙が流れる。


 それを見たパネェは遠くを見つめた。

 優しい眼差しで。


「よかったね、アル君。これで君は、やっと立ち直れる」

「〜〜っ」



 アルはパネェに負けた時、気持ちを新たにしたつもりだった。すくなくとも本人はそう思ったはずだった。


 だが頭でどれほどわかっていても心がそれに応えてくれるとは限らない。


 アルはようやく、過去と向き合えた。

 そして仲間とともにそれを乗り越えた。


 青年は幾つもの苦渋を経験し、本当の大人へと成長する。




◇◇◇◇



 ふたりが修行の地の麓まで来たのは夜だった。ここは国境沿いのため街のようなものはない。それでも迷宮や魔物の脅威がないここは、ふたりにとって安全と呼べる場所だった。


「寒いね〜」

「冬ですから。修行の地は雪でも降ってるんじゃないですか?」


 火を焚べながらふたりで暖まる。

 張り詰めた空気もなく、穏やかな時間だ。


「それで、その、パネェさんは……」


 アルの歯切れの悪い言葉にパネェは笑う。戦っている時はもうすこしマシだったというのに。


「リラちゃんのことね。大丈夫よ。ちゃんと話してあげるから」

「……お願いします」

「うんうん。私がリラちゃんと出会ったのはアル君と再会する三ヶ月くらい前かな。ここから南東にあるミスタリキで出会ったの」

「ミスタリキ? なんでそんなところに」


 それからパネェはゆっくりと説明した。



 パネェはガルラマで魔法の修行をしたのち、大陸を周回するようにミスタリキに行った。

 そのミスタリキには帝都や王都のようなものはなく、小さな集落が独立して生活するだけだ。


 特別な目的地を持っていなかったパネェは二千年前に攻略されたミスタリキの特級迷宮の遺跡に足を運び、その帰りにひとりの女性に出会った。


「ミスタリキの特級迷宮ってさ、山の上にあったから行くまで大変だったんだよ。だからさ、帰り道で女の子がひとりで登ってくるのを見てびっくりしちゃった」

「その女の子が、リラだったと?」

「うん」

「? なんでリラだってわかったんですか?」


 パネェはアルの問いを聞き、ぐっと瞼を閉じた。無駄に真剣味を増やそうとするあたり真面目に答える気がないのがわかる。


「……愛よ」

「……あい?」

「そう、愛よ! 愛しい者のために険しい山道を登る。まさに愛じゃない!」


 手を大袈裟に広げ夜空を見つめるパネェはすこし痛かった。そんなパネェを見てアルは大人になろうと自分に言い聞かせた。


「なんか言ってよ」

「無理ですよ。恥ずかしくないんですか?」

「――――!」


 あのアルに正論を言われたのが悔しかったのかパネェは顔を真っ赤にして頬を膨らませている。その行動が既にどうかと思うのだが。


「それで、なんでわかったんですか?」

「剣よ! 剣! 剣でわかったの!」

「そんな子供みたいな」


 パネェを諭しながら剣の事を思い返す。


(パネェさんが知ってる剣といえば師匠から貰った短剣だ。俺はそれをフォルティカ王国に置いてきた。そして目が覚めたリラはその短剣を持って……なんでミスタリキなんだ?)


 アルは答えに辿り着けず首を捻る。

 そしてそれを見たパネェは気持ちを持ち直した。今なら優位にたてるとでも思ったのだろう。


「ふふ。わからないようね。どうしても知りたいと言うのなら教えてあげなくもないですわよ?」


 パネェは自分の言葉が最終的にどっちになったのかがわからずに首を捻っている。残念ながら彼女はそんなに賢くないのだ。


 そんなパネェをほったらかしてアルはリラの行動理由を読み解く。そのために自分の知識を意識的に探った。


(そういえば与えられた知識を頼るのも久しぶりだな。知識が不完全だって文句言ってたのが懐かしい)


 そんなことを思いながらミスタリキの遺跡についての情報を思い出し、口にする。


「ミスタリキの特級迷宮跡地の遺跡の名は《天空の塔》」

「あっ! 待って! やめて! 続きは言わせて!」

「その様子が大地に突き刺さる剣にも見えるため、武器の聖地とも呼ばれている」

「も〜〜っ! アル君の馬鹿!」


 きっとパネェはアルを元気づけるためにピエロを演じているのだ。

 きっとそうなのだ。

 彼女は賢くはないが優しい子なのだ。

 きっと、そうなのだ。






「ごめんってばパネェさん。いい加減機嫌直してよ」


 どうやらパネェはただの残念な子だったようだ。


 そこからアルはパネェの機嫌をとろうとするがパネェの機嫌は戻らない。ずっと口を尖らせている。


「だから本当にごめんってば」

「……」

「も〜。あっそうだ。今度イケメンのフォークスさん紹介するからさ」

「ほんと!? 約束だよ! 約束だからね!!」


 イケメンフォークスのおかげでパネェの機嫌は本日最高潮を迎えた。果たしてあのフォークスでパネェの手綱を握れるのだろうか?

 そしてアルは本当にフォークスに感謝しているのだろうか?


「それで、天空の塔の帰り道でリラと出会ったんですね?」

「そうだよ。すれ違う時にアル君が持ってたのと同じ短剣が目に入ったから話しかけたんだよ」

「……普通それだけで話しかけます?」

「?」


 パネェにはそれだけで話しかけるには十分な理由だったのだ。なぜならパネェだから。


「それアル君の?って聞いたら、あんた誰?っていわれて、それで仲良くなったの」

「……仲良くなる要素ありました?」


 アルが思っている以上に列島の人は心が広いのかもしれない。


「それでね、剣が直せないか天空の塔で試すんだって言ってた。だからさ、さっき言ったように愛しい者のために険しい山道を登ったって言うのは本当のことなんだよ?」

「……(なんか感動しそびれたな)」


 いい話は感動されることなくアルに伝わった。伝えたのがパネェでなければアルは涙のひとつでも流したのだろうが。


「それでリラちゃんについて行ってあげようか?って聞いたけど、自分でなんとかしたいからって断られちゃった」

「そうですか」


 リラが今もミスタリキにいるとは限らない。

 もしかしたらフォルティカ王国に戻ったかもしれないが、ここからミスタリキとフォルティカ王国は反対方向になってしまう。


「リラは俺がオルフスタにいることを知らないですからね。すれ違うのは仕方ないか」


 アルはフォルティカ王国を出る時に行き先を告げなかったことを後悔した。もっとも告げたからといってなにかが変わったわけではないが。


「リラちゃんはアル君がオルフスタにいたことを知ってたよ。知っててあえて立ち寄らなかったんだ」

「え?」


 パネェの言葉にアルは口を開けて呆けてしまった。


 アルは勝手に期待したのだろう。

 リラは目覚めたら自分を探してくれるとでも。自分を救いにきてくれるとでも。


「リラちゃんは目が覚めてからアル君が荒れてたのを皆から聞かされたんだって。それでアル君がひとりでオルフスタに行った話も聞いたんだって」

「それなら、なんで」


 アルは弱々しく呟いた。

 リラに愛想をつかされたとでも思ったのだろう。


 そんなアルを無視してパネェは話を続けた。


「そんな話を聞けば普通は心配するよね。でもね、リラちゃんは違った。アル君なら立ち直るって信じてた。だからリラちゃんは自分にできる事を探して、天空の塔に行ったんだよ」

「……」

「でもね、やっぱり心配してたよ。だから私にアル君がオルフスタにいるはずだって教えてくれた。本当は自分が行きたかったはずなのに。会いたかったはずなのに」

「なんで、リラは俺に会おうとしなかったんですか?」


 その言葉にパネェはすこし間を置いて答えた。


「さっきも言ったように、アル君に自分で立ち直ってほしかったんだよ。あの時のアル君は、眠りから覚めたリラちゃんを見て自分を許せた?」


 アルはその問いに答えることができなかったが、自分でもわかっていたのだろう。何もできなかった自分がリラの側にいていいのだろうかと。そんな自分を許せるのだろうかと。


 おそらくアルは自分の無力に嘆いただろう。

 だが誰もアルを責めはしない。

 アルだけが、自分を責める。


 だから立ち直るためには自分で越えないないといけなかったのだ。


 そしてパネェはそれをよく理解していた。

 理解していたからこそ、リラが目覚めている事を最後までアルに伝えなかったのだ。


「俺は勝手に期待して、都合よく助かろうとしてたんですね。リラなら、俺を責めながらも許してくれるって」

「ふふ。リラちゃんもなかなか厳しいよね。アル君にも自分にも」

「ええ。忘れてました。リラは、強くて優しい女でした」

「だからそれが惚気だって言ってんのよ〜」

「……まったくですね」


 アルは苦笑いを浮かべながら素直に受け取った。


 そしてアルは気がついた。

 自分が求めていたのは許しではなかったと。

 本当に求めていたのは、乗り越えるために背中を押す声なんだと。



『その程度なの?』



 リラの優しさは、いつも凛々しくアルの背中を押した。




◇◇◇◇



「じゃあアル君、ここでお別れだね」

「はい。ありがとうございました。パネさんもお元気で」


 パネェは特級迷宮の新しい情報を伝えるため、修行の地を越えてナリキ諸島に向かうことにした。


 アルがナリキ諸島に降り立ったあの日、アルは知らずに異空間を壊したかもしれないが、それが今どうなっているかは誰にもわからない。


 ただ樹海を経験したパネェなら、その違和感に気がつけるかもしれないということでひとりでナリキ諸島を目指すことにした。


 そしてアルの推測では黒妖艦は消滅していない。異空間を壊すほどの衝撃だったとはいえ黒妖艦は生きているとパネェに言いきった。


 その根拠は樹海での戦いにあった。

 アルが最後に放ったブレスは強力なものではあったが、お面の者の尻尾を打ち砕くまでしかアルには確認できていなかった。


 パネェはあれほどの威力であれば倒したのではと言ったが、アルにはそう思えなかった。


「パネェさんと別々にお面の者から逃げた時、誘導されるように同じ場所に現れてしまった。たぶん、特級迷宮の守護者は異空間の構造を作り変えることができるんです」

「つまり、あのブレスが当たる直前に異空間は作り変えられた……逃げられたってこと?」

「はい。だから黒妖艦も俺が浮島に降り立つ瞬間にはその場にはいなかったんじゃないかと思います」


 言葉を交わすふたりの顔は冴えなかったが、それでも異空間を壊したことによって特級迷宮の力を削いで時間を稼ぐことには成功したと判断した。




 そしてアルはリラを追うようにミスタリキを目指す。今もリラがいるかはわからないがじっと待ってはいられない。だからまずは天空の塔に行くことにした。



 その背中を名残惜しそうにパネェが見つめる。彼女の目にはアルが少年だった頃の背中がぼやけて見えていた。


「知らないうちに、背も追い越されちゃったな。大きく、なったんだね」


 その言葉にパネェはある事を思い出した。

 次にアルに会えるのはいつかわからない。

 だから、これだけは伝えなければならないと自分に言い聞かせた。


「アル君!」


 パネェの声にアルが振り返る。

 そしてパネェは、優しく笑った。

 姉のように、優しく。


「女の子に胸の事を言うのは失礼だからね! お姉さんはそういうの感心しないからね!」


 全然優しくなかった。

 その言葉を聞いてアルは思わず硬直する。


「え〜、めちゃくちゃ根に持たれてるじゃん」


 リラに会うのは楽しみだが、同じくらいの不安を感じたアルだった。


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