60 オルフスタ《推理》
パネェさんとオルフスタの樹海で再会してから半年ほどになる。その間俺から黒いオーラが出てくることはなく、黒ずんでいた肌はほとんど治っていた。
だからパネェさんとの修行は順調と言っていいはず。能力は戻っていないがそれでも前に進めている感覚はある。
なのに俺とパネェさんは迷宮破りを続けながら違和感を感じていた。
「アル君。私たちって、誘われてる?」
たった今迷宮をまたひとつ攻略したというのにパネェさんの表情は優れない。
迷宮から出た景色はいつもと変わらず静かだ。それがまた違和感を加速させる。
「おそらくそうですね。迷宮の階層が異様に浅いのが続いていますし、守護者もたいして強くないのが続いていますからね」
「だよね? 特級迷宮に近づいてるはずなのにおかしいよね?」
パネェさんの言う通り、本来であれば特級迷宮に近づけば近づくほどに、その強力な瘴気に影響されて危険な迷宮が生まれるはずだ。
なのにここの迷宮はいっこうに強くならない。もちろん数は多いが、それだけだ。
この程度であれば大勢の冒険者を集めればほとんどの土地を取り返すことができる。
ただし、それがただの迷宮であればの話だが。
「迷宮を意図的に変化させているのかもしれないですね。理由はわかりませんが」
「面倒くさいわね。どんと待ち構えてくれればいいのに」
もし俺の考える通りなら、オルフスタの迷宮は厄介な存在かもしれない。
そもそも迷宮の守護者は倒されないために階層を深くし、守りを強固にするのだ。その守護者が迷宮をたいして深くもせず、自らを強化しないのも理解できない。
迷宮国家サラガのように頻繁に討伐する者が入ってきているのならば、迷宮の力が削がれていると考えることもできる。
だが、このオルフスタは千年前に特級迷宮に支配されて以来、人は樹海によって追い出されてしまい、迷宮の力を削ぐような戦いはできていない。
それなのに迷宮は力を蓄えも守りを強固にもしていない。守護者には倒されないために策を練る環境があるというのに。
そんな疑問から俺はポツリと呟いた。
「……守護者が、命令されている?」
「……え?」
自分で口にしてぞっとした。
パネェさんも口を開けて固まっている。
「もし、もしですよ? 守護者が特級迷宮の主に命令されて、あえて弱いままでいたら……」
「え、待ってアル君? 守護者といえあいつらは魔物よ。命令のために死ねなんて言われて、素直に従うなんて思えないわ」
確かに俺もそう思う。
奴らは人間を餌としか思っていないような存在だ。その餌を前にして逆に命を渡すような愚かな事をするはずがない。
だが、なぜか否定しきれない。
これは勘ではなく、何かを見落としている。
「パネェさんは魔物や迷宮で上下関係があるのを見たことがありますか?」
俺の問いにパネェさんは真剣に考え込む。
ここでふざけないあたり、パネェさんも危ない話だと思っているのかもしれない。
「すこしくらいの上下関係は見てきたことはあっても、守護者が命を投げ出すなんてことはなかったわ。それに戦いの中で守護者よりも強い存在が現れることもなかったし」
ふたりで今までの戦いを思い返すが、パネェさんの言う通り迷宮の中で違う守護者が現れるなんて事はなかった。
だからこれは俺の思い違いかもしれない。
それにオルフスタから人が追い出されたのは樹海のせいであって、迷宮の存在だけではない。
そう、目の前に広がるこの樹海が……。
「樹海?」
そもそも森が人を追い出すほど生い茂るのに何年かかるんだ?
この樹海は千年たった今だからできた樹海ではない。樹海は特級迷宮ができてからどんどん広がったと言い伝えられているんじゃないのか?
俺は、見落としに気がついてしまったのかもしれない。
「パネェさん。俺が列島に現れる前にブラックシーサーペントに戦いを挑んだ時の事、もう一回教えてくれませんか?」
「あの時のこと? え〜と船で海に出て、ブラックシーサーペントと対峙した時に都合よく黒妖艦、が……え? それって、まさか、黒妖艦がブラックシーサーペントの仲間だってこと?」
パネェさんも嫌なものを感じとったようだが、俺の悪い予想は当たったのかもしれない。
「ブラックシーサーペントは仲間を呼んだわけではないんですよね? その助けに黒妖艦が応えて現れたわけではないんですよね?」
「違うわ。だってブラックシーサーペントにとってあの時の私達は……餌も同然だったんだもの。だから、仲間を呼ぶ必要なんて……でも、だったらなんで、なんであんなタイミングよく黒妖艦が……」
パネェさんの瞳が不安で揺れる。
俺の心臓も何かに掴まれているように苦しくなる。
「黒妖艦が現れたあの場所は、いや、あの海域は、黒妖艦の領域だったかもしれません」
「領域? え、だって、迷宮って異空間を作って、その中で守護者が構えて……守護者? まさか、私たちがブラックシーサーペントと対峙したあの場所が特級迷宮の中だったってこと? でも、迷宮に入った覚えなんてないわ」
「もしかしたら特級迷宮は普通の迷宮とは空間の解釈が違うのかもしれません。だから都合よくタイミングもわかったんじゃないのかと。大陸に移動する時に黒妖艦もたいした魔物も現れなかったのも、守護者がこちらの実力を把握していて万一に備えて見逃したのかもしれません。もしくは、海に活発に人が出てくるように仕向けたのかも……」
俺の推測にパネェさんは更に顔色を悪くした。列島の人達やナリキ諸島の人達が心配になったのだろう。
だが、今の問題はそれだけではない。
「そしておそらく、この樹海もまた、特級迷宮の影響を受けている」
「……アル君。残念ながら正解みたいだよ」
ガサガサ
先程まで気配すら見せていなかったのに、樹海の木々の間が魔物の軍勢で埋め尽くされていく。
それに対して俺とパネェさんはお互いに背中を合せて待ち構えた。
「逃がす気はないみたいですね」
「そうね。それにしても、この数ははじめて見るわ」
パネェさんの声から緊張が伝わる。
それはそうだ。
俺たちは知らず知らずのうちに特級迷宮の領域に足を踏み入れていたのかもしれないのだから。
だが、この情報はどうにかして持ち帰らなければならない。そしてその役目はナリキ諸島のパネェさんでなければならない。
(なんとしてもパネェさんを守る)
彼女の実力ならなんとかここを突破できるかもしれない。だから、命を懸けるなら今だ。
深呼吸をして拳を握る。
周囲を見回して糸口を探る。
そして冷静な自分に気がついて少し笑いがでた。
あれだけ死にたいと願っていたのに、本当は死にたくなかったのだと気がついたからだ。
(できれば、最後にリラに会いたかった)
リラは今の俺を見てなんと声をかけるだろうか。俺は、リラになにを伝えたかったんだろうか。
思わず小さな溜め息を吐いてしまった。
「アル君」
その時、うつむきかけた心にパネェさんの声が響いた。
パネェさんの真っ直ぐな声は、いつだって心に届く。
そしてその言葉は、俺の心を大きく揺さぶった。
「リラちゃんは、目を覚ましてるよ」
「え?」
俺はまだ死ねないのかもしれない。




